110 なにもやることがない幸せ
12月27日。
冬期休暇が始まってから、数日が経過する。
この間、特に事件らしい事件もなく、平和な時間が流れていた。
そのような状況で、アリアは、女子寮の鍵が置かれた部屋にあるイスに座っている。
「いや~、平和ですね~! 問題も起きませんし、素晴らしい休暇ですよ!」
アリアは、ステラが外で買ってきたクッキーをムシャムシャしながら、喜びの声を上げた。
「はぁ……アリアは元気があって良いですわね……」
対して、サラは、机の上でグデンとなってしまっている。
「サラさん、どうしたんですか? そんな干からびた魚みたいな顔をして。こんなに平和なのに、なにが不満なんですか?」
アリアはそう言うと、カップに入っていた紅茶をグビグビと飲む。
「……どんな顔ですの、それ? まぁ、それは置いといて、もちろん平和なことに対して、不満はありませんわよ。ただ……」
「ただ?」
アリアは、クッキーをムシャムシャしながら、言葉を続ける。
「ただ、暇すぎますの! もう、ベッドの上でゴロゴロも飽きましたわ! なにか、刺激がほしいですの!」
サラは、いきなり立ち上がると、頭をグシャグシャし始めた。
「サラさん、禿げますよ。とりあえず、落ちついて、クッキーでも食べましょう」
アリアは、イスに座った状態で腕を伸ばし、サラの前にクッキーが入っている箱を置く。
「ふぅふぅ! 分かりましたの! とりあえず、クッキーを食べて、落ちつくことにしますわ!」
サラは、イスに座り、クッキーを食べ始める。
そのおかげか、先ほどとは違い、若干、落ちついたようであった。
「サラさん、刺激がほしいんですよね? それだったら、ステラさんと一緒に訓練場で筋力トレーニングをしたら良いんじゃないですか?」
アリアはそう言うと、窓越しに訓練場のほうを向く。
訓練場では、ステラが腕立て伏せをしているようであった。
「嫌ですわよ、筋力トレーニングなんて! なんで、わざわざ、休暇中に筋力トレーニングをしないといけませんの! ツラいし、汗をかくしで良いことはありませんわ! それに、ステラをよく見ますの!」
サラは、イスに座った状態で訓練場のほうを指差す。
アリアは、目を凝らして、ステラの様子を観察する。
「……なんだか、親指一本で腕立て伏せしているように見えますね」
「見えるじゃなくて、親指一本で本当にやっていますの! あれでも、ステラにとっては普通のことみたいですわ! そんなのついていけるワケありませんの! だから、ステラと一緒に訓練する案は却下ですわ!」
サラはそう言うと、クッキーを鷲づかみにし、口に放りこんでいた。
「う~ん、それじゃ、ステラさんと一緒に王都レイルで遊ぶなんて、どうですか? お金はなくなるかもしれませんけど、楽しいですよ?」
アリアは、これならいけるだろうといった顔をする。
「ええ、楽しかったですわよ! ただ、昨日も、一昨日も、遊んできましたの! もう、さすがにいいですわ! それに、お金も使いすぎてしまいましたの! 当分は、節約生活ですわ! だから、外で遊ぶ案も却下ですの!」
ステラは、クッキーをムシャムシャしながら、そう言った。
「……なかなか、難しいですね。いや、ここで、諦める私ではないですよ! ちょっと、待っていてください! すぐに刺激的なことを思いつきますので!」
アリアは、ムムム顔で考え始める。
「……それじゃ、お願いしますわ。ワタクシは、その間、机の住人になっていますの」
騒ぐ体力がなくなったサラは、ふたたび、机の上でグデンとなっていた。
そこから、数分後。
突如、アリアが大きな声を上げ、いきなり立ち上がる。
「思いつきましたよ、サラさん! これなら、頭に刺激が入って、なおかつ、暇も潰せます!」
「……一応、聞きますわよ」
対して、サラは机の上でグデンとなったまま、顔だけをアリアのほうに向けた。
「その方法は勉強です! 軍人なんて、無限に勉強しなければいけないことがあるんですから、暇も潰せて、一石二鳥ですよ!」
