203 結論
――ミハイルとハインリッヒの会談は続いていた。
だが、決断のときは近い。
ハリル士官学校の運営を続けるか、どうか、のである。
「……ミハイル殿、何か、良い案はないだろうか? やめれば、フレイギンに屈する上、陛下のご意思にも背いてしまう。だが、続けるとなると、入校生が犠牲になるだろう。それでは、ローマルク王国との関係が悪化してしまう。正直、八方ふさがり感は否めない」
ハインリッヒは、眉間にしわを寄せていた。
実際、誰がどう考えても、厳しい状況である。
ハリル士官学校の運営を続けようが、続けまいが、どちらにしても、影響は甚大であった。
(一応、案はあるにはある。ただ、これ、中途半端なんだよな。それに、ローマルク王国の士官不足の問題もある。まぁ、提案するだけしてみるか)
決心をしたミハイルは、口を開く。
「私に考えがあるのですが、申しあげてもよろしいでしょうか?」
「もちろん! どんな些細なことでも、構わない! 教えていただきたい!」
ハインリッヒは、食らいつく。
それほど、悩みが深かったようだ。
「ハリル士官学校の入校生を減らしましょう。そうすれば、守るのも容易になるハズです。それに、正直、無理矢理入ってきた入校生は、周りにも悪影響ですから。これなら、ハリル士官学校の存続は可能でしょう。まぁ、中途半端な考えであるとは思いますが。それに、結局は、悪評も広まってしまうでしょう」
ハリル士官学校の入校生は、自分から望んで入っているということになっていた。
だが、実態は違う。
ミハルーグ帝国の顔色を伺った結果であった。
国を守る意思のない貴族と思われたくなかったからだ。
彼らの脳裏には、今でも焼き付いている。
8月27日の惨劇が。
反ミハルーグ帝国の者たちが、公開処刑された出来事である。
タイリース中将を始めとした貴族が、民衆の狂気の中、処刑をされた。
残った貴族たちにとって、それだけは避けたい。
可愛いハズの自らの子供たちを、ハリル士官学校に送るくらいは、であった。
当然、そのことは、ハインリッヒも承知はしている。
「たしかに、やる気のない士官候補生なんて、邪魔なだけではありますからね。それに、貴族たちも安心することでしょう。自分の子供たちが、軍人にならないのは歓迎すべき出来事なハズです」
ハインリッヒは、言葉を続けた。
「入校生を減らす案は良いですね。希望者だけにすれば、襲撃で死ぬとしても、覚悟はできるでしょう。そのほうが健全です。士官不足は難しいですが、部隊内から能力のある人間を、強制的に士官にするしかありませんかね……」
「それでも、やらないよりはマシかと思います。正直、現場を知っている人間のほうが、望ましいですからね。入校生が、まともな指揮をできるようになるまで、それなりの時間がかかってしまう。その点は、優位でしょう」
ミハイルは、ぶっちゃけた話をする。
「とにもかくにも、やるしかありません。たしかに、中途半端ではありますが、一応の面目は立ちますしね。問題は、陛下が承知するかどうかですが、そこは任せてください。直接赴いて説明をします」
ハインリッヒは、決断をした。
「当然、王都ハリルを離れるワケですよね? その間、誰が指揮をとられるとか、決まっていますか?」
ミハイルは、一応、質問をしておく。
現時点で、ミハルーグ帝国の将官は、何人かはいる。
ただ、ハインリッヒのいない間、代わりを務められるかは、微妙であった。
それほど、ローマルク王国において、ハインリッヒの存在は大きい。
「いえ、今、決めたので、何とも言えません。ただ……」
「ただ?」
ミハイルは、答えの続きを促す。
「ただ、問題はないと思っています。なにせ、ミハイル殿がいるので」
ハインリッヒは、真っ直ぐ、ミハイルを見すえる。
(……凄い嫌な予感がするのだけど。いや、まさかね。ここ、王都ハリルには、僕より階級の高い人が、何人もいる。なのにね?)
ミハイルは考えるのをやめた。
「ハインリッヒ殿。言わなくても承知されているかとは思いますが、私には無理ですよ」
「私は、そう思いませんがね。その若さで少将になっているのは伊達ではないかと。もちろん、お家柄もあるでしょう。ただ、この目で、指揮や考え方を見ています。正直、味方でホッとしているところです。そもそも、副校長をお願いしたのも、こういう不測事態を見越してのことですから」
ハインリッヒは、至極、真面目な顔である。
もう、確定事項のようであった。
(……正直、驚いた。自分の能力に自信がないワケではない。でも、ハインリッヒ殿の代わりをするのは、荷が重すぎるだろう。例え、2週間とはいえね。対応を間違えた場合、アミーラ王国とミハルーグ帝国の関係性にヒビが入ってしまう。そんな危険性は負えないな、さすがに)
ミハイルに、いつもの笑顔はない。
稀に見せる、真面目な顔であった。
現在、ローマルク王国内には、多数の工作員が潜伏していると考えられる。
そんな状況で、ハインリッヒが王都ハリルを離れてしまう。
何も起きないと考えるのは、無理があった。
当然、対処を誤れば、大変なことになる。
すぐに、推測できることであった。




