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118 深まるステラ人形の謎

 ――12月31日の夜。


 近衛騎士団の基地に戻ったアリア、サラ、ステラの三人は、女子寮の鍵などが置かれた部屋にいる。

 その部屋は、今、アリアとサラの熱気によって、温まっていた。


「本当なんですって! 昨日の夜、エレノアさんの部屋にいた人形が、屋敷の通路を徘徊していたんですよ! しかも、こっちを見るなり、追いかけてきて、本当に恐かったんですから!」


「ワタクシも、アリアと一緒に追いかけられましたわ! 結局、2時間くらい、屋敷の中を逃げ回りましたの! きっと、あの人形には、恐ろしい秘密が隠されているハズですわ!」


 アリアとサラは、昨日の夜のことを力説している。


「でも、今日の朝、エレノアの部屋に確認しに行ったら、元の位置に例の人形はあったんですよね? お二人とも、寝ぼけていただけじゃないんですか? やっぱり、人形が動き回るなんて、信じられる話ではありませんよ」


 対して、ステラは、いつも通りの顔でそう言った。

 当たり前であるが、アリアとサラの話をまったく信じていないようである。


「たしかに、私も最初は自分の目を疑いました! でも、追いかけられたのは事実ですよ! しかも、普通に足が速くて、本当にヤバかったんですって!」


「そうですの! 全速力で走ったのに、全然、逃げられませんでしたわ! もう、本当に意味が分かりませんでしたの!」


 アリアとサラは、なんとか信じてもらおうと言葉を続けた。


「やっぱり、信じられませんね。とりあえず、エレノアの部屋にあるみたいですし、様子を見にいきますか。実際に動いていたら、アリアさんとサラさんの話を信じることもできますしね」


 ステラはそう言うと、イスから立ち上がり、部屋を出ていってしまう。


「ちょっと、待ってください、サラさん! 勝手に入るのはマズいですよ! 本人に許可をとらないと駄目ですって!」


「そうですわよ! 万が一、他の人に見られたら、あらぬ誤解をされますの! 軍法会議は嫌ですわよ!」


 アリアとサラは、ステラを追いかけながら、そんな声を出していた。

 だが、ステラの歩みをとめるには至らない。

 その後、燭台と火のついたロウソクを手に入れたステラは、エレノアの部屋の前に立つ。


「さて、やりますか。今、女子寮には私たち以外いませんけど、いつ何が起こるか分かりませんからね。手早く、部屋にある人形を確認してしまいましょう」


 ステラは、懐から鉄の短い棒を取りだし、扉の鍵開けを始める。

 燭台に載せられたロウソクの火が辺りを照らす中、ガチャガチャと金属音が鳴っていた。


 それから、30秒後。

 カチャという音がしたのを確認した後、ステラは懐に鉄の短い棒をしまい、通路の床に置かれた燭台を持ち上げる。


「やっぱり、女子寮の部屋の鍵は開けやすいですね。構造が単純すぎますよ。サラさんの部屋の新しい鍵くらい複雑な構造でないと、簡単に開けられてしまうでしょうね」


 サラは、エレノアの部屋の扉を開けつつ、感想を言っていた。

 そんなステラに向かって、サラは呆れているかのような声を出す。


「……鍵が新しくなったからって、試さないでくださいまし。というか、その言い方だと、ワタクシの部屋の鍵は、攻略済みみたいですわね……」


「もちろんです。サラさんの部屋の鍵がいつなくなるか分かりませんからね。そのときに、開けられないと、サラさんが困るかと思いまして」


「……そういうことにしておきますの。はぁ……シャンプーを置いている場所は、変えたほうが良いですわね……」


 エレノアの部屋に入りつつ、サラは、諦めたような顔をしていた。


(……サラさんの新しい鍵でも駄目だったみたいだ。これは、新しい鍵にしても、いたちごっこになるだけだろうな。ステラさんの鍵開け技術は、かなり洗練されているみたいだし)


