194 根が深い
――8組の教室。
そこでは、絶賛話し合いが行われている最中であった。
結構、紛糾しているのか、外にまで声が聞こえている。
明日以降の予定、訓練内容の確認、準備しなければいけないもの。
その他、訓練での役割決めなど、盛りだくさんである。
「お! やってる、やってる! この様子だと、大丈夫そうだな!」
教室の外から、バスクは様子をうかがう。
「そうですね。午前中のことを引きずっている様子もありませんし。今のところは大丈夫だと思います」
アリアも、一緒に教室の様子を見ている。
議論が熱中しているので、大きな声を出さないようにしていた。
邪魔をするのも悪いからである。
「それじゃ、戻るか。いや、待て。一応、他の組の様子も見ておいたほうが良いか。アリア中尉、どう思う?」
バスクは、少しだけ思案顔をしていた。
別に、様子を確認しなくても、特に支障はない。
ただ、全体の様子を知っておくのは重要なことであった。
「士官学校全体の雰囲気は、8組に影響あるかもしれません。まぁ、見ておいても損はないかと」
「それじゃ、決まりだな。他の組の様子を見ていくか」
バスクはそう言うと、ツカツカと歩き出す。
その後ろを、アリアはついていく。
(うわぁ……やっぱり、雰囲気が良くないな。というか、これ、大丈夫か? まともに教育にならない気がするんだが……)
思わず、アリアは渋い顔になってしまう。
「……これは、ダメかもしれないな。もう、やる気が感じられない。まぁ、やる気のない俺が言っても、説得力がないか。ただ、あまり良い状況ではないな」
バスクは歩きながら、小声で話す。
端的に言えば、静かすぎるのだ。
学級委員長が話しているだけ。
誰も意見を言おうとしない。
8組とは違い、完全にやる気をなくしてしまった者が多いようだ。
「特に、2組がひどいですね。まぁ、しょうがない面もあるとは思います。ただ、あの状態だと、半分くらいは辞めそうですね」
先ほどまで、腕立てやら、走りやら、素振りをしていたのである。
元気なワケがなかった。
死にそうな顔をした学級委員長が、なんとか、声を出している。
だが、2組の入校生の反応は芳しくない。
まさに、心ここにあらずといった感じであった。
「まぁ、それも、しょうがないだろう。軍隊は、やっぱりキツイからな。長年いる俺でも、そう思うのだから、入りたてのあいつらなんて、もっとキツイだろう。ただ、今のこの国の情勢で、簡単に辞められるとは思えないけどな」
ローマルク王国は、現在、士官不足である。
それに、ローマルク独立国、エンバニア帝国の脅威もあった。
加えて、ミハルーグ帝国からの圧力もある。
どう考えても、簡単に辞められるワケがなかった。
「となると、脱走するしかありませんよね。ただ、軍法で裁かれてしまいますからね。最悪、貴族の身分を失うかもしれません。そのことは、彼らも分かっているハズです」
「進むも地獄、引くも地獄か。まぁ、頑張ってもらうしかないな。俺は貴族じゃないから、苦悩とかは分からないけど、難しい立場なのは理解できる」
バスクは、同情心が顔に出ている。
(もしかすると、8組からも辞める人が出てくるかもな。まぁ、可能性は低いけど。問題なのは、一人が辞めると連鎖的に辞めていくことだ。他の組は大変だな)
教官室までの道中、アリアは、そんなことを思っていた。
――教官室。
アリアとバスクが戻ると、教官の姿がまばらになっていた。
どうやら、自分の組の様子を見に行っているようだ。
そんな中、ステラが近づいてくる。
「アリアさん。2組の様子を見に行かれましたか?」
「はい、見てきましたよ」
「……控えめに言っても、マズかったですよね?」
「そうですね」
アリアは、取り繕わない。
意味があるとも思えなかったからだ。
そんな会話をしていると、ステラの組の主任教官が入ってくる。
なんと、その手には、山盛りに載せられた肉の皿があった。
「とりあえず、鞭はやったので、今度は飴でいこうかと。主任教官と一緒に2組に行ってきます」
「検討を祈ります」
アリアは、ステラの姿を見送る。
「まぁ、肉を食えば、大抵のことは、どうにかなるからな。悪い案ではないだろう」
一部始終を見ていたバスクは、ボソッとつぶやく。
「たしかに、お肉は効果アリだと思います。お腹が一杯になると、前向きになりますから」
アリアは、自分のイスに座る。
「まぁ、軍隊生活を送っていると、幸せの基準が下がるからな。そのうち、寝れるだけで、凄く幸せに感じてくるだろう。とにもかくにも、ここ、一週間が勝負か」
「辞めるのが難しい以上、頑張るしかありませんよね。まぁ、私たちもできることはやったほうが良いかと」
「しょうがないか! 8組は大丈夫そうだし、ここは助け合いだな! よし! アリア中尉! とりあえず、教官の巡回を変わるとするか!」
「……バスク少佐も、変わってくださいよ」
アリアは、ジト目でバスクを見ている。
「……もちろん! まさか、アリア中尉一人にやらせようなんて、思ってないからな! ハハハハ!」
バスクは、ごまかすために笑顔になっていた。




