表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/206

108 やっとの帰還

「はい、これで大丈夫です。ただ、添え木をしただけですので、戻ってから、本格的な治療をする必要がありますね」


 ステラは、そこら辺で拾ってきた木の枝を使って、アリアの左足を固定する。


「ワタクシは、折れてはいませんけど、多分、筋を痛めましたわ。アリアを背負えれば、良かったですけど、これでは無理そうですの」


 サラは、あまり左腕を動かさないようにして、火のついた薪を持っていた。


「いえ、大丈夫です。なんとか、歩くぐらいはできそうなので。ただ、滅茶苦茶、痛いですけど」


 アリアはそう言うと、右足で踏ん張り、立ち上がる。

 だが、すぐにバランスを崩し、地面に倒れてしまった。


「アリアさん、無理をしないでください。私が背負っていくので大丈夫ですよ。そのほうが骨折もすぐに治ると思いますしね」


 ステラはアリアを起こすと、座らせ直す。


「すいません、ステラさん。お言葉に甘えます」


 アリアは、痛みに顔をしかめながら、そう言った。

 その後、ステラは、大の字になっていたエレノアのお腹に蹴りを入れる。


「ぐへぇ……なにしますの。ワタクシに蹴りを入れても、ステラの左腕も、アリアの左足も治りませんわよ」


 若干、回復したエレノアはそう言うと、立ち上がった。


「エレノア、なにもケガしていませんよね? 私はアリアさんを背負っていくので、四人分の荷物を回収した後、あそこでわめいている馬鹿を連れてきてください」


 ステラは、未だに熊の下敷きになっているブルーノのほうに視線を向ける。

 馬鹿呼ばわりされたブルーノはというと、動けないので早く助けろ的なことを言っていた。


「四人分の荷物を持っていくのは無理ですわよ。戻った後に回収しに来たほうが良いですの」


 エレノアは、一呼吸置くと、ノーマンのほうを向く。


「……ワタクシがアリアを背負いますの。だから、ステラがあそこにいる馬鹿を背負ってほしいですわ」


「はぁ? 荷物はともかく、アリアさんを背負うのは私ですよ。エレノアみたいな、がさつな女に任せたら、アリアさんの骨折が余計悪化してしまうでしょうしね」


「……とりあえず、あそこの馬鹿を引きずりだしたほうが良いですわ。話はそれからですの。もしかしたら、自力で歩けるかもしれませんし」


 エレノアはそう言うと、腕をバタバタさせているブルーノに近づく。

 ステラも、はぁとため息をつき、エレノアの後を追う。


(エレノアさん、疲れていると、いつもの騒がしさが減ってまともになるな。まぁ、単純に騒ぐ元気がないだけなのかもしれないけど)


 座った状態のアリアは、ブルーノの腕を片方ずつ引っぱっているエレノアとステラを見ていた。

 引っぱられているブルーノはというと、『痛い、痛い! もっと、優しくできないのか! これだから、まったく、平民は!』などと、またしても暴言を吐く。


 当然、その声が聞こえていたエレノアとステラは、わざと痛くなるように、引っぱり続ける。

 それから、しばらくすると、ブルーノが姿を現わす。

 だが、足が折れているのか、動けないようであった。


「それでは、エレノア、頼みましたよ。私は、アリアさんを背負うので」


 ステラは、そそくさとアリアのいる場所に移動してしまう。


「……嫌ですわよ。あ。今、良いこと思いつきましたわ。腕は動かせるようですし、這っていってもらうというのは、どうですの?」


「なかなか、どうして、エレノアにしては良い案ですね。そうすれば、交代交代でアリアさんを運べますし、そうしましょうか」


 エレノアの提案を受け入れたステラは、アリアを背負うと歩き出す。

 その後ろを、左腕をかばっているサラと疲れた顔をしたエレノアが続く。


「おい! 僕を置いていくな! 僕は、ブルーノ・イエロット! アミーラ王国の貴族なんだぞ! 置いていったら、大変なことになるぞ!」


 ブルーノは、地面に伏せたまま、手を上げ、大声で叫んでいた。

 そんな中、アリアは口を開く。


「……ステラさん、さすがに、このまま置いていったら、助けた意味がなくなりますよ。背負われている私が言えた義理ではないですけど、連れていってあげてください」


 アリアは、ステラにお願いをする。


「……ハハハ。アリアさん、もちろん、見捨てはしませんよ。今、馬鹿を運ぶ良い案が思いついたので、サラさんとエレノアにやってもらいます」


 ステラはそう言うと、後ろにいるサラとエレノアのほうに振り返った。

 その後、持ってきていた紐を半分に切り、二人に渡す。

 二人は、よく分からないといった感じで、半分になった紐を受けとる。


「この紐を馬鹿の胴体につけて、引っぱって運びましょう。手で引いても、自分の胴体に巻き付けて引いても、どっちでも良いので。二人で運べば楽でしょうし、頑張ってください」


