135 挑発の失敗
――次の日の朝。
リベイストを出発した3千の軍勢は、無事にダニエル指揮下の2万の軍と合流する。
道中、奇襲も受けなかったため、クルト率いる軍勢は、無傷でプレミール周辺に到着することができていた。
そんな中、さっそく、クルト肝いりの作戦が発動されることになる。
(……なんか、おかしいな。いや、絶対におかしいよな……なんで、こんなことになっているんだ?」
プレミールの城壁を前にして、アリアは、そんなことを思っていた。
現在、アリアたちは、護衛として、クルトの近くにいる状態である。
そんなアリアたちに向かって、プレミールを守備している兵士たちは、矢と炎の球を降らせていた。
加えて、アリアたちだけでなく、周囲にいる近衛騎士たちにも降り注いでいる。
「う~ん、これは厳しいな。矢とか魔法とかを防ぐのに精一杯で、挑発どころではないな。まぁ、駄目だと思うけど、やってみるか」
矢と魔法を面倒そうに斬り払っていたクルトはそうつぶやくと、エドワードのほうを向く。
「エドワード、城壁の上にいる反乱軍を挑発してくれ。難しいと思うけど、頼んだ」
「はい! なんとか、やってみます!」
頑張って攻撃を防ぎ続けているエドワードは、返事をすると、城壁の上にいる兵士のほうに顔を向ける。
「君たちも、誉ある軍人なら、外に出てきて戦ったらどうだ!? プレミールに籠ってばかりでは、我々を倒すことができないぞ! それとも、我々が恐いのか!? ならば、今すぐにでも降伏するべきだ!」
エドワードは、移動の時間で考えた、とっておきの挑発を披露した。
だが、あまり効果はないようである。
どうやら、戦闘の音がうるさくて、聞こえていないようであった。
ただ、エドワードが挑発をしたらしいことは理解しているようである。
挑発の後、エドワードに向かって飛んでくる矢と魔法が明らかに多くなっていた。
「やっぱり、駄目だな。しょうがない、一時退却だ。アリア、少し後方にいる近衛騎士団長に伝令してきてくれ」
「了解しました!」
アリアは大きな声で返事をした後、矢と魔法に当たらないよう、後方へ走っていく。
それから、しばらくすると、撤退を告げる銅鑼の音が響きわたる。
周囲に展開していた近衛騎士たちは、その音に従い、速やかに後方へ下がっていった。
――近衛騎士たちの撤退から、30分後。
クルトとミハイルは、ダニエル指揮下の軍勢が作成した陣地にある天幕の一つを訪れていた。
そこでは、ダニエルが簡易ベッドの上に座って、休んでいるようである。
「ダニエル大将。休憩中に悪いな」
「これは、クルト王子に近衛騎士団長! ずいぶんとお早いお帰りですね!」
いきなり入ってきた二人を見て、ダニエルはすぐに立ち上がる。
「いや、座ったままで良いよ。ちょっと、相談があってね。イスに座らせてもらうよ」
クルトは手で制すると、近くにあったイスに座った。
ミハイルは、その近くで立ったままである。
「それで、相談とは、どのようなことでしょう? もしかして、挑発の件でしょうか?」
「まさに、その件だ。プレミールに行ってきたが、予想以上に反撃が激しくてな。とても挑発どころではなかった。それで、相談なんだが、竜騎兵用のバリスタがあっただろう? 城壁に向かって、飛ばしてくれないか? ひるんでいる間に、近衛騎士たちで挑発をしようと思ってな」
クルトは、落ちついた声でお願いをした。
「それには、反対です。レイテルの港から、そう遠くない場所に、エンバニア帝国の船団が停泊しているとの情報があります。万が一、その船に竜騎兵がいた場合、我々は対抗手段の一つを失ってしまいます。また、数がそうあるものでもありませんので、すぐに打ち尽くしてしまいますよ」
ダニエルは、反対の理由を説明する。
「だが、この1週間に渡って、バリスタで城壁の上にいる兵士を攻撃していたのだろう? それなら、補充も、すでに催促しているハズだ。だから、問題ないように思えるが?」
