178 本当に同じ人間なのか?
どうにかこうにか助かったアリアたち。
追ってきていた騎馬兵たちは、物言わぬ物体となっている。
獅子軍団によって、粉砕されてしまったのだ。
馬が限界であったため、逃げることもできず、一方的に殲滅されていた。
「戦闘が始まって20分ほどか。敵の騎馬兵たちが、いくら限界だったとはいえ、獅子軍団の力は凄まじいな。今まで、僕たちが、必死になって逃げていたのがウソみたいだ」
エドワードの顔は、少し離れた場所を向いている。
そこには、原形を留めていない肉の塊が散乱していた。
もちろん、騎馬兵たちであったものだ。
「ミハルーグ帝国が誇る軍団ですからね。普通の騎馬兵では、相手にすらなりませんよ」
ステラは、いつも通りの落ちついた声を出す。
特に疑問点などはないようだ。
アリアたちが、そんな感想を言い合っていると、一人の重装甲騎兵が近づいてきた。
「ふぅ。やはり、これは重いな。とにかく君たちが無事で良かった」
「本当にありがとうございました! 命があるのも、獅子軍団のおかげです!」
顔が鎧で隠れているため、アリアは、とりあえずお礼を言う。
もし、偉い人だったら、不敬になってしまうからだ。
そんなアリアに、カレンが小声でささやく。
「アリア様。あの方は、ハインリッヒ上級大将ですよ。ミハルーグ帝国東部戦域軍の総司令官を務めている方です」
「え!? 本当ですか!? なんで、そんな人が来ているんですか!?」
アリアは、大きな声を出さないようにする。
「援軍を要請したら、ハインリッヒ上級大将自ら出陣することになりまして。私も驚いています。まぁ、それは良いです。それより、整列させたほうが良いかと。不敬になってしまいますよ」
カレンは、アリアに小声で聞こえるよう、注意をした。
すぐさま、アリアは、号令をかけ、全員を整列させる。
サラたちはというと、即座に整列をしていた。
状況がよく分からなくても、体は動いてしまう。
軍隊生活で身についたものであった。
「あ、整列しなくても大丈夫だよ。ここは、戦場だからね。それに、僕が呼んだのに、助けにいかなかったら、おかしいでしょう? だから、お礼は大丈夫」
ハインリッヒは、落ちついた口調である。
先ほどまで、戦闘をしていた人間とは思えないほどであった。
ハインリッヒは、言葉を区切ると続ける。
「ところで、ミハイル殿が見えないみたいだけど、もしかして、君たちを逃がすために囮になったのかな?」
考えられる可能性を、ハインリッヒは口にした。
「それは……」
アリアは、ミハイルが集中攻撃をされたことを話す。
その後、はぐれてしまったことも、であった。
「なるほどね。まぁ、ミハイル殿なら、そうしているのではないかと思ったよ。分かった。今から、救出に行こう。君たちは、先に王都ハリルに向かってほしい。エドウィン! お連れするように!」
ハインリッヒが、人名を口にする。
すると、付き従っていた重装甲騎兵一騎が近づいてきた。
(いやいや、さすがにそれはマズい! 団長を放っておいたまま、王都ハリルに行くのは、軍人としてあり得ない! もちろん、ついていく!)
覚悟を決めたアリアは、口を開く。
「いえ、私たちも、獅子軍団の末席にお加えください! 敵を引きつけてくれた団長を見殺しにするワケにはいきません!」
「連れていきたいのは、山々なんだけどね。他に馬を連れてきていないんだ。それに、君たちは、夜通し、戦闘してきたのだろう? 正直、立っているのも、限界のハズだ。悪いことは言わないから、王都ハリルに向かうと良い」
ハインリッヒは、諭すような口調であった。
これには、さすがに、言い返せない。
それに、相手は上級大将である。
ミハルーグ帝国軍の中でも、屈指の実力者であった。
そんな人間に言われてしまえば、従うしかない。
(……王都ハリルに行くしかないか。ここで、無理して、ついていっても良くはないな。それに、馬もないし。私たち自身も、限界がきている状況で、まともな戦闘ができるとは思えない)
アリアは、一瞬、どう返答しようか考えていた。
そんな折、エレノアが大きな声を上げる。
「ちょ! あれ! 誰かが、走ってきますの!」
指差した方向に、皆が顔を向けた。
なんだか、赤黒い物体が、凄まじい速度で近づいてくるのが見える。
「もしや、新手か!? いや、騎馬ではないしな。もしかして……」
エドワードは、少し考え込んでいた。
思い当たることがあるらしい。
というか、全員、同じ人物を思い浮かべていた。
ハインリッヒですら、『もしかして、単騎で斬り抜けてきたのか? 改めて、凄いとしか言いようがないな』などと、言っている。
そんなこんなで、1分後。
赤黒い物体こと、乾いた血まみれのミハイルが現れた。
ケガしているのか、返り血なのか、ワケが分からない状態である。
「いや、さすがに、今回はヤバかったね! 騎兵で一斉攻撃するのは、ズルいよ! 肩に槍が刺さって、本当に痛かった! 久しぶりに負傷したかな?」
ミハイルは、負傷しているとはいえ、いつも通りの元気な声を出していた。




