130 別動隊
――アリアたちがリベイストの門を目指している頃。
クルトとミハイルは、リベイストにいる貴族の屋敷を訪れていた。
「それにしても、逃げ足が早いねですね! まだ、リベイストが陥落していないのに、逃げるとは! 私も、危機管理の一環として見習いたいくらいですよ!」
ミハイルは、門を通り、貴族の屋敷に向かって、歩いている。
「近衛騎士団長。絶対、見習いたいと思っていないだろう。まったく、緊張感の欠片もないな」
隣にいたクルトは、落ちついた声を出していた。
そんな二人の歩む先には、貴族の私兵らしき者たちが展開をしている。
「緊張と言われましても、困りますよ、クルト王子! こんな人たち相手に、緊張するほうが難しいですって! あれ? もしかして、クルト王子は緊張されているんですか?」
ミハイルは、剣を右手でクルクル回しながら、おどけた様子を見せた。
「いや、あまり緊張はしていない。ただ、万が一、この中に、近衛騎士団長みたいなのがいたら困るから、警戒はしている。油断して、気づかないうちに、真っ二つとかは勘弁だからな」
対して、クルトは隙なく剣を構えている。
そんな二人に対して、私兵らしき人たちは、一気に包囲をした。
「うわ! 絶対絶命ですよ、クルト王子! ここは、クルト王子のご威光で、なんとかしてください!」
ミハイルは、いつも通りの顔で、軽口を叩く。
「なんだ、ご威光って? 私の体から、太陽光のようなものが出るとでも言うのか? 私は王族だが、そんなものは出ないぞ」
クルトは、なにを言っているんだ的な顔をする。
「え!? 出ないんですか!? てっきり、出るものと思っていました!」
ミハイルは、わざとらしく驚いた表情をした。
そんな二人の余裕が気に入らないのか、包囲していた私兵の一人が声を上げる。
「おい! お前たち! 状況が分かっているのか!? 大人しく、命乞いでもしたらどうだ?」
私兵は、剣を構えたまま、ミハイルとクルトから目線を外さない。
他の包囲している兵士たちも、口々に罵声を出しつつ、警戒をしているようであった。
「クルト王子! この人たちは、なかなか、良い心構えをしているみたいですね! もしかすると、昔は軍人だったのかもしれませんよ!」
ミハイルは、感心した様子で私兵たちを見ている。
「どんな相手にも気を抜かないか……反乱軍の兵士たちにも、しっかりとした者がいるみたいだな」
クルトは、ボソッとつぶやいた後、一番最初に声を上げた者を見据えた。
「つかぬことを聞くが、君たちは、元々、アミーラ王国の軍人だったのか? なかなか、良い心構えをしているみたいだが?」
「そうだったら、なんだ? 軍人をやめて、傭兵になるのなんて、珍しいことでもないだろう!」
私兵は、いきなり、なにを言いだすんだ的な顔をしている。
「そうか。差支えがなければ、理由を聞いても良いか?」
興味を持ったらしいクルトは、質問をした。
「俺たちは、軍に愛想を尽かして、やめたんだ! 馬鹿貴族の意味が分からない命令と罵詈雑言、命を懸けている割に安い給料、人ではなく物としか思われていない環境! これだけ、揃えば、やめるには十分だろう!」
私兵の一人は、恨み節を言ってしまう。
周囲にいた私兵たちも、うなずきはしないが、同意しているであろう雰囲気をかもしだす。
(まぁ、軍の配属は当たり外れが大きいからな。良い上官に恵まれれば、なんとかやっていけるハズだ。だけど、ヤバい上官とかのいる部隊に配属されたら、そう思っても不思議はないね。最悪な上官の命令で、突撃して死ぬなんて、悔いしか残らないだろうし。まぁ、そうは言っても、彼らみたいに思い切って、軍をやめるのは難しいかな。軍人って、あまり、つぶしがきかないしね)
ミハイルは、目だけで、周囲にいる私兵たちを確認しながら、そんなことを思う。
「なるほど……それは、やめても仕方がない気がするな。実際、同じ立場だったら、私もやめそうだ」
クルトは、そうつぶやいた後、おもむろに剣を鞘に納める。
「……なんだ? 降伏する気にでもなったのか?」