「もちろん、補充は王都レイルに催促しています。ただ、時間がそれなりにかかる状況です。もし、その間に、バリスタを使い尽くしてしまうと、竜騎兵が来た場合、対処が難しくなってしまいます。なので、挑発をするためだけに、バリスタを使うのは反対です」
淡々と、ダニエルは、クルトに反論をした。
その言葉を聞いていたクルトは、渋い顔になってしまう。
「……そうか。となると、あの方法しかないようだな」
「というと、なにか、策があるのですか?」
ダニエルは、クルトの発言に注目をする。
「……プレミールに潜入して、門をこじ開けるという策だ」
クルトは、苦々しい顔のまま、言葉を口にした。
「……もう、おっしゃっている時点で難しいのは、お分かりだと思います。それで、また、カレンの手引きで潜入しますか? ですが、リベイストとは違って、第7師団の者たちも多く、侵入したとしても、たどり着くまでに困難を極めるでしょう。それに、リベイストの件があって、警戒はさらに増しているハズです。いかに、近衛騎士団長とカレンといえど、矢での集中攻撃を受ければ、死んでしまいます。クルト王子、そのことは理解しておられますか?」
「……もちろん、理解している。だから、言いたくなかったんだ。やはり、プレミールを短期間で陥落させるのは、難しそうだな。となると、正攻法しかないか……」
難しい顔をしたクルトはそう言った後、はぁとため息を吐く。
そんな中、ミハイルが口を開いた。
「クルト王子! 王都レイルにいる近衛騎士たちを、全員、こちらに連れてこれないでしょうか? 私に策があります!」
「全員か……反乱軍を殲滅できてない状況で、王都レイルから近衛騎士がいなくなるのは良くないな。それに、父上を説得するのは骨が折れそうだ。とりあえず、策を聞かせてくれないか? どうするかは、それから決めよう」
クルトは、話をするよう、ミハイルに促す。
ダニエルも、興味深げにミハイルを見ている。
「船で直接、プレミールに侵入するのは無理でしょう! なので、近くまでは船で行き、後に海を見つからないように泳いで、プレミールに潜入します! それが成功したら、近衛騎士団の全員で強引に開門させます! 一応、もっと待ち構えている兵数が多く、坑道がバレている状態でも、フレイル要塞の門を破れたので、勝機はあるかと思います! ただ、近衛騎士団の全員を連れてこないと、さすがに厳しいでしょう!」
ミハイルは、考えた策を説明した。
「たしかに、近衛騎士団の全員で行けば、いけるかもしれない。ただ、激戦は必須だぞ? それに、まだまだ、寒いのは分かりきっていることだ。当然、海も泳げる温度ではないだろう。長い間、海の中にいれば、凍死するのは確実だ。まぁ、そんなことは、近衛騎士団長も分かっている上での提案だと思うがな」
ダニエルは、やれやれといった顔をしてしまう。
「もちろんです! ただ、正攻法ではないとすると、これくらいしかないのが現状かと! クルト王子、許可していただけますか?」
ミハイルは、いつも通りの笑顔を、クルトのほうに向ける。
対して、クルトはというと、黙って、考えこんでしまっていた。
それから、しばらくの後、クルトが口を開く。
「……近衛騎士団長。プレミールを陥落させることができれば、反乱軍討伐も目前となるだろう。危険な任務なのは分かりきっているが、賭けてみる価値はあると思う。それでも、やってくれるか?」
「ご命令とあらば、実行してみせます! ただ、動いている間は、クルト王子の護衛をすることができなくなるのは、ご容赦ください!」
「近衛騎士が護衛につかないのは、さしたる問題ではない。それよりも、目の前のプレミール陥落のほうが優先すべきことだ。これで、どうするかは決まったか。となると、私は一度、王都レイルに戻る必要があるな」
クルトはそう言うと、ダニエルのほうを向いた。
「ダニエル大将。私は、近衛騎士団長とともに、すぐ王都レイルに戻る。その間、ダレス、プレミール、リベイストのことは頼んだ。それでは、よろしく」
