205 少なッ!
――次の日の朝。
ハリル士官学校の正門は、かなり賑やかであった。
馬車、入校生の親、迎えに来た使用人。
入校生がやってきた日とは、大違いである。
皆、一様に笑顔を浮かべていた。
当然である。
ツラい士官学校の生活から、おさらばできるからだ。
しかも、命の危険がなくなる。
喜ばないワケがなかった。
親の了承を得ないで辞める者が多くいるくらいには、である。
そういった者は、縁のある貴族を頼っているようだ。
というか、急だが、今日をもって、叩き出されるので、そうせざるを得なかった。
一応、本当にどうしようもない者には、アミーラ王国軍から馬車が出ている。
そこらへんは考えられているようだ。
「なんだか、卒業式みたいですね。雰囲気的には。まぁ、実際は違いますけど。というか、私たちが見送る必要とかあるのですかね? 別に、勝手に帰っていただいても、良いのですが?」
ステラは、いつも通りの顔で、毒を吐く。
「受け持った入校生を見送るのは、当然でしょう? いくら、短い期間とはいえさ!」
ミハイルの一言で、教官陣は見送ることが決定してしまった。
とはいえ、挨拶に来てくれる入校生は、少数である。
ステラに至っては、一人も来ていない。
「おーっほっほっほ! 誰も挨拶に来ないからって、文句を言うのは間違いですわよ! 可哀想ですわね、本当に!」
エレノアは、上機嫌であった。
襲撃に警戒していたとはいえ、それなりに休めていたからだ。
「あなたも、今まで、一人しか来ていないではないですか? よくケンカを売ってこられますね? もしかして、恥という概念を知らないのですか? もう一回、士官学校からやり直したほうが良いですよ?」
当然、ステラは言葉で殴り返す。
それなりに、エレノアの攻撃は効いているようだ。
「キー!! せっかく、人が上機嫌だっていうのに! 本当にムカつきますわね!」
エレノアは、いつも通り、プリプリしている。
そんな中、エドワードと学級委員長三人組は、握手をしたり、頑張れ的なことを言っていた。
少数ではあるが、挨拶しに来てくれる者はいるようだ。
「意外と、エドワードたちは慕われているみたいですわね」
サラは、普通に疲れた顔をしている。
いつものクルクルも、少しだけ、しなびていた。
ちなみに、サラにも、挨拶しに来てくれる者は、それなりにいる。
「まぁ、エドワードさんとか、普通に丸くなりましたよね。学級委員長さんたちは、元々、優しいですし。挨拶しに来てくれる人も多そうです」
アリアは、暇を持て余していた。
「そうですわね。士官学校に入った当初は、エドワードとか、普通に嫌な奴でしたの。まぁ、アリアにボコされて、改心したみたいですけど。今では、面影もありませんの」
サラはそう言うと、ふわぁ~とあくびをする。
(……たしかに、変わったよな、エドワードさん。苦労人としての地位を確立しつつあるものな。今も、エレノアさんに難癖つけられているし)
アリアは、横目でエドワードとエレノアのやり取りを見ていた。
「エドワードのくせに、挨拶しに来てくれる人が多いのは、納得できませんの! 絶対、買収していますわ! この卑怯者!」
「そんなワケないだろう!? 大体、そんなことをしても、意味がない! よく、そんなことを思いつくな!? 逆に、驚きだ!」
「何を口ごたえしていますの! さっさと、白状をなさい!」
などと、不毛極まりないやり取りをしている。
「……大変そうですわね、エドワード。そういえば、結局、入校生は、どのくらい残りましたの?」
サラは、つまらなそうにエドワードとエレノアを見ていた。
「50人くらいらしいですよ。8組は全員残るにしても、貴族の入校生はほとんど残りませんでしたね。学級委員長をやっていた入校生は残ったみたいですけど」
ローマルク王国にも、代々、軍家系の貴族はいる。
ミハルーグ帝国の圧力を抜きにしても、ハリル士官学校に入れるのは当然という考えであった。
なので、そういった生まれの入校生は、残らざるを得ない。
ただ、とは言っても、明確に危険性があると分かり、帰ることになった入校生は少なくない。
「軍家系の貴族は無理ですわよね。まぁ、そもそも、やる気のある入校生も少なからずいますの。8組が全員残っているのが、良い証拠ですわ」
8組の入校生は、誰も辞めなかった。
強制されていた者と自分から志願した者。
その差は、あまりにも大きかった。
必死さが、まるで違う。
人生がかかっているので、当たり前ではあるが。
「本当に、凄いやる気ですよ。私も、見習わないといけないですね」
「アリアは、十分、頑張っていますわよ。というか、軍にいたら、強制的に頑張らないといけませんの。やる気なんか出さなくても、やらされるから大丈夫ですわ」
「悲しいですね。それが、現実ですから。とはいえ、入校生が少なくなるということは、教官もいらなくなりますよね? 何人かは、帰ることになる気がします」
残っている入校生は50人程度。
何人かは必要であるが、全員はいらない。
アリアたちは、自然と、その考えに至る。
「なんだか、エレノアとエドワードは帰れない気がしますの。なんとなくですけど、そんな気がしますわ」
「私もそう思いますね。なんでしょう? よく分からないですけど、なんだか、そんな気はしています」
サラとアリアは、予感のようなものを感じていた。