 アリアは、燭台の火に照らされたサラの顔を見ながら、そんなことを思う。

 ステラは、部屋の中にある燭台を見つけると、ロウソクの火を移す。

 すると、エレノアの部屋の中は、明るくなった。


「それで、お目当ての人形はこれですよね? やっぱり、ただの人形にしか思えないですけど」


 明るくなったおかげで、ステラはすぐに例の人形を見つける。

 もちろん、アリアとサラも、ステラ人形を発見した。


「これ、これですわ! 今は動いていなくても、きっと、真夜中になったら動き出しますわよ! 今のうちに、動けないようにしておいたほうが良いですの!」


 サラはそう言うと、ステラ人形を持ち上げようとする。

 そのとき、驚くべきことが起きる。

 ステラ人形が、サラの腕を払ったのだ。


「うわ! 今、ワタクシの手を払いましたわよ! 絶対、この人形はおかしいですの!」


 びっくりしたサラは、尻もちをついて大きな声を上げる。


「ステラさん! 今のを見ても、ただの人形だって言えますか!? 普通に動いていましたよ!」


 ステラ人形の腕が動いたのを見ていたアリアは、ステラのほうに顔を向けた。


「……気のせいだと思いますよ。さて、人形に変わったところはなかったワケですし、部屋を出ますか」


 ステラは、珍しく、動揺を隠そうとしているのか、早口で述べる。

 その後、エレノアの部屋のロウソクを吹き消すと、さっさと部屋を出ていってしまった。


「あ! ちょっと、待ってくださいまし! 逃げても状況は変わりませんわよ!」


 サラは、ステラの置いていった燭台を手に持つと、急いで後を追いかける。


「うわ! 二人とも、ひどいですよ! こんな恐い人形がいる部屋においてくなんて!」


 アリアも、部屋の外に出て扉を閉めると、二人の後を追って、走り始めた。






 ――10分後。


 とりあえず、女子寮にいたくなかったアリア、サラ、ステラの三人は、詰め所にある基地全体の当直用の部屋に避難する。


「それで、いきなりなんですの? もしかして、女子寮でなにか事件でも起きましたの?」


 イスに座っていたエレノアは、面倒ごとはごめんだとばかりに、言い放つ。


「なにも事件は起きていませんよ。ただ、気分転換に、エレノアのところにでも行こうかと思いまして。ほら、もう少しで新年ですしね」


 ステラは、いつも通りの顔ではあるが、早口でそう言った。


「はぁ? なにを言っていますの、ステラ? 意味が分かりませんわよ?」


 当然、エレノアは、疑いに満ちた顔をする。


(まぁ、そういう反応になるのは当たり前だろうな。普段、エレノアさんに当たりが強いステラさんが、気遣った発言とかするワケないし。ここは、正直に話して、ステラ人形の情報を集めたほうが良いだろうな)


 そう判断したアリアは、イスに座っているエレノアに、事情を説明した。


「ちょっと! なに勝手に人の部屋に入っていますの! 不法侵入ですわよ!」


 アリアからステラ人形の件を聞かされ、エレノアは真っ先に不法侵入を咎める。


「今は、そんなことを話している場合ではありませんの! エレノア! あの人形をなんとかしてくださいまし! そうではないと、女子寮に帰れませんわ!」


 サラは、エレノアの話を強引に断ち切り、要望を伝えた。


「なんとかするもなにも、あの人形は、ただの人形ですわよ。朝も言いましたけど、人形が動くなんて、ありえませんわ。少なくとも、ワタクシは動いているところを見たことがありませんの」


 対して、エレノアは、凄く面倒そうな顔をしている。

 そんな中、ステラが疑問に思ったことを口にした。


「……そもそも、あの人形、どこで買ったんですか? それとも、特注で作らせたんですか?」


「貴族街にあるお店で手に入れたものですわ。タダでもらえて、運が良かったですの」


 エレノアは、なんだ、そんなことかみたいな顔をしている。


(……タダって、絶対、怪しいよ。売り物にならないってことは、なにかしら理由があるに違いない。そうじゃなきゃ、論理的におかしいもんな)


 アリアは、エレノアの言葉を聞いた後、怪訝な顔になってしまう。

 もちろん、隣で立っているサラとステラも、それはおかしい的な顔をする。


「……なぜ、タダだったんですか? あの大きさの人形がタダなワケがないでしょうに……」


 当然、ステラは、理由を聞く。


「あ。そういえば、理由は聞きませんでしたわね。ただ、お店の店主が凄く嬉しそうな顔をしていたのは覚えていますわ」


 エレノアは、キョトンした顔でそう言った。


(……それって、もう、ヤバい人形って言っているようなものでは? 詳しいことは店主に聞かないと分からないけど、なにかしら事情があるのは確かだろうな。というか、そんな危ない人形を女子寮に置いておかないでほしいよ!)


