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117 ステラ人形

 ――12月30日の朝7時。


 途中、詰め所によって休憩しながら、平民街を歩いていたアリアたちは、朝食を食べるために、近衛騎士団の基地に戻っていた。


「……やっと朝ですわね。ただ、歩いていただけなのに、滅茶苦茶、疲れましたわ……」


 サラは、机の上で溶けながら、愚痴を吐く。

 現在、アリアたち四人は、アリアの部屋に集まって、朝食を食べようとしているところであった。


「……絶対、昨日、日中に動き回ったせいですわ。それと、巡回中に怪しい奴らを追ったのも、疲れに拍車をかけている気がしますの……」


 イスの背もたれに寄りかかりながら、エレノアは、疲れた声を出す。


「サラさん、エレノアさん! 今日の夜12時で巡回も終わりますし、頑張りましょう! ほら、焼いた肉を早く食べないと、冷めてしまいますよ!」


 アリアはパンをモグモグしながら、元気な声でそう言った。

 その声を聞いたサラとエレノアは、イスに座り直すと、机の上にあるパンと焼いた肉を食べ始める。


「はぁ……こんな食事じゃ、力が出ませんわよ。野菜がたくさん入ったスープとか食べたいですの……」


 エレノアは、パンをムシャムシャしつつ、またも、愚痴を吐く。


「文句を言っても、ないものはないです。それに、食事が不満なら、私が食べてあげますよ」


 黙っていたステラはそう言うと、フォークでエレノアの分のお肉を強奪する。


「ちょっと!? 誰も食べないなんて、言ってませんわよ!? さっさとワタクシのお肉を返しなさい!!」


 当然、エレノアも、フォークでステラの分のお肉を持っていく。

 そこから、ステラとエレノアは、お肉をめぐる争いを始める。


「……まったく、貴族らしさの欠片もありませんの。まぁ、誰も咎めませんし、どうでも良いことですけども」


 ステラは、争いに巻きこまれないよう、お肉とパンを移動させていた。


「滅茶苦茶、元気あるじゃないですか。これなら、今日の巡回も大丈夫そうですね」


 お肉をハムハムしていたアリアは、ステラとエレノアの争いを見ている。

 そんな状況が、しばらく続いた後、アリアの部屋の扉がコンコンコンと叩かれた。


「……誰ですかね? ちょっと、見てきます」


 すでに食事を食べ終えていたアリアは、自分の部屋の扉を開く。


「アリア様。おはようございます。お嬢様に用件があって参りました」


 訪ねてきたカレンは、単刀直入に用件を言った。


「ちょっと、待っててください! ステラさん! カレンさんが、なにか、用件があるらしいですよ!」


「カレンが来たんですか? 分かりました。ちょっと、行ってきますね」


 エレノアとの争いを終えていたステラはそう言うと、カレンの下に行く。

 対して、アリアは、イスに座って、サラやエレノアと他愛のない話を始めた。

 1分後、カレンを伴って、ステラが戻ってくる。


「……カレン、ついてきても無駄ですよ。私は巡回という重要任務があるので、父上と会っている暇はありません。わざわざ、来てもらって悪いですけど、帰ってください」


「……その言葉を聞いたら、レナード様が泣かれますよ。とりあえず、女子寮の前にいらっしゃるので、一目だけでもお会いになってください」


 カレンは、珍しく、困った顔になってしまっている。


「この前の休暇で会ったばかりなのに、わざわざ、王都レイルに来るなんておかしいですよ。もう、私は大人なので、心配しなくても大丈夫ですって」


 ステラは、どうやら、過剰に心配されるのが嫌なようであった。

 アリアたち三人はというと、あまり家庭の事情に踏みこむのは良くないと考え、黙って、ステラとカレンの様子を見ている。


「はぁ……しょうがありませんね。こうなったら、実力行使をするしかないですよ。まったく、昔からいじっぱりなところは変わりませんね」


 カレンはそう言った後、ステラの襟首をつかみ、姿を消した。

 アリアたちも、巡回を再開するため、腰に剣を提げ、部屋の外へ出ていった。

 1分後、アリアたち三人は、女子寮の入口に到着する。


 そこには、ステラとカレンはもちろん、レインとレナードがいた。


「お! アリアさん、サラさん、久しぶりだね! あと、君は、レッド家ご令嬢のエレノアさんかな?」


 アリアたちに気づいたレナードは、すぐに駆け寄ってくる。

 アリアとサラは、お久しぶりの挨拶をしていた。

 対して、エレノアは、初めましての挨拶に加え、丁寧な自己紹介をする。


(さすがに、4大貴族の一員だからな。いつもみたいな騒がしい感じではないか。あと、疲れているのも、多少は影響がありそうだ)


