119 王城防衛
――1月25日の朝。
まだまだ冬の寒さが続く中、第1中隊と第2中隊の士官たちは、団長室に呼ばれていた。
アリアたち若手を含め、居合わせた士官たちは、呼びだされた用件に思い当たりがなく、お互いに顔を見合わせている。
ミハイルは、そんな面々の顔を見つつ、用件を切り出す。
「いや、朝早くから集まってもらって、悪いね! たしか、今回のお留守番は、第1中隊と第2中隊だったと思うんだけど、合っているかな?」
「ハイ! 近衛騎士団が訓練をしに行っている間、第1中隊と第2中隊で王城を守ることになっています! ルーンブル山脈に行ったときは、第7中隊と第8中隊が残ったので、間違いありません!」
フェイは、皆を代表して、大きな声で答える。
「そうか! 間違ってなくて良かったよ! もし、他の中隊がお留守番だったら、二度手間になっていたからね!」
ミハイルは、安心した顔をしていた。
その様子を見た面々は、よく分からないといった雰囲気を出してしまう。
「ああ、ごめんごめん! 間違ってないかを確認しただけだから、気にしないで! それじゃ、単刀直入に呼びだした用件を言うね! 今日の夜、王都レイルで反乱が起こるみたいだから、王城とアミーラ王国軍本部を、近衛騎士団の本隊が到着するまで、守ってよ!」
ミハイルは、いつも通りの陽気な声で、そう言った。
まるで簡単なお遣いでも頼むかのような気楽さである。
対して、あまりにも衝撃的な言葉であったため、居合わせた士官は口を開けたままになってしまっていた。
そのような状況を見かねて、ミハイルはすぐに言葉を続ける。
「大丈夫、大丈夫! 多くても、500人くらいらしいよ! それに、近衛騎士団が戻ってくるまでの間、守り抜けば良いだけだしね! そんなにビックリするほどのことでもないと思うんだけど? まぁ、戦争に行くよりは、全然、楽勝なハズだよ!」
ミハイルは、士官たちの顔を見ながら、頭の後ろで両手を組んだ。
(……まったく、意味が分からないんだけど。とりあえず、なんで反乱が起こるかを教えてほしい。そうじゃないと、戦うにしても困るよ)
アリアは、真顔で、そんなことを思ってしまう。
そのような状況で、第1中隊の中隊長であるバールが口を開く。
「……団長。第1中隊は、アミーラ王国軍本部の警備でよろしいでしょうか? 真っ先に狙われると思うので、第1中隊のほうが適任かと」
「別に僕はどっちでも良いけどね! バールがそっちのほうが良いっていうなら、それで良いよ!」
ミハイルは、すぐに許可を出す。
だが、フェイは即座に異議を唱える。
「待ってください、団長! ここは、第1中隊よりも強い第2中隊をアミーラ王国軍本部の警備にしたほうが良いと思います! こんな大任、バールには任せられませんよ!」
「……なんだと? 正確に戦力を把握できないのか? どう考えても、第2中隊より第1中隊のほうが強いだろう」
バールも負けじと、すぐに言い返す。
そこから、フェイとバールは、どちらの中隊が強いかで言い争いを始めてしまう。
だが、すぐに不毛な論争も終了をすることになる。
「ハイハイ、二人ともやめる! そんなことを言い争っても、結論なんて出ないよ! どっちが強いかは、この際、どうでも良いから! とりあえず、第1中隊がアミーラ王国軍本部の警備、第2中隊が王城の警備でよろしくね! どっちも重要な任務だから、これ以上、ゴチャゴチャ言うのはなしにしようか!」
ミハイルは、面倒そうな顔をすると、強引に二人の言い争いを終わらせた。
さすがに、ミハイルに言い切られたしまったため、フェイとバールはそれ以上なにかを言うことはなかった。
そんな中、フェイとバールが黙ったのを見計らって、ステラが手を上げる。
「ハイ、ステラ! なにか質問かな?」
すぐに気づいたミハイルは、ステラに許可を与えた。
「反乱の背景を教えてください。敵と味方が区別できないと、戦う際に支障が出るので知りたいです」
ステラは、当然の疑問を口にする。
