165 道すがら
「ワタクシ、今、用事を思い出しましたの! だから、ちょっと行ってきますわ!」
エレノアは、馬車から降りようとする。
どうやら、自分の荷物を置いてでも、逃げ出したいようだ。
「逃がすワケないでしょう。さっさと、元いた場所に戻ってください」
だが、逃亡は失敗する。
馬車の乗り降りする場所に、ステラが現れたからだ。
「何を言っていますの!? 逃げるワケではありませんわ! 本当に用事を思い出しましたの!」
なんとか、ステラを押しのけて、エレノアは馬車から降りようとする。
そんなエレノアに、トドメの一撃が降りかかった。
「エレノア! 諦めたほうが良いよ! アルビス殿も、この件は了承しているから! 家に戻っても、無駄だよ! どの道、ローマルク王国に行くことになるだろうしね!」
ミハイルは、笑顔で忠告をする。
もし、ここで、エレノアが逃げられたとしても、あらゆる手段でローマルク王国に行かされることになっていた。
エレノアの父親であるアルビスが、手を回しているためである。
なので、逃げられる可能性はゼロであった。
そもそも、カレンとミハイルから逃げられるワケがない。
どの道、エレノアに選択肢はなかった。
もちろん、アリアを含めた残りの面々も、である。
「なんで、ワタクシがこんな目に遭わないといけませんの! もう、怒りましたわ! お菓子をやけ食いしますの!」
エレノアは、プンプンと怒り出す。
どうやら、逃げるのは無理だと悟ったようだ。
元いた場所に戻ると、荷物を開き、バクバクとお菓子を食べ始める。
「さて、皆も揃ったことだし、出発しようか! カレン、お願い!」
ミハイルは、エドワードの隣に座ると、大きな声を出す。
すると、馬車が動き始めた。
「あ! そういえば、君たちに渡しておかないといけない資料があったんだ!」
ミハイルはそう言うと、自分の荷物をあさり出す。
それから、しばらくすると、ヨレヨレになった紙の束を手に取る。
「はい、ローマルク王国の情勢をまとめた紙ね! あと、自分が担当する組に関して書かれた紙もあるからさ! ハリル士官学校に着くまでに、目を通しておいて!」
ミハイルは、紙の束を一人一人に渡す。
アリアたちはというと、さっそく目を通し始める。
(えっと、なになに? 将官襲撃? 士官襲撃? 無差別殺人? エンバニア帝国の工作員が多数? これ、控えめに言っても終わっていないか、治安が。まぁ、エンバニア帝国の工作員が仕掛けているんだろうけど。というか、下手しなくても、命の危険があるよな……本当に行きたくないな……)
馬車に揺られながら、アリアはげんなりとしてしまう。
ふと、横を見ると、サラも渋い顔をしていた。
エドワードと学級委員長三人組は、眉間にしわを寄せている。
エレノアはというと、
「こんなの戦場と変わりませんわ! いや、戦場よりも最悪ですわ! そこら中に工作員がいますもの! 絶対、闇討ちされますわ!」
などと、大きな声でわめいていた。
他国の人間が、ローマルク王国で教官をやるのだ。
よく思わない人が出てくるのは、仕方がないことである。
その中で、ちょっと暴力に出てくる人が現れるのも、想像できてしまっていた。
「うるさいですよ、エレノア。静かにしてくれませんか? 書類を読んでいるんですけど?」
ステラは、冷徹な目をエレノアに向ける。
対して、エレノアは、もっと騒ぎ出す。
火に油を注いだ形になってしまっていた。
そこから、ステラとエレノアは、いつも通り、口論を始める。
他の面々は、関わるのが面倒なので、無視をしていた。
ミハイルでさえ、苦笑しながら、争いを見ている。
どうやら、注意しても無駄だと思っているようだ。
(……またか。本当に水と油だな、二人は。というか、ステラさんが、こんなに食らいつくのなんて、エレノアさんぐらいか。そういった意味では、特別な二人なのかも)
アリアは、書類に目を通しながら、そんなことを考えていた。
――王都レイルを出発してから、数時間後。
近くに泊まれるような都市がなかったため、アリアたち一行は野営をすることになっていた。
月明かりが平原を照らす中、アリアたちは天幕を設営している。
(はぁ……せめて、道中くらい、どこかの都市で泊まりたいな。これだと、いつもの訓練とか戦場と変わらないよ。まぁ、雨風が、ある程度防げるから良いけどさ)
アリアは、天幕を止める杭を、金づちで地面に突き刺していた。
他の面々も、同じような作業をしている。
もう慣れたもので、すぐに天幕の設営も終わった。
そこから、20分後。
食料の調達に出ていたミハイルとカレンが帰ってくる。
「いや、お待たせ! 血抜きをするのに時間がかかってさ! まぁ、これで美味しいお肉も食べれるだろうし、勘弁してよ!」
ミハイルはそう言うと、大柄な猪をアリアたちの前に置く。
対して、カレンはというと、山菜を採ってきたようだ。
天幕が入っていた袋の中に、これでもかというほど詰めこまれている。
「それでは、お嬢様方。料理を手伝っていただけますか? そちらのほうが早く食べれると思うので」
カレンはそう言うと、慣れた手つきで、猪を解体していく。
アリアたちも返事をすると、馬車に積まれていた鍋やらを準備し始める。




