129 燃えてしまう兵舎
馬小屋を火の海にしてアリアたちは、次に反乱軍の兵士たちがいる兵舎に向かっていた。
辺りは、騒ぎを聞きつけた兵士やら、なにが起こっているのか確かめにきた民衆やらでごった返している。
そのような状況で、平民に扮したアリアたちは、足止めされることなく、スルスルと人混みをかきわけていた。
(……それにしても、大混乱だな。これって、指揮官とかいるのかな? 兵士の人たちも、リベイストに住んでいる人たちも、思い思いの行動をしているみたいだけど。というか、リベイストを統括している貴族がいるハズだよな? もしかして、逃げたか? この有様だと、そう思われても、仕方がないと思うんだけど?)
アリアは、あまり目立たないように辺りの様子を見ていた。
近くで歩いているサラたちも、目線だけで、周囲をうかがっているようである。
そのまま、アリアたちは、カレンの先導の下、歩き続けた。
数分後、アリアたちは、反乱軍の兵舎近くに到着する。
(……うわ、予想通り、大変そうだな。あちらこちらから怒号が聞こえてくるよ。駆り立てられている兵士の人たちは、可哀そうだ。もし、自分があの人たちと同じ立場だったら、泣けてきちゃうよ)
物陰から兵舎のほうを見ていたアリアは、少しだけ反乱軍の兵士に同情をした。
そんな中、アリアたちに向かって、カレンが口を開く。
「それでは、私とレインで囮をしますので、その隙にお願いします。油とかは、ここにあるので、使っても構いません。一応、矢もあるので、火矢として使えはしますが、どうするかはお任せします。火はそこら辺にある松明を拝借してください」
カレンはそう言い終わると、次の瞬間には消えていた。
対して、レインは、アリアたちのほうを向く。
「……油をまくときは、注意をしたほうが良い。自分に燃え移る可能性があるからな。それでは、健闘を祈る」
レインはそう言うと、ピョンピョンと飛んでいってしまった。
「……一体、彼は何者なんだ? あれか? カレンさん的な存在なのか? 僕たちより若いみたいだけど、それなりどころか、相当、強そうに見えるが?」
エドワードは、よく分からないといった顔をしてしまう。
隣では、学級委員長三人組も、ウンウンとうなずいていた。
「ああ、言っていませんでしたね。彼は、タイリース中将の屋敷で戦った青年ですよ。ほら、黒ローブで全身を覆っていた人、いたじゃないですか? 今は、カレンの仕事を手伝っているみたいですね」
ステラは、いつも通りの声で説明をする。
「……おいおい、それ、大丈夫なのか? タイリース中将の件で、僕たちは彼に恨まれていると思うぞ。だから、襲いかかってくる可能性もあるんじゃないのか?」
エドワードは、心配そうな顔でステラに尋ねた。
「あ。それは大丈夫だと思いますよ。レインは、タイリース中将に大金で雇われていただけなので。一応、カレンにも聞いてみたんですけど、レインはタイリース中将の件を気にしていないって、言っていましたよ」
「……それなら、大丈夫か。まぁ、カレンさんに命を助けてもらえた代わりに、仕事を手伝っているというところだろう。襲いかかってくる危険性がないなら、それで良い」
そう言った後、エドワードは、ふぅと息を吐く。
学級委員長三人組も、それなら良いか的な顔をしている。
そんな中、エレノアが声をあげた。
「もう、レインのことはどうでも良いですの! そんなことより、さっさと火をつけたほうが良いと思いますわ! ワタクシの燃え上がる魔法を、今すぐ、披露してあげますの!」
エレノアは、早く、炎の球を放ちたいようである。
「エレノアの魔法はともかく、カレンとレインが囮になってくれていますし、私たちも動くとしますか」
ステラは、怒号と悲鳴が支配している兵舎をチラッと見た後、そう言った。
それから、学級委員長三人組以外の面々は、脂の入った容器と拝借した松明を持つと、目立たないように兵舎に火をつけ始める。
学級委員長三人組はというと、隠れながら、火矢を放って、アリアたちの姿がバレないよう、反乱軍の兵士たちの気を引いてくれていた。
