126 思っていたのと違う展開
――朝4時50分。
リベイスト攻略軍3千がダレスに立ち並ぶ中、総司令官であるクルトは城壁の上に立っていた。
アリアたちはというと、城壁に備え付けられた階段の近くで待機をしている。
(作戦開始まで、あと10分か。まぁ、レイル士官学校の卒業式では簡潔明瞭な喋りだったし、時間を超えることはないだろう。さて、どんな話をするのかな?)
アリアは、城壁の上にいるクルトを眺めながら、そんなことを思っていた。
隣にいるサラたちも、アリアと同様に、クルトを見上げている。
そんな中、松明に照らされたクルトが口を開く。
「諸君、今日、これから始まる戦いは苦難を極めるだろう! だが、我々が勝たねば、反乱を鎮めることはおろか、反乱軍の勢いすら止められなくなってしまう! そのまま、時間が経てば、犠牲は増え、アミーラ王国が内部から崩壊するのも時間の問題となるだろう! つまり、この戦いがアミーラ王国の運命を決める戦いだと認識をしてほしい! 現在、ダニエル大将が指揮をする2万の軍勢は、我々の陽動として、プレミールを攻めている! この奮戦を無駄にしないためにも、我々は敗北をするワケにはいかない! そのことを肝に銘じて、これからの戦いに挑んでほしい!」
クルトはそう大きな声で叫んだ後、剣を振り抜き、上空に掲げた。
瞬間、立ち並んだ3千の軍勢は、大きな歓声を上げる。
その声は空気を揺らし、建物を震わせるほどであった。
(ウンウン! これだよ、これ! お偉方の意味分からない長話とかではなく、これで良いんだよ! さすが、クルト王子! よく分かっていらっしゃるよ!)
声の圧力を感じながら、アリアはそんなことを思う。
しばらくすると、喚声が終わったのを確認したクルトが城壁の上から階段を下りてくる。
(うん? なんで、城壁の上から下りてくるんだ? 普通、こういう場合って、時間になったら、城壁の上で突撃とか叫ぶものだと思っていたんだけどな?)
そう思ったアリアは、怪訝な顔をして、サラたちの様子を確認した。
ステラを除いて、サラたちも、これはおかしい的な顔をしている。
そうこうしているうちに、階段を下りてきたクルトは、スタスタと歩いていく。
アリアたちは、クルトの護衛であるので、当然、その後ろをついていっていた。
そんな中、アリアはクルトの行動の意味に思い当たる。
(ああ、そうか。軍勢の後ろから突撃の号令をかけるのか。そっちのほうが、自然な流れで軍勢についていけるだろうって、考えたんだろうな)
クルトの背中を見ながら、アリアは頭の中にそんな考えを思い浮かべていた。
そのまま、アリアたちがついていっていると、クルトは軍勢の先頭に向かって歩き出す。
(はぁ? なんで、先頭に行くんだ? 後方から突撃の号令をかけるんじゃないのか? ちょっとどころか、凄く嫌な予感がするな)
アリアは、深まった疑いの顔を、とりあえず、ステラに向ける。
ステラはというと、アリアの顔を見ながら、首を横に振った。
(ステラさんでも、意味が分からないのか。一応、無駄だと思うけど、エドワードさんとエレノアさんの顔色を確認しておいたほうが良いかもな。4大貴族だったら、なにか、分かるかもしれないし)
そう思ったアリアは、まず最初にエドワードの顔をうかがう。
対して、エドワードは、ステラ同様、首を横に振る。
次に、アリアは、エレノアの顔を見た。
エレノアはというと、首をかしげ、分からないといった表情を浮かべる。
(……いよいよ、きな臭くなってきたな。もしかすると、クルト王子自ら、前線に出てくるのかもしれない。そうなると、必然的に私たちも前線で戦うことになるワケだ。まぁ、でも、さすがに、前線っていっても、最前線ではないと思うから、多少は安心できるハズだな。それに、最前線で戦うのは近衛騎士の人たちだと思うし、考えすぎか)
アリアは、希望を捨てず、最悪のことを考えないようにしていた。
そうこうしているうちに、クルトは軍勢の先頭に到着する。
すると、後ろを振り返り、エドワードのほうを向く。
「エドワード。今の時刻を教えてくれ」
「ちょうど、5時になるところです」
城壁に備え付けられた松明の明かりを頼りに、エドワードは懐中時計を見て、時刻を答える。
「そうか。それでは、進撃を開始するとしよう」
クルトは短くそう言った後、剣を抜き、上空に掲げた。
「突撃!」
静寂の中、クルトは剣を振るうと同時に、大きな声を上げる。
瞬間、軍勢の前面に配置されていた近衛騎士たちが、我先にとダレスの門を出ていく。
そのような状況下、アリアたちは、3千の軍の先頭を走るクルトの周囲に展開していた。
(ああ、もう! 最悪だよ! なんで、総司令官自ら、最前線を突っ走るかな! 当然、護衛の私たちはクルト王子を守りながら、最前線で戦うワケだ! さすがにキツすぎるだろう! 自分のことに加えて、クルト王子を守るのは! ああ、そうか! だから、近衛騎士が前面に配置されていたのか! くっ! なんで、もっと早く気づけなかったんだ!)
