163 書類
ミハイルと副団長が話していると、コンコンコンと扉がノックされる。
「ハイ、どうぞ!」
会話をやめたミハイルは、すぐに返事をした。
すると、メイド服姿のカレンが入ってくる。
「頼まれていたものを持ってきましたよ。まったく、何で私がパシリみたいなことをしないといけないんですかね?」
カレンは、少しだけご立腹のようであった。
対して、いつも通りの笑顔で、ミハイルは書類を受けとる。
「ええっと……」
ボソッとつぶやいた後、書類に目を通し始めた。
部屋の中には、書類のこすれる音が響くだけである。
副団長とカレンはというと、ただ黙って、その様子を見ていた。
数分後、書類を読み終えたミハイルが口を開く。
「いや~、凄いね! もう、何でもありな状態だ! 僕が予想していたより、ずっと状況が悪いよ!」
机を書類に置き、カレンに顔を向ける。
「一応、講和が成立しているとはいえ、今は次の戦いの準備期間ですからね。工作員、不穏分子、その他もろもろが、かなりの数いるでしょう」
カレンは、仏頂面で答えた。
持ってきた書類には、ローマルク王国の現状について事細かに書かれている。
それも、あまり知りたくない情報が、であった。
「直近だと、ミハルーグ帝国の士官が襲われたのが10件、ローマルク王国の将官が襲われたのが4件、無差別殺人が7件! これ、端的に言って、治安が良くないよね?」
「それはそうでしょう。ローマルク王国の国民の不安をあおるために起こしているんですから。おおかた、エンバニア帝国の工作員がやっているのでしょう」
「というか、何でこんなに工作員に入りこまれているワケ? 普通、警備を強化したら、ここまでにはならないでしょう?」
ミハイルは、素直な疑問を口にする。
これほどまでに、物騒な事件が多発しているのは考えづらいからだ。
国民の不安は、ローマルク王国の体制の崩壊につながりかねない。
それを放っておくのは、有り得ないことであった。
「エンバニア帝国と通じている者が、それなりに残っているのでしょう。あと、ローマルク独立国との国境警備が緩すぎますね。あれでは、工作員が入り放題ですよ。実際、ローマルク王国から逃げてきた人たちに、紛れてエンバニア帝国に戻っているみたいですし」
ローマルク独立国。
講和が成立した後、エンバニア帝国が主導して、ローマルク王国の東側にできた国である。
そもそも、今回の士官派遣は、ローマルク独立国に新しい士官学校ができるのが発端であった。
名を、レイタンシア士官学校。
ローマルク王国東部のレイタンシア平原にできた士官学校である。
それに対抗するため、ハリル士官学校に、各国の士官を招聘する話になったようであった。
具体的には、イメリア王国、アミーラ王国、ミハルーグ帝国の士官である。
「我々も、エンバニア帝国には負けていない」
そういうメッセージを国民に送るために、であった。
「まぁ、国境全部を警備するのは難しいよね! それに、内通者がいるなら、普通に通れるだろうし」
「まさに、その通り。実際、国境警備の何人かの兵士は、処刑されています。ただ、それでも、内通者が多発しているみたいですね」
「理由は、あれかな? やっぱり、勢いのあるエンバニア帝国につきたいとか?」
「まぁ、たしかに、それもあるでしょう。理由は、色々と考えられます。ただ、この前の戦いで、ローマルク王国軍が捨て石にされたのも大きいでしょう。自分たちをゴミのように使い潰した存在を憎むのは当然かと」
カレンは、いつもの仏頂面で分析を述べる。
副団長はというと、かなり渋い顔になっていた。
「それなんだよね、困るのは! もう、事実上さ、ローマルク王国って、ミハルーグ帝国の属国だよね? ただ、国民からの支持は得られていない! だから、あおりやすいんだよね、国民のことを! となると、僕たちの身の安全も危ないワケ! さすがに、王都中の人たちを敵に回したら、勝ち目ないからさ!」
ミハイルは、腕を組みながら、ウンウンとうなずく。
ローマルク王国の国民が、ミハルーグ帝国に良い感情を持つワケがなかった。
自分たちはローマルク王国の国民なのに、ミハルーグ帝国に支配されている。
不満を持つ者が多いのも当然であった。
「あ。それで、思い出しました。レナード様が、『もし、娘が死ぬようなことがあったら、ミハイル君の首を王都レイルの門に掲げないといけなくなるから、注意してね』と言っていましたよ」
カレンが、そういえばといった感じで、言葉を発する。
対して、ミハイルは、笑顔ではあるが、少し困ってしまう。
「いや、ステラに張りつくワケにもいかないしさ、そんなこと言われても困るよ! というか、カレンに護衛させればよくない? そんなに心配なら?」
「私も、ローマルク王国に行くには行きますけど、情報収集が主任務ですからね。お嬢様方ばかり見ているワケにはいきません。それに、近衛騎士団の士官なのですから、自分の身くらい自分で守れないで、どうするのですか?」
「そりゃそうだけどさ! 闇討ちとかされたら、無理でしょう?」
「そうならないようにするのが、貴方の役目ですよね? そろそろ、良いですか? 忙しいので」
カレンはそれだけ言うと、部屋を出ていってしまう。
「僕の首、飛ぶかもしれない」
ミハイルのつぶやきを、副団長は聞き逃さなかった。




