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122 総司令官としての自覚

 居並ぶ士官たちを前に、クルトはイスに座ったまま、口を開く。


「それじゃ、結論を言うよ。ダニエル大将の指揮の下、2万の軍を持って、プレミールへ進軍せよ。また、7千の軍は第6師団の指揮下に入り、ダレス防衛に任ずる。最後に残り三千の軍を持って、私自らリベイストを攻略する。これをもって軍議は終了とするので、準備に取り掛かれ」


 クルトはそう言うと、立ち上がり、天幕の外へ向かおうとする。

 だが、その行く手を大勢の士官たちが阻んだ。


「クルト王子! お待ちください! プレミール攻めは理解できますが、なぜ、王子自らリベイスト攻めに向かうのですか!? しかも、三千では、到底、リベイスト攻めなどできませんぞ! そのことは、クルト王子も分かっておられるハズでは!?」


 太ったおじさんが、大きな声を上げる。

 クルトはというと、さすがに人の圧力に負けたのか、先ほどまで座っていたイスに戻っていた。

 その様子を見たダニエルは、天幕にいる者たちに向かって、声を出す。


「とりあえず、落ちついて、自分のいた場所に戻れ! クルト王子に迫っても、しょうがないだろう!」


 ダニエルは、場がおさまったのを確認した後、クルトのほうを向く。


「クルト王子。さすがに説明していただかないと、私たちも動く上で困ります。ただ、やれと言われて、動けるほど、軍は動きの軽いものではありません。しかも、王子は、総司令官として、全軍の行動に責任を持っているハズです。もう少し、王子の一言で兵士が死ぬということを、ご自覚されたほうが良いかと」


 ダニエルは、かなり厳しい言葉でクルトを諫める。

 その言葉が終わった後、天幕の中に、驚きと衝撃の沈黙が広がってしまう。

 仮にも、王族に対して、4大貴族のダニエルが、そのようなことを言うとは、誰も思っていなかったためである。


 対して、クルトは、ダニエルの目を見た後、口を開く。


「……まったく、いつもダニエルは厳しいな。分かった。今から、説明をするので聞いてほしい」


 クルトはそう言うと、長い棒を持ち、地図の前に立った。


「まず、大前提として、今回の反乱は速やかに鎮圧しなければならない。時間をかければかけるほど、アミーラ王国の屋台骨が軋んでしまうからな。反乱が起こっても、揺るがないということを示さなければ、国民が王に対して不信感を持ってしまう。そうなれば、エンバニア帝国の脅威を前に、反乱が相次ぎ、アミーラ王国が崩壊するのは目に見えている」


 居並ぶ面々を見ながら、クルトは続ける。


「そこで、問題はレイテルを中心に展開する反乱軍をどう鎮圧するかだ。通常であれば、貴官らが言うように、プレミール攻めを私は選択するだろう。ネイピア山脈を通るのは、どう考えても危ないからな。戦い方も、攻城戦をせずに、包囲して相手が根をあげるのを待つだろう。レイテルから来た軍勢も叩けるだろうし、悪くない作戦だ。だが、今回は状況が切迫しているから、この案は使えない」


 そう言ったクルトは、地図の上にある軍を模した模型を動かす。


「そうなると、新たな案が必要になる。そこで考えたのが、さっき言った案だ。プレミールに2万の軍を陽動として派遣し、そっちに目がいっている間に、3千の軍でリベイストを迅速に陥落させる。その後、ダレスに駐留する第6師団をも動員し、プレミールを挟み撃ちにする。それが成功すれば、あとはレイテルだけだ。そこまでくれば、一気に包囲殲滅をし、この反乱を終わらせることができるだろう」


 クルトは、自分の考えを、地名を棒で指しつつ、説明をする。

 そんな中、太ったおじさんが、口を開く。


「クルト王子のお考えは分かりました! ただ、やはり、ネイピア山脈を越えて、3千の軍でリベイストを陥落させるのは無理があると思いますぞ!」


 太ったおじさんはそう言った後、ハンカチで額の汗をぬぐっていた。

 近くにいた将官たちも、ウンウンとうなずいている。


「もちろん、そう考えるのが自然だろう。ただ、迅速に反乱をおさめるには、どこかで無理をする必要がある。それに、勝算がないワケではない」


 クルトはそう言うと、ミハイルのほうに顔を向けた。


(うん? なんで、その話の流れで僕のほうを見るのかな? まさか、ネイピア山脈を安全に移動できるようにしろとか命じてこないよね? その上、リベイスト攻めのときに、突破口を開けとか言われたら、嬉しすぎて泣いちゃいそうだ!)