 ステラは言い終わると、アリアを背負って歩き出す。

 サラとエレノアはというと、はぁとため息をつき、急いで準備をする。

 数十秒後には準備も完了し、紐を自分の胴体に巻きつけた二人は、歩くのを開始した。


「お、おい! お前たち! なんだ、この運び方は! アリアとかいうのと同じように運べ! この僕を誰だと思っている!? ブルーノ・イエロットなんだぞ! 貴族である僕をこんな目に遭わせて、ただで済むと思っているのか!?」


 雪と土でドロドロになったブルーノは、その後も延々と叫び声を上げる。

 だが、誰も、ブルーノに構う者はいなかった。

 そのまま、ステラたちは、火のついた薪の明かりを頼りに、暗い森の中を進んでいった。


 2時間後、クタクタになったステラたちは、なんとか近衛騎士団の天幕がある場所まで戻ってきていた。


「はぁ……やっと、到着しましたね。さすがに、今回は死ぬかと思いました……」


 ステラはそう言うと、アリアを地面に下ろし、自分も座りこんでしまう。


「……エレノアと一緒に引っぱったとはいえ、無理がありましたわね。疲れていなければ、もう少し、楽だった気がしますの……」


 サラは、胴体に巻きつけていた紐を取ると、地面に大の字になった。


「…………」


 エレノアはというと、口を開く元気もないのか、サラの近くで同じく大の字になっている。

 そんな二人の少し後ろでは、雪と土で全身ドロドロになったブルーノがうつ伏せで倒れていた。

 2時間前の元気はなく、黙ったままの状態である。


 どうやら、足の痛みがシャレにならないようであった。

 歯を食いしばって、耐えているのが現状である。

 そのような状況で、アリアたちに気づいたのか、近衛騎士たちが駆け寄ってきた。


(はぁ……簡易ベッドの上でも良いから寝たいな。とりあえず、水も食事もいらないから、温かい場所に移動して、ゆっくりとしたい……)


 担架に乗せられたアリアは、そのようなことを思ってしまう。






 ――30分後。


 アリアの姿は、負傷者用に張られた天幕の中にあった。

 ベッドの上に寝かされ、足は上に向かって、吊られた状態である。

 近くでは、サラ、ステラ、エレノアがイスに座っていた。


「アリア、大丈夫ですの? なんだか、凄く重傷そうに見えますわ」


 サラは、ベッドの上に横たわったアリアを心配そうに見ている。


「まぁ、痛いのは事実ですけど、泣き叫ぶほどではないですよ。医官の人が言うには、ある程度の休養が必要だけど、それほどひどくはないとのことです。これも、ステラさんが慎重に運んでくれたおかげですね」


 アリアはそう言うと、ステラのほうを向く。


「当たり前のことをしたまでです。実際、荷物より軽かったので、アリアさんを運ぶほうが楽でしたよ。それに、馬鹿を運ぶよりは、全然、良かったですし」


 ステラは、ゴミを見るような目でブルーノを見る。

 現在、ブルーノは、アリアの隣のベッドで、同じように足を吊り上げられた状態で寝ていた。


「……それにしても、このブルーノですっけ? 相当な悪運の持ち主ですの。昨日は遭難して、今日は熊に遭遇。暴言も相まって、ちょっと、可哀そうに思えてきましたわ」


「そうですか? 1ミリも同情はできませんけど? 全部、身から出た錆ですよ。見殺しにしなかっただけ、ありがたいと思ってほしいですね」


 サラの発言に対して、ステラは氷点下の言葉を吐く。


「はぁ……三人とも、元気がありますわね。ワタクシなんて、もう起きている気力もありませんの……」


 エレノアはというと、その言葉を最後に座ったまま、眠り始めた。

 その後、しばらくして、フェイがアリアたちのいる天幕に来る。


「なんだか、大変みたいだったな。登山して帰ってくる途中で、熊に襲われたブルーノに遭遇したんだろう? よく生きて帰って来たな。まぁ、とりあえず、詳しいことを聞かせてくれ。団長とか、本部の人に報告しないといけないからな」


