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187 楽ができそう

 ――お昼。


 4月のうららかな空気とはうって違い、ハリル士官学校の正門は血なまぐさいこと、この上ない。

 獅子軍団のおかげで、襲撃者は速やかに拘束されていた。


 馬に乗っていなくても、獅子軍団の兵士は強い。

 それが示された形となった。


 大盾を持った集団に、突っ込まれる。

 それだけで、襲撃者は倒されてしまっていた。


「ふぅ~! これで、ケガをした入校生は運び終わりましたわね! もう、お昼ですわよ! 早く昼食にしたいですの!」


 エレノアは、顔から流れる汗をぬぐう。

 軍服には、乾いた血がべったりとついている。

 先ほどまで、戦っていた証拠だ。


「この状況でよくも、そんな呑気なことが言えますね? 頭、大丈夫ですか?」


 近くにいたステラは、すかさず言葉を続ける。


「大丈夫に決まっていますの! ケンカを売っているなら、買いますわよ! そこらへんに転がっている襲撃者と同じ目に遭わせてあげますの!」


 もちろん、エレノアは、言い返す。

 先ほどまで戦闘をしていたので、気が立っているのは間違いない。


「おい! ステラも、エレノアもやめろ! もう、僕たちは教官なんだぞ! こんなところでケンカをしてどうする!? とりあえず、正門に行くぞ!」


 エドワードはそれだけ言うと、救護所として使われている建物から出ていく。

 ステラとエレノアも、不満ながら、後を追う。


(獅子軍団のおかげで、すぐに鎮圧はできたな。入校生も死者は出ていないみたいだし、運が良かった。というか、死者を出すのが狙いではなかったのかな? もしかすると、多少、騒ぎを起こしたら、撤退するつもりだったのかもな。目的は、入校生を不安にさせることかもしれない)


 そんなことを思いつつ、アリアは、正門を目指す。


 数分後、主任教官、補助教官を含めた全員が正門に集まる。

 その面前には、まったく服の汚れていないミハイルがいた。


「いや、朝からお疲れ様! とりあえず、鎮圧できたよ! 亡くなった入校生もいないみたいだしね! ひとえに皆のおかげだ! 本当にありがとう!」


 屈託のない笑顔が、教官陣に向けられる。


(相変わらず、気持ちの良いくらいの笑顔だな。汗もかいてないみたいだし。私たちとは大違いだよ)


 アリアは、流れてくる汗を、服の袖でぬぐう。

 さすがに、4月の陽気は、戦闘するには暑すぎる。

 軍服に汗が滲んでいるものが大半であった。


「さて、これからの予定を伝えるね! 本当は午前中に、この士官学校の生活とかを教えてもらう予定だったんだけど、それを午後にやって! だから、実技試験はなしね! もう、やる意味もないだろうし。この決定に関して、何か意見がある人はいる?」


 一応、ミハイルは、確認をする。

 教官陣は、誰も声を上げない。

 どうやら、異議のある者はいないようだ。


(よし! 午後は体を動かさなくて済むぞ! 入校生に士官学校のことを説明するだけなんて、楽だよ! もう、これで、午後は実技試験とか言われたら、ヤバかったな! 体もそうだけど、気持ちが持たないよ)


 アリアは、自然と笑みがこぼれてしまう。

 エレノアに至っては、『さすが、団長ですわ! ワタクシ、信じていましたの!』などと、小声で言っている。


 その後、正門に集まった教官は、解散することになった。

 それぞれ、昼食をとるなり、午後の準備をするなりするようだ。


「アリア中尉。8組の入校生の中で、ケガした者は何人ぐらいいる?」


 教官室への道中、バスクは質問をする。


「それが、いないみたいです。というか、正門近くの倉庫にあった剣を使って、戦っていた者が多かったと聞いていますね」


「まぁ、さすが、前線帰りなだけはあるか。あの程度の敵だったら、相手にはならないみたいだな。襲撃してきた奴らが、民間人に毛が生えたぐらいの強さだったとはいえ、頑張ってくれたのは事実か」


 バスクは、素直に感心していた。

 これに関しては、アリアも同意する。


「やっぱり、実際の戦場を経験しているとしていないのでは、大きな違いがありますからね。この後は、副校長がおっしゃった通り、普通に説明するだけで良いですよね?」


「それで良いぞ。とりあえず、俺は、中隊の奴らを見てくるから、先に昼食に行っておけ」


 バスクは、それだけ言うと、正門のほうに向かっていく。

 訓練用の相手と何かあったときの場合に備えて、バスクの中隊が呼び寄せられていたようだ。


 アリアは返事をすると、一人、食堂へ向かう。


(それにしても、午前中から散々だったな。敵の練度が高くなくて良かったよ。これで、正規兵ぐらい強かったら、入校生に死者も出ていただろう。まぁ、今回は、本当に運が良かった。ただ、問題なのは、入校生の精神面か。8組の入校生は大丈夫だろうけど、問題は他の組だ。貴族なんて、今まで、戦闘と無縁だったろうし、厳しいかもしれないな)


 アリアは、食堂へと歩きながら、そんなことを自然に考えてしまう。


 死の恐怖と戦場の空気。


 無縁だった貴族には、厳しいものがあるのは明らかであった。

 鍛えた者でさえ、精神に異常をきたす者がいる。

 それが戦場という場所の現実であった。

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