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124 ネイピア山脈の偵察

 ――2月中旬。


 まだ、寒さが衰えをみせない中、アリアたち若手士官は、近衛騎士団の軍議を行うために張られた天幕に呼び出されていた。


「ふぅ~、まだまだ、寒いです! それにしても、なんで、私たちが呼びだされたんですかね? まぁ、どうせろくでもないことだと思いますけど!」


 アリアは、体をさすりつつ、当たり前かのように言う。

 現在、アリアたち若手士官は、天幕に向かって、歩いている状況である。


「アリア! 最初から、決めてかかってはいけませんの! もしかしたら、ダレスの子供たちと触れ合ってほしいみたいなお願いかもしれませんわ!」


 サラは、なるべく悪い方向に考えないようにしていた。


「……そんなワケないだろう。あったとしても、クルト王子が視察する際の護衛をしてくれ的なお願いだと思うぞ。それだったら、まだ、可能性はあるハズだ」


 エドワードは、げんなりとした顔で現実的な可能性を示唆する。

 学級委員長三人組も、うんざりした様子でウンウンとうなずいていた。


「まぁ、それだったら、有り得そうですね。ただ、一応、私たちは小隊長ですし、それを伝えるためだけに呼びだすとは思えませんよ」


 ステラは、いつも通りの顔で推測をする。


「はぁ……なんだか、最近、良いことありませんわね。絶対、無茶苦茶なことをさせられるに決まっていますの……せめて、死なない系のお願いが良いですわ……」


 エレノアは、疲れた顔でボソッとつぶやいていた。

 そんなこんなで、アリアたちは、ミハイルのいる天幕の中に入っていく。


「お! 来たね! それじゃ、さっそく用件を言うよ! ネイピア山脈に潜んでいるであろう反乱軍の位置を探してきてよ!」


 アリアたちが来るなり、イスに座ったミハイルは、呼びだした理由を伝える。

 その瞬間、ステラ以外の全員の顔が険しくなってしまう。


「……団長、質問をしてもよろしいでしょうか?」


 用件を聞いて、すぐにエドワードは口を開く。


「良いよ! ザックリしすぎて、よく分からないと思うしね!」


「ありがとうございます。それで、質問なのですが、私たちの小隊でやってこいという認識でよろしいでしょうか?」


 エドワードは、一応といった感じで尋ねる。


「ああ、言うのを忘れてた! 君たちは、一時的に小隊長を解任されるから! この前の王都レイルで起きた反乱くらいだったら任せても良いけど、さすがに今回のリベイスト攻めでは厳しいと思うしね! だから、君たちだけで偵察をしてきてよ!」


 ミハイルは、忘れていたかのような顔で、そう言った。


「え!? ネイピア山脈を越えて、リベイストを攻めるんですか!? 初めて聞きましたよ!?」


 エドワードは、驚きのあまり、大きな声を上げてしまう。

 もちろん、アリアたちも、嘘でしょうと言わんばかりの顔をする。

 対して、天幕にいる士官たちは、淡々と業務を行っていた。


 どうやら、リベイスト攻めの件について聞かされているようである。


「まぁ、中隊長以上にしか知らせていないし、当然だよね! 情報が漏れるのを避けるためだから、これもしょうがないと思ってよ!」


 ミハイルは、手を横に上げて、しょうがないでしょう的な顔をしていた。

 そんな中、気を取り直して、エドワードが質問をする。


「……とりあえず、リベイストを攻めるのは分かりました。あと、小隊長を一時的に解任されるのも理解できます。指揮能力が足りないのは、私たちが一番分かっているので。ただ、私たちが指名されるのは、よく分かりません。どう考えても、専門の訓練を受けた斥候に任せたほうが良いと思います」


 エドワードは、落ちついた声で進言をした。

 アリアたち全員も、ウンウンとうなずいて、賛成の意思を示す。


「まぁ、普通に考えれば、普段から斥候の訓練をしている人に任せたほうが良いと、僕も思うよ! ただ、君たちを選んだのにはワケがあるんだ!」


 ミハイルは、思わせぶりな発言をして、そのまま続ける。


「いずれ、君たちの階級が上がって、中隊長とかやるときに、実際の戦場で斥候をやったことがあるかないかで、判断に違いがでると思うからさ! 貴重な経験をする機会だし、今回は君たちが行ってきてよ!」


