134 護衛の大変さ
――クルトが軍議に行っている頃。
軍議に護衛はいらないと言われていたアリアたちは、暇になってしまう。
そのため、軍議が行われている建物の外を巡回するよう、ミハイルに言われ、現在は実行している最中であった。
「それにしても、反乱軍の人たち、来ませんね。すぐ、リベイストを取り返しにくるものだとばかり思っていましたよ」
アリアは、建物の周囲にある芝生を歩きながら、思いついたかのような顔をする。
「普通だったら、そうすると思いますわ。ただ、あちらにも事情があるのかもしれませんわね」
サラは、一応、不審者がいないかを確認しつつ、推測をした。
「今頃、反乱軍の内部で議論でも紛糾しているのではないですか? リベイストがこんなに早く陥落するなんて、話が違うとか、言っていると思いますよ」
ステラは、反乱軍の思考を読んで、発言する。
「おーほっほっほ! ステラの言う通りだと思いますわ! 反乱軍なんて、所詮は烏合の衆! 自分たちが不利になったと思った瞬間、手のひらを返すに決まっていますの! せいぜい、足を引っぱり合って、自滅してくれると良いですわね!」
エレノアは、希望的観測を口にした。
そんな中、エドワードが思案顔のまま、口を開く。
「実際、どうなんだろうな。プレミールも攻められているワケだし、反乱軍は防備を固めるのに専念している気がする。リベイストに兵を送っても、すぐに陥落させられるワケないしな。もし、アミーラ王国軍に撃退なんてされようものなら、それこそ、反乱軍が総崩れになってしまうだろう。さすがに、そこまでの危険は冒せないハズだ」
エドワードは、別の観点から推測を述べる。
学級委員長三人組も、その考えに同意しているのか、ウンウンとうなずいていた。
「なんだか、エドワードさんの考えがしっくりきますね。ステラさんが、仲間割れをしている可能性を指摘していましたけど、それなら、余計、反乱軍は動けないと思いますし。もし、反乱軍の中から裏切り者なんて出たら、お終いですからね」
アリアは、思案顔でエドワードの考えに賛同する。
「おお! アリア! 僕の意見に賛同してくれるのか!? よし! 今日、初めて、良いことがあったぞ!」
朝から災難が続いていたエドワードは、歓喜の声を上げた。
学級委員長三人組は、そんなエドワードに口々に称賛の声をかけている。
(……エドワードさんの喜んでいる姿を見ていると、なんだか、悲しくなってくるな。なんでだろう? いつもシュンとしているからかな?)
アリアは、腕を上げて勝ち誇った顔をしているエドワードを見ながら、そんなことを思う。
――アリアたちが建物の周りを巡回している頃。
その建物の最上階にある会議室では、クルトに向かって、居並ぶ将官たちが無理だの合唱をしていた。
対して、クルトは非常に面倒そうな顔になってしまっている。
「なにがそんなに不満なんだ? リベイストを攻略した三千の軍で、プレミールを攻略しに行くだけだろう。ダニエルが指揮している2万の軍の攻撃で、プレミールの防衛をしている反乱軍は、だいぶ、やられているようだし、3千でいけるハズだ」
クルトは、当然、できるよねとでも言いたげな顔をしていた。
「クルト王子! だいぶ、やられているの前に、この日数にしてはという言葉が足りていませんぞ! プレミールに攻撃を始めて、まだ、1週間! 200人ほどを倒したようですが、1万以上の軍が健在のハズですぞ! 実際、プレミール攻略軍は、城壁に、まったく近づけていないではありませんか!?」
太ったおじさんは、なんとか無謀なことをやめさせようとする。
「たしかに、そうだろう。ただ、今、この機会を逃しては、勢いがなくなってしまわないか? 風は、我らに吹いている。であれば、一気に流れに乗り、プレミールを陥落させたほうが良いと、私は考えているのだが」
クルトは、太ったおじさんの言葉を受けても、頑として譲らない。
「そこまで、言うのなら、リベイストを陥落させたときのような秘策がおありなのですか?」
太ったおじさんは、核心に迫る質問をした。
「あると言えば、ある。だが、リベイストを陥落させたときのような策ではない。さすがに、リベイストに潜入して、騒ぎを起こす作戦は通じないと思うからな。1万以上がいるプレミールでは無謀であるし、なにより、リベイストの件を受けて、最大限の警戒をしているハズだ」
「となると、なにか、正攻法ではない方法をお考えですか?」
「そうだ。これをやるのは、正直、自分でもどうかと思う。だが、堅牢なプレミールを短期で陥落させる方法を、私はこれしか思いつかない」
クルトは、もったいぶった言い方をする。
(……あれって、策なのかな? まぁ、たしかに策と言えば策か! でも、どうせ反対されるだろうな! 僕も、最初に聞かされたときは、正気かって思ったし! ただ、成功すれば、短期でプレミールを陥落させられるのは事実だと思うな!)
