191 学級委員長
――午後5時。
貴族とのいざこざをなんとかした後、アリア、バスクは教官室へと戻っていた。
2組の主任教官とステラはというと、教官室から消えている。
「2組の入校生なんだが、大丈夫なのか? 2組の主任教官はともかく、ステラ中尉は、結構、ヤバそうな気がするぞ。容赦なくボコボコにしていたし、やりすぎないと良いがな」
イスに座ったバスクは、アリアに話しかける。
「……大丈夫かと。まぁ、主任教官も一緒ですので、無茶はさせないハズ……と思いたいです」
アリアは、渋い顔で、答えた。
思い出される、レイル士官学校の頃の記憶。
入校当初、アリアを、平民だと馬鹿にした貴族のことである。
黒板に顔面を叩きつけていたのが、アリアの記憶にあった。
「まぁ、大丈夫か。8組には迷惑はかからないだろう。よし! この話は終わりだ!」
バスクは、気になるようだが、それ以上考えないようにする。
アリアも、机から書類を取りだし、仕事を始めた。
そんなこんなで、5分後。
バタバタと外が騒がしくなる。
教官室がある建物と校庭は近い。
なので、必然、声などが聞こえてきた。
「始まったみたいだな」
「ですね」
バスクとアリアは、特段、気にしない。
想像通りだからである。
「一応、確認しておくか? 他の教官も、見に行ったみたいだしな」
バスクは、教官室の入口のほうに顔を向けていた。
教官陣が、ぞろぞろと出ていくのが見える。
「私は残りますよ。まだ、学級委員長が誰になったか、報告を受けていませんので」
他の組の学級委員長は、すでに決まっている。
残りは、8組だけであった。
「そうか。分かった。それじゃ、俺は、ちょっとだけ見に行ってくるな」
バスクはそう言うと、教官室から出ていく。
部屋には、アリア一人が残される。
ただ、凄く静かなワケではなかった。
(……数を数えている声が、滅茶苦茶、聞こえてくるな。多分、腕立てでもしているのだろう。というか、いくつか怒声も聞こえてくるな。もしかして、見に行った教官も、参加しているのか? そうじゃないと、考えられない)
書類を書きながら、アリアは耳を澄ませる。
『やる気あるのか!?』
であったり、
『おーっほっほっほ! この程度でくたばるなんて、エドワード以下ですわね!』
とか、
『誰が、これ以下だ!? 僕は、もっとできるぞ!』
なんて、声が聞こえてくる。
校庭は、相当、賑やかなようだ。
やらされている方からすれば、たまったものではないが。
(あまり士官候補生にやらせても意味のない気がするんだけどな。まぁ、最初だし、しょうがないか。それにしても、2組の入校生は災難だな。数人の暴走のせいで、連帯責任をとらされる。あるあると言えばあるあるだけど、同情してしまうよ)
書類仕事をしながら、アリアは、思考をする。
そんな雰囲気の中で、仕事をしていると、扉がノックされ、入校生が入ってきた。
「アリア中尉! お時間よろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ。もしかして、学級委員長はあなたですか?」
アリアは、机の前に立った若い男性の顔を見る。
ゲオルク・シュタイン。
戦場から帰ってきた者特有の目の死に方をしている。
軍人らしい、短髪をした、細身の男性であった。
「はい! 話し合いの結果、私が学級委員長になりました! よろしくお願いします!」
まだ緊張しているようだ。
大きな声からも、震えが伝わってくる。
「よろしくお願いします。とりあえず、明日までに、やっておくことを紙に書いておきましたので、頼みました」
アリアは、机の上にあった紙をゲオルクに渡す。
当の本人はというと、緊張した面持ちで紙を受けとる。
「了解しました!」
「何か、質問があれば、教官室に来てください。基本的に私が対応しますので」
アリアは、自分が対応することを強調した。
おそらく、バスクは、面倒がってテキトウを言う可能性があったからだ。
ゲオルクはというと、先ほどと同様に大きな声で返事をする。
「あ。そういえば、2組といざこざがあった件は聞きましたか?」
「ハイ! もちろんです!」
「それは良かったです。まぁ、もう一度、言っておきますけど、揉め事が起きたら、すぐに報告してください。お願いしますね。間違っても、ボコボコにしないように」
アリアは、再度、念押ししておく。
「了解しました! 絶対、こちらから手を出さないよう、徹底させます!」
ゲオルクは、もちろんといった顔をする。
どうやら、そこらへんは分かっているようだ。
「本当にお願いしますよ。それでは、戻ってください」
アリアは、再び、書類仕事に戻る。
ゲオルクはというと、返事をし、教官室を出ていく。
(まぁ、軍隊生活には慣れているだろうからな。やりやすくて助かるよ。8組の教官を担当できて、運が良かったかも。だって、貴族相手の教官なんて、大変だろうし。現に、今も、色々としているからな。それにしても、バスク少佐、帰ってこない。もしかして、参加しているのか?)
教官室に、数を数える声が聞こえてこなくなる。
その代わりに、怒号とともに、走る音が聞こえてきた。
どうやら、腕立てから走りに移行したようだ。




