132 ご相伴にあずかる
――リベイストの街中。
アリアたちは、絶対絶命の危機を迎えていた。
少し離れた場所では、近衛騎士が十数人、剣を構えている。
どうやら、こちらの隙をうかがっているようであった。
(……さて、逃げるにしても、背中を見せた瞬間、スパッとされそうだ。かといって、目線を合わせながら、ジリジリと後退しても無理か。そんなことを許してくれる相手ではないし、当然だな。う~ん、かなり厳しい状況だ)
アリアは、額から冷たい汗を流しつつ、なんとか対策を考えようとしている。
そんな中、エレノアが大きな声を上げた。
「もう! 本当に面倒ですわね! ワタクシは早く眠りたいですの! こうなったら、ワタクシの奥の手を見せてあげますわ!」
エレノアは言い終わると、左腕を上空に掲げる。
どうやら、巨大な火の球を作って、一気に消し飛ばそうと考えているようであった。
ちょうど、そのとき、陽気な声が響いてくる。
「あれ? こんなところで、なにしているの、君たち? 反乱軍が逃げているのに、追わなくても良いの?」
「団長! ふぅ~! これで、助かりましたね!」
アリアは喜びの声を上げると、後ろを振り返った。
その瞬間、近衛騎士たちは、条件反射で動いてしまう。
これも、普段から、厳しい訓練しているおかげであった。
「ちょっと! 味方同士で戦って、どうするの? 近衛騎士は貴重だからね! 潰し合ってはいけないよ!」
ミハイルは、アリアたちの前に立つと、横なぎを放つ。
刹那、轟音とともに、凄まじい風が近衛騎士たちを襲う。
結果、近衛騎士たちは、耐え切れず、吹き飛んでしまっていた。
「……どうやったら、そんな真似ができるんだ。剣を振っただけで、普通、人を吹き飛ばすほどの風なんて起こせないぞ。本当に私と同じ人間なのか? 体の構造とか違う気がするな」
いつの間にか、アリアたちの背後にいたクルトは、やれやれといった顔をする。
「嫌だな、クルト王子! 私は、アリアたちと変わらない、普通の人間ですよ! ちょっと、体が丈夫なだけです!」
剣を鞘に納めたミハイルは、アリアたちの下に向かって歩きながら、軽口を叩く。
「まぁ、今更だから、それは良い。そんなことより、アリアたち、よくやってくれた。君たちのおかげで、短期間に兵力の損失なく、リベイストを陥落させることができたよ」
クルトは、アリアたちに向かって、お礼を述べる。
「いえ、お礼を言わなければならないのは、私たちのほうです! もし、クルト王子と団長が来てくれていなければ、今頃、私たちは、地面に横たわっていたでしょう!」
エドワードは、精悍な顔に笑みを浮かべながら、逆にお礼を言う。
「さすがに、アリアたちといえど、十数人の近衛騎士は無理だろうからね! 命の恩人と言っても過言ではないよ! まぁ、今回はツイていたみたいだね!」
ミハイルは、クルトの隣に立つと、そう言った。
「近衛騎士団長。恩着せがましい言い方は良くないな。アリアたちは、私の護衛として、ついてきたにすぎない。だから、それを近衛騎士団長が助けるのは当然だろう。それに、近衛騎士団長がいなければ、私が出ていたからな。どちらにせよ、結果は変わらなかったハズだ」
クルトは、ミハイルに注意をする。
「これは、失礼しました! そうですよね! クルト王子が出ていれば、大丈夫だったハズです! さすがに王族の顔を知らないような者は、近衛騎士団にはいませんからね! ただ、分からなかったとしても、クルト王子に勝つのは難しいと思いますけど!」
ミハイルはそう言うと、クルトに向かって、礼をしていた。
(……クルト王子って、近衛騎士が十数人いても勝てるのか。あれ? 近衛騎士って、そんなに弱い存在だっけ? いや、絶対、違うよな。実際、戦場でも縦横無尽に動き回っているし。となると、クルト王子って、私たちより強いことになるな。それって、私たちが護衛している意味あるのか?)