 フェイはそう言うと、近くにあるイスに座った。

 それから、代表して、ステラが細かい報告をする。


「なるほどな。まぁ、なんというか、お疲れ様。荷物は後で、中隊の近衛騎士に持ってこさせるから、心配するな。あと、明日の訓練は、念のため、休め。さらにケガをされたら、困るからな。それじゃ、私は戻るからな。なにかあったら、私の天幕に来い」


 フェイは言い終わると、天幕の外に出ていってしまう。


「……とりあえずは、良かったです。この疲労で明日の戦闘訓練をするのは厳しいですからね。まぁ、やれと言われれば、やりはしますけど」


「……さすがに、中隊長も訓練の意味がないと思ったハズですわ。まぁ、これが戦場であれば違うのでしょうけど、さらにケガをしたら、今後に差し障りがありますものね」


 ステラとサラは、疲れた顔でそんなことを言い合っていた。

 その横では、座ったままのエレノアがいびきをかいている。


(……明後日の朝には、王都レイルに帰るし、それまでに松葉杖で移動できるくらいにしておかないとな。それにしても、今日は散々な日だった……寝坊から始まり、キツイ登山をして、果てには熊と戦闘するとか……生きているだけでも、良しとしたほうが良いな」


 アリアはそんなことを思った後、目を閉じ、眠りについた。






 ――12月下旬。


 雪山での訓練を終えた近衛騎士団の面々は、王城にある基地へと戻ってきていた。

 その頃には、アリアも、普通に歩くことができるようになっていた。

 ついでに、サラの左腕も、普通に動かせるようになっている。


 これも、カレンが持ってきてくれた薬草であるエバーのおかげであった。


 そんなこんなで、冬期休暇を数日前にひかえたある日。

 近衛騎士団の全士官が集まった部屋で、今、戦いが始まろうとしていた。


「それじゃ、年末年始の当直を決めようか! 我こそは、当直をしたいって人はいるかな?」


 部屋の奥に立っていたミハイルは、陽気な声を上げる。

 対して、部屋に集まった士官は、誰も声を出さない。

 その様子をアリアは、ボケッと眺めている。


(……まぁ、当然だよな。誰も、年末年始の当直なんて、やりたいと思わないのが普通だと思う。家族と過ごせない年末年始なんて、最悪だろうしな)


 アリアは、冬期休暇に入ってから12月28日まで女子寮の当直になるのが決まっていた。

 そのため、年末年始の当直になるのは免除されている。

 そんなアリアの隣には、同じ期間、基地全体の当直になることが決まっていたフェイがいた。


 これまた、他人事のように、静まり返った部屋の中を見ている。


「まぁ、いるワケないよね! こうなったら、全員でジャンケンするしかないか! 僕と副団長も参加するし、それで恨み言なしにしよう!」


 ミハイルは、部屋の中の全員に聞こえるよう、声を出す。

 そんな中、隣にいた副団長は、『え!? 私もやるんですか!?』みたいな顔をしている。

 どうやら、事前に聞かされていなかったようであった。


 そこから、仁義なき戦いが始まる。

 士官が見守る中、一対一のジャンケンが次々と行われた。

 1時間後、基地全体と女子寮の当直以外が決定する。


 残っていたのは、基地全体の当直を争うエレノアとエドワード、女子寮の当直を争うサラとバール大尉の姉の四人であった。


 ステラは、すでに訓練場全体の当直になってしまっている。

 だが、他の場所の当直になった士官とは違い、別に気にしてはいないようであった。


「それじゃ、最後のジャンケンをしようか!」


 ミハイルは、四人にジャンケンをするよう促す。

 その声を聞いた四人は、覚悟を決めた顔でジャンケンをする。


 結果、


「あああああ! なんで、基地全体の当直がワタクシになりますの! 奴隷1号! やり直しを要求しますわ!」


「はぁ……なんだか、こうなる気がしていましたの……」


 エレノアとサラが、ジャンケンに負け、年末年始の当直になった。

 エドワードにまとわりついているエレノアとは違い、サラは素直に結果を受け入れたようである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