195 一日は続く
――午前0時。
アリアたちの姿は、未だに教官室にあった。
もちろん、主任教官もいる。
(……今日は、徹夜か。まぁ、初日だしな。脱走者が出るかもしれないし、戻れないよ。一応、寮も近くにあるし、戻ろうと思えば、戻れるけどな。さすがに、主任教官が帰れないのに、それは申し訳ない)
書類をカキカキしながら、アリアはそんなことを思う。
隣にいるバスクはというと、座ったまま、腕を組んで、目をつむっている。
というか、普通に寝ていた。
たまに、いびきをかいているので、嫌でも分かってしまう。
「……アリア。巡回の時間ですわ」
そんな中、サラがアリアに近づく。
顔からは疲労がにじみ出ている。
訓練計画作成に加え、入校生の精神に寄り添った対応。
フレイギンの襲撃対処。
疲れていないワケがなかった。
「行きましょう、サラさん。一応、剣も持っていったほうが良いですよね?」
「もちろんですわ。フレイギンが、また、襲ってくるかもしれませんの。それに、剣があったほうが、安心しますわ」
サラは、腰に剣をつけている。
その鞘には、乾いた血がついたままだ。
アリアも、ささっと準備をする。
その後、二人は、教官室を出ていった。
夜のハリル士官学校は、暗い。
持っている松明の明かりがあるとはいえ、である。
そんな中、アリアとサラは、トボトボと歩いていた。
「ふわぁ~。それにしても、さっきまで巡回していた人たちって、どこに行ったんですかね? いてくれれば、私たちが巡回する必要もなかったと思うのですけど?」
アリアは、あくびをしてしまう。
目からは少し涙が出ている。
夜風が、さらに眠気を誘っていた。
「貴族街に行ったらしいですの。フレイギンの襲撃にビビっているみたいですわね。本当に良い迷惑ですの」
フレイギンによる、ハリル士官学校襲撃。
王都ハリルにいる貴族たちを震え上がらせるには、十分であった。
従来の警備だけでは満足せず、各所から警備兵をかき集めているのが現状だ。
結果、ハリル士官学校に割り当てられた兵士も、移動してしまっていた。
「まぁ、でも、バスク少佐の連れてきた獅子軍団の人たちも、巡回してくれています。だから、襲撃があっても、何とかなる気はしますね」
「普通の兵士並みの相手であれば、一方的にボコボコにしてくれるハズですわ。馬に乗ってなくても、強いのは意外でしたの」
サラは、午前中の襲撃を思い出しているようだ。
大盾による集団突進。
それだけで、襲撃者たちは、粉砕されてしまっていた。
「まぁ、落馬しても、戦いは続きますからね。さすがに、そこらへんは対策していると思います」
「たしかに、そうですわね。まぁ、どちらにしても、いてくれて大助かりですの。巡回を教官陣だけでやったら、大変でしたわ」
サラは、金髪のクルクルをさわっている。
心なしか、いつもより、しなびていた。
それに、赤黒いものが、少しついている。
(……早く寮に戻って、髪とか洗いたいんだけど。というか、さっさと寝たい。教官室に戻ったら、少しだけ寝よう。そうしないと、ヤバい気がする。バスク少佐も、普通に寝ていたし、大丈夫だろう)
サラと他愛のない会話をしながら、アリアはそんなことを考えていた。
――巡回開始から、1時間後。
そろそろ、終わろうかという時間になっていた。
だが、そう簡単に終われないようだ。
アリアとサラが、教官室へと戻る道中、事態が急変する。
突如、銅鑼の音が鳴り響いたのだ。
「……勘弁してほしいですの、本当に。また、フレイギンの襲撃とかだったら、最悪ですわね」
「まぁ、可能性はありますよね。間隔を空けずの襲撃はしてこないだろうって考えがありますから。こちらの虚を突いてきたのかもしれません。とりあえず、教官室に行きましょう」
アリアは、一周回って、眠気がなくなっていた。
サラも、げんなりとはしているが、シャキッとした顔をしている。
1分後、二人は、教官室に到着した。
だが、誰もいなかった。
どうやら、校庭に行ってしまっているようだ。
当然、二人も、向かう。
「お! 戻ってきたか!」
大盾を持ったバスクが、二人に近づいてくる。
鎧はつけていないようだ。
「バスク少佐。もしかして、襲撃ですか?」
アリアは、落ちついた口調で質問をする。
「いや、脱走らしい! どこの組の入校生は分からんがな! とりあえず、俺は、自分の中隊の捜索指揮をするから、8組の面倒を頼んだぞ!」
バスクはそう言うなり、どこかへ行ってしまった。
「ワタクシも、自分の組に戻りますわ。早く終わると良いですわね」
サラは、げんなりとした顔のまま、1組の主任教官のもとへ向かう。
(とりあえず、襲撃じゃなくて良かった。まぁ、脱走なら、全然、良いよ。とはいえ、この機に襲撃してくるかもしれないしな。気を抜けないことには変わりないか。8組の入校生が死なないようにしないとな)
アリアは、凝り固まった肩をグルグル回す。
眼前では、叩き起こされた入校生が、校庭に集まってきていた。
だが、動きは鈍い。
こればかりは、しょうがないことであった。
まだ、軍隊生活に慣れていないためである。