クルトと話していた私兵は、剣を構えたまま、怪訝な顔をした。
「いや、なんだか、戦う気が失せてしまってね。私たちは、この屋敷にいる貴族に用があるだけなんだ。大人しく、通してくれないか?」
クルトは、面倒そうな顔になると、提案をする。
「はぁ? なにを言っているんだ、お前? できるワケがないだろう! お前たちに与えらえた選択肢は、ここで降伏するか、死体になるかのどちらかだ!」
当然、提案を受け入れるワケもなく、私兵は、大きな声で最後通告をした。
と同時に、周囲にいた私兵たちから殺気が漂う。
「……ちょっと、面倒だな。近衛騎士団長。殺さず、無力化とかできる?」
クルトは、面倒そうな顔のまま、ミハイルに質問をする。
「クルト王子の仰せとあらば、やらないワケにはいきませんね! それでは、少しお待ちください!」
ミハイルはそう言った後、姿を消す。
刹那、クルトと会話をしていた私兵の剣が弾かれ、空高く舞う。
それも、一つだけではない。
何本もの剣が空中を舞い、その後、勢いを失い、地面に落下していた。
「こんなところですかね? それでは、クルト王子! 屋敷の中に入りましょうか!」
私兵たちが呆然としている中、ミハイルはスタスタと歩き出す。
「相変わらず、ふざけた実力だな。どういう訓練をしていたら、そんな動きができるんだ? あれか? 危険な薬草でも使って、身体能力を強化でもしているのか?」
クルトは、怪訝な顔しながら、ミハイルの隣を歩いている。
「それ、アリアたちも言っていましたけど、私は至って普通に訓練しただけですからね! ただ、昔から、あまり負けたことがないので、才能はあると思いますけど! クルト王子も、レナード殿の教えを受ければ、今以上に強くなれるハズですよ!」
「……それは、やめておこう。近衛騎士団長より強いレナードの教えなんて受けたら、体がバラバラになりそうだ。というか、レナードの教えについていけるなんて、大概、近衛騎士団長も人間をやめている気がするがな……」
クルトは、手を横に上げ、思ったことを口にしていた。
そんな状況で、私兵の一人が地面に刺さった剣を拾い、突撃をしようとする。
だが、クルトと話していた私兵が行く手をさえぎったことで、動きをとめてしまう。
「俺たちでは、あそこで歩いている二人には敵わないだろう。会話を聞いている限り、クルト王子と近衛騎士団長みたいだしな。本当かどうかはともかく、近衛騎士団長と呼ばれていた男が、その気になれば、ここにいる全員があの世行きだ。命があっただけ運が良かったと思って、今は大人しく隠れておくほかないだろう」
クルトと話していた私兵はそう言うと、自分の剣を拾い上げ、土を払うと、鞘に納めた。
クルトとミハイルが屋敷の中に入ると、まず、動き回っている使用人たちが目に入る。
使用人たちはというと、普通に屋敷の中に入ってきた二人を見て、ギョッとした顔をしていた。
「ごめんください! トリストール・リベイスト殿に用件があって参りました! クルト王子とミハイル・ホワイトが来たとお伝えください!」
ミハイルは、いつも通りの顔で、使用人たちに聞こえるよう、大きな声を出す。
「それには及びません! トリストール・リベイスト! ただいま、参りました!」
その声が響いた後、屋敷の奥から杖をついた白髪の老人が現れる。
コツコツと杖をつき、クルトの前まで来ると、屋敷の床に膝をつき、臣下の礼をとった。
「久しぶりだな、トリストール。古くからリベイストの発展に尽力したお前が、逃げるための準備をしているとは思わなかったぞ。てっきり、このリベイストと運命を共にするものだと考えていた」
「無論、私は残るつもりでした! ただ、家族を巻きこむワケにはいきませんので、イメリア王国にいる親戚の下に逃がそうと考えたまでです!」
トリストールは、ひざまずいたまま、理由を説明する。
「なるほどな。その様子だと、事前にイメリア王国にいる親戚とやらに話は通しているのだろう。ということは、反乱が成功しないことも予想していたのか?」