アリアは、憤怒の表情を浮かべながら、クルトを守るべく、少し前を走っている。
そんなアリアの近くに、エドワードが近づいてきた。
「アリア。気持ちは分かるが、頭を切り替えたほうが良い。分かっていたとしても、こうなるのは変わらなかったハズだからな。今はクルト王子を命に代えても守ることに集中したほうが良いだろう」
エドワードは、アリアに聞こえるよう、そう言った後、すぐに離れてしまう。
(……たしかに、エドワードさんの言う通りか。もし、クルト王子の護衛をしているのに、守り切れなかったとなったら、即死刑になるだろうしな。戦場でもないのに、死ぬなんて、まっぴらごめんだよ)
アリアは、気持ちを切り替えると、飛んでくるであろう矢を防ぐために集中をする。
そのまま、クルトを先頭にした3千の軍は、ネイピア山脈に向かって、突撃をしていった。
――リベイスト攻略軍が進撃を開始してから、30分後。
近衛騎士たちを前面に押し出している攻略軍は、すでにネイピア山脈に入りこんでいた。
当然、軍の先頭を走っていたアリアたちは、ヒュンヒュンと矢が飛んでくる中、反乱軍の兵士たちと戦いを繰り広げている。
そのような状況で、エレノアは剣を振り回しながら、大きな声で叫ぶ。
「クルト王子! お願いですから、前に出ないでくださいまし! もしも、死なれるようなことがあれば、大変なことになりますの!」
「大丈夫、大丈夫。死なないように努力しているからさ。そんなことより、エレノア。怒って、炎の球を出したりしないでよ。ネイピア山脈が燃えたりしたら、移動に支障が出るからね」
クルトは、飛んでくる矢を切り払いつつ、そう言った。
「もう! クルト王子! わがままを言わないでくださいまし! というか、なんで、こんな最前線にいますの!? 総司令官なんですから、後方でドシっと構えていたほうが良いと思いますわ!」
エレノアは、キレそうになりながら、クルトに進言をする。
「いやいや、それはできないね。ダレスを出る前にも言ったでしょう? 今回の戦いは、アミーラ王国の運命を決める戦いだって。そんな重要な戦いであるのに、私が後方にいたら話にならないだろう。さぁ、エレノアも戦闘に集中してくれ」
クルトはそう言うと、さらに前進をしていってしまう。
「キー! クルト王子に言われなくても分かっていますわ! くっ! こんな事態になったのも、反乱を起こした人たちのせいですの! もう、許しませんわよ!」
エレノアは大きな声で叫んだ後、森の中にいる反乱軍に向かって、走っていった。
そんな様子を見ながら、アリアは、近くにいたエドワードに質問をする。
「エドワードさん。エレノアさんって、クルト王子と仲が良いんですか? 結構、思ったことを言っていたみたいですけど」
「仲が良いかは分からないが、昔から、あんな感じではある。よくエレノアの父君であるアルビス殿が、口の利き方がなってないと、怒っていたしな」
エドワードは、向かってくる反乱軍の兵士を斬りつつ、答える。
「そうなんですか。ただ、エドワードさんは、エレノアさんと比べて、同じ4大貴族なのに、かなりかしこまった対応をしていましたよね? なにか、あるんですか?」
「いや、なにもないよ。僕は、王族に対して、当然の態度をとっているだけだ。というか、当たり前だが、他の4大貴族の方々もエレノアみたいな態度はとらないからな。勘違いしないでくれ」
エドワードは矢を斬り払いながら、なにを言っているんだ的な顔をしていた。
そんな中、アリアとエドワードの近くにミハイルがやってくる。
「君たち、随分、余裕みたいだけど、クルト王子の護衛は大丈夫かな? ちなみに、クルト王子が死んだら、王都レイルの門の上に、君たちの首がさらされることになるからね! だから、気は抜かないほうが良いと思うよ!」
