138 力をつけるための一歩
「それで、あなたはどう思いますか? 戦争孤児となって苦しみながら生きるか、今ここで楽になるか。どちらかを選んでください」
カレンは、いつも通りの口調で問いかける。
(……どっちも嫌な二択だな。まぁ、でも、生きていた方が良い気はする。死ぬのは恐いし、痛そうだしな)
泣いている男の子を見ながら、アリアはそんなことを考えていた。
そんな中、ミハイルが動き出す。
「いやいや、どんな二択だよ!? 普通に見逃してあげれば良いでしょう! もし、それで大人になって、僕たちに復讐しようと思っても、それはそれで良いんじゃない? 彼には、その権利があるし!」
泣き出して、完全にフリーズしてしまっている男の子をかばうために、ミハイルは声を上げる。
「まぁ、ナルシストには分かりませんよね。孤児となってしまった人間の末路を。大体、ロクな目に遭わずに死にますからね。まぁ、稀に生き残る例もあるにはありますが、彼がそうなるかどうかは、未知数ですよ。なら、ここで苦しまずに死んでおいた方が良いと思いますが? ねぇ、レイン?」
「……相当、運が良くないと生きていくことは難しい」
カレンの言葉を聞いたレインは、ウンウンとうなずいていた。
(まぁ、確かに、孤児院とかに行ければ良いけど、どうなんだろう? 私は、物心ついたときには、孤児院にいたからな。そこらへんの事情はよく分からないのが本音だ。というか、そもそも、なんで殺すとか殺さないの選択肢が出てくるんだ? もう、発想が恐いよ……)
そんなことを考えていたアリアは、一応、発言しようと試みる。
だが、その前にミハイルが口を開いた。
「それじゃあさ、ハリントン家の使用人として、彼を雇ってあげれば? なんか、最近、レナード殿が使用人を増やそうかなみたいなことを言ってたしね! 彼にとっても、食い扶持を稼げるし、一石二鳥なんじゃない? それに、さっきの殺気はなかなか悪くなかったしね!」
「……まぁ、確かに、悪くない案ですね。人が足りていなかったのは事実ですし。ただ、ハリントン家の生活に耐えられますかね? 一般の方からしたら、それなりにキツイと思いますが?」
「まぁ、それで駄目でも孤児院に入れてあげれば良いよ! それくらいは、カレンにとって朝飯前でしょう?」
「まぁ、伝手はありますね。分かりました。連れて帰ることにしますか。お嬢様、それで良いですよね?」
ミハイルの提案を受け入れたカレンは、ステラの方を向く。
「大丈夫だと思いますよ。父上も母上も反対しないと思いますし。まぁ、死んでおいた方が良いと何回か思うくらいですかね、ハリントン家の生活は」
ステラは、いつも通りの顔で答える。
「ありがとうございます。それでは、一応、意思の確認をしておきますか」
カレンはそう言うと、再び、尻餅をついて泣いている男の子に目線を向けた。
「一応、確認しておきますが、身寄りとかはいないんですか?」
「グスッ……ウッ……いるわけないだろう。いたら、こんなところにいないよ……」
男の子は、泣きながら、なんとか答える。
「それでは決まりですね。私と一緒に来ましょうか」
カレンはそう言うと、男の子を立たせようとした。
「お前たちになんて助けられたくない! 手を離せ!」
だが、男の子は、くしゃくしゃの顔で猛烈な抵抗をする。
「そうですか、分かりました。それでは、さっさと消えてください。私も暇ではないので。まぁ、十中八九、飢え死にして終わりだと思いますけど」
カレンはそう言うと、男の子から手を離す。
と同時に、いつも通りの顔で男の子を見下ろす。
「くっ……もう、どうすれば良いか分からないよ……」
男の子はというと、泣くのに疲れてしまったのか、ペタリと座りこんでしまった。
(まぁ、そうなるよね。詳しい事情は分からないけど、絶望的な状況に置かれているのは間違いなさそうだ。ただ、ここで立ち止まっていたら、本当に死んでしまうだろう。とはいえ、あの年頃の子に判断させるのも酷な気はする……)
事態を見守っていたアリアは、口を開かずに、そんなことを考える。
他の面々も、すぐに動くというワケでもなさそうであった。
そんな中、ミハイルが男の子の方に近づく。
「まぁ、どうして良いか分からなくてもしょうがないよね! ただ、このまま座っていても死んでしまうだけだよ! ここは、カレンについていくのも良いんじゃない? 戦うための力も得られると思うし、悪くない話だと思うよ?」
「……本当? 俺も、お前たちくらい強くなれる?」
尻餅をついたまま、男の子は顔を上げる。
心なしか、少しだけ元気になったようであった。
「本当、本当! カレンの訓練を生き残れたらって話であるけどね! まぁ、少なくとも、そこらへんの兵士なんて瞬殺できるくらいには強くなれるよ! ねぇ、カレン?」
「まぁ、確かに、そのくらい強くなれると思いますよ。ただし、ナルシストが言っていましたけど、生き残れたらの話ですが。それなりにキツイ訓練なので死ぬかもしれません。というか、多分、意思が弱かったら死にますね」
ミハイルの言葉を聞いたカレンは、肯定の意を示す。
(……どんな訓練をするつもりなんだよ。まぁ、カレンさんのことだから、私の想像を遥かに超える訓練をしそうだけど。どちらにしても、あの子にとってはツラい時間が待っているだろうな)
黙って考えている男の子を見ながら、アリアはそんなことを思う。
そんな中、サラが小さな声でステラに問いかける。
「ステラ、あの子は生き残れますの? 訓練で死んだとか聞かされたら、寝覚めが悪いですわ」
「生き残れるかどうかは分かりませんね。私が受けてきた訓練をするのだったら、何回か死にかけますし、運が悪かったら死にますね」
「なら、なおのこと、孤児院に預けた方が良いですの! さすがに可哀想ですわ!」
「まぁ、選択するのは彼ですからね。団長も鬼ではないので、ここから立ち去るという選択をとっても、孤児院に入れるように誘導してくれると思いますし」
「それもそうですわね! このまま放っておくのは人間として、どうかしていると思いますの!」
ステラの言葉を聞いて、サラは納得をした。
そんな二人の様子を見ていたアリアは、改めて、男の子の方に顔を向ける。
すると、ちょうど、男の子が立ち上がったところであった。
その顔には、決意のようなものがにじみ出ている。
「どうやら覚悟は決まったみたいですね。それでは、レイン。担いで連れてきてください。くれぐれも落とさないよう、気をつけるように」
「……分かった」
カレンの命令を受けたレインは、状況を理解できていない男の子を担ぎ走り出す。
「お嬢様方、まだ掃討戦が残っているので頑張ってください。それでは失礼しますね」
男の子の悲鳴が遠ざかる中、カレンは姿を消した。