「う~ん、それは難しいかな。別に意地悪で言っているとかではなくて、教えたくても教えられないんだよね。まぁ、ないとは思うけど、君たちの口から情報が漏れる危険性があるからさ。それぐらい、今回は情報の取り扱いを徹底しているんだよね。実際、王族を含め、かなり少数の人しか、この件は知らないと思うよ」
ミハイルは、珍しく、歯切れの悪い回答をした。
「分かりました。それでは、とりあえず、敵と思わしき人は、片っ端から斬り殺していけば良いですかね?」
ステラは、物騒なことを口にする。
「まぁ、そうするしかないよね。しばらくしたら、騒ぎに気づいた第1師団の人たちも来ると思うけど、それは斬らないようにしてよ。なるべくで良いからさ。とはいっても、殺気の発し方で分かるとは思うけどね」
ミハイルは、しょうがないよね的な顔をしていた。
「了解しました。なるべく、友軍同士で戦わないよう、気をつけて戦いたいと思います」
ステラは、いつも通りの顔で了承の意を示す。
(……ステラさん、団長にはああ言ったけど、まとめて斬るつもりだな。まぁ、遠慮して損害を出すくらい馬鹿なことはないから、当然か。乱戦で、しょうがなく斬ってしまいました的な言いワケをすれば、なにも言われないと思うしな)
アリアは、ステラの声色から、そう判断した。
「さて、他に質問はあるかな? 答えられる範囲で答えるよ!」
ステラの質問が終わった後、ミハイルはいつも通りの陽気な声を出す。
その声に反応して、エドワードが手を上げる。
「ハイ、エドワード! 質問はなにかな?」
「とりあえず、王城とアミーラ王国軍本部を守ることは分かりました。ただ、大多数の貴族はどうするんですか? 貴族街の自分の屋敷にいると思いますし、その中には、将官級の方も多いと思うのですが?」
「そっちはそっちで、エドワードのお父上が対策を考えているみたいだよ! 詳しくは聞いていないけど、アミーラ王国軍本部直下の部隊を動かすらしいね! だから、大丈夫なんじゃないかな? それに、近衛騎士団の本隊が戻れば、一気に反乱軍を駆逐できると思うしね!」
ミハイルは、あまり心配していないようであった。
「となると、王都レイルに駐留する第1師団の中から、反乱が起きるということですか?」
エドワードは、難しい顔で質問をする。
「そう思うのは当然だよね! お察しの通り、第1師団の一部の部隊から反乱は起きるみたいだよ! 表には出さないけど、アミーラ王国に不満を持っている人が主な参加者だろうね! 現体制に不満を持っている人は、どこの国にもいるから、しょうがないことではあるけどさ! 本当に面倒な話だよ! これ以上、細かいことは分からないから、こんなもので良いかい?」
ミハイルは、机の上を指でコンコンと叩きながら、そう言った。
「……ハイ、ありがとうございました」
エドワードは謝意を伝えた後、思案顔をする。
「まぁ、いろいろと分からないことはあると思うけど、王城とアミーラ王国軍本部をよろしくね! どちらが陥落しても、事後の処理が面倒になるから、本当に頼むよ! それじゃ、そろそろ出発の時間だし、僕は行くね!」
ミハイルはそう言うと、立ち上がり、団長室を出ていってしまった。
――その日の夜。
アリアたちが所属する第2中隊は、近衛騎士団の基地内に留め置かれていた。
普段であれば、終礼が終わり、寮に住んでいる者以外は、とっくに帰っている時間である。
だが、フェイがいきなり、『今日は夜間での訓練日和だな! よし! たまには訓練場で夜間戦闘訓練をやるのも良いだろう!』と、朝礼で言っていたため、戦闘訓練をすることになってしまっていた。
そのような状況で、アリア、サラ、ステラ、エレノアの四人は、訓練場の端にいるフェイの近くにいた。
「どうだ、小隊の連中は? なにか、怪しんでいる様子はあるか?」
フェイは、暗い中、剣を振るっている近衛騎士たちを見ながら、アリアたちに質問をする。
「怪しんでいる素振りはありません。ただ、なんでいきなり夜間戦闘訓練をやるんだっていう文句は出ています」
ステラは、簡潔に報告をした。
アリアたちも、似たような内容の報告をする。
「まぁ、いきなりだったし、当然だろうな。ただ、第1中隊も、少し離れた場所で訓練をしているみたいだし、そんなに違和感はないハズだ」