ミハイルは、いつも通りの陽気な声で話しかけてきた。
「もちろん、クルト王子の護衛は必死でやっています。ただ……」
アリアは、言葉を濁すと、前方に目を向ける。
そこでは、現在進行形で近衛騎士たちが、反乱軍を血祭りにしていた。
反乱軍はというと、必死に声を張り上げ戦っている者、無理だと叫んで逃げ出す者、なんとか近衛騎士たちと戦っている者に分かれてしまっている。
当然、組織として戦えている状況ではなかった。
「まぁ、大体の居場所が分かっていたら、こんなものでしょう! それに、反乱軍の構成って、第7師団を中心としたものだからね! 大した実戦経験もないだろうし、そんなの近衛騎士たちの敵ではないハズだよ!」
ミハイルは、飛んでくる矢を手で払いながら、いつも通りの陽気な声を出している。
「それに加えて、クルト王子、強すぎませんか? 普通に近衛騎士だって言われても、そん色ないくらいの実力ですよ」
アリアは、少し離れた場所で戦っているクルトを見ていた。
現在、クルトは、斬りかかってきた反乱軍の兵士数人をまとめて斬り伏せている最中である。
「あれ? アリアは知らないの? 結構、有名だと思っていたんだけどな! 昔、クルト王子を近衛騎士団に配属させようって話が持ち上がったことがあったんだよ! まぁ、レイル士官学校の卒業試験を免除されるくらいの実力があるから、当然だけどね! ただ、クルト王子が嫌がって、入団の話は消えてしまったみたいだけど!」
「初耳です! というか、卒業試験を免除って、どういうことですか? もしかして、強いと免除されたりするんですか?」
アリアは、驚いた顔で質問をした。
「その通り! 何年かに一人くらいの割合で、卒業試験を免除される人がいるんだよね! そもそも、なぜ、そのような措置がとられるかを知っているかい? トーナメントで当たったら、なにもさせずに勝ってしまうからなんだよ! それだと、貴族の面子的によろしくないのは分かってくれるかな? 自分の子供がなにもできずに倒されたとなったら、家名に泥を塗ることになってしまうからね!」
ミハイルは、両手を横に上げながら、しょうがない的な顔をする。
「そうなんですね。初めて知りました。ちなみに、団長も卒業試験って、免除されていたりします?」
「もちろん! 当然だよ! 僕が免除されなかったら、誰が免除されるって話だからね! まぁ、とりあえず、クルト王子はそのくらい強いよってこと! これで、ちょっとは安心できたしょう? まぁ、周りに近衛騎士たちもいるし、気を抜かない程度に頑張ってよ! それじゃ、僕は指揮に戻るね!」
ミハイルはそう言うと、次の瞬間には消えていた。
その後、アリアとエドワードは、顔を見合わせると、少し離れた場所にいるクルトを追っていく。
(……クルト王子が強いのは分かったけど、それにしたって、潜んでいる反乱軍の人たちは弱いな。まぁ、待ち伏せをしているつもりが、逆に攻撃されたせいもあるか。ただ、動きに無駄が多すぎるし、全体的に実力が低いのは事実だ。さっきから、矢も外れたところばかりに飛んでいっているしな)
アリアは、矢を射ろうとした兵士を斬り伏せつつ、そんなことを思ってしまう。
その後、ネイピア山脈にいた反乱軍の兵士たちは、そのほとんどが物言わぬ死体となってしまっていた。
実力の違い、士気の違い、事前に位置を把握されている。
その他、多くの違いが反乱軍にとっては、不利な条件になってしまっていた。
結果は、ネイピア山脈に潜んでいた反乱軍にとって、最悪のものとなってしまう。




