193 フレイギン
教官陣の前に立つミハイル。
表情は、いつもと変わらず、笑顔である。
「まぁ、予想していると思うけど、午前中に起きた件に関してだね! 襲撃した者たちは、フレイギンの者たちだったよ! 意外と、すぐに吐いてくれて助かった!」
フレイギン。
現在、ローマルク王国の各地で暴れ回っている集団だ。
もちろん、後ろ盾は、エンバニア帝国。
ミハルーグ帝国からの独立を掲げてはいる。
だが、実態は、ローマルク王国の治安を悪化させているだけであった。
まさに、エンバニア帝国の尖兵である。
(やっぱり、フレイギンの人たちか。まぁ、白昼堂々、ハリル士官学校を襲撃してくるくらいだろうから、そうだとは思った。問題は、目的だ)
アリアの表情は変わらない。
他の面々も、特に声は上げない。
予想通りといった感じである。
「まぁ、特に驚きはないよね? 僕も、そうだと思ったよ! さて、問題は目的だけど、どうも、士官候補生に恐怖を植え付けたかったみたいだね! まぁ、それは達成されてしまったよ! 問題はもう一つ! 知っての通り、ハリル士官学校の入校生は、8組以外、貴族で構成されているよね?」
ミハイルは、言葉を続けた。
「てことは、親も貴族だ! 大体の親は、自分の子供がかわいいものだと思う。そっちにも影響があるワケ! 我々に従わないと、子供が大変なことになるって、警告にもなるし、嫌なやり方だよ、本当に!」
表情は、笑顔のまま。
ただ、あまりよくは思っていないようだ。
多少、付き合いのあるアリアたち若手士官には分かってしまう。
「それに、ローマルク王国の治安にも影響を与えているよ! 王都ハリルの国民たちも恐がるし! ミハルーグ帝国に対しての信頼が、だだ下がりだ! ふぅ~、本当に厄介極まりない! どこにいるか、数もよく分からないし!」
ミハイルは、やれやれといった感じである。
教官陣は、質問もせず、静かに聞いていた。
(フレイギンか。入校生の中にもいるだろうな。経歴なんて、いくらでも詐称できるだろうし。内部の人間を賄賂なりなんなりで買収すれば、いけるだろう。はぁ……本当に、こんな状態で、士官学校の教育なんて、できるのか?)
アリアは、思わず、ため息が出そうになる。
自分たちの身の安全ももちろん、入校生が危険にさらされてしまう。
教官として、看過できないことであった。
「副校長。この状況で、教育を続けるのは厳しいと思うのですが? 遅かれ、早かれ、入校生に犠牲が出てしまいます。今更ではありますけど、教育をしない選択肢もあるかと」
ミハイルの言葉が途切れたのを見計らい、言葉が発せられる。
発言の主は、エレノアの組の主任教官であった。
対して、ミハイルは、笑顔のままである。
「まぁ、そういった意見が出るのも当然だよね! でも、教育は続けるよ! ローマルク王国の士官不足は深刻だからね! それに、フレイギンに屈するワケにはいかないよ! これは、僕の意見ではなくて、校長であるハインリッヒ上級大将の考えだから! 僕が意見を言っても、変わらないと思うよ!」
予想していたのか、ミハイルの表情に変化はない。
「そうですか……分かりました」
エレノアの組の主任教官は、それ以上、言葉を続けることはない。
ハインリッヒ上級大将の名前を出されては、何も言うことができなくなってしまう。
いくら、他国の士官とはいえ、無理なものは無理であった。
「申し訳ないのだけど、教官として、入校生の教育をお願いするね! 僕も、安全に教育できるよう、色々とするからさ! あと、入校生の精神状況にも気を配ってほしい! 8組はともかく、他の組の入校生には、刺激が強すぎたと思うからさ! それじゃ、僕は戻るけど、なにか質問ある?」
ミハイルは、教官陣を見渡す。
特にないのか、誰も言葉を発しない。
(実際、この場で文句を言っても、しょうがないからな。団長……副校長は、優しいから聞いてくれるだろうけど、現状、解決できる話でもないし。まぁ、なるようにしかならないか)
アリアには、質問をする気も、提言をする気もなかった。
それは、別にアリアだけではない。
教官陣、全員に言えることである。
「特にないみたいだね! それじゃ、僕は戻るよ! なにか緊急事態が起きたら、呼びに来て! 今日は、副校長室で寝泊まりするから、いつでも大丈夫!」
ミハイルはそれだけ言うと、教官室から出ていく。
教官陣は、出ていくのを送った後、動き出す。
「さて、一応、8組の奴らを見に行くか! アリア中尉は、どうする? 仕事がたくさんあるのなら、教官室でやっておいた方が良いかと思うが?」
「いえ、差し迫った仕事はないので、私もついていきます」
「そうか! それじゃ、見に行くとしよう! まぁ、大丈夫だとは思うけどな!」
バスクは、教官室から出ていく。
その後を、アリアも追う。
目指す先は、8組の教室である。
(バスク少佐の言う通り、大丈夫だと思う。もう、慣れているだろうし。ただ、午前中の件もあるからな。見に行って損はないと思う)
歩きながら、アリアは、そんなことを思っていた。




