174 見捨てざるを得ない
――アリアたちが馬を奪ってから、3時間後。
なんとか逃げ切れたと思いきや、未だに逃げている最中であった。
もう、日も沈みかけている。
だが、追撃の止む気配はなかった。
「本当にしつこいですの! こんなに追ってくるなんて、おかしいですわ! 何が、そうまでさせますの!?」
エレノアは、馬に乗りながら、後方に体をひねる。
その後、左手をかざし、炎の球を連発していく。
ただ、長時間の戦闘を行っているため、小さくなっている。
「本当に、エレノアの言う通りだよ! もう、王都ハリルも近いっていうのにね! 普通、撤退するよ! だって、迎撃の軍が出てきたら、確実に死ぬからさ! それでも追ってくるってことは、僕たちを見逃すのはマズいと思っているんだろうね!」
ミハイルは、いつも通りの笑顔であった。
ただ、手は動いている。
もっと正確に言うと、凄まじい速度で剣を振るい続けていた。
これには、敵の騎馬兵も参ってしまっている。
なんとか、攻撃しようと試みるが、近づけない。
先ほどから、ずっと同じ光景が続いていた。
「もしかすると、死んでも構わないと思っているのかもしれません。アミーラ王国の近衛騎士団長を道連れにできるのなら、命も惜しくないのでしょう」
ステラは、推測を口にする。
「え!? ウソ!? 僕を倒すためだけに追っているってこと!? もし、それが本当なら、光栄だな! ただ、そうだとしても、ここは撤退したほうが良いよ! むやみに犠牲者を増やすのは良くない!」
ミハイルは、敵の指揮官に聞こえるように、大きな声を出す。
その声が聞こえたのか、返事が返ってくる。
「我々の命で、ウワサに名高い近衛騎士団長の首を取れるのだ! 安いものだろう! エンバニア帝国のためにも、貴様にはここで死んでもらう!」
敵の指揮官らしき男が、ミハイルの後ろに現れた。
その近くには、騎馬兵たちが、付き従っている。
「それ、指揮官として、どうなのかな? もし、僕が指揮官だったら、こんなに深入りはさせないけどな~! まぁ、僕だったらの話だよ!」
「うるさい! お前たち、一気にかかれ! 馬を狙うんだ、馬を!」
敵の指揮官は大声で叫ぶと、後ろに下がった。
どうやら、自分は突撃しないようである。
指示を受けた騎馬兵はというと、ミハイルを囲む。
その後、一斉に鎖を投げつける。
狙いは、ミハイルの乗っている馬であった。
「それは、マズいよ! もう、面倒だな!」
ミハイルは、鎖の何本かを叩き斬る。
だが、物量が多すぎた。
結果、鎖は馬の足に巻きついてしまう。
「団長! 大丈夫ですか!?」
様子を見ていたアリアは、思わず叫んでしまう。
「大丈夫ではないかな! とりあえず、僕を置いていって良いよ! 君たちは王都ハリルに、先に行っておいて!」
ミハイルは、足でブレーキをかけながら、大きな声を出す。
と同時に、ザザザという地面を削る音が聞こえてきた。
「で、でも!」
アリアは、もう一度、大きな声を出そうとする。
だが、その頃には、ミハイルとの距離は開いてしまっていた。
声を出しても、聞こえるような状況ではない。
「アリアさん! 今は、逃げることに全力を尽くしましょう! 団長なら、大丈夫です!」
アリアが馬の向きを変えようとしたところ、ステラの声が聞こえてくる。
ミハイルのほうに多くの騎馬兵が流れていた。
だが、アリアたちの追撃をやめる気はないようである。
もし、ミハイルの方向に向かえば、簡単に包囲されてしまうだろう。
「くっ! 分かりました! 今は逃げることに集中します!」
アリアは、唇をかみしめると、再び、前を向く。
(一斉攻撃されたら、さすがにマズいんじゃないか? 団長とはいえ、死ぬかもしれない。本当に置いていっても、大丈夫だったのか? ただ、助けにいったとしても、包囲されていたのは事実。ここは、逃げるしかないか……)
アリアは、暗くなりつつある、平原を駆け抜ける。
結局、夜が明けても、追撃がやむことはなかった。
人馬ともに、ヘロヘロになってしまっている。
もちろん、敵、味方問わずであった。
「もう、馬が潰れそうです! 皆さん、走って逃げる準備をしておきましょう!」
アリアは、大きな声で叫ぶ。
疲労の浮かぶ顔に、余裕などはなかった。
だが、それは敵も一緒である。
死にそうな顔をしながら、アリアたちのことを追っていた。
「走って逃げる!? もう、走る元気なんてありませんわ! こうなったら、イチかバチか、ワタクシたちだけで、敵を殲滅したほうが良いと思いますの!」
エレノアは、思いきった提案をする。
ただ、アリアたちは数人。
対して、追撃してきている騎馬兵は、1個小隊規模。
40騎以上が、迫ってきている。
いくら近衛騎士とはいえ、かなり厳しい。
というか、無理であった。
一人一人の実力は、アリアたちのほうが上である。
ただ、正面きって戦うのであれば、数がものを言う。
アリアたちの勝ち目は薄かった。
(敵の馬も潰れそうではあるけどさ。徒歩でも、包囲されたら、逃げられない。ただ、こちらからの先制攻撃が成功すれば、まだ望みはあるかな?)
アリアは、エレノアの案を真剣に検討し始める。