アリアは、これはさすがにいけるだろうといった顔をしている。
「……なんで、そんなに自信をもっているのかが、分かりませんわ。アリア、休みですわよ? 勉強なんてしたら、せっかくの休暇が台無しですの……言うまでもなく、却下ですわ」
ステラはそう言うと、ふたたび、机の住人になっていた。
「……そんなことを言っていたら、暇なんて潰せませんよ。もう、私はネタ切れなので、これ以上、提案するのは難しいです」
諦めたアリアは、クッキーをムシャムシャし始める。
「はぁ……暇を潰せるような、なにかが起きてほしいですわ……」
気力が尽きたステラは、机の上で動かなくなってしまった。
――2時間後。
相変わらず、サラが机の住人になっていると、女子寮の鍵などが置かれた部屋にステラがやってくる。
「どうしたんですか、サラさん? しなびた野菜みたいな顔をして。冬でも隠れ脱水になる可能性があるので、水分はとったほうが良いですよ」
お風呂場で汗を流したステラは、空いているイスに座った。
ステラが入ってきたことによって、部屋の中には、良い匂いが漂う。
「……それもそうですわね。ちょっと、水を汲んできますわ」
サラは、木のコップを持つと、トボトボとした足取りで部屋の外に出た。
「アリアさん。サラさん、どうしたんですか? 昨日、遊びにいったときは元気だったのに、今日は、まるで別人ですよ」
「やることがなくて、暇みたいですよ。私もいろいろと暇を潰せる案を提案したんですけど駄目でした。運動するのも、勉強するのも、遊びにいくのも飽きたみたいですね」
「まぁ、私も、少し飽きてきたところなので、気持ちは分かりますよ。こうなったら、なにか、皆で遊べるような玩具でも買ってきますか?」
ステラは、状況打破の案を提案する。
「あ。それ、良いですね。でも、サラさん、節約する的なことを言っていたので、お金を出してくれない可能性がありますよ」
「いや、それくらい、私のお財布から出しますよ。高い物を買ってくるつもりはありませんから、大丈夫です」
「え? 本当ですか? それは助かりますけど、本当に大丈夫なんですか? あれだったら、半分のお金を出しますよ?」
アリアは、ステラに確認をした。
「いえ、心配には及びません。お金には、そんなに困っていないので」
ステラは、いつも通りの顔をしている。
(まぁ、普通に自分のお金で屋敷を買っていたくらいだからな。相当、お金は持っているんだろう。出所は……うん、聞かないほうが良い気がする。絶対、裏世界絡みだし)
そう思ったアリアは、足音が聞こえたので、部屋の扉のほうを向く。
すると、水を汲んだサラが入ってきた。
「なんの話をしていましたの?」
イスに座ったサラは水を飲みつつ、質問をする。
「暇潰しのために、玩具でも買ってこようかという話をしていました。準備ができ次第、出発しますけど、サラさんも来ますか?」
ステラは、買い物にサラを誘う。
「それ、良いですわね! 玩具を使って、皆で遊べば、暇も潰れますの! そうとなれば、行動あるのみですわ! 急いで、私服に着替えてきますの!」
サラはそう叫ぶと、慌ただしく、部屋の外へ出ていく。
「それでは、私も私服に着替えて行ってきますね。楽しみに待っていてください」
「はい、気長に待っていますね」
アリアは、遠ざかるステラの背中に声をかけていた。
それから、2時間後。
買い物を終えたサラとステラは、女子寮の部屋などが置かれた部屋に帰ってくる。
「お二人とも、結構、早かったですね。なにを買ってきたんですか?」
紅茶を飲んでいたアリアは、机の上にカップを置くと、質問をする。
「ジェンガですの! これだったら、三人で遊べますわ!」
サラは、袋の中からジェンガの入った長方形の箱を取り出し、机に置いた。
「うわ! 凄い懐かしいですね! 昔、これで遊びましたよ!」
アリアは、久しぶりのジェンガを前にして興奮している。
「まさか、この年にもなって、やることになるとは思いませんでした。まぁ、遊びながら、集中力も鍛えられるので、一石二鳥ではありますけどね」
