108 やっとの帰還
「はい、これで大丈夫です。ただ、添え木をしただけですので、戻ってから、本格的な治療をする必要がありますね」
ステラは、そこら辺で拾ってきた木の枝を使って、アリアの左足を固定する。
「ワタクシは、折れてはいませんけど、多分、筋を痛めましたわ。アリアを背負えれば、良かったですけど、これでは無理そうですの」
サラは、あまり左腕を動かさないようにして、火のついた薪を持っていた。
「いえ、大丈夫です。なんとか、歩くぐらいはできそうなので。ただ、滅茶苦茶、痛いですけど」
アリアはそう言うと、右足で踏ん張り、立ち上がる。
だが、すぐにバランスを崩し、地面に倒れてしまった。
「アリアさん、無理をしないでください。私が背負っていくので大丈夫ですよ。そのほうが骨折もすぐに治ると思いますしね」
ステラはアリアを起こすと、座らせ直す。
「すいません、ステラさん。お言葉に甘えます」
アリアは、痛みに顔をしかめながら、そう言った。
その後、ステラは、大の字になっていたエレノアのお腹に蹴りを入れる。
「ぐへぇ……なにしますの。ワタクシに蹴りを入れても、ステラの左腕も、アリアの左足も治りませんわよ」
若干、回復したエレノアはそう言うと、立ち上がった。
「エレノア、なにもケガしていませんよね? 私はアリアさんを背負っていくので、四人分の荷物を回収した後、あそこでわめいている馬鹿を連れてきてください」
ステラは、未だに熊の下敷きになっているブルーノのほうに視線を向ける。
馬鹿呼ばわりされたブルーノはというと、動けないので早く助けろ的なことを言っていた。
「四人分の荷物を持っていくのは無理ですわよ。戻った後に回収しに来たほうが良いですの」
エレノアは、一呼吸置くと、ノーマンのほうを向く。
「……ワタクシがアリアを背負いますの。だから、ステラがあそこにいる馬鹿を背負ってほしいですわ」
「はぁ? 荷物はともかく、アリアさんを背負うのは私ですよ。エレノアみたいな、がさつな女に任せたら、アリアさんの骨折が余計悪化してしまうでしょうしね」
「……とりあえず、あそこの馬鹿を引きずりだしたほうが良いですわ。話はそれからですの。もしかしたら、自力で歩けるかもしれませんし」
エレノアはそう言うと、腕をバタバタさせているブルーノに近づく。
ステラも、はぁとため息をつき、エレノアの後を追う。
(エレノアさん、疲れていると、いつもの騒がしさが減ってまともになるな。まぁ、単純に騒ぐ元気がないだけなのかもしれないけど)
座った状態のアリアは、ブルーノの腕を片方ずつ引っぱっているエレノアとステラを見ていた。
引っぱられているブルーノはというと、『痛い、痛い! もっと、優しくできないのか! これだから、まったく、平民は!』などと、またしても暴言を吐く。
当然、その声が聞こえていたエレノアとステラは、わざと痛くなるように、引っぱり続ける。
それから、しばらくすると、ブルーノが姿を現わす。
だが、足が折れているのか、動けないようであった。
「それでは、エレノア、頼みましたよ。私は、アリアさんを背負うので」
ステラは、そそくさとアリアのいる場所に移動してしまう。
「……嫌ですわよ。あ。今、良いこと思いつきましたわ。腕は動かせるようですし、這っていってもらうというのは、どうですの?」
「なかなか、どうして、エレノアにしては良い案ですね。そうすれば、交代交代でアリアさんを運べますし、そうしましょうか」
エレノアの提案を受け入れたステラは、アリアを背負うと歩き出す。
その後ろを、左腕をかばっているサラと疲れた顔をしたエレノアが続く。
「おい! 僕を置いていくな! 僕は、ブルーノ・イエロット! アミーラ王国の貴族なんだぞ! 置いていったら、大変なことになるぞ!」
ブルーノは、地面に伏せたまま、手を上げ、大声で叫んでいた。
そんな中、アリアは口を開く。
「……ステラさん、さすがに、このまま置いていったら、助けた意味がなくなりますよ。背負われている私が言えた義理ではないですけど、連れていってあげてください」
アリアは、ステラにお願いをする。