居並ぶ士官がクルトに注目している中、ミハイルはそんなことを思っていた。
そんな状況で、クルトが口を開く。
「策というのは、プレミールに向かって、近衛騎士たちが罵声を浴びせるというものだ」
「……はい? クルト王子、もう一度、お願いしてもよろしいでしょうか?」
太ったおじさんは、言っている意味が分からず、聞き返す。
「だから、近衛騎士たちがプレミールにいる反乱軍を煽って、こちらに攻撃させるという策だ。プレミールから出てきてしまえば、なにも恐くはない。単純な兵力の問題となるからな。ダニエルが指揮している2万の軍と合わせて、私の3千の軍勢で押しつぶせるだろう。しかも、一気にプレミールへ雪崩こめるハズだ」
クルトは、淡々と説明をする。
「クルト王子! そのような作戦が上手くいくとは、到底、思えませんぞ! 挑発するにしても、プレミールに近づけば、矢と魔法の攻撃があるでしょう! そもそも、反乱軍といえど、挑発には乗らないのではないですか?」
太ったおじさんは、顔から汗を流しながら、手をブンブンと振り回していた。
「そのために、挑発させる役を近衛騎士たちにやってもらう。矢と魔法が降ってきたとしても、近衛騎士たちなら、ある程度、対処できるだろう。それに、反乱軍は必ず挑発に乗ってくる。いや、分かっていても、乗らざるを得ないハズだ」
「近衛騎士の件は分かりました! ただ、反乱軍が挑発に乗らざる得ない理由は分かりません! 説明していただいても、よろしいでしょうか?」
太ったおじさんは、近衛騎士の件よりも、そっちのほうが気になるようである。
居並ぶ士官たちも、気になるのか、クルトの言葉を待っていた。
(……近衛騎士が挑発するのは、反対しないのか! それは、それでひどいな! まったく、この人たちは近衛騎士をなんだと思っているんだ!)
会話を聞いていたミハイルは、心の中で愚痴を吐いてしまう。
そんなミハイルのことを気にせず、クルトは口を開く。
「反乱軍が、寄せ集めの軍勢だからだよ。第7師団の人たちはいいとしても、貴族の私兵やら、金で雇われた傭兵やらが言うことを聞くハズがない。そんな状況で、煽られたら、頭にきた一部の部隊が、勝手に出てきても不思議はないだろう。というか、出てくるに決まっている。貴族が彼らを統制できるワケがないからな」
クルトは、確信をしているようであった。
「そう上手くいくでしょうか? さすがに、プレミールの防衛指揮官が許すとは思えませんな! 彼は腐っても、元中将! こちらの挑発に乗らないよう、厳命すると考えるのが、自然だと思います!」
太ったおじさんは、疑わしい表情を変えようとしない。
「たしかに、その可能性はあるな。ただ、さっきも言った通り、一部の部隊は、頭にきて、出撃してしまうだろう。そうなれば、こちらのものだ。プレミールに一気に雪崩こみ、反乱軍を駆逐する」
クルトは、なおも考えを変えない。
そこから、居並ぶ将官たちとクルトは、前のときのように言い争いを始めてしまう。
(ああ、ダニエル殿がいないから、これは止められないね! とりあえず、話が変な方向にいったら、口を出すことにしよう! 今、口を出しても、良いことはなさそうだから!)