ステラはそう言うと、イスに座った。
すっかり元気を取り戻したサラも、イスに座る。
「それじゃ、さっそく始めますか!」
イスを移動させたアリアは、木の箱からジェンガを取りだす。
「ちょっと、待ってください。ただ、やってもつまらないですし、負けた人は、なにかしらの罰を受けましょうか」
「それは良い考えですの! そっちのほうが緊張感もありますし、面白そうですわ!」
ステラの提案に、サラが賛成する。
「それじゃ、罰を考えましょうか! あ、なるべく、痛くない方向でお願いしますね!」
アリアは、一応といった感じで、そう言った。
「もちろんですよ。今、パッと思いついたのだと、親指伏せ100回とかですけど、どうですかね?」
「……そんなのできませんわよ、物理的に。せめて、普通の腕立て伏せにしてほしいですの! それなら、まだ、できそうですわ!」
ステラの提案に対して、サラは即座に反対する。
「結構、良い案だと思ったんですが。それでは、女子寮の屋上から紐なしで飛ぶとか、どうですかね? 高所からの着地訓練にもなりますし、一石二鳥ですよ」
「いや、上手く着地できなかったら、ケガしますって! もう、ステラさん! そういう系の罰はやめましょう! もっと、身体的ダメージが少ない罰にしたほうが良いですよ!」
アリアは、声を大にして、主張をした。
「分かりました。それでは、精神的ダメージが大きい罰を考えますね……あ、良い案を思いつきました。負けた人は、ハイハイで基地一周なんて、どうですかね?」
ステラは、斜め上の案を提案する。
「それなら良いですわ! どうせ、基地の中には誰もいませんの! ハイハイをしたとしても、見つかりませんわよ!」
サラは、すぐに賛成した。
「……あまり気は進みませんけど、負けた罰はそれで良いですよ。ゴチャゴチャ言っていたら、いつまで経っても決まりませんからね。それじゃ、始めましょうか!」
妥協をしたアリアは、気持ちを切り替え、ジェンガのほうに意識を集中する。
そこから、三人は、ジェンガで熾烈な争いを繰り広げた。
20分後、ジェンガの根本部分などは、ほとんど、積み木がない状況になっていた。
「……ステラさん、強すぎますね。これは、もう、ほとんど決まったも同然では?」
アリアは、かろうじて倒れていないジェンガを見つめている。
「いや、まだ、分かりませんよ。サラさんの奥の手があるかもしれません」
根元の積み木を抜きまくっていたステラは、サラの動きに注目をしていた。
「くっ! まだ、負けていませんわ! この局面を切り抜けて、ワタクシこそが、勝者にふさわしいと認めさせてあげますの!」
サラはそう言うと、若干、ユラユラしているジェンガに触れる。
慎重に指を動かしているため、倒れないハズであった。
だが、サラの期待は裏切られてしまう。
体の振動が伝わったのか、ガラガラとジェンガは無残に崩れ去ってしまった。
「あああああ! なんで、触れただけで崩れますの! おかしいですわよ!」
サラはそう叫んだ後、机の上でグデンとなる。
どうやら、負けを認めたようであった。
「それでは、サラさん。ハイハイで基地一周しましょうか」
ステラは、無慈悲な言葉をかける。
「……分かっていますわ。ふぅ~! こうなったら、ワタクシの鍛え上げられたハイハイを見せてあげますの!」
サラはよく分からないことを言うと、その場でハイハイの体勢になった。
「ステラさん! 万が一、人に見られたらマズいので、サラさんに同行しましょう!」
「そうですね。誰かに見られたら、サラさんの面子が潰れてしまいますし、そのほうが良いでしょう」
アリアの提案に賛成したステラは、部屋の扉を開ける。
「それでは、行きますわよ!」
気合いの入ったサラは、ハイハイで部屋の外へ出ていってしまった。
「あ、待ってください、サラさん! そんなに勢いよく出たら、危ないですよ!」
アリアは、急いでサラの後を追いかける。
もちろん、隣にはステラがいた。