「……ハハハ。アリアさん、もちろん、見捨てはしませんよ。今、馬鹿を運ぶ良い案が思いついたので、サラさんとエレノアにやってもらいます」
ステラはそう言うと、後ろにいるサラとエレノアのほうに振り返った。
その後、持ってきていた紐を半分に切り、二人に渡す。
二人は、よく分からないといった感じで、半分になった紐を受けとる。
「この紐を馬鹿の胴体につけて、引っぱって運びましょう。手で引いても、自分の胴体に巻き付けて引いても、どっちでも良いので。二人で運べば楽でしょうし、頑張ってください」
ステラは言い終わると、アリアを背負って歩き出す。
サラとエレノアはというと、はぁとため息をつき、急いで準備をする。
数十秒後には準備も完了し、紐を自分の胴体に巻きつけた二人は、歩くのを開始した。
「お、おい! お前たち! なんだ、この運び方は! アリアとかいうのと同じように運べ! この僕を誰だと思っている!? ブルーノ・イエロットなんだぞ! 貴族である僕をこんな目に遭わせて、ただで済むと思っているのか!?」
雪と土でドロドロになったブルーノは、その後も延々と叫び声を上げる。
だが、誰も、ブルーノに構う者はいなかった。
そのまま、ステラたちは、火のついた薪の明かりを頼りに、暗い森の中を進んでいった。
2時間後、クタクタになったステラたちは、なんとか近衛騎士団の天幕がある場所まで戻ってきていた。
「はぁ……やっと、到着しましたね。さすがに、今回は死ぬかと思いました……」
ステラはそう言うと、アリアを地面に下ろし、自分も座りこんでしまう。
「……エレノアと一緒に引っぱったとはいえ、無理がありましたわね。疲れていなければ、もう少し、楽だった気がしますの……」
サラは、胴体に巻きつけていた紐を取ると、地面に大の字になった。
「…………」
エレノアはというと、口を開く元気もないのか、サラの近くで同じく大の字になっている。
そんな二人の少し後ろでは、雪と土で全身ドロドロになったブルーノがうつ伏せで倒れていた。
2時間前の元気はなく、黙ったままの状態である。
どうやら、足の痛みがシャレにならないようであった。
歯を食いしばって、耐えているのが現状である。
そのような状況で、アリアたちに気づいたのか、近衛騎士たちが駆け寄ってきた。
(はぁ……簡易ベッドの上でも良いから寝たいな。とりあえず、水も食事もいらないから、温かい場所に移動して、ゆっくりとしたい……)
担架に乗せられたアリアは、そのようなことを思ってしまう。
――30分後。
アリアの姿は、負傷者用に張られた天幕の中にあった。
ベッドの上に寝かされ、足は上に向かって、吊られた状態である。
近くでは、サラ、ステラ、エレノアがイスに座っていた。
「アリア、大丈夫ですの? なんだか、凄く重傷そうに見えますわ」
サラは、ベッドの上に横たわったアリアを心配そうに見ている。
「まぁ、痛いのは事実ですけど、泣き叫ぶほどではないですよ。医官の人が言うには、ある程度の休養が必要だけど、それほどひどくはないとのことです。これも、ステラさんが慎重に運んでくれたおかげですね」
アリアはそう言うと、ステラのほうを向く。
「当たり前のことをしたまでです。実際、荷物より軽かったので、アリアさんを運ぶほうが楽でしたよ。それに、馬鹿を運ぶよりは、全然、良かったですし」
ステラは、ゴミを見るような目でブルーノを見る。
現在、ブルーノは、アリアの隣のベッドで、同じように足を吊り上げられた状態で寝ていた。
「……それにしても、このブルーノですっけ? 相当な悪運の持ち主ですの。昨日は遭難して、今日は熊に遭遇。暴言も相まって、ちょっと、可哀そうに思えてきましたわ」
「そうですか? 1ミリも同情はできませんけど? 全部、身から出た錆ですよ。見殺しにしなかっただけ、ありがたいと思ってほしいですね」
サラの発言に対して、ステラは氷点下の言葉を吐く。
「はぁ……三人とも、元気がありますわね。ワタクシなんて、もう起きている気力もありませんの……」
エレノアはというと、その言葉を最後に座ったまま、眠り始めた。
その後、しばらくして、フェイがアリアたちのいる天幕に来る。
