184 もしかして、面倒なだけ?
――1週間後。
ついに、明日、入校生が来る日となっていた。
4月のうららかな陽気の中、アリアは教官室にいる。
もちろん、仕事をするためであった。
時間は、午後になったばかりである。
「バスク少佐。今月に行う訓練の計画書を作ってきたので、確認お願いします」
アリアは、隣に座っているバスクに、話しかけた。
当の本人はというと、目を開け、書類を手にとる。
「う~ん……まぁ、大丈夫だろう。この書類にかかれている通りにやって良いぞ」
書類に目を通すこと、10秒。
バスクは、了承の意を示す。
(……本当に内容を確認したのかな? いつも10秒くらいしか、書類を見てないんだけど。いや、バスク少佐くらい歴戦の士官になると、一瞬で計画書の良し悪しが分かるのかもしれない。そう思うことにしておこう)
アリアは、不安を顔に出さないよう、バスクから書類を受けとる。
一応、これで、直近の間にやらなければいけない仕事は終了となっていた。
あとは、明日、入校生が来るのに備えるだけである。
ちなみに、他の組は、こうはいかない。
主任教官によって、訓練計画の修正を加えられたためである。
通常、一発で計画書が通るのは稀であった。
(というか、訓練計画書、一発で全部通っているんだけど。修正とか指示してくれたほうが、精神衛生上、良いんだけどな。だって、間違っていたら、なんか嫌だし。教官なんて初めてだから、もっと教えてほしいのが、正直なところだ)
アリアは、指導を受けた書類を机の中にしまう。
すると、タイミングを見計らっったかのように、バスクが話しかけてくる。
「そういえば、アリア中尉。8組の入校生の経歴に目を通したか?」
「はい、それはもちろんやっています。これから、指導をしていくワケですし、経歴に目を通すのは当然かと」
アリアは、当然やっていると答えた。
自分が受け持つ組に入ってくるのである。
入校生の素性を知っておくのは、必要なことであった。
「なら、共通点に気づいたか?」
「ほとんどが前線帰りってことですか?」
アリアは、すぐに答える。
今回、8組に入ってくる入校生は、一般兵として、エンバニア帝国と戦った者たちばかりであった。
アリアと一緒で、試験を突破して入ってきた面子である。
「そう、その通り。だからさ、明日の入校生を試すための実技試験、やめにしないか?」
「え!? それは、さすがにマズいんじゃないですか?」
アリアは、驚きの声を上げた。
教官としての実力を見せるのはもちろん、入校生の気持ちを切り替えるために行う通過儀礼のようなものである。
実技試験は、ハリル士官学校全体で行われるものなので、一つの組だけ行わないというのは、あまり考えられない。
「大丈夫だろう。ほら、俺の組の入校生は、さっきも言ったけど、前線帰りばかり。だから、ある程度、弁えているだろう。それに、実力もそれなりにはあるハズだ。だから、わざわざ、実技試験をやる必要もない気がするからな」
「まぁ、それはそうですけど、他の組もやるので、さすがに足並みを揃えないのはマズくないですか?」
もちろん、アリアは、考え直すよう、言葉を発する。
「まぁ、たしかにな。それじゃ、やるか。相手するのは、俺が10人で、アリア中尉が20人でも大丈夫だよな? もう、俺も年でさ。最近、体が動かないんだよ」
バスクはそう言うと、立ち上がり、腰をポンポンと叩く。
「……分かりました。ただ、私の手に負えないぐらい強い入校生がいた場合は、お願いします」
アリアは、釈然としない顔をしている。
「そんな奴いるかな? アリア中尉と直接戦ったことはないけれど、前の戦いで、近衛騎士団の戦いぶりは、俺も見ている。一般兵と同じくらいの強さの奴が、とても勝てる相手ではないと感じたぞ」
「いたら、困るので、一応です。そういえば、バスク少佐はあのランスで戦われるんですか?」
獅子軍団と言えば、長いランスによる突進攻撃が有名である。
ただ、歩兵として、使うのは難しいように感じていた。
少なくとも、アリアには、想像がつかない。
「いや、まぁ、戦おうと思えば戦えるけどさ。あれ、滅茶苦茶、重いんだよ。地上で振り回すのは、あまり向いていない気がするな。だから、大盾だけで戦うぞ」
「え!? 大盾だけですか? それで、勝てますかね?」
アリアは、さすがにあり得ないと思ってしまった。
盾は防御するものという考えがあったからだ。
「アリア中尉と戦うなら、もちろんランスも必要だ。ただ、相手は、前線帰りとはいえ、軍歴の短い相手だぞ? 大盾だけで、十分だろう」
バスクは、当然といった顔をしている。
(いや、それで、入校生に負けたら、シャレにならないだろう。最悪、言うことを聞いてくれなくなる可能性もある。まぁ、バスク少佐は、私よりも、全然、軍歴が長いし、大丈夫か。どちらかというと、自分の心配をしたほうが良いかな?)
アリアは、それ以上、言及しないことにした。
しても無駄な気がしたためである。
明日、入校生がついにやってくることになっていた。