フェイはそう言うと、第1中隊がいるであろう方向に顔を向けた。
アリアたちにも、バールを始め、エドワード、学級委員長三人組の声が聞こえている状況である。
そんな中、アリアが口を開く。
「……それにしても、いけますかね? 反乱軍は500人くらいいるって団長が言っていましたし、かなり厳しい戦いになると思います」
「まぁ、いつも通りのことだろう。基本的に近衛騎士団が数的優勢のある状態で戦うことはないからな。だからこそ、厳しい状況でも戦えるように訓練をしている。そうじゃなきゃ、存在する意味がなくなってしまうしな」
フェイは、なに当たり前のことを言っているんだ的な口調で答える。
「それはそうですけど、やっぱり、不安なものは不安ですよ。今回、小隊長としては初陣ですし、もし、王族の方々になにかあったらと思うと、余計、緊張をしてきました……」
アリアは、責任の重さを自覚していた。
「まぁ、アリアの気持ちは分かる。ただ、意味分からない指揮をしたら、経験豊富な下士官がすぐに諫めてくれるだろうし、そんなに心配することはないと思うぞ。それに、今日、王城を実際に回って、動き方の確認もしたから、大丈夫だろう」
対して、フェイは、いけるだろう的な回答をする。
「そうは分かっていても、なかなか、割り切るのが難しくて……中隊長は緊張していないんですか?」
アリアは、いつも通りに見えるフェイに質問をした。
「もちろん、緊張はしている。ただ、表情に出さないようにしているだけだ。私が緊張した顔をしていたら、お前たちが不安になるだろうからな。お前たちも、部下の前では、弱気な姿を見せるなよ。自信がなくても、堂々と指揮をしていれば、少なくとも近衛騎士たちの士気が下がることはないハズだ)
フェイは、いつも通りの声色で答える。
「分かりました。王城を守るためにも、冷静に指揮をしたいと思います」
アリアは、戦う者の顔になると、落ちついた声を出す。
サラ、エレノアも、迷いを断ち切り、返事をする。
その後、フェイの下を離れたアリアたち四人は、自分の小隊がいる場所に戻っていった。
――夜間戦闘訓練が始まってから、4時間後。
夜の寒空の中、第2中隊の近衛騎士たちが訓練場で休んでいると、決定的な瞬間が訪れる。
王城の外から喚声が聞こえると同時に、王城の銅鑼が鳴り響いたのだ。
第1中隊は王都レイルの巡回をしに行っているため、残された第2中隊の近衛騎士たちは何事かと慌て始める。
「ゴチャゴチャ騒ぐな! 自分の小隊長の指揮下に速やかに入れ! お前たちは、近衛騎士なんだぞ! こういうときに、冷静にならないでどうするんだ!?」
フェイは、騒いでいる近衛騎士たちに向かって、大声を出す。
すると、第2中隊の近衛騎士たちは、すぐにアリアたち四人の近くで整列をする。
その後、第2中隊は、フェイの指揮で、王城の門に向け前進をした。
1分後、フェイが率いる第2中隊は、状況を把握することになる。
詰め所はすでに突破されており、王城の中に反乱軍が入りこみつつある状況であった。
(まぁ、詰め所にいた近衛騎士たちが、第2中隊を呼びに来ていたから、当然か。とりあえず、事前の打ち合わせ通り動かないとな)
フェイの指示を受けたアリアは、速やかに自分の小隊に指示を伝える。
少し離れた場所では、サラ、エレノアの小隊が王城に入ってくる反乱軍を抑えるために、指示を飛ばしているようであった。
「アリア、ステラ! 王城内に入りこんだ奴らは頼んだぞ! 王族の方々には指一本も触れさせるなよ!」
フェイはそう叫んだ後、サラとエレノアのいる場所へと行ってしまう。
「ステラさん! そっちはお願いします! 私の小隊はこっちのほうを行くので!」
アリアは、事前に打ち合わせた通りに動くよう、確認をする。
ステラはというと、大きな声で返事をした後、自分の小隊を率いて、王城の中へと走っていった。
(とりあえず、王族の方々を守らないとな。殺されるにしても、捕まってしまうにしても、その時点でマズいことになるだろうし)
アリアは、王城に入りこんだ反乱軍を倒すように指示を出しながら、そんなことを思う。