「なんだか、大変みたいだったな。登山して帰ってくる途中で、熊に襲われたブルーノに遭遇したんだろう? よく生きて帰って来たな。まぁ、とりあえず、詳しいことを聞かせてくれ。団長とか、本部の人に報告しないといけないからな」
フェイはそう言うと、近くにあるイスに座った。
それから、代表して、ステラが細かい報告をする。
「なるほどな。まぁ、なんというか、お疲れ様。荷物は後で、中隊の近衛騎士に持ってこさせるから、心配するな。あと、明日の訓練は、念のため、休め。さらにケガをされたら、困るからな。それじゃ、私は戻るからな。なにかあったら、私の天幕に来い」
フェイは言い終わると、天幕の外に出ていってしまう。
「……とりあえずは、良かったです。この疲労で明日の戦闘訓練をするのは厳しいですからね。まぁ、やれと言われれば、やりはしますけど」
「……さすがに、中隊長も訓練の意味がないと思ったハズですわ。まぁ、これが戦場であれば違うのでしょうけど、さらにケガをしたら、今後に差し障りがありますものね」
ステラとサラは、疲れた顔でそんなことを言い合っていた。
その横では、座ったままのエレノアがいびきをかいている。
(……明後日の朝には、王都レイルに帰るし、それまでに松葉杖で移動できるくらいにしておかないとな。それにしても、今日は散々な日だった……寝坊から始まり、キツイ登山をして、果てには熊と戦闘するとか……生きているだけでも、良しとしたほうが良いな」
アリアはそんなことを思った後、目を閉じ、眠りについた。
――12月下旬。
雪山での訓練を終えた近衛騎士団の面々は、王城にある基地へと戻ってきていた。
その頃には、アリアも、普通に歩くことができるようになっていた。
ついでに、サラの左腕も、普通に動かせるようになっている。
これも、カレンが持ってきてくれた薬草であるエバーのおかげであった。
そんなこんなで、冬期休暇を数日前にひかえたある日。
近衛騎士団の全士官が集まった部屋で、今、戦いが始まろうとしていた。
「それじゃ、年末年始の当直を決めようか! 我こそは、当直をしたいって人はいるかな?」
部屋の奥に立っていたミハイルは、陽気な声を上げる。
対して、部屋に集まった士官は、誰も声を出さない。
その様子をアリアは、ボケッと眺めている。
(……まぁ、当然だよな。誰も、年末年始の当直なんて、やりたいと思わないのが普通だと思う。家族と過ごせない年末年始なんて、最悪だろうしな)
アリアは、冬期休暇に入ってから12月28日まで女子寮の当直になるのが決まっていた。
そのため、年末年始の当直になるのは免除されている。
そんなアリアの隣には、同じ期間、基地全体の当直になることが決まっていたフェイがいた。
これまた、他人事のように、静まり返った部屋の中を見ている。
「まぁ、いるワケないよね! こうなったら、全員でジャンケンするしかないか! 僕と副団長も参加するし、それで恨み言なしにしよう!」
ミハイルは、部屋の中の全員に聞こえるよう、声を出す。
そんな中、隣にいた副団長は、『え!? 私もやるんですか!?』みたいな顔をしている。
どうやら、事前に聞かされていなかったようであった。
そこから、仁義なき戦いが始まる。
士官が見守る中、一対一のジャンケンが次々と行われた。
1時間後、基地全体と女子寮の当直以外が決定する。
残っていたのは、基地全体の当直を争うエレノアとエドワード、女子寮の当直を争うサラとバール大尉の姉の四人であった。
ステラは、すでに訓練場全体の当直になってしまっている。
だが、他の場所の当直になった士官とは違い、別に気にしてはいないようであった。
「それじゃ、最後のジャンケンをしようか!」
ミハイルは、四人にジャンケンをするよう促す。
その声を聞いた四人は、覚悟を決めた顔でジャンケンをする。
結果、
「あああああ! なんで、基地全体の当直がワタクシになりますの! 奴隷1号! やり直しを要求しますわ!」
「はぁ……なんだか、こうなる気がしていましたの……」
エレノアとサラが、ジャンケンに負け、年末年始の当直になった。
エドワードにまとわりついているエレノアとは違い、サラは素直に結果を受け入れたようである。