ミハイルは、さらに、熱くなっていく様子を見ながら、そんなことを思っていた。
――3時間後。
軍議が終わったとの報告を受けたアリアたちは、建物の最上階にある会議室を訪れていた。
「よし。それでは、行こうか。君たちも準備をする必要があるだろうしね」
アリアたちが部屋に入るなり、疲れた表情をしたクルトは立ち上がる。
(相当、軍議も長かったし、クルト王子はお疲れか。というか、もう出撃みたいだな……結局、あまり休めなかった。まぁ、疲れているには疲れているけど、昨日よりは、全然、マシか……)
クルトの後ろを歩きながら、アリアはそんなことを考えていた。
それから、2時間後。
準備を整えた3千の軍勢は、リベイストを出発する。
「いや、いきなりの出撃で悪いね。疲れていると思うけど、頑張ってよ」
馬に乗ったクルトは、近くにいるアリアたちに聞こえるよう、声を出す。
現在、アリアたちは、3千の軍の後方で、クルトの護衛として、馬を走らせていた。
「いえ、リベイストで休めたので、だいぶ、体力は回復しています! 反乱軍が出たとしても、クルト王子には、指一本触れさせないよう、死力を尽くす所存です!」
元気になったエドワードは、返答をする。
学級委員長三人組も、同じようなことを口々に言っていた。
そんな中、アリアは馬に乗りながら、内なる自分と戦いを繰り広げている。
(くっ! 眠すぎる! 馬に乗っている状態で、温かい太陽の光はマズい! さっきから体が勝手に寝そうになっている! もし、馬に乗りながら、寝ているなんてバレたら、今度こそヤバい! さすがの団長でも、怒って、切り刻まれるかもしれない!)
そう思ったアリアは、右手で手綱を持った状態になると、左拳で自分の顔を殴った。
ゴキっという音が鳴った後、アリアは痛みによって覚醒する。
そんな状況で、アリアの奇行を見ていたらしいクルトが口を開く。
「アリア。もしかして、眠かった? あれだったら、馬車で寝ていても良いよ」
「いえ、眠気など感じていません! ちょっと、自分の顔を殴ってみたくなっただけです!」
ドキンとしたアリアは、すぐによく分からないことを言う。
「そうなんだ。まぁ、あまり顔は殴らないほうが良いよ。負傷したら、大変でしょう? そういえば、さっきからサラとエレノアが、下を向いたままだけど、大丈夫かな? もしかしたら、眠っている?」
クルトはそう言うと、前方に目を向ける。
少し離れた場所では、サラとエレノアが、首を下に向けているのが見えた。
(ヤバい! サラさんとエレノアさんが、馬に乗りながら、寝てしまっているよ! これは、なんとかしてごまかさないと! ステラさんにも、応援を頼もう!)
頭をフル回転させたアリアは、状況を確認した後、ステラのほうに視線を向ける。
対して、ステラはというと、コクリとうなずく。
どうやら、アリアの意図を察したようである。
「クルト王子! 一応、寝てはいないと思いますが、確認してきます!」
アリアは、クルトがなにかを言う前に、そう言うと、サラの乗っている馬に近づく。
ステラも、エレノアの乗っている馬に近づいているようであった。
(……やっぱり、寝ているな! しょうがない、ここは、話しかけて、起こしてあげよう!)
そう考えたアリアは、大きな声を出す。
「サラさん! なにか、考え事ですか? 下を向きながら、馬を走らせていると、危ないですよ!」
「……! アリアの言う通りですわね! しっかりと前を向いて、馬を走らせますわ!」
無事、目を覚ましたサラは、アリアの話に合わせる。
対して、ステラは、剣を抜き、腹の部分でエレノアの頭を思いっきり叩いていた。
「ほげぇ! なんですの!? 敵襲ですの!?」
エレノアも、ステラのおかげで、無事ではないが目を覚ます。
(ちょっと! ステラさん! エレノアさんが寝ていたのモロバレじゃないですか!? もっと、穏便に起こしてくださいよ!)
辺りをキョロキョロとしてしまっているエレノアを見ながら、アリアはそんなことを思っていた。