 ミハイルは、予想外の視線に、嫌な予想をしてしまう。

 そんなミハイルのことをよそに、クルトは口を開く。


「近衛騎士たちが、ネイピア山脈に潜んでいる反乱軍を討伐してくれるハズだ。それに、リベイスト攻めにおいても、突破口を開く活躍を見せてくれるだろう」


 クルトは、できること前提で話をする。


 その発言を受けて、太ったおじさんは、『う~ん……たしかに、ローマルク王国で活躍した近衛騎士たちならいけるかもしれない。リーベウス大橋の件しかり、フレイル要塞の件しかり、常軌を逸した実力を持っているのは間違いないからな』などと、思案顔で言っていた。


 周囲にいる士官たちも、期待に満ちた瞳でミハイルを見ていた。


(……これは、完全に狙っていたみたいだね! 普通、こういうのは事前に話があるのに、この場で言うなんて! さては、僕が断るのを見越していたのかな? まぁ、その通りだけど! だって、近衛騎士は王族を守るための部隊であって、危険なところを切り開くための部隊ではないからね!)


 そう思ったミハイルは、返答すべく口を開く。


「クルト王子、近衛騎士が高い評価を受けていることは光栄の極みです! ただ、ご存知の通り、近衛騎士たちは、今回、御身を守るために来ています! 決して、山狩りや城壁突破のために、存在しているワケではないことをご理解ください!」


 ミハイルは、やんわりとやりたくない旨を伝える。

 その言葉を聞いていた士官たちは、ダニエルのときと同様に、驚きの表情になってしまう。


「……やっぱり、直接言っても無理そうだったな。まぁ、それは良いや。ちょっと、近衛騎士団長と僕では、認識の違いがあるみたいだ。まぁ、説明していないから当然か」


 クルトは、当たり前だよね的な顔をする。


「というと?」


 すかさず、ミハイルは聞き返す。


「近衛騎士たちには、前線に出る僕の護衛をしてもらうだけだからね。その際に、待ち伏せを排除したり、城壁にとりついた私を守るのは、当然のことだと思うのだが?」


 クルトは、自分が前線に出る前提で話を進める。


(……まず、総司令官自ら、前線に出ないでよ! 自分が死んだら、大変なことになるって理解していないのかな? とはいえ、クルト王子は頑固だから、意地でも前線に出るだろうしな……まぁ、どっち道、断り切れないだろうし、しょうがないか!)


 そう考えたミハイルは、諦めた顔をすると、返答をした。


「そういうことであれば、クルト王子をお守りするため、全力を尽くさせていただきます! ただ、あまり無茶な行動だけはされないよう、お願いします!」


「もちろん。いくら実質的な軍のかじ取りをダニエルがやっているとはいえ、総司令官は私だからな。ただの象徴でも、死んだら、反乱軍を利することになってしまうのは想像に難くない」


 クルトは、もちろん分かっている的な反応をする。


「分かっているのあれば、私から言うことはなにもありません! お手数をおかけして、申し訳ありませんでした!」


 ミハイルはそう言うと、イスに座ったまま、クルトの次の行動に注目した。


「納得してくれたなら、それで良い。ダニエル、もうこんなところで良いか? さすがに、これ以上は時間が勿体ないだろう。動きのすり合わせとかもあるだろうし、軍議を終わりたいのだが?」


 クルトは、面倒そうな顔でダニエルに尋ねる。


「まぁ、言いたいことはたくさんありますが、この辺で終わらせておいたほうが良いでしょう。細部の作戦を考える時間も必要ですし。ただ、どうして、クルト王子自ら、前線に行く必要があるのかは、皆の納得を得る必要があるでしょう」


「……分かった。私の説明で納得してくれるとは、到底、思えないが、説明をするとしよう……」


 さらに面倒そうな顔をしたクルトは、それから、説明を始める。

 当然、居並ぶ士官たちは、反対の声を上げていた。


(いや~、クルト王子、大変そうだ! まぁ、臣下たちを説得しなきゃいけない場面なんて、これからたくさんあるし、良い勉強だと思って、諦めてもらうしかないね!)


