120 王都レイルでの反乱鎮圧
――アリアの指揮する小隊が王城に突入してから、10分後。
アリア小隊の姿は、アミーラ国王ハインツ・アミーラの私室の前にあった。
最短経路を通ってきたため、大勢の反乱軍が来る前になんとか到着することができ、現在は防御態勢を整えている最中である。
そんな中、私室の扉から、ハインツが顔だけを出して、キョロキョロしていた。
アリアは、そんなハインツに向かって、大きな声で話しかける。
「陛下! お待たせして申し訳ございません! ここからは、近衛騎士団にお任せください!」
「おお! それは頼もしいな! 部屋の中には王妃もいるから頼んだぞ! それでは、邪魔にならないよう、部屋の中に退散しておくとする!」
ハインツはそう言うと、私室の扉をピシャリと閉めてしまった。
アリアは、その様子を眺めた後、事前に計画していた通りに小隊を展開させる。
(ここまでは上手くいったか。ただ、まだ油断はできない。数を頼みに大勢で来られたら、かなり厳しいしな。せめて、この狭い通路じゃなくて、訓練場くらい広ければ、やりようがあるんだけど……まぁ、そうは言っても、状況が変わるワケでもないし、指揮に集中するか)
大声を出しながら、アリアは頭の中で、そんなことを考える。
数十秒後、小隊の展開が完了した。
とほぼ同時期に、王城に入りこんでいた反乱軍の兵士たちが姿を現わす。
「皆さん! ここを突破されたら、陛下と王妃が捕らわれてしまいます! なので、全力を尽くして守りましょう!」
双方の怒鳴り声が通路に響く中、その声に負けないくらい、アリアは大きな声を上げる。
近衛騎士たちは、大きな声で返事をすると、押し寄せる反乱軍の兵士たちに斬りかかる。
と同時に、反乱軍の兵士たちの悲壮な叫びが響いてきた。
(さすが、近衛騎士! 押し寄せてくる兵士たちをものともしていないよ! これ、結構、いけるんじゃないか?)
アリアは、一歩も引かない近衛騎士たちを見て、淡い期待を抱く。
だが、しばらくすると、狭い通路を数の圧力で押され、近衛騎士たちがジリジリと後退を始める。
(……前言撤回。やっぱり、この狭い通路で数の暴力は厳しいよ。さすがに近衛騎士といえども、後退するしかないよな。ただ、そうすると、流れで押しこまれてしまうか。しょうがない……危険だけど、攻めるしかないな……)
そう判断したアリアは、大きな声を張り上げた。
「皆さん! このまま、守っていても、押しこまれるだけです! ここは危険ですが、攻勢に転じましょう!」
アリアはそう叫んだ後、持っていた剣を上に掲げ、反乱軍の兵士に向かっていく。
その姿を見た近衛騎士たちも、喚声を上げながら、一気に突撃を開始する。
対して、反乱軍の兵士たちは、いきなりの反撃に浮足立ってしまっていた。
(よし! この勢いがあれば、押し切れるぞ! 反乱軍が態勢を立て直す前に、決着をつけよう!)
そんなことを思ったアリアは、近衛騎士たちの間をヒョイヒョイと抜け、攻撃に参加する。
周囲にいた近衛騎士たちは、小隊長自ら、攻撃に加わったため、驚いた表情をしていたが、すぐに攻勢に転じていた。
それから、20分後。
攻勢に転じた近衛騎士たちを止めきれなかった反乱軍の兵士たちは、物言わぬ死体となって、通路に横たわってしまう。
辺りには、濃密な血と汗の匂いが充満している状況である。
(とりあえずは、しのぎきったか? 怒号も聞こえてこなくなったしな。まぁ、ここで消耗するより、他の場所に行ったほうが良いって判断した可能性もあるか。ただ、他の場所にもステラさんの小隊がいるから、ここで戦うより、苛烈に攻撃されるだろうな)
通路を埋め尽くす兵士たちの遺体を踏まないように注意しながら、アリアは、ハインツの私室を目指す。
数十秒後、走ってきたアリアは、ハインツの私室の前に到着した。
「さすが、近衛騎士団! かなり大勢の兵士がいたみたいだが、防ぎきったようだな! それでこそ、我が国の誇る精鋭部隊だ!」
扉から顔をのぞかせたハインツは、アリアの姿を確認すると、称賛の声を上げる。
「ハッ! お褒めいただき、光栄の極みです!」
アリアは、通路の床に膝をつき、頭を下げた。
「それでは、引き続き、この調子で頼んだぞ! 私は、貴官らの邪魔をしないよう、部屋に籠っているから、なにかあれば呼ぶようにせよ!」
「ハッ! 承知しました!」
アリアは、頭を下げたまま、返事をする。
その返事を聞き終わると、ハインツは、扉を閉め、私室に戻った。
(ふぅ~! 陛下と話すのは、滅茶苦茶、緊張するな! さっきは焦って、余裕がなかったから気にならなかったけど、私から見れば雲の上の人だからな、陛下は! よくよく考えれば、緊張するに決まっているよ!)
