169 夜の逃走
「それで、逃げられたってこと? まぁ、馬だから仕方がないか! とりあえず、さっきの人たちは、カレンが追ってくれているみたいだし、大丈夫でしょう!」
アリアたちは、山賊に逃げられたことを、正直に話す。
対して、ミハイルは、あまり気にしていないようだ。
カレンが追っているためである。
本来、目撃者を逃がすのは、よろしくない。
敵に情報を与えてしまうからだ。
潜伏している場合などは、特に見つからないよう気をつけなければならない。
軍人はもちろん、民間人にも、である。
(良かった! 団長、そんなに怒ってないみたいだ! まぁ、カレンさんが追ってくれているなら、大丈夫だろう! 本気を出したら、馬より速いかもしれないし。うん? 馬より速い? 改めて、カレンさんは規格外だよな。どれだけ修練しても、あそこまでの強さに到達できる気がしない)
ミハイルの笑顔に、アリアは安心をした。
他の面々も、怒られると思っていたので、嬉しそうな顔をする。
「とはいえ、いつもでも、ここにいたらマズいよね! さっきの人たちが、援軍を連れてくるかもしれないし!」
ミハイルは、日が沈みかけている空を見上げた。
もうすぐ、夜が訪れる。
「君たち、夜道に迷わないで、馬車を動かせる? 多分、移動しておかないとマズいからさ! 野営しても良いけど、包囲されるのは勘弁してほしいよ!」
ミハイルは、できるかどうかを確認した。
「一応、私は大丈夫だと思います。ただ、森の中。しかも、夜道なので、間違える危険性はあります。それに、敵の待ち伏せに気づかないかもしれません」
ステラが、真っ先に声を上げる。
暗い森。
加えて、敵の襲撃の警戒。
中々、難しいものであった。
馬を走らせながら、周囲に気を配る必要があるからだ。
(私も、やれと言われればやるけど、正直、自信はない。まだ、昼間だったら、いけそうな気もするけど、夜だからな。日中と比べたら、難易度は段違いだよ)
アリアも、自信のなさそうな顔をする。
エドワードたちも、あまり良い反応はしていない。
馬に慣れている2組の学級委員長でさえ、である。
「やっぱり、そうだよね! まぁ、近衛騎士の中でも、安心して任せられるのは、少ないからさ! 経験が浅い君たちでは、難しいと思ったんだよ! よし、分かった! 僕が馬車を動かすよ! たまには、やらないとね! 寝るのも飽きたし、任せてよ!」
ミハイルは、元気な声で申し出る。
「いや、さすがに、団長にやってもらうのは……」
エドワードが、言葉を濁す。
正直、やってくれるのは、ありがたい。
ただ、現役の将官にやってもらうのは、恐れ多いことである。
それに、後で知られたら、かなりマズいことになりそうでもあった。
「大丈夫、大丈夫! フェイとかバールとかには、言っておくからさ! 僕がやりたかったって言えば、彼らも何も言えないハズだよ! それじゃ、時間も勿体ないし、馬車に乗ってよ!」
ミハイルはそう言うと、馬のいるほうに歩いていった。
(運が良いと言えば、運が良いのか? 団長だったら、道も間違えないし、待ち伏せにも気づくだろう。ただ、現役の将官にやらせて良いことなのか、これは? いや、ダメだろう……もっと、訓練しないとな)
馬車に乗りこみながら、アリアはそんなことを考えてしまう。
――4時間後。
辺りは、すっかり暗闇に包まれていた。
馬車の中は、明かりとかないので、外と変わらない暗さである。
そんな中、アリアは眠らないで起きていた。
「アリアさん、眠っておいたほうが良いですよ。さっきの戦闘で、それなりに疲れていますし」
「ステラさんこそ、寝なくて大丈夫なんですか?」
「いや、襲撃がくるかもしれないので、一人は起きておいたほうが良いなと思いまして」
「さすがですね、ステラさん。私は、単に、団長が馬車を動かしてくれているので、なんだか恐縮してしまいまして」
馬車のガタゴトが響く中、二人は会話をする。
今のところ、順調に旅路は進んでいた。
先ほどの襲撃がウソかのようである。
「まぁ、たしかにそうですよね。現役の将官に動かしてもらっているんですから。本当は、私たちがやらないといけないことですよ」
「ですよね。なので、日が昇り出したら、交代交代で馬車を動かしましょう。さすがに、日中であれば、大丈夫だと思います」
「それが良いですね。団長には休んでいてもらいましょう。とりあえず、私たちが、今できるのは、襲撃に対しての心の準備くらいですか」
ステラは、馬車の中から、窓越しに外を見る。
暗くて、よく見えないが、木の輪郭が流れていっていた。
馬車が動いている証拠である。
「とにもかくにも、このまま、何も起きなければ良いのですが……」
アリアは、夜明けが待ち遠しかった。
ただ、夜は長い。
夜明けには、それなりの時間が必要である。
何も起きないことを祈ってはいたが、そこは軍人。
現実的に考えてしまう。
(まぁ、追ってはくるだろうな。仲間をやられて、みすみす逃がすワケがない。しかも、こっちの素性はバレているし。とはいえ、私服で動くワケにもいかないからな。軍務で赴いているのに、私服だったら怪しまれる。検問所とか通れないよ、素性が怪しいから。各検問所から、王都ハリルに連絡がいく都合もある)
アリアは、馬車の走る音を聞いていた。




