183 顔合わせ
食堂で食事を終えたアリアたち。
もう時間もないので、急いで、寮に帰り準備をする。
そうこうしているうちに、8時になる。
教官同士の顔合わせの時間であった。
(たしか、名前はバスク・オルファだったよな。8組の主任教官。つまり、私の上司にあたる人物だ。獅子軍団の中隊長をやっていた人だからな……恐い人とかだったら、どうしよう?)
教官室へと歩きながら、アリアは心臓の鼓動が高鳴るのを感じていた。
他にいる若手士官の面々も、緊張しているようだ。
ただ、エドワードとエレノアは違う。
朝から剣を磨いていたせいで、緊張とかがどうでもよくなるくらい疲れていたからだ。
今も、トボトボとした歩みで、アリアたちと一緒に歩いている。
ステラは、いつも通り、緊張など一切感じていないような顔であった。
実際、大して感じてはいなさそうだ。
「そろそろですわね……緊張しますわ……」
サラは、ゴクリと唾を飲む。
(なんだか、教官室の扉を前にすると、入校生に戻った気分になるな。今は、別に大声を出して入らなくても良いのに。やっぱり、それだけ、鮮烈な記憶だったんだろう)
アリアは、そんなことを思っていた。
少しでも、緊張を和らげるためである。
サラが扉を開けると、若手士官の面々は、部屋に入っていく。
教官室の中は、いかにもな感じである。
必要最低限の机とイス。
それに、各組の主任教官が分かれて座っていた。
(あれが、バスク少佐か。かなり鍛えている感じだ。いかにも歴戦の戦士みたいな見た目だし。恐い人でないと良いな……)
アリアは、再び、心臓が鳴るのを感じる。
教官室は、あまり広くないので、すぐにバスク少佐がいる場所にたどりつく。
他の面々も、上司となる主任教官のもとに行っているようだ。
「お初にお目にかかります! アミーラ王国軍近衛騎士団所属、アリア中尉です! よろしくお願いします!」
アリアは、気合いの入った声を上げる。
他の面々も、力のある声を出す者が多かった。
「気合い入ってるな。まぁまぁ、そんなに緊張するなって。気楽にいこうぜ。俺の名前は、バスク・オルファ。一応、獅子軍団で中隊長をやっていた」
バスクは立ち上がると、手を差し出す。
(あれ? なんだか、思っていたのと違うんだけど。結構、テキトウな感じなのかな?)
アリアは、差し出された手を握る。
やはり、というか、手は完全に戦士のものであった。
分厚さの中に力がある。
「まぁ、俺は面倒くさがりだからさ。基本的に、訓練計画やら、鍛えるための計画やらは頼むな。できたら、俺のところに持ってきてよ。一応、確認だけはするから」
「は、はぁ……」
あまりにも想像と違っていたため、アリアは戸惑ってしまう。
バスクはそれだけ言うと、イスに座る。
言いたいことは言ったという感じであった。
(……恐くないのは良いけど、なんだか、不安になってきたな。まぁ、獅子軍団で中隊長をやっていたみたいだし、ちゃんと、仕事はしてくれるよね? いや、してくれないと困る)
アリアは、挨拶もそこそこに、バスクの隣に座る。
主任教官と補助教官の机は隣同士であった。
必然、バスクとアリアは、近い距離で仕事をすることになりそうだ。
「あ、忘れてた。8組が担当する奴らは、貴族じゃなくて、平民だからな。そこら辺は気にしなくて良いぞ。思う存分しごいても、誰も文句を言ってこないから、楽ができそうだ」
「貴族だとやはり、文句を言われたりするんですか?」
「まぁ、言われるだろうな。アリア中尉も、俺も、平民出身だ。多分、ここぞとばかりに、文句ばかり言ってくるぞ。貴族同士のつながりがあるワケではないからな。だから、他の組は、他国とはいえ、貴族の士官が担当しているだろう? そこらへんは考えているみたいだな」
バスクは、面倒そうな顔をしていた。
(やっぱり、ローマルク王国でも一緒なのか。まぁ、どこでも変わらないみたいだ。1組から7組は、貴族のみ。8組は、逆に平民だけだ。また、肩身のせまい思いをしそうだな)
アリアも、自然と渋い顔をしてしまう。
「まぁ、貴族の奴らが絡んできたら、テキトウにいなしておけ。平民出身だと、色々、面倒だよな。しかも、士官なんて、貴族ばかりだし。あ~、やめよう。何か起きたら、考えることにしたほうが良いな」
一応、バスクは気を遣っているようだ。
ただ、それを言った後、イスに座って、目をつむってしまう。
(……まさかだけど、寝ていないよな? いや、少し、目を閉じているだけだと信じよう。そんなことより、色々、計画作りとかしないとな。入校生が来るまで、日にちも、そんなにないし。はぁ……本当に休みたいな。入校生もキツイだろうけど、私もキツイよ。倒れないように注意しないとな……)
アリアは、思わず、ため息をついてしまう。
他の若手士官の面々も、挨拶を終え、早速、仕事にとりかかっているようだ。
さっきとは違い、教官室は、ガヤガヤせず、話し声程度の静かさになっている。
そんな中、アリアは、チラチラ見ながら、仕事を進めていた。
腕を組んで、目を閉じているバスクを、である。