立ち上がったアリアは、そう思った後、気持ちを切り替えるために深呼吸をする。
――2時間後。
(結構、静かになってきたな。もしかすると、撤退したか? さっきから、一切、敵が来ないしな)
そう思ったアリアは、耳を澄ませる。
つい先ほどまで、王城の入口近くから発せられているだろう喚声が聞こえていたが、今はなにも聞こえない。
そのような状況で、ハインツが扉から顔をのぞかせる。
「静かになったようだが、反乱軍は逃げたのか?」
ハインツは、近くにいたアリアに質問をした。
「いえ、まだ、そうと決まったワケではありません! 確認した後に報告させていただきます!」
アリアは、床に膝をつき、頭を下げながら、答える。
「分かった! なるべく、早く頼むぞ! もう、部屋の中に籠って待つのは疲れたのでな!」
ハインツはそう言うと、ふたたび、私室に戻った。
(とりあえず、全員で確認しに行くのはやめておこう。まだ、反乱軍の兵士がいるかもしれないしな。そうなると、何人か強い人を指名して、状況を把握してもらうしかないか)
そう判断したアリアは、小隊の中でも選りすぐりの近衛騎士数人に指示を出す。
指示を受けた近衛騎士たちは、返事をすると、通路の闇へと消えていった。
それから、10分後。
アリアの下に状況を確認してきた近衛騎士たちが帰ってくる。
どうやら、反乱軍は王城から撤退したようであった。
フェイからは、襲ってくる可能性があるため、現状維持を命じられたことも合わせて伝えられる。
アリアは、了解した意をフェイに伝えるため、ふたたび、近衛騎士たちを送り出す。
その後、ハインツに現在の状況を伝え終わると、現状のまま、警戒を続けることになった。
(とりあえず、このまま、何事もなく終わってほしいな。勝利さえすれば、小隊長として、多少はできるんだってところを見せられるだろうし。まぁ、大体、こういう希望的観測ってのは、叶わないことが多いから、まだまだ気を抜くワケにはいかないか)
そう考えたアリアは、首をゴキゴキと鳴らす。
だが、そんなアリアの懸念は杞憂に終わる。
時間が経過し、朝日が昇り始めた頃。
王城の外から喜びの声が聞こえてくる。
と同時に、王城の中が慌ただしくなっていった。
(……終わったかな? でも、一応、警戒しておくか。試合でも、勝利を確信したときが危険だからな)
そう考えたアリアは、一応といった感じで警戒をするよう指示を出す。
小隊の近衛騎士たちは、一瞬、驚いた雰囲気を出したが、すぐに警戒を始める。
それから、しばらくすると、とうとう待ちわびた瞬間が到来した。
「もう、美麗な僕の軍服が汚れてしまうよ! これ、絶対、後で洗濯したいと駄目だね!」
ミハイルは、通路を埋めている兵士をヒョイヒョイと避けながら、アリアの下に向かってくる。
その後ろには、第1王子であるクルト・アミーラがいた。
「団長! 来てくれたんですね!?」
ミハイルの姿が見えるなり、アリアは大きな声を上げてしまう。
「まぁ、我が王に報告しないとマズいからね! アリア、お疲れ様! 外にいた部隊は、撤収させているから基地に戻っておいてよ!」
「了解しました!」
アリアは嬉しそうな声で返事をすると、すぐに撤収の指示を出す。
ミハイルはというと、返事を聞いた後、ハインツの私室をコンコンコンと叩く。
(よし! やっと終わった! 今日はお菓子パーティーだ! 勝利の紅茶に酔いしれるのが楽しみだな!)
