188 自己紹介
――昼の終わり。
お昼ご飯と準備をしていたら、あっという間に、時間がきてしまう。
アリアは、急いで、8組の教室に向かう。
(というか、さっきまで襲撃してきた人たちと戦っていたのに、午後には講義か。まぁ、状況把握のために待機とか命じても、しょうがないからな。それなら、士官学校の生活について説明したほうがマシか。とはいえ、戦闘をして疲れたから、少し休みたいな)
アリアは走りながら、そんなことを思ってしまう。
ハリル士官学校に到着してから、まだ、まともな休みをとれていない。
なので、疲労がたまっていた。
加えて、午前中の襲撃である。
死ぬほど疲れているワケではないが、それなりに疲れてはいる状態であった。
「ふぅ~、間に合った」
8組の教室の扉を開け、アリアは滑りこむ。
と同時に、ラッパの音が聞こえてきた。
午後の始まりを告げる合図だ。
アリアは、教壇に立つと、揃っている入校生を見渡す。
(なんだか、目つきが違うな。やっぱり、前線帰りの入校生が多いからか? まだ、士官学校の教育が始まっていないのに、雰囲気が軍人だものな。さっきまで見ていた貴族の入校生とは、全然、違うよ)
そんなことを思いつつ、アリアは口を開く。
「初めまして。8組の補助教官を受け持つ、アリア中尉です。よろしく」
少しドキドキしながら、自己紹介をする。
「よろしくお願いします!!」
返ってきたのは、大きな声での返事であった。
アリアは、少し面喰ってしまう。
(お、おう。いつも大声を出す側だったからな。大声で返事をされると、変な感じだ。教官って、こんな感じなんだな。少し新鮮だ)
アリアはそんなことを思った後、気を取り直す。
「出身は、アミーラ王国の近衛騎士団です。1年前くらいかな? 記憶に、新しいと思うけど、ローマルク防衛戦にも参加していました。まぁ、今は、これくらいにしておきます。主任教官のバスク少佐は、後ほど来ますので、そのつもりで」
細かい話をし出すと、長くなってしまう。
なので、アリアは、短く挨拶を終える。
(長い話を聞いていると、眠くなるからな。もう、これは、軍隊に入ってから、何度なく思ったことだ。やっぱり、話は短いほうが良い)
思い出される数々の式典。
そのどれもが、話の長いものばかりであった。
しかも、右耳から左耳へ、言葉を流していたので、あまり記憶に残っていない。
思うのは、「早く終わらないかな……」ばかりであった。
そのことを、アリアは教訓にしている。
「アリア中尉! 質問をしてもよろしいでしょうか?」
アリアが挨拶を終えると、入校生の一人が手を上げる。
「良いですよ。私の答えられる範囲でなら。今回の襲撃の背後関係とかは、まだ、分からないので、質問には答えらえませんけど」
「アリア中尉は、アミーラ王国軍の中でも、精鋭の近衛騎士団に所属していると思います! 自分から志願をされたのですか?」
入校生は、大きな声で質問をした。
他の座っている入校生も、興味があるのか、アリアに視線を集中させる。
(……自分から志願をしたワケではないんだよな。なんなら、配属が決まったとき、泣いてしまったような気がする。いや、泣いていたな。う~ん、どうしよう? ウソをつくか、本当のことを言うべきか)
そんなことを考えていたアリアは、入校生を見渡す。
キラキラした目線が、槍のように突き刺さる。
(ここで、自分から志願したとか言って、後でバレたらマズいか。変に期待されているから、落差も激しそうだし。よし! 本当のことを言おう!)
アリアは決断をした。
軍人にとって、決断は重い。
今まさに、アリアは、そのことを実感していた。
「自分からは志願していません。配属先の希望は別に出していたんですけどね……いざとなったら、近衛騎士団に配属されてしまいました。結果、結構……いや、何度か死にかけましたね、本当に」
アリアは、近衛騎士団に配属されてからの日々を思い返す。
数人で敵地に行かされたり、潜入させられたり、無理難題を言われたり。
頭に浮かび上がるのは、ツラい記憶ばかりである。
そんなアリアとは、対照的に、入校生は尊敬のまなざしで見ていた。
「ということは、近衛騎士団に選ばれるほど、優秀だということですよね? そんな方に教えていただけるなんて、私たちは運が良いですよ!」
どうやら、アリアが思っていたのとは、違う感想をもったようだ。
8組の教室が、ガヤガヤし始める。
そんなところに、バスクが扉を開けて、入ってきた。
「お。もう打ち解けたのか。やるな、アリア中尉。結構、堅めだと思っていたけど、そんなことはないのか」
バスクは、少し驚いているようだ。
教室はというと、主任教官の登場に、再び緊張に包まれていた。
入校生は、黙って、バスクの動きに注目している。
「おいおい、静かにならなくても良いぞ! 俺は、堅いのが苦手だからな! もっと、活気を出していけよ!」
バスクは、安心させる言葉を発した。
結果、入校生の顔から、若干、緊張がとれる。
どうやら、バスクの作戦は成功したようだ。