「……まだ少尉の私たちでは、本当にそうなのか、分かりません。ただ、団長が言うということは、そうなのだと思います……分かりました! 謹んで、ネイピア山脈での斥候をやらせていただきます!」


 エドワードは、今後を見据えた発言を受け、納得したようであった。


(まぁ、たしかに実際の戦場での経験は重要だけどさ……わざわざ、私たちじゃなくても良い気がするな。ローマルク王国にいたときも、散々、隠密行動をしたし、今更な気がするんだよな……)


 やる気に満ちた表情をしているエドワードを横目に見ながら、アリアはそんなことを思う。






 ――次の日の夜。


 偵察をするための準備を整えたアリアたちは、ネイピア山脈に潜入をしていた。

 まだ、2月ということもあり、夜のネイピア山脈は、寒さが厳しい状況である。

 そんな中、アリアたちは、物音を立てないよう、茂みを移動していた。


「はぁ……こんな寒いところからは、さっさとおさらばしたいですの。というか、こんなチマチマ動いていたら、いつまで経っても、偵察なんて終わりませんわよ……」


 移動し始めて、まだ20分も経っていないにも関わらず、エレノアは小声で愚痴を吐く。


「エレノア、泣き言を言っても、しょうがないだろ。今は、反乱軍の兵士に見つからないよう、静かに移動することに集中したほうが良い」


 愚痴を吐いたエレノアに対して、エドワードは注意をする。


「うるさいですわね、奴隷1号! 言われなくても分かっていますわよ! ワタクシのために、先に言って、偵察をしてくるぐらいの気合いを見せなさい! そうすれば、さっさと帰れますの!」


 エレノアは、逆ギレをして、滅茶苦茶なことを言う。


「うるさいですよ、二人とも。斬り殺されたくなかったら、静かにしてください」


 ステラは、いつも通りの声色でそう言った。


「ステラの言う通りですわ! これで見つかって、倒されてしまったら最悪ですの! もうちょっと、緊張感を持ってほしいですわ!」


 若干、キレているサラも、追撃をする。


「……なぜ、注意した僕が怒られないとならないんだ。絶対におかしいだろう……」


 ステラとサラの発言を受け、エドワードは落ちこんでしまう。

 すかさず、学級委員長三人組は、エドワードに慰めの言葉をかける。


 対して、エレノアはというと、『寒いし、眠いし、怒られるし、気分最悪ですわ! もう、怒りましたの! これからは一言も発しませんわ!』などと言って、拗ねてしまっていた。


(はぁ……今回はケンカしないみたいだけど、いつも通り、ヤバそうだな。とりあえず、さっさと、今日、偵察する分は終わらせないと。そうじゃないと、凍傷になってしまうよ)


 アリアは、ブルっと体を振るわせながら、そんなことを考える。


 2時間後、山の中を歩き回っていたアリアたちは、茂みに隠れ、動きを止めていた。


(……全然、緊張感がないな。なんか、見張りっぽいけど、やる気がないみたいだ)


 アリアは、少し離れた場所から反乱軍と追われる兵士二人を観察する。

 そんなアリアの近くには、同じく、サラたちが静かに様子をうかがっていた。


 しばらくすると、やる気のないらしい兵士二人が話を始める。


「うう、寒い! 早く、交代の時間になってほしいぜ! こんなところで、止まっていたら、凍傷になるに決まっている!」


「たしかにな! というか、俺らがいる意味あるか、これ? ネイピア山脈を越えてくるワケもないだろうに! もし、越えてきても、相当、疲弊しているだろうし、俺たちの敵じゃないよな?」


「その通り! 王都レイルでヌクヌクしている第1師団なんて、俺たち、第7師団の敵じゃないぜ! アミーラ王国と戦争を始めると聞いたときは、驚いたが、よくよく考えれば、エンバニア帝国の支援もあるっていうし、楽勝だろう!」


「楽勝、楽勝! やっぱり、落ち目のアミーラ王国より、イケイケのエンバニア帝国だろう! なんでも、ローマルク王国の東半分を支配下に置いているらしいぜ! しかも、元々いた現地住民は、大歓迎をしているって聞いたな! 満足に食べられて最高だって話だ!」


