128 温かいを通り越して燃えている
――騎馬隊が退却してから、4時間後。
すっかり空は暗くなり、松明の明かりが周囲を照らしていた。
そんな中、リベイスト攻略軍3千は簡易的な砦を築くと同時に、攻城戦に必要な準備を整えている。
対して、アリアたちはというと、陣内を見回っているクルトの護衛として動いていた。
「もう、すっかり夜だ。さすがに、皆、睡眠する組と準備をする組に分かれているみたいだね。昨日の夜から動いているし、それも当然か」
クルトはそうつぶやくと、ふわぁとあくびをする。
その様子を見ていたアリアもつられてあくびをしそうになるが、なんとか、かみ殺すことに成功していた。
だが、目から出る涙は抑えられなかったため、アリアは、急いで、目元をぬぐう。
そんなアリアに気づいたのか、クルトが顔を向ける。
「いや、ごめんね。見回りに付き合わせてしまって。もしも眠いんだったら、近衛騎士のいるところに戻って、眠ってきても良いよ。陣内だし、危険は少ないと思うからね」
「いえ、大丈夫です! ちょっと、埃が目に入って、涙が出てしまっただけですから!」
アリアは、急いで、シャキッとした顔を作り、返答した。
「そう? 本当に眠かったら、遠慮なく戻って良いからね」
クルトはそう言った後、ふたたび、ふわぁとあくびをする。
(危なかった! なんとか、ごまかせて良かったよ! もし、王族の方がいるにも関わらず、眠そうな顔をしたとバレたら、大変なことになっていたハズだからな!)
アリアは、心臓の高鳴りを感じながら、そんなことを思っていた。
そのような状況で、エレノアが口を開く。
「クルト王子! ワタクシ、もうクタクタで動けませんわ! 眠って、英気を養ってきますの!」
エレノアは嬉しそうな声でそう言うと、クルトの護衛を離脱しようとする。
どうやら、クルトの言った言葉を真に受けたようであった。
対して、ステラを除く、周囲にいた面々は、『また、エレノアが意味の分からないことを言っているよ……』とでも、言いたげな顔をする。
クルトはというと、エレノアのほうに振り返り、口を開く。
「え? エレノアは、アリアと違って、疲れていないでしょう? もしかして、護衛が嫌になってしまった?」
キョトンとした顔で、クルトは聞き返す。
「い、嫌になっていませんわ! それに、アリアと一緒で普通に疲れていますの! これは寝ないと、護衛に支障が出ると思いますわ!」
とにかく眠りにつきたいのか、エレノアは腕を振って、必死で強調する。
「いや、普通に元気そうに見えるけどな。さっきも歩きながら、寝ていたみたいだし。だから、エレノアは眠らなくても、きっと大丈夫だよ」
クルトは、エレノアの申請を却下した。
「ちょ、ちょっと! ワタクシ、歩きながら、寝てなんていませんわよ! クルト王子の護衛中に寝るワケがありませんの!」
エレノアは、先ほどより腕を激しく動かし、疑惑を払おうとする。
「あれ? 私の勘違いだったかな? 歩きながら、いびきをかいていた気がしたけど?」
「いびきなんてかいていませんわ! ワタクシは、4大貴族レッド家の令嬢ですの! そんなはしたない真似はしませんわ」
エレノアは、ここぞとばかりに、4大貴族の威光を使用した。
(……お腹を出して寝ていた人の発言とは思えないな。まぁ、歩きながら、いびきをかいていたなんて、到底、認められることではないハズだし、あの反応は当然か)
アリアは、あわわしているエレノアをジト目で見ている。
「はぁ……なんだか、面倒になってきたな。エレノア、とりあえず、落ちついてくれ。いびきをかいていたという私の言葉は撤回しよう。だから、腕をブンブン振り回さないでほしい」
クルトはというと、面倒そうな顔でエレノアを鎮めようとしていた。
「やっと、分かっていただけて嬉しいですわ! さすが、クルト王子! これからも、護衛としてバリバリ頑張っていきますの!」
エレノアは、安心顔をした後、元気な声を上げる。
「ああ、よろしく。エレノアの魔法と剣技は、私も頼りにしているからね」
クルトはそう言うと、ふぅと息を吐いていた。