アリアは、それ以上、深く考えないよう、思考するのをやめる。
――朝7時。
寒空に太陽が昇り、リベイストを照らしている頃。
反乱軍を駆逐したリベイスト攻略軍は、都市の中を走り回っていた、
ケガ人の救護やら、降伏した反乱軍の移動やらで、とても忙しそうにしている状況である。
そんな中、アリアたちは護衛として、リベイストの中を見回っているクルトの近くを歩いていた。
(……皆、結構、歓迎しているみたいだ。もしかすると、反乱軍の貴族が重税とか課していたのかな? 物資も強制的に徴発していそうだし、恨みこそすれ、感謝することはないだろうな。というか、リベイストは、今回の反乱に巻きこまれただけな気がする。さっき、クルト王子とリベイストに住んでいる貴族が話していたのを聞いていたけど、反乱軍から救ってくれて、ありがとう的なことを、ずっと言っていたしな)
アリアは、動いている人々を見ながら、そんなことを思う。
皆、忙しそうに動いてはいるが、悲壮感に満ちているという感じではない。
しかも、リベイストの住民たちの中には、アミーラ王国軍の兵士を見かける度に、ありがとうと言っている者もいる。
その様子を見ていたエドワードなどは、少し嬉しそうな顔をしていた。
どうやら、戦って良かったと思っているようである。
それから、数時間後。
リベイストを一通り回ったクルトは、ダレスからやってきた将官たちに後事を託すと、宿で眠りにつく。
クルトが率いてきた3千の軍も、それに伴い、休息を許可されていた。
さすがに、これ以上、眠らせないのは良くないと、将官たちが判断したようである。
というワケで、アリアたちも、リベイストで一番豪華な宿で休息することになった。
ただ、個室ではなく、男性陣4人と女性陣4人の二部屋という形であったが。
「うわ! こんなに豪華な部屋なんて使って良いんですか!? 私、初めてですよ!」
アリアは、部屋に入るなり、大きな声を上げる。
「……元気ですわね、アリアは。とりあえず、ワタクシ、先に寝かせていただきますの……」
サラは部屋に入るなり、血やら、煤やら、なんやらがついた軍服のまま、ベッドの上で大の字になった。
すると、すぐにいびきをかき始める。
「…………」
対して、エレノアは、よろよろとベッドに近づくと、動きをとめた。
その後、糸が切れた人形かのように、ベッドの上に崩れ落ちる。
どうやら、魔法の行使をした分、アリアたちよりも疲れているようであった。
「なかなか、良い部屋ですね。せっかくなら、なにもないときであれば、良かったですね」
ステラは、もらってきた食料を机の上に置き、近くのイスに座る。
「とりあえず、食事をしてしまいましょう! ダレスからここに至るまで、まともに食事をできていないので、もうお腹ペコペコですよ!」
アリアも、軍服にいろいろなものがついたまま、イスに座ると、ムシャムシャと食料を食べ始めた。
ステラはというと、そんなアリアの様子を見ながら、モグモグと食事を食べている。
しばらくして、食事を食べ終わったアリアは、イスに座ったまま、コクリコクリとしてしまう。
(くっ! 眠すぎる! 寝ていないから当然だけど、お腹一杯なのが、眠気に拍車をかけている! 駄目だ、駄目だ! 二人ずつ交代交代で寝るって決めたのに、私が寝てはいけない! ここは、なんとしても、起きていないと!)
そう思ったアリアはイスから立ち上がると、意味もなく、部屋の中を歩き回る。
対して、ステラは、イスに座ったまま、静かに紅茶を飲んでいた。
(……それにしても、ステラさんって、眠くならないのかな? 表情がいつも通りだから、見ている分には、眠くなさそうだけど。もしかすると、内面では、私みたいに眠気を我慢しているのかな?)