「それは、俺も聞いたぜ! あと、エンバニア帝国軍の待遇も、相当、良いらしいぞ! アミーラ王国軍と比べて、給料も良いし、福利厚生も段違いみたいだな! くぅ~! 俺たちはツイテいるぜ! 勝ち馬に乗れるなんて、運が良い!」


 兵士二人は、見張りをしている意識がないのか、普通に話しているようであった。


(……もう気持ちがアミーラ王国から離れているみたいだな。というか、認識が甘すぎるだろう。楽勝って、なんだ? 少なくとも死ぬ可能性があるのに、その言葉は出ないだろう。やっぱり、エンバニア帝国みたいな大国の後ろ盾があると、勘違いするのかな? まぁ、侮ってくれたほうが、こっちとしては助かるけど、なんだか複雑な気持ちだ)


 ワイワイ話している兵士二人を見ながら、アリアはそんなことを思ってしまう。






 ――緊張感のない兵士二人の横を通りすぎてから、数時間後。


 今日の偵察範囲を見終わったアリアたちは、近衛騎士団の全体指揮用の天幕に戻ってきていた。


「とりあえず、今日の分はお疲れ様! 温かい紅茶を用意しておいたから、飲んでよ!」


 ミハイルはそう言うと、地図が置かれた机とは別の机のほうに顔を向ける。

 その机の上には、人数分の紅茶が置かれていた。

 アリアたちは、手に取り、ゆっくりと紅茶を飲み始める。


(ふぅ~! 冷え切った体に、温かい紅茶は最高だな! 山歩きの疲れも取れそうだ!)


 湯気を上げている紅茶を飲みながら、アリアは嬉しそうな顔をした。


 それから、数分後。

 紅茶を飲み終わったアリアたちは、反乱軍のいた場所や罠の場所を、地図に記す作業を始める。

 ミハイルは、その場所を確認しつつ、副団長や近衛騎士団本部の士官たちと話しをしていた。


 しばらくして、地図に記す作業が終わったのを確認したミハイルは、口を開く。


「う~ん、本当に、この位置に見張りがいたの? あと、待ち伏せをしている反乱軍の位置も間違ってない? ちょっと、違和感しかしないんだけど」


「多少、ズレはあると思いますが、間違いありません。私たちもおかしいと思って、何度も地図を見て、確認したので、確かな情報です」


 アリアは、全員を代表して答える。

 隣にいるサラたちも、ウンウンとうなずいていた。

 対して、ミハイルの表情は冴えない。


「まぁ、君たちを疑っているワケではないけどさ……これが本当だとしたら、反乱軍はやる気なさすぎでしょう。たしかに、実戦をあまり経験していない第7師団だから、穴はあるだろうと思ってたけど、これはひどすぎるよ。まぁ、準備していないならいないで良いけどさ。アミーラ王国の一軍人として、ちょっと、軍全体が心配になってきたよ」


 イスに座ったミハイルは、ふぅと息を吐いた後、続ける。


「それで、見張りとかの兵士の様子はどうだった? まぁ、これを見る限り、あまりやる気はない感じだったんじゃないかとは思うけど」


 ミハイルは、一応といった感じで質問をする。


「緊張感の欠片もない様子でした。見張りは普通の声の大きさで話していましたし。今回の戦いは楽勝だと言っているのが聞こえるほどでした。しかも、見張りの何人かは、完全に寝てしまっている状況でした。また、待ち伏せをしている部隊のほうは、天幕を張って、休んでいるようです」


「まぁ、そんなところだろうね。それで、罠とかはどんな感じだった?」


「罠線や落とし穴などはあるようでした。ただ、バレないような工夫が少なく、すぐに気づける状態です。リーベウス大橋の周囲にあった罠と比べると、だいぶ、分かり易い罠ばかりでした」


 アリアは、私見とともに事実を述べた。


「……なんだか、ネイピア山脈にいる反乱軍が可哀そうになってきたよ。まぁ、油断しないようにしといたほうが良いのは間違いないけど、これだからな。とりあえず、報告、お疲れ様! 今日の夜の斥候に備えて、戻って良いよ!」


 ミハイルは、いつも通りの顔で戻るよう指示をする。


(とりあえず、今日の夜に備えて寝ないとな。寝不足で斥候に行ったら、やらかす可能性もあるし)


 天幕の外に出たアリアは、そんなことを思っていた。

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