(……とりあえずはおさまったか。エレノアさん、元気そうだけど、眠いのは事実だろうな。なんせ、昨日の早朝から寝ていないし。はぁ……早く、ふかふかのベッドで寝たいな……)
アリアは、クルトの後ろをついていきながら、そんなことを思ってしまう。
――夜12時。
クルトが天幕の中で休んでいる中、アリアたちは地面に座り、護衛兼休憩をしていた。
少し離れた場所では、攻城戦の準備をしている人たちが動き回っているのが見える。
(……地面に座って、休めるだけマシだな。現在進行形で動いている人たちはたくさんいるだろうし、それに比べたら断然良いよ。ただ、夜の寒さは勘弁してほしい。疲れている体にはキツイからな……)
アリアは、天幕の近くで体育座りをしながら、ブルっと体を震わせていた。
そんなアリアの近くでは、エレノアが体育座りのまま、いびきをかいて寝ている。
ただ、その他の面々は、アリアと同様に、体育座りをしつつ、寒さに耐えているようであった。
(……この寒さで寝れるエレノアさんは凄いな。普通だったら、寒くて寝れないハズだけど。まぁ、それぐらい疲れていたのかもな。さっき、クルト王子が天幕の中で休んで良いよって言ったときも一番喜んでいたし。でも、私たちが断ったら、すごい残念そうな顔をしていて可哀そうだったな。さすがに、王族の方と同じ天幕に入るのは、はばかられるから、しょうがないけども)
アリアは、体を縮こまらせて寝ているエレノアを見ながら、そんなことを思う。
そうして、アリアたちが寒さに耐えて、休憩していると、天幕の中からクルトが出てくる。
「うわ、寒いな。ネイピア山脈から離れても、やっぱり、夜は寒いか」
クルトはそうつぶやいた後、スタスタと近くの森へと歩いていこうとした。
「クルト王子、どこへ行かれるんですか?」
その動きに気づいたエドワードが立ち上がり、クルトに声をかける。
エレノアを除いた面々も、すぐに立ち上がり、エドワードに近づく。
「ちょっと、森に用があってね。時間がかかるだろうから、天幕の中で休んでいて良いよ」
クルトは、落ちついた声で、アリアたちに告げる。
「そうはいきません。もし、御身になにかあれば、取り返しがつきませんので。私たちも、ついていきます」
エドワードは、当たり前といった感じで、そう言った。
「まぁ、それはそうだよね。なんたって、私の護衛だし、当たり前か。うん、分かった。それじゃ、私の身の安全を守ってよ」
クルトはそう言うと、スタスタと森に向かって歩き始める。
アリアたちも、寝ていたエレノアを起こし、クルトの後を追っていった。
それから、歩くこと、数分後。
クルトは、森の中の空き地で動きをとめた。
(うん? なんか、人がいるみたいだな。一応、なにがあっても良いように、剣を抜いておくか)
そう判断したアリアは、暗闇の中、剣を構え、警戒をする。
近くにいたサラたちも、油断なく、剣を構えていた。
すると、近づいてきた人影が、口を開く。
「あれ、クルト王子? アリアたちも、つれてきたんですか? たしか、天幕の中で休んでもらう予定でしたよね? まぁ、別に戦力的には申し分ありませんし、大丈夫だと思いますけど!」
人影は、陽気な声を上げる。
「その声は団長ですか!? なぜ、こんなところにいるんですか!?」
クルトが答えるより早く、エドワードが驚きの声を上げてしまう。
「それは、僕たちがリベイストに行くからだよ!」
ミハイルは、すぐに即答をする。
と同時に、ミハイルの後ろから二つの人影が現れた。
「お嬢様方、お久しぶりです。今日も冷えますね。こんな日には、火の前で温まりたいものと思いませんか?」
「……思う、思う。アリアたちは、ツイテいる。なんたって、火で温まることができるから」
カレンとレインは、意味深というか、やることまんまを言ってしまう。
(……今からリベイストに潜入して、火をつけて回るのか。カレンさんとレインさんがいる時点で、危険なことは分かったけど、また、大胆な作戦だな。なんだか、リーベウス大橋にいたときを思い出すよ)