 そう思ったアリアは、口を開こうとする。

 だが、それよりも早く、ステラが言葉を発していた。


「とりあえず、エレノア。部屋にある人形をここに持ってきてください。その間、エレノアの代わりに、私たちはここで待っていますので」


 ステラは、エレノアにお願いをする。

 アリアとサラも、ステラの言葉聞き、ウンウンとうなずく。


「嫌ですわよ、面倒ですもの。そんなに言うんだったら、アリアたちがここに持ってきてくださいまし。わざわざ、それだけのために、寒い中、歩きたくありませんの」


 当然、エレノアは、拒否をする。

 だが、そこから、アリア、サラ、ステラの三人は、必死に説得を始めた。

 三人とも、ヤバい人形のいる女子寮に帰りたくなかったためである。


 結局、10分後、エレノアは観念し、ステラ人形を部屋から持ち出すことに合意した。

 こうして、アリアたち三人は、女子寮で人形に追い回されることなく、無事に年を越すことができた。






 ――1月10日の朝。


 冬期休暇が終わった近衛騎士団の面々は、訓練場に集まっていた。

 空は晴れていたが、冬ということもあり、まだまだ寒い状況である。

 そんな中、お立ち台に団長のミハイルが立つ。


「おはよう! 今日、ここに全員が揃えて良かったよ! 休暇中、問題を起こした者もいるようだけど、ほとんどの者は普通に過ごしてくれたみたいだね! 皆、近衛騎士団の一員である自覚があって、なによりだよ!」


 ミハイルは、チラッと、フェイのすぐ後ろにいる四人を見た後、言葉を続ける。


「まぁ、今年は1月から忙しくなる可能性もあるし、皆、早めに体力を戻しておくように! それじゃ、休暇明けでやる気は出ないと思うけど、今日の訓練、頑張っていこう!」


 ミハイルは大きな声でそう言うと、お立ち台から降りた。

 次にお立ち台に立った近衛騎士団の本部に所属する士官が、全体に知らせておくべきことを言った後、朝礼は終了する。


 その後、第2中隊での朝礼も終了し、所属する近衛騎士たちは、それぞれ運動を始めた。

 今日は、フェイが試験でいないため、第2中隊でなにかあったときは、アリア、サラ、ステラ、エレノアの誰かが、対応することになっていた。


 そのため、アリアたち四人は、なにがあっても良いように、固まって運動をしている状況である。


「なんだか、中隊長がいないと、落ちつきませんね! なにかあったらと思うと、集中できませんよ!」


 アリアは、訓練用の剣でサラと打ち合いながら、ソワソワしていた。


「本当ですの! 上手く対応できるか、心配ですわ!」


 サラは、アリアと同様に、落ちつかないようである。


「大丈夫ですよ、サラさん。そんなに気にしなくても、勝手に体が動くと思うので、心配はいらないハズです」


 対して、ステラは、いつも通りの顔で、剣の素振りをしていた。

 そんな中、エレノアが大きな声を出す。


「おーほっほっほ! なにを心配することがありますの! ワタクシの華麗な指示で、どんな事態でも切り抜けられるハズですわ! だから、アリアたちは、安心して運動をすると良いですの!」


「いや、エレノアには任せないので、安心してください。上手くいくものも、上手くいかなくなると思うので」


 ステラは、上機嫌のエレノアに冷や水を浴びせる。


「なにを言っていますの、ステラ! ワタクシほど、危機管理ができる者はいませんの! 少なくとも、ステラよりは迅速に指示を出せる自信がありますわ!」


 エレノアは、すかさずステラにケンカを売っていく。


「はぁ? それ、本当に言っているんですか? どうやら、休暇ボケしているようですね。私が、頭をスッキリさせてあげますよ」


 ステラも、当たり前のようにケンカを買う。

 そこから、エレノアとステラは、訓練用の剣で激しく打ち合い始める。


(なんか、エレノアさんとステラさんが、ああやって争っているのを見ると、休暇が終わったんだと実感するよ。団長も、早めに体力を戻しておけ的なことを言っていたし、無理しない範囲で体に負荷をかけていかないとな)


 アリアは、争う二人を見つつ、そんなことを思っていた。

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