返り血を浴びたらしいクルトを横目に見ながら、アリアは朝日が差す通路を歩き出した。
――アリアの小隊が撤収してから、4日後。
アリアたち若手を含む、近衛騎士団の全士官は、基地にある会議室に集められていた。
「さて、皆、集まったところで、今、分かっている現在の状況を説明するね!」
ミハイルはそう言うと、机の上に広げられたアミーラ王国全体の地図の横に立つ。
(アミーラ王国全土の地図が出てくるってことは、かなり規模の大きい話なんだろうな。はぁ……となると、戦争をするって話になりそうだ。ローマルク王国から帰ってきたばかりだし、勘弁してほしいな……)
そう思ったアリアは、居並ぶ士官の面々の顔を観察する。
皆、一様に険しい表情をしており、歓迎していないのは明らかであった。
「まぁ、そういう顔になるよね! でも、近衛騎士団としては、前線に行かないくらいから、安心して! なんたって、王城におられる王族の方々の警護があるからね! 元々、近衛騎士団は、そのための部隊だし!」
ミハイルは、いつも通りの陽気な声で、士官たちを安心させる。
その声を聞いた会議室の面々に、安堵の声が広がっていった。
(よし! さすがに、今回は大丈夫そうだな! 王城が攻めこまれる機会なんて、これっきりだろうし! それに、今回の件で反乱分子も相当減っているだろうから、戦うことなんてないハズだ!)
アリアは、心の中でガッツポーズをする。
隣にいるエレノアはというと、『これで、戦わないで済みそうですわ! 今回はツイていますの!』と小さな声で、喜びを表現していた。
しばらくして、ザワザワがおさまると、ミハイルは言葉を続ける。
「それじゃ、説明を始めるよ。まず、大きな流れとしては、現在、南部の海沿いの都市を中心に反乱が起きている状況ね! 具体的な都市は、地図に赤く塗ってあるから、後で確認しておいて! それで、気になる反乱の背景だけど、アミーラ王国の現体制に不満を持っている貴族が結託しているみたいだね! もちろん、その裏にはエンバニア帝国がいて、反乱軍に海路経由で支援をしているらしいよ!」
ミハイルは、なんでもないかのように説明をした。
対して、説明を聞いていた士官たちには、動揺が広がってしまう。
(地図を見て、嫌な予感がしたけど、これはまた一大事だ。対応を誤れば、国が傾くのに加えて、内側から割れてしまう可能性がある。これは、あまりよろしくないどころか、マズい状況だな。私を含め、南部出身の人には厳しいものがあるよ)
アリアは、険しい表情をしながら、そんなことを思ってしまう。
周囲にいる南部出身の士官はというと、ザワザワするどころか、顔を青くしているようであった。
自分の実家が巻きこまれている可能性が高いので、当たり前の反応である。
しばらくの間、ザワザワしていたが、副団長が一喝をすると、会議室に静寂が訪れた。
「それじゃ、静かになったところで、説明を続けるよ! この南部の反乱を平定するために、クルト王子を総司令官とした軍が発足されることになってね! 第1師団を中心に、各地から派遣されてきた部隊で、3万の軍が構成されるみたいだよ!」
ミハイルは、地図の上にあるクルトの軍を模した模型をチラリと見た後、説明をし続ける。
「それで、近衛騎士団全体としては動かないけど、クルト王子の護衛のために、3個中隊を出すことになったんだよね! まぁ、さすがに、ここで近衛騎士団が部隊を出さないと、いる意味がないから、しょうがないと思って諦めてよ!」
手を横に上げて、ミハイルは、首を振っていた。
(……近衛騎士団全体では動かないけど、一部は動くってオチか。まぁ、クルト王子の名前が出た瞬間、そうなるだろうなと思っていたよ。まぁ、私の育ったダレスが危ないワケだし、今回は、自発的に行くべきだろうな)
アリアは、自分の育った孤児院のことを思い浮かべてしまう。