アリアは、疑問に思ったため、立ち止まり、ステラのほうを向く。
「ステラさん、ステラさん。眠くないんですか? 普通に紅茶を飲んでいるみたいですけど?」
「いや、滅茶苦茶、眠いですよ。もし、ここで寝ろって言われたら、すぐに眠れる自信があるほどです。ただ、1週間以上、眠らなかったときと比べたら、大したことはありませんね」
「……それって、物理的に可能なんですか? そこまでいくと、立ち止まった瞬間、寝ちゃいそうです」
さらなる疑問を、アリアはステラにぶつける。
「アリアさんのおっしゃる通りです。なので、寝る度にカレンの鉄拳制裁によって、強制的に起こされていました。あと、全然、眠れていないと、そこら辺にある木が知り合いに見えたり、変な声とか聞こえてくるんですよ。真っ暗な森を歩いている最中に、いるハズのない母上の声が聞こえたときは、ちょっとだけビックリしました」
ステラは、ちょっと苦い顔をしていた。
どうやら、相当、ツラい体験だったようである。
「……なるほど。それだけの体験をすれば、たしかに、この状況で寝なさそうですね」
対して、アリアは納得顔で言葉を返す。
「ただ、そうは言っても、気を抜くと、この前のルーンブル山脈みたいなことになってしまいますけど。あれは、本当に不覚でした。ブルーノ捜索でいら立っていたとはいえ、まさか寝坊をするとは。寝坊なんて、ほとんどしたことがないので、あのときは本当に焦りました」
「まぁ、あれは、しょうがないですよ。天幕の中にいた四人の誰か一人でも起きていたら、避けられた事態ですしね。今回は、あのときの二の舞にならないよう、頑張りましょう!」
アリアはそう言うと、ふたたび、部屋の中をウロウロし始めた。
――3時間後。
外が暗くなる頃に、アリアとステラは、サラとエレノアを起こす。
「う~ん、もう起床時間ですの? なんだか、全然、寝た気がしませんわ……」
サラは素直に起き上がり、ふわぁとしていた。
対して、エレノアは、
「……あと、10分。いや、あと、1時間、寝かせてほしいですの」
などと言って、汚れてしまっている毛布にくるまって、動かない。
「はぁ? そんなの許しませんよ。さっさと、起きてください」
ステラはそう言うと、汚い毛布をはぎ取り、強制的にエレノアを起動させる。
「……しょうがありませんわね。お腹も空きましたし、起きてあげますわよ」
エレノアは、渋々といった感じで起きると、イスに向かって歩く。
対して、ステラはというと、いろいろな汚れがついているのを気にせず、毛布にくるまっていた。
「それでは、私は寝るので、なにかあったら、すぐに起こしてください」
アリアは、サラの寝ていたベッドに移動し、二人に声をかける。
「分かりましたわ。とりあえず、寝たほうが良いですの」
「ふわぁ……安心してくださいまし。なにかあったら、速攻で起こしますの」
サラとエレノアは、机の上に置かれた食事を前に、返事をしていた。
アリアは、その返事を聞き終わると、毛布を体にかけ、ベッドの上で横になる。
(ふぅ~! やっと眠りにつけるよ! 欲を言えば、お風呂に入りたいけど、まだ、クルト王子の護衛も終わっていないし、望みすぎか! とりあえず、さっさと寝るか!)
そんなことを思っていたアリアは、目を閉じ、眠りにつこうとした。
そのとき、いきなり、アリアたち四人のいる部屋の扉が開かれた。
「お! なかなか、良い部屋だな! さすが、リベイストで一番の宿だ! 先輩方も、そう思いませんか?」
ズカズカと入ってきたフェイは、大きな声を出す。
フェイの先輩方三人組も、口々にそうだな的なことを言っている。
(うわ! なんで、ちょうど、寝ようとしているときに来るんだよ! よし! ここは、寝ているフリだ! そのうち、本当に寝るだろうし、大丈夫だろう!)
そう思ったアリアは、微動だにしないよう、意識をした。
部屋の中では、フェイと先輩方三人組が、そこら辺にあったイスに座り、食事をしているようである。
どうやら、部屋の中に居座るつもりなようであった。
(おいおい! 私たちの様子見をしに来ただけじゃないのか!? 嘘でしょう!? さっさと帰ってくれよ! うるさくて、ぐっすりと眠れないじゃないか!)
アリアは、心の中で文句を言う。
そんなアリアの心を知ってか知らずか、フェイがイスから立ち上がる音がした。
「お! このベッドなんて、簡易ベッドより、寝心地が良さそうだな! 試しに寝てみるか!」
フェイはそう言うと、アリアのくるまっている毛布ごと、ステラが寝ているベッドに投げ飛ばし、自分が横になる。
(ああ、もう! これ、絶対、豪華な宿に泊まっている私たちに、八つ当たりしにきているな! しょうがないでしょう! クルト王子の部屋の近くにいないと、護衛の意味がないんだから! 本当に、さっさと帰ってほしい!)
ステラの体に当たり勢いが止まったアリアは、毛布にくるまりながら、そんなことを思う。




