204 断れないよね
――ハインリッヒの執務室。
無言でお互いの顔を見る、二人。
どうしても、2週間の間、諸々のことを任せたいハインリッヒ。
何が何でも、引き受けたくないミハイル。
空中戦が繰り広げられている最中であった。
「……やめましょう。見合っていても、しょうがありませんよ。どの道、断れないですよね? 分かりました! 謹んで、お受けします!」
ミハイルは、いつも通りの笑顔になる。
「おお! それは、ありがたい! これで、安心して、王都ハリルを離れることができます!」
一転、ハインリッヒも、笑顔になっていた。
(……お願いではあるけど、実質、強制だからね。ここで、ハインリッヒ殿との関係悪化はマズ過ぎるよ。僕だけならまだしも、話は、ミハルーグ帝国とアミーラ王国の関係性にまで、発展しそうだし……はぁ、何も起きないワケないよな~)
笑顔の裏で、ミハイルはため息をついてしまう。
「それで、いつ出発されますか? フレイギンやら、反体制派やらの対処について確認したいです! それに、引き継ぎとかもお願いしたいのですが?」
ミハイルは、高速で頭を回転させていた。
ローマルク王国内の不穏分子。
ハリル士官学校。
部隊の展開状況。
現状と今後の動向。
知りたいことは、山のようにあった。
「もちろんです! 早速、始めましょうか! フレイギンやら反体制派ですが、これに関しては、一人一人、確実に潰していきましょう! ただ、普通に生活している国民への被害はナシの方向が良いですね! これ以上の国民感情の悪化は、問題ですから!」
ハインリッヒは、理想的な条件を語る。
「となると、こちら側から反体制派に人員を潜りこませる他はないですかね? もしかして、もう、やられていますか?」
大規模な検閲は、国民感情の悪化につながるだろう。
手間はかかるが、内部情報を集め、虱潰しにしていく。
確実な方法の一つであった。
もちろん、画期的な方法も、他にはあるだろう。
「もちろん、やっています! ただ、フレイギンを始めとして、反体制派も、かなり警戒している! 中々、上手くいっていないのが現状です!」
(だろうな。エンバニア帝国がいる以上、簡単に潜りこませてはくれないか。となると、カレンとレナード殿に頼むのが良い気がする。正直言って、ミハルーグ帝国の諜報員より、優れていると思うし。というか、多分、もう動いているだろうな)
ミハイルに驚きの表情はない。
「とは言っても、何個かの拠点は、確認しています! 取り急ぎ、強襲すれば、反体制派も動きづらくなるでしょう! すでに、部隊も動かしています! 本当は、もっと全容を解明してからにしたかったのですが、反撃をしないワケにもいきませんしね! こればかりは、しょうがない!」
ハリル士官学校を襲撃され、しかも、無差別殺人まで起こされている。
ここで、何もしないのは、有り得ない選択であった。
ミハルーグ帝国の面子が完全に潰されてしまうからだ。
それに、ローマルク王国の国民も、不信感を抱いてしまう。
反体制派も、我々に屈したと盛んに喧伝するだろう。
やりたくなくても、反撃するしか道はない。
「そうですか! なら、ある程度は、抑止力になるかとは思います! さて、その他にも、教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです! それでは……」
そこから、ハインリッヒは、諸々の引き継ぎを行っていく。
ミハイルはというと、いつも通りの笑顔ではあるが、必要事項を聞き出していた。
――次の日の朝。
早速、ハリル士官学校の入校生削減が発表される。
残ると希望した者以外は、家に帰ることが可能になった。
もちろん、入校生の多くは歓迎の声を上げていた。
入りたくて、入っているワケではないからである。
加えて、連日の襲撃。
命の危険がある場所にいたくはない。
当たり前の感情である。
負傷させられ、恐怖は極致に達していた。
危険地帯から逃れられる。
喜ばないワケがなかった。
そして、歓喜の声を上げていたのは、入校生だけではなかった。
「これは、もしかすると、もしかするかもしれませんわ!! 思ったよりも、早く帰れるかもしれませんの!!」
エレノアは、ムシャムシャしながら、喜んでいる。
現在、アリアたち、補助教官は、食堂で朝食を食べていた。
別に、まとまっていこうと示し合わせたワケではない。
偶然、同じ時間になっただけある。
近衛騎士団にいた際も、良くあることであった。
「まぁ、エレノアの言い分も一理ありますかね。物理的に、入校生が減りますから。それだけ、担当する教官もいらなくなるでしょう。全員は無理でしょうが、何人かは、帰れるかもしれませんね」
ステラも、珍しく、エレノアに同意する。
「まぁ、エレノアは残りそうだけどな。なんとなく、そんな気はする」
静かに食事をしながら、エドワードは、冷や水を浴びせた。
学級委員長三人組は、黙って、食事を続けている。
触れると、面倒になるのは明らかであった。
「ふざけるんじゃありませんわよ! そのときは、エドワードを推薦しますの! ワタクシたちの中で、一番雑魚なのだから、それくらいやってほしいですわ!」
エレノアは、無茶苦茶な論理を展開する。
もちろん、そこから、言い合いに発展していた。
(ほとんど寝れていないのに、元気だな、二人は。私には、そんな元気ないよ。とりあえず、早く寝たい……)
アリアは、静かに食事をする。
サラも、黙々と食事をしていた。