 エレノアの様子を見ながら、アリアはそんなことを思っていた。

 それから、アリアたちは、レナードと他愛のない会話をする。

 しばらくすると、ステラが思い出したかのような顔をした。


「あ。そういえば、カレン。怪しい人たちからは、情報を得られたんですか? 結構、時間が経っていますし、さすがに終わっていますよね?」


 ステラは、何気ない感じでカレンに質問をする。

 対して、カレンは、レナードのほうに顔を向けた。

 どうやら、言って良いのかどうかを確認しているようである。


「……カレンの思っている通り、今、教えるのは得策ではない気がする。別に信用していないワケではないけど、どこから情報が漏れるか分かったものではないからね。まぁ、来月には分かるだろうし、ここは良いんじゃないかな?」


「承知しました。ということで、お嬢様。現段階では、お教えするワケにはいきませんのでご容赦ください」


 カレンは、ペコリと頭を下げた。


「……貴重な休みを、嫌な気分のまま過ごしたくないですし、それで良いですよ」


 ステラは、嫌な予感がしたのか、いつも通りの顔で了承をする。


(え!? 滅茶苦茶、気になるんですけど! 口止めするってことは、絶対、ヤバいことだよな!? 今から、準備しておいたほうが良いんじゃないのか!? でも、ステラさんはああ言っているし、聞かないほうが良いんだろうな!)


 アリアは、気になる気持ちを全力で抑えにかかった。

 サラとエレノアも、詳しい内容を聞きたいと思ってはいるのだろうが、空気を読んで、声には出さない。


 そのまま話は流れてしまい、ふたたび、他愛のない話が始まった。

 数分後には会話も終わり、レナードたちと別れることになる。

 結局、女子寮の入口に残されたアリア、サラ、エレノアの三人は、モヤモヤを抱えたまま、巡回に戻ることになった。






 ――12月30日の夜12時すぎ。


「……やっと終わりましたの。とりあえず、今日は何事もなくて良かったですわ。また、昨日みたいに、追いかけっこがあったら、たまりませんもの……」


 王都レイルの詰め所から出てきたサラは、ボソッとつぶやいてしまう。

 現在、アリアたち四人は、巡回が終わったことを報告し、帰るところであった。


「今日は酔っ払いを詰め所に運んだくらいですかね? とにもかくにも、サラさんの言う通り、何事もなくて良かったです」


 アリアは、体を横にひねり、固まった筋肉をほぐしている。

 そんな中、ステラがエレノアのほうを向く。


「一応、確認しておきますけど、私たち全員がエレノアの屋敷に泊まっても大丈夫なんですよね? これで、駄目でしたとかだけはやめてくださいよ」


「さすがに、大丈夫ですわよ。王城の門が閉まっていて近衛騎士団の基地に帰れないのに、放り出したりはしないハズですの。父上もそこまで、鬼ではありませんわ」


 エレノアは、疲れきった顔で答える。


「それなら、安心です。やっぱり、王都に屋敷を持っていると、なにかと便利ですね。近衛騎士団に所属している今なら、なおさらでしょう」


「それはそうですわ。とりあえず、さっさと帰ったほうが良いですの。こうしている間にも、貴重な休暇の時間がなくなっていますわ。それに、サラとワタクシは明日から当直ですもの。早く寝ないと、いけませんわ」


 エレノアはそう言うと、早歩きをし始めた。

 アリアたち三人も、置いていかれないよう、ついていく。


 30分後、アリアたちは、無事にレッド家の屋敷に到着する。

 もうアルビスは寝ているため、アリアたちは、エレノアの母親から滞在の許可をもらう。

 その後、お風呂に入り、夕食の残りものを食べたアリアたちは、それぞれ、一人ずつ部屋を貸してもらえることになった。


(はぁ……やっと、横になれるよ。ブルーノさんの屋敷からここまで、本当に長く感じたな。それにしても、怪しい人たちの件が気になる。レナードさんは、来月には分かる的なことを言っていたけど、結構、ヤバいことなんだろうな)


 豪華なベッドの上に横たわったアリアは、眠れなかったため、頭を巡らせる。


(というか、そもそも、怪しい人たちをカレンさんがつけていたってことからして、おかしい気がする。普通、見つけ次第、楽しいお話をするだろうし。となると、わざと泳がせていたのかな? 目的は、なんだろう?)