「もちろんです! たしかに、反乱軍の兵士はそれなりにおり、エンバニア帝国からの支援も受けている状況には違いありません。ただ、第7師団を中心にしているといえど、実態は、貴族の私兵やら、傭兵やらの寄せ集めの軍勢です! そんな軍で、アミーラ王国軍に勝てるワケがない! なにを考えているのか、アミーラ王国中から集まってきた貴族は、勝てると思っているようですが! エンバニア帝国が後ろ盾についてくれるというだけで、舞い上がって、実に滑稽でした!」
トリストールは、心の内で思っていたことをぶちまけた。
「今、言ったことは、もちろん、反乱軍にいる貴族には言っていないのだろう?」
「言っていません! 言っていれば、今頃、家族を含めたリベイスト家の者は、殺されていたでしょう! 表向きは従わざるを得ませんでした! なので、罰するのなら、この老いぼれ一人の首でなんとかしていただけないでしょうか?」
ひざまずいたまま、トリストールは、家族の助命をする。
「別に罰したりはしない。リベイストの住民たちが、トリストールのことを信頼しているのは知っている。そんな男を、無下に殺すことなどできようがない。私のほうこそ、トリストールに頼みがある。リベイストは、もう少しで陥落するだろう。その後のリベイスト正常化に手を貸してくれ」
「もちろんです! リベイストのためなら、この老いぼれの身が朽ちても構いません! ただ、一つだけ懸念があるのですが、聞いていただいても、よろしいでしょうか?」
「無論だ。トリストールの進言を受け入れないワケにはいかないだろう」
「ありがとうございます! 私の懸念は、リベイストから逃げ遅れた貴族の処遇です! 処刑するにしても最後まで抵抗するでしょう! それに住民が巻きこまれたら、クルト王子は反感を買ってしまうかと!」
顔を上げたトリストールは、悩ましい顔をする。
「あ。それなら、大丈夫だ。反乱軍に参加した貴族は、全員、レイテルに逃げたみたいだぞ。屋敷を回ったが、誰もいないところしかなかったな。今、リベイストにいるのは、トリストールのような、元々、リベイストにいた貴族しかいないようだ」
クルトは、何事もないように発言をした。
「それは良かったです! これで、リベイストをすぐに落ちつかせることができましょう!」
「頼もしい限りだな。それでは、後のことは頼んだぞ、トリストール。私と近衛騎士団長は、もう行くからな」
クルトはそう言うと、ミハイルとともに、トリストールの屋敷を後にする。
――クルトとミハイルが、トリストールの屋敷を出た頃。
アリアたちは、カレンとレインが斬り開いた道を進んでいた。
「……相変わらず、カレンさんは凄いですね。立ち塞がる兵士たちが、まったく意味を成していませんよ……」
アリアは、ドン引きしながら、カレンの後ろを走っている。
当のカレンはというと、目にも止まらぬ速さで剣を振り、一方的に兵士たちを斬り刻んでいた。
その横では、レインが漏れてきた兵士を一刀両断にしている。
「……実際、カレンさんって、どのくらい強いんだ? もしかすると、団長より、強いんじゃないのか?」
アリアの近くを走っていたエドワードも、ドン引いてしまっていた。
学級委員長三人組も、青い顔をしながら、ウンウンとうなずいている。
「あ。それ、カレンに聞かないほうが良いですよ。結構、気にしていることなので」
悲鳴が響いている中、ステラは忠告をした。
「……もしかして、聞いてはいけないほど、深いワケがありますの?」
走りながら、サラは小声でステラに尋ねる。
「いや、別に深くはないですけど、カレンの機嫌が悪くなる可能性があるので。嫌ですよね? カレンの機嫌が悪くなったら?」
「……それは嫌ですわね。機嫌が悪いカレンさんは、絶対、恐いですの……」
「……もしかしたら、腕の一本や二本は、簡単に飛ばされる可能性がありますわ」
サラとエレノアは、青い顔をしてしまう。
(……団長とカレンさんって、因縁ありそうだしな。触れないでおいたほうが良いのは、たしかな気がする……)
会話を聞いていたアリアは、そんなことを思っていた。




