192 やっと解放
――午後8時。
教官室には、まだ誰も帰ってきていない。
どうやら、2組の訓練に付き合っているようだ。
そんな中、アリアは、ポツンと一人で書類仕事を進めていた。
(……全然、帰ってこないけど、大丈夫かな? 何人か、他の組の入校生が来ては、帰りを繰り返しているけど。それに、午前中の件もあるし、入校生の面倒を見てあげたほうが良いと思う。8組は実戦経験済みの入校生が、ほとんどだから、まだマシだけど、他の組の貴族は違うからな)
アリアは、軍服についた血の跡を確かめる。
もう乾いて、変色してしまっていた。
それほど、広範囲には広がっていないが、嫌なものは嫌である。
(一応、大丈夫だとは思うけど、あとで、8組の入校生の様子を見に行くか。まぁ、他の組の教官陣が帰ってきてからの話だけど。教官室に誰もいないのはマズいからな)
アリアは、書類に文字をカキカキしていた。
仕事は山ほどある。
入校生も色々とやることがあるが、それは、教官も同じであった。
ただ、比較的、アリアの書類作成の速度は早い。
バスクが、すぐに了承をしてくれるためである。
しかも、やり直しは皆無と言っていい。
人によっては、理想的な上司であった。
(というか、本当に早く帰ってきてくれないかな。何かあったときに困る。私一人で対処できれば良いけど、そうでない場合があるかもしれない)
少し不安を覚えつつ、教官の帰りを待つ。
そんな中、教官室の扉がノックもされず、開け放たれる。
「あれ? なんでアリアしかいないの? 他の教官は?」
副校長ことミハイルは、少し驚いた顔をしていた。
「2組の様子を見に行って、そのまま一緒に訓練しているみたいです」
アリアは、書類を書くのをやめ、立ち上がる。
「外で走らされている入校生に付き合ってるのか……いや、一応、全員を集めた場で伝えたほうが良いかな? どうしよう?」
ミハイルは、思案顔になっていた。
どうやら、重要な話らしい。
「分かりました。教官室に集まるよう、言ってきます」
「よろしく! 皆が来るまで、ここで待っているから!」
ミハイルに返事をすると、アリアは、教官室を出ていく。
(というか、今、どこにいるんだ? さっきから声が聞こえてこないしな。もしかして、屋内訓練場か?)
アリアは、夜風が吹く、道を歩いていた。
午前中の件もあるので、一応、剣を持ってきている。
ただ、警備の兵が多数巡回していた。
この状況での襲撃は、無理があると思えるほどだ。
(お。やっぱり、屋内訓練場か。それにしても、熱気が凄いな。それだけ、汗をかいているってことだけど)
屋内訓練場に到着したアリア。
近づいただけで分かる熱気。
それに、怒号やらうめき声。
相当、混沌とした状況であった。
「アリア中尉、どうした? もしかして、問題発生か?」
壁にもたれかかっていたバスクに、アリアは近づく。
「いえ。副校長が教官全員に伝えたいことがあるそうで。戻ってくるよう伝えにきました」
「そうか、分かった。あいつらも、やっと、これで解放だな」
バスクはそう言うと、2組の入校生のほうに顔を向ける。
現在、剣の素振りをしている最中であった。
ただ、周りには教官がいるため、手は抜けない状況である。
皆、死にそうな顔で、剣を振り続けていた。
(……まぁ、士官学校だから、しょうがないよね。午前中の件もあるし、これは何人か、やめるかな?)
そんなことを思いつつ、アリアは、2組の主任教官に用件を伝える。
結果、2組の入校生は、解放されることになった。
「もう少しだけ、やりたかったですけど、しょうがありませんね。団長……副校長に呼ばれたのでは、行くしかありません」
ステラは、汗すらかいていない。
サラ、エドワード、学級委員長三人組、エレノアとは、大違いである。
一緒に走ったり、腕立てをしていたのか、軍服に汗がにじんでいた。
「さすがに疲れたな。今日は、朝から、剣磨きとか、襲撃とか、色々あり過ぎだ。まぁ、しょうがないか」
エドワードは、疲労を隠しきれていない。
学級委員長三人組は、そんなエドワードを労わっている。
「調子に乗り過ぎましたの……もう、さっさと寝たいですわ……」
エレノアに至っては、死にそうな顔をしていた。
朝から、動きっぱなしであるからだ。
まもなくすると、アリアが見守る中、解散が宣言される。
当然、2組の入校生は、速攻で消えてしまう。
その後、アリアを含む教官陣は、さっさと教官室へ戻っていた。
ミハイルを待たせているためである。
「いや、悪いね、呼びつけてしまって! それじゃ、時間も勿体ないし、本題に入るよ!」
ミハイルは、一同を見渡し、口を開く。
(……無理難題とかだったら、嫌だな。いや、さすがに、それはないか。他国の士官もいるんだし、無理は通せないだろう。警戒し過ぎか?)
アリアは、今までの記憶を思い出していた。
あまりにも、ミハイルが発端の面倒ごとが多すぎた。
なので、意識するにせよ、無意識にせよ、警戒心が目を覚ましてしまう。
エレノアに至っては、普通に渋い顔になっていた。