 アリアは、可能性を探ろうとした。


(……いや、情報が少なすぎる。今、分かっている情報から結論を導き出すのは無理だな。とりあえず、モヤモヤするけど、考えるのをやめておいたほうが良いか。時間の無駄になるだけだしな)


 アリアはそう考え、目をつぶり、眠りにつこうとする。

 そんなとき、部屋の外から、ズウという音が聞こえてきた。


(なにか、物でも引きずっているのかな? でも、その割には足音とかないし、変な気がする。ちょっと、様子を確認しておくか。侵入者とかだったら、困るし)


 アリアは、目を開き、ベッドから起き上がると、渡された屋内用の靴を履く。

 その後、ゆっくりと足音を立てずに歩き、扉を静かに開ける。


(一応、剣は持っているけど、強い人とかだったら厳しいかもな。ただ、大声を出せば、すぐにサラさんとかも来るだろうし、ビビらないようにしないと。戦いに集中するのは大切だからな)


 鞘ごと剣を持ったアリアは、静かに扉から出ると、音がする方向へ動き出す。


(さて、物音の正体は確認するとしよう。うん? なんか、ステラさんっぽいな。もしかすると、ステラさんが歩いていただけなのかもしれない。忍び足が癖になっているから、あんな足音になるのも納得できるし)


 遠目から見て、そう判断したアリアは、一応、用心しながら、完全に目視できる距離まで近づく。

 徐々に、その全容が見えてくる。

 数秒ほど歩くと、物音の正体が判明した。


(ステラさん……ではないな。あれは、たしか、エレノアさんの部屋にあった人形だ。なんで、トコトコ動いているんだろう? ちょっと、意味が分からないな……)


 あまりにも現実離れした光景を前に、アリアは驚くよりも先に冷静になってしまう。

 そんな中、トコトコ歩いていたステラ人形が、突如、アリアのほうに振り返る。


(……これは、よろしくない気がする。よく分からないけど、ゆっくりと後退しておくか)


 アリアは、ジリジリと後ろに下がった。

 対して、ステラ人形は、いきなり走り出す。


「うわぁぁぁ! こっちに来ないでください!」


 人形が走ってくる光景を見たアリアは、驚きの声を上げ、必死の形相で逃げ始める。

 さすがに非常識すぎるので、アリアでもビビッてしまっていた。


(とりあえず、サラさんの部屋に逃げこもう! 一人で自分の部屋に戻るのは無理だ! これは、あまりにも恐すぎる!)


 そう考えたアリアは、近くのサラの部屋に到着すると、扉をガンガンと叩く。


「サラさん、サラさん! 部屋に入れてください!」


 アリアは、必死の形相で、扉を叩き続ける。

 もちろん、その間にも、ステラ人形は迫ってきていた。

 そんな中、サラの部屋の扉が開け放たれる。


「何事ですの、アリア!? もしかして、敵襲ですの!?」


 鞘ごと持ったサラは、部屋から出てくるなり、アリアに質問をした。

 この動きの速さは、日頃の訓練の賜物である。


「違います! けど、それに匹敵するヤバい状況です!」


 部屋から出てきたサラに向かって、アリアは急いで説明をした。

 ただ、その頃には、すでにステラ人形が二人の目前に迫ってきている状況である。


「キャアアアですわ!? なんで、人形が動いていますの!? おかしいですわよ!」


 サラは、ステラ人形を確認するなり、屋敷の通路を走り出してしまう。


「あ! サラさん! 置いていかないでくださいよ!」


 当初の目論見がご破算したため、アリアもサラの後を追って、走り始める。

 その後、結局、ステラ人形が追いかけてこなくなるまで、追いかけっこは続いてしまった。

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