 ミハイルは、頑張って説得をしているクルトを見ながら、ニコニコ顔をしている。






 ――クルトがなんとかして士官たちを説得していた頃。


 近衛騎士団の天幕が張られている場所の近くで、金属音が鳴り響いていた。


「どうした、サラ!? 近衛騎士の力はそんなものか!? 多少は強くなったようだが、まだまだだな!」


 サラの姉であるクレアは、苛烈な攻撃を繰り出し続ける。


「くっ! ワタクシの力はこんなものではありませんわ! ローマルク王国で鍛え上げた筋肉を、クレア姉様に見せてあげますの!」


 サラも、負けないよう、力をこめて剣を振っていた。

 そんな様子をアリアは、剣を構えながら、眺めている。


「おい、アリア! そんなに意外な顔をして、どうした?」


 フェイは、アリアが攻撃してこないため、槍を構えたまま、キョトンとしていた。


「いえ、クレアさんって、強いんだなと思いまして。普通にこのままだと、サラさんが負けそうです」


「そんなに意外か? というか、その言い分だと、アリアはクレアと戦ったことがないみたいだな。たしか、レイル士官学校に入る前は、モートン家の屋敷でサラに剣術を教えていたんだろう? てっきり、クレアの実力を知っているものだと思っていたが、どうやら違うようだな」


「はい、あんまり手合わせの話とかになったことがないので、クレア大尉と戦ったことはありません。それに、中隊長として、かなり忙しそうにしていましたし、単純に接する機会が少なかったですね」


 アリアは、当時のことを思い出し、フェイに伝える。


「まぁ、訓練の計画やらなんやらで、忙しいのはどこも一緒って話か。まぁ、それは良いや。話しを戻すけど、フェイが強いのは当たり前だ。なんたって、レイル士官学校の卒業試験を優勝しているからな。つまり、私たちの代で、当時、一番強かったのはクレアってことだ」


「え!? 中隊長とか、バール大尉より強いんですか!?」


「まぁ、当時の話だからな。今はどうか知らないが、そんじゃそこらの兵士よりは圧倒的に強いハズだ。だから、サラに飼っても、不思議はないぞ」


 フェイは、やる気がなくなったのか、槍の石突を地面に突き立て、サラとクレアの戦いを見ている。

 アリアも、剣を構えるのをやめ、二人の試合を見ることに集中した。


 それから、しばらくすると、クレアがサラのゴリ押しに対して、さらなるゴリ押しをしたことによって、勝負は決する。


「いや、強くなったな、サラ! 最近は土木工事の指揮ばかりで、剣を振っていなかったとはいえ、なかなか、楽しめたぞ!」


「クレア姉様、強すぎますわ! まさか、筋力で負けるとは思いませんでしたの!」


 戦いが終わった後、クレアとサラは、久しぶりの会話に花を咲かせているようであった。


 その近くでは、ステラとバール大尉の姉が、火花散る打ち合いを演じている。

 どうやら、ステラは劣勢ながら、それなりに戦えているようであった。


 さらに、そこから少し離れた場所では、エレノアが、『なんで、ワタクシの相手は二人ですの! こんなの訓練ではありませんわ! 一方的にボコられているだけですのおおお!』などと言っている。

 どうやら、クレアがサラの相手をすることになり、暇だったのか、格闘技と剣術を使うフェイの先輩が、乱入した結果であった。


(エレノアさん、大丈夫かな? なんか、顔面に蹴りをもらいつつ、訓練用の剣で胴体を叩かれているみたいだけど。というか、あれ、普通の人だったら、顔は陥没するだろうし、あばら骨も折れるハズなんだけどな。どんな骨の硬さをしているんだろう?)


 アリアは、エレノアのことをチラッと見た後、そんなことを思ってしまう。

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