206 ドキドキの時間
――午後。
午前中の賑やかさは、どこかへ行ってしまっていた。
辞めた入校生が、キレイさっぱりいなくなっていたためである。
残った入校生も待機という名の自主的な訓練をしていた。
これは、入校生を休ませるというより、教官陣を休ませるための配慮だ。
「さすがに、休んでおいたほうが良いでしょう? ああ~、僕も休みたいな! ハインリッヒ殿が帰ってくるのが待ち遠しいよ!」
昼一番、ミハイルは教官室に現れた。
すぐに、帰っては行ったが。
そんなワケで、アリアを含む教官陣は、教官室で休むことができていた。
ただ、普通に書類仕事はしていたが。
「あ。そういえば、結局、教官って、減らすのですかね? バスク少佐、何か、聞いていますか?」
書類をカキカキしながら、アリアは質問をする。
「いや、聞いていないな。副校長も、ヤバいくらい忙しそうだし、忘れている気がするぞ。まぁ、重要といえば重要だけど、切羽詰まっているワケではないからな。そのうち、決まるだろう」
バスクはそう言うと、再び、目を閉じていた。
アリアは、もはや、何も気にしない。
例え、寝ていたとしても、ツッコむだけ無駄だと悟っていた。
「とりあえずは、待ちですか」
アリアはテキトウに返事をすると、書類カキカキに集中をする。
(まぁ、団長、珍しく疲れた顔をしていたからな。2週間とはいえ、ローマルク王国を任される。その重責は凄まじいだろう。何か誤りがあったら、国家間の関係にも影響がありそうだし。こっちにまで気が回らないのは、しょうがない話ではあるか。とりあえず、雑務処理だけはしておこう)
今、教官室は、雑務処理をしている人と寝ている人の半々くらいである。
組の入校生が、全員辞めたため、仕事のない人が発生していた。
とはいえ、大した仕事もない。
現状では、という前置きがつくが。
そんな中、教官室の扉が叩かれる。
入ってきたのは、ハリル士官学校の総務部にいる軍人であった。
(何か、問題でも起きたのか? それにしては、焦っていない。今回は、違うっぽいな)
アリアは、とりあえず、書類カキカキをやめて、顔を向ける。
寝ていた教官も、起床し、注目をしていた。
「副校長からの伝言です。『帰りたい人は帰っても良いよ! あ! ただ、帰りの費用は自腹ね! それと、道中、護衛とかいないけど、気を付けて! 襲われても、自己責任だから! それでも、帰りたい人は後で報告しに来て!』と言っていました。それでは伝えたので、私は、戻らせていただきます」
総務部の人はそれだけ言うと、教官室を出ていく。
(……それ、実質的に帰れないって言っているのと一緒だよ。イメリア王国とか、ミハルーグ帝国ならまだしも、アミーラ王国は遠過ぎる。お金もないし、残るしかないよな。道中、襲撃されて死ぬのも、嫌だし。なんだか、期待して損したな……)
アリアは、ガッカリしてしまう。
他の若手士官の面々も、同じことを考えてようだ。
ステラ以外は、渋い顔になってしまっている。
エレノアに至っては、天井を向いたまま、イスから動かない。
どうやら、魂がどこかへと行ってしまったようだ。
「……まぁ、そう気落ちするな。きっと、良いこともあるぞ……多分」
目を覚ましたバスクは、微妙に慰めになっていない言葉をかける。
「慰めていただいて、ありがとうございます。バスク少佐は、どうされますか? やっぱり、ミハルーグ帝国に帰られるのですか?」
気を取り直したアリアは、質問をした。
王都ハリルからミハルーグ帝国への道のりは、比較的、安全である。
ミハルーグ帝国の国境が近いからだ。
当然、国境警備のため、ミハルーグ帝国の兵士がたくさんいる。
何かが起これば、国境を越えて、すぐに駆け付けてくれるだろう。
そもそも、普通に国境侵犯であるが、現時点では問題になることはない。
「いや、帰りたいのは山々だが、多分、無理だな。そもそも、俺の中隊は、入校生の相手として来ている。例え、教官をやらなくても、ハリル士官学校から離れられないだろう。まぁ、普段と比べれば、仕事も楽だし、悪いことばかりではないな」
バスクはそう言うと、ふわぁ~とあくびをする。
(……そもそもって、話しか。やっぱり、獅子軍団も、訓練はキツイみたいだ。まぁ、ミハルーグ帝国の東部を抜かれたら、皇都メイルークまで一直線だし、当たり前か。まぁ、あの平原で獅子軍団を撃退するのは、かなり厳しいと思うけどな)
アリアは、獅子軍団に勝てる想像ができなかった。
ミハルーグ帝国の東部は、広大な平原である。
まさに、獅子軍団の独壇場であった。
容易に撃退するのが、想像できてしまう。
アリアがそんなことを考えていると、バスクが言葉を続ける。
「……そんなことより、エレノア中尉は大丈夫か? 先ほどから、動かないみたいだが?」
「あ、大丈夫です。いつものことなので」
アリアは、そっけない返事をする。
少し離れた場所では、エレノアの魂を戻そうと、主任教官がユサユサしていた。
そんな中、ステラが、エレノアに近づく。
いつもの如く、後頭部に回し蹴りをしていた。
結果、『ほげぇ!? 何ですの、何ですの!? 敵襲ですの!?』という声とともに、エレノアの魂が戻る。
「……アリア中尉。エレノア中尉は大丈夫なのか? 思いっきり、蹴られているように見えたが……」
バスクは、ちょっと引いてしまっている。
「あ、大丈夫です。いつものことなので」
アリアは、当たり前過ぎて、普通に答えていた。