「了解しました。ご武運をお祈りいたします」
ダニエルはそう言った後、立ち上がり、二人の姿を見送る。
――2月下旬。
プレミールの近郊から王都レイルに舞い戻ったクルトとミハイルは、王城にて、国王であるハインツ・アミーラと会っていた。
部屋の中には、この三人以外、いない状態である。
情報が漏れるのを避けるため、公の場ではなく、密室での会談であった。
「……王都レイルにいる近衛騎士を全て連れていくか。しかも、寒い海を泳いでの奇襲。なかなか、厳しいことを申すな……一応、聞いておくが、元帥には、このことを話したのか?」
ハインツは、渋い顔で、クルトに尋ねる。
「はい。父上に会う前に、説明をしてきました。当然、良い顔はされませんでしたが、最終的に納得していただけました」
「……そうか。分かった。元帥が許可を出したのなら、作戦に関して、なにも言うことはない。今更、近衛騎士団の実力を信じていないワケでもないしな。ただ、分かっていると思うが、失敗すれば、虎の子の近衛騎士団を失うのに加え、反乱軍を勢いづかせることになるだろう。近衛騎士団長であり、4大貴族ホワイト家の当主であるミハイルに言うまでもないことだがな」
「重々、承知しております! 必ず、作戦を成功させることをお約束します!」
ミハイルは、いつも通りの顔で、そう宣言した。
その後、クルトとミハイルは、ハインツのいる部屋を出ていく。
「クルト王子、意外と、すんなり許可していただけましたね! もっと、難航するかと思いました!」
ミハイルは、王城の通路を歩きながら、隣にいるクルトに話しかける。
「そうならないよう、元帥に話を通しておいたんだ。いかに父上といえども、元帥を無視するのは難しいからな。長年に渡って、アミーラ王国を守ってきた男の言葉は、それだけ重い。近衛騎士団長も、歳をとったら、元帥になるかもしれないし、今のうちに見習っておいたらどうだ?」
「ご冗談を! 私のような人間が、元帥になったら、アミーラ王国軍が終わってしまいますよ! もし、打診されたとしても、速攻で辞退すると思います!」
クルトの言葉を受けて、ミハイルは軽口を叩く。
そうして二人が他愛のない会話をしていると、前方から柔和な笑みを浮かべた男性がやってくる。
「クルト王子。また、ずいぶんな賭けに出られましたね。そこまで、戦況はひっ迫しているのですか?」
「レナードか。近衛騎士団長の提案でな。戦況はひっ迫していないが、短期で陥落させるにはこれが一番良い方法だと考えてのことだ」
「なるほど。ミハイル君の提案ですか。まぁ、反乱軍も、まさか、寒い海を泳いでくるとは思っていないだろうし、悪くない作戦だと思います。ただ、その分、危険性も高い。となると、今回は僕も参加したほうが良いかい?」
レナードは、ミハイルのほうを向き、提案をした。
「いえ、大丈夫です! レナード殿が来られたら、近衛騎士たちが委縮してしまうので! あと、ついでに、僕も委縮して任務に支障をきたします!」
「ひどいな、ミハイル君は。どう思われます、クルト王子? 長い付き合いなのに、この言い草はないと思いませんか?」
「……私に話を振らないでくれ。反応に困る。それに、レナードが参加するのは、私も反対だ。レナードにはレナードにしかできない仕事があるハズだ」
クルトは、面倒そうな顔で、そう告げる。
「これは失礼しました。それでは、仕事に戻るとします」
レナードはそう言うと、二人の前から、姿を消そうとした。
だが、その歩みを止め、ミハイルのほうに振り返る。
「あ、そうそう、ミハイル君。僕の娘を死んだら、大変な目に遭うから気をつけたほうが良いよ。首と胴体が離れるかもしれないからね」
レナードはそう告げた後、次の瞬間には姿を消した。
「……ふぅ~! 恐い、恐い! 今回の作戦が失敗したら、僕、死ぬみたいですよ?」
「……私には頑張れとしか言えないな。自分の命を守るためにも」
ミハイルとクルトはそう言うと、歩みを再開する。