ただ、どうしても、兵士たちが動き回っているので、コソコソ動き回っているアリアたちは見つかってしまう。
「おい! そこのお前たち! なにをしているんだ!?」
アリアとサラが油をまいて、兵舎に火をつけていると、反乱軍の兵士と思われる大声が響く。
「アリア! ヤバいですわ! 見つかってしまいましたの!」
「逃げましょう、サラさん!」
サラとアリアは脂の入った容器と松明を兵舎に向かって投げ捨てた後、逃げ出す。
そんな二人の後ろには、大声を聞きつけた反乱軍の兵士たちが続いている。
数分後には、学級委員長三人組以外の面々も見つかり、アリアとサラと一緒に追いかけ回されていた。
「少し、状況がよろしくありませんね。まだ、兵舎の半分にも火がついていないので。こうなったら、火力のあるエレノアに兵舎を燃やさせるのが最適解でしょう」
走りながら、ステラは提案をする。
「おーほっほっほ! やっと、ワタクシの魔法の偉大さを分かったみたいですわね! そうと決まれば、ワタクシが魔法を放っている間、身をていして守りなさい!」
エレノアは大きな声を上げ、立ち止まると、左腕を兵舎のほうに向け、魔法を放ち始めた。
「……あとで、エレノアの身に悪いことが起きなければ良いですね」
ステラも走るのをやめると、腰に提げていた鞘から剣を抜き、構える。
(……なんか、言い方がムカつくんだよな。まぁ、現状、ステラさんの案しかないから、しょうがないけどさ。とりあえず、油断だけはしないでおこう)
アリアは、斬りかかってきた反乱軍の兵士の剣を受け止めながら、そんなことを思う。
サラとエドワードも、一応、様子見といった感じで戦っているようであった。
そんな中、戦っていたステラが声を上げる。
「あ。エレノア、すいません。そっちに弾いてしまいました」
ステラは、斬りかかったてきた兵士を剣ごと、エレノアのほうに飛ばす。
兵士のほうはというと、ツイテいるぜ的な顔をして、現在進行形で兵舎を燃やしているエレノアに斬りかかる。
「ちょっと!? ふざけるんじゃありませんわよ、ステラ! 絶対、わざとですの! あとで、ボコボコにしてやりますわ!」
エレノアは怒った声を上げると、魔法を中断し、右手で引き抜いた剣で、斬りかかった兵士の剣を弾き飛ばす。
その後、返しの剣で、呆気にとられている兵士の首をはね、ふたたび、兵舎燃やしを再開した。
(……ステラさん。今のはひどいですよ。エレノアさんの言い方にむかつくのは分かりますけども。はぁ……兵士も集まってきたことだし、そろそろ、人数を減らさないとな)
そう考えたアリアは、低い姿勢をとると、得意技である足の斬り払いを放っていく。
小柄なアリアが、いきなり低い姿勢をとったため、兵士たちは、一瞬、アリアを見失う。
そんな兵士たちの足は、アリアの横なぎによって、次々と刈られてしまっていた。
当然、物理的な剣の攻撃と激痛によって、兵士たちは体勢を崩してしまう。
そうなってしまえば、あとは、トドメを刺されるだけである。
アリアは、返しの剣で、ちょうど良い位置にきた兵士の首をはねていく。
そんなアリアの近くでは、様子見をやめたサラが、ゴリ押しを始めていた。
攻撃を受けた兵士は、あまりの力の強さに、防いだ後、手がしびれたのか、剣を落としてしまっている。
もちろん、無防備な姿を見逃すワケがなく、サラは、兵士の体を斜めに斬り裂いていた。
エドワードとステラはというと、特に苦戦した様子もなく、最短の動きで次々と兵士たちを倒していく。
そのような状況で、エレノアを守りながら、アリアたちが戦っていると、カレンとレインが戻ってきた。
「お嬢様方、ここからは私とレインで足止めをしますので、火つけに専念してください」
カレンは、アリアたちに聞こえるよう、そう言った後、レインと一緒にアリアたちを追いかけてきていた兵士たちを血祭りにしていく。
アリアたちは、その間、そこら辺にあった松明を拝借し、次々と兵舎に火をつけていった。
ただ、油がないので、火の勢いが弱く、思ったほど兵舎が燃え上がらない。