現場にいる面々が思い思いの会話をしている中、アリアは、そのようなことを思っていた。
そんな中、暗闇にいるミハイルに向かって、クルトが口を開く。
「近衛騎士団長。アリアたちに、リベイストに入ってからの行動を教えてあげてよ。このまま行ったら、慌ててしまう可能性があるしね」
「分かりました! ただ、火つけの担当はカレンなので、カレンに説明してもらったほうが良いかと思います!」
ミハイルはそう言うと、暗闇の中、カレンに話をふる。
対して、クルトは、『まぁ、そっちのほうが良いかもね。私と近衛騎士団長は、貴族の間引きとか、諸々、やることがあるからな』と言って、肯定をしていた。
その言葉を受け、カレンが説明を始める。
「承知しました。それでは、説明させていただきます。潜入には、あらかじめ用意した抜け道を通ります。潜入後は、まず、馬小屋に火を放ち、馬を逃がします。逃がした後は、リベイストにある兵舎にも火を放って、反乱軍が奇襲を仕掛けて来たぞ的な流言飛語を大声で言いふらしてください。それで混乱が広まったのを見計らって、門に強襲を加え、開門させます。以上が、私たちの任務となります」
カレンは、簡潔に説明を終えた。
(……また、とんでもない任務だな。いつも通りといえば、いつも通りだけど。まぁ、カレンさんとレインさんもいるし、今回はそんなに悪くはないか)
アリアは、感覚がマヒしているため、そのような感想を抱く。
それから、アリアたちは、なぜかカレンが20着以上用意していた平民が着るような服に着替え、リベイストに向けて移動を開始した。
――20分後。
抜け道の出口に到達したアリアたちは、ミハイルとクルトと別れた後、カレンの先導の下、コソコソとリベイストの都市の中を移動していた。
(……それにしても、見張りの人たち、やる気がないな。リベイスト攻略軍が、近くまで来ているんだぞ。まぁ、兵数的にリベイストを守り切れると思っているのかもしれないけど、それでも緩みすぎだ。だから、こうやって、簡単に潜入されてしまう)
裏道から見える兵士たちの様子を見ながら、アリアはそんなことを思う。
あくびをして、緊張感がない様子の兵士は面倒そうに巡回をしているようであった。
アリアたちは、そのまま、裏道を進み、馬小屋に到着をする。
途中、巡回をしていた兵士の後ろを何度も通ったが、気づかれた様子はなかった。
もちろん、アリアたちが潜入に慣れているのはあったが、それ以上に反乱軍の兵士たちのやる気がないせいでもあるようだ。
「それでは、皆さん。暖をとるとしますか。これで、寒い夜ともお別れですよ」
アリアたちが松明を持ったのを確認したカレンは、そう言うと、次の瞬間には消えていた。
と同時に、林立する馬小屋の柵が破壊されているのか、バキッと木を割る音が響いてくる。
「……倒壊してきた馬小屋に巻きこまれないように動いたほうが良い。それでは、始める」
一人残ったレインはそう言うと、馬小屋に火をつけた。
アリアたちも、散らばり、次々と馬小屋を燃やしていく。
「おーほっほっほ! これで、温かくなりますわね! ちょうど、足の感覚がなくなっていましたし、ちょうど良いですわ!」
エレノアはというと、炎の球を連発し、一気に馬小屋を燃え上がらせていた。
それから、しばらくすると、馬小屋全体に火が広がる。
と同時に、逃げ出した馬があちらこちらで走り回っていた。
当然、巡回していた兵士やら、寝ていた兵士やらが集まり、馬小屋の周囲は大騒ぎとなる。
「さて、体も温まったことですし、次は叩き起こされて、大迷惑しているであろう兵士たちの兵舎に行きますか。もう、ここに用はありませんしね」
火に包まれている馬小屋を背景に、カレンはアリアたちにそう伝えた。
(……反乱軍の人たち、滅茶苦茶、混乱しているな。もう見ているだけでも、焦りやらなにやらが伝わってくるよ。今更、馬小屋に水をかけてもしょうがないのに、かけているみたいだし。まぁ、いきなり馬小屋が燃えたら、そういう反応にもなるか)
カレンの後ろをついていきながら、アリアは、燃えている馬小屋を眺めている。