その状況に、しびれをきらしたのか、ステラがエレノアに提案をする。
「エレノア! チマチマやっていても仕方がないので、あれでいきましょう!」
「分かりましたわ! あれですわね!」
ステラの言っていることを理解したエレノアは、立ち止まると、左手を上空に掲げ、集中し始めた。
(……なんで、あれで意味が通じるんだろう? もしかして、二人とも、同じことを考えていたのかな? というか、こんなところで、巨大な火の球を作っても大丈夫か? 一応、リベイストの基地の中だし、問題はないか……ただ、巻き添えにならないように気をつけないとな)
アリアは、集中しているエレノアの邪魔をさせないよう、チョロチョロ出てくる反乱軍の兵士たちを防いでいた。
サラたちも、多分、大丈夫だよね的な顔をしながら、エレノアの守りに徹する。
2分後、上空に直径10mほどの巨大な火の球が現れた。
「おーほっほっほ! 赤よりも赤く、真っ赤に燃え上がりなさい!」
準備ができたエレノアが大きな声を上げて、魔法を放とうとした、そのとき。
「エレノア様。それでは、被害が大きくなりすぎますよ。兵士を殺しすぎてはいけません」
そんな声が聞こえると同時に、巨大な火の球が、真っ二つに割れる。
しかも、それだけに終わらず、どんどんと細かくなっていく。
「ああ! ワタクシの魔法が!? これでは、意味がありませんの!」
エレノアがそんな声を上げている間に、巨大な火の球は、小さい火の球となって、兵舎に飛び散ってしまう。
当然、アリアたちのほうにも、飛んできていたが、各々が剣で斬り払っていたため、被害はなかった。
「お嬢様。もしかして、エレノア様に魔法を放つよう、けしかけましたか?」
いつの間にか、ステラの近くにきていたカレンは、問いただす。
「……黙秘権を行使します」
対して、ステラはいつも通りの顔で、そう答える。
直後、ステラの頭に、カレンの鉄拳が振り下ろされた。
結果、ゴンッと重い音がした後、ステラはよろめいてしまう。
「お嬢様方、もう、兵舎を燃やすのは終わりにしましょう。先ほど、エレノア様に作っていただいた火の玉のおかげもあってか、兵舎の半分以上は燃えていますので。時間的にも、そろそろ、門を解放させたほうが良いでしょう」
カレンは何事もなかったかのようにそう言った後、スタスタと歩いていく。
「……ステラさん、頭、ケガしていませんか? というか、カレンさんって、ステラさんに対して、怒ることがあるんですね……」
アリアは歩きながら、心配そうな顔でステラに話しかける。
「今では、滅多にありませんけどね。そもそも、あまり会わないので当然ですけど。私がレイル士官学校に行く前は、鉄拳制裁なんて、日常茶飯事でしたよ。だから、慣れっこです」
ステラは、殴られた部分を手で触りつつ、いつも通りの声で答えた。
「……そうですか。それなら、良いですけど……」
アリアはステラの無事を確認した後、カレンのほうをチラチラ見る。
当然、その視線に気づいたステラは口を開く。
「別にカレンの機嫌は悪くありませんよ。鉄拳制裁をしたら、それでチャラです。それよりも、今はカレンの後を追うのに専念したほうが良いですよ。はぐれたら、大変ですから」
ステラはそう言うと、少し離れた場所にいるカレンを追っていく。
アリアと同じことを思っていたのか、合流した学級委員長三人組も含め、歩いていた面々に安堵が広がる。
そんな中、レインがアリアたちに近づく。
「……心配するな。カレンは、怒りを引きずる性格ではない。そんなことより、油断をするな。戦場で油断は命取りだぞ」
レインはそう言うと、カレンの近くへと行ってしまう。
「……なんだろう。レインは不器用なのか? まぁ、心配してくれているようだし、性格が悪くないのは分かるけどな」
エドワードは歩きながら、レインの後ろ姿を見ていた。
(……とりあえず、あとは門だけか。はぁ……さっさと終わらせて、ふかふかのベッドで寝たいな)
アリアは、カレンの後を追いつつ、そんなことを思ってしまう。




