106 雑談兼やらかし
――アリアたちが捜索を終えてから、10分後。
天幕に戻っていたアリアたちは、ベッドの上に座り、休んでいる。
また、全員の手には、温かい紅茶が入った木のコップが握られていた。
「ふわぁ~! 生き返りますね! 体に温かい紅茶が染みわたっていきますよ!」
アリアはそう言うと、ズズと紅茶をゆっくり飲む。
「本当ですの! 冷え切った体には、最高の一杯ですわ!」
「長時間、外にいましたからね。紅茶を飲んだおかげか、足の感覚が戻ってきましたよ。便利ですね、魔法というのは。凍えた手で、火つけをしなくて済むんですから」
サラとステラは、アリアと同様に、紅茶を味わっていた。
「はぁ……もう、ツッコミをする気力もありませんわ。寒い中、歩き回って疲れましたの。明日も開始の時間は変わらないみたいですし、ワタクシ、これを飲んだら寝ますわ。火の始末だけお願いしますの」
くたびれた顔をしたエレノアは、木のコップに入った紅茶を飲み干すと、毛布にくるまってしまう。
「……エレノアさん、本当に疲れているみたいですね。まぁ、私も、相当、疲れましたけど。本来だったら、もう寝ている時間ですからね。寝不足と疲れが、明日の訓練に響かないことを祈るばかりです」
アリアはそう言うと、毛布にくるまっているエレノアを見ながら、ふわぁとあくびをする。
「まぁ、でも、見つかって良かったですの! もし見つかっていなかったら、未だに、森の中をウロウロとしていたと思いますわ!」
サラは、紅茶のおかげで、ホカホカ顔をしていた。
「それだけは救いですね。ただ、見つかった入校生が暴言を吐いた件は見逃せません。中隊長が怒るのも、無理はないと思います。同じ状況であれば、私だったら、半殺しどころか、全殺しにしていましたよ」
ステラはそう言うと、木のコップに口をつける。
「……ハハハ。まぁ、ステラさんの気持ちは分かりますよ。わざわざ捜索してあげたのに、暴言を吐かれたら、ムカつきますもんね。それにしても、さっき、副団長が言っていましたけど、子供の問題に親が出てくるものなんですか? ちょっと、私の感覚では考えられないですね」
アリアは、顔に疑問を浮かべていた。
「私も、それに関しては理解不能です。ただ、多くの貴族は特権意識を持っていますからね。面子を潰されることを嫌います。親が出てくるというのも、面子を潰されたと感じたからに違いありません」
ステラは、冷静に分析をする。
「それでも、こんな意味分からないことをする貴族は一部ですわ! もし、クレア姉様が、同じことをワタクシがしたと知ったら、擁護してくれるどころか、キレて半殺しにしてくると思いますの!」
ステラは、具体的な場面を想像したのか、青い顔をしていた。
「なるほど……つまり、話の通じない貴族が、特権意識ゆえに、そういう行動に出てしまうんですね。なかなか、貴族の世界の論理は難しいです」
アリアは、ムムム顔をしている。
「しかも、貴族の中での力関係と友好関係が面倒さに拍車をかけるんですよ。私の父も、面倒だとよく言っていました。本当に貴族のそういうところは、いつまで経っても慣れませんよ」
ステラは、珍しく、ダルそうな顔をしていた。
「貴族の社交界とか、本当に面倒ですわよね! 笑顔で、心にもないことを言わないといけませんの! 小さい頃から出ていますけど、未だに慣れませんわ!」
サラも、愚痴を吐いた後、ステラと同様にげんなりとした顔をしてしまう。
「……なんだか、お二人の話を聞いていると、貴族の印象がどんどんと変わっていきます。貴族って、おほほほってしていれば良いものでもないんですね……」
アリアは、ムムム顔のまま、そんなことを言っていた。
「なんですの、おほほって? そんなことを言う貴族なんて、あまりいませんわよ。アホっぽいですもの。まぁ、でも、貴族の世界にも競争自体はありますわ。如何に他人を利用して、自分がのしあがるかを考えている人は、かなり多いですの」
「ステラさんの言う通りですね。ただ、あまりにもやりすぎた場合は、カレンがお邪魔をすることも多いみたいですよ」
サラの発言を受けたステラは、サラッと物騒なことを言う。
「え、それって、つまり……」
アリアは、言葉を濁す。
「まぁ、ご想像の通りだと思います。海底でお魚さんの餌になるか、山でモグラさんとお友達になるかは、時と場合によりますがね」
「……ワタクシ、改めて、行動に気をつけようと思いましたの。カレンさんなんてきたら、逃げられるワケがありませんわ」
「……どんな警備をしていても、カレンさんの前には無駄になりそうです。素手で剣を受け止めたり、蹴りで人の頭を爆発させるような人にとっては、あってないものだと思いますしね」
サラとアリアは、それぞれ、感想を言っていた。
「まぁ、よっぽどの場合ですから。最近は少ないみたいですね、カレンが赴く事態になることは。ローマルク王国で行われた公開処刑の件を受けて、おとなしくしているみたいです」
「そうなんですか。まぁ、たしかに、あんな風に槍でグサグサ刺されて死ぬのは嫌だと思います」
「……あれは、最悪でしたの。同じ貴族として、他人事には思えませんでしたわ。死ぬにしても、あれは嫌ですわね……」
サラは、当時の状況を思い出しているのか、げんなりとした顔をしている。
それから、三人は他愛のない話をしながら、紅茶を飲む。
しばらくして、紅茶を飲み終わった三人は、眠りについた。
――次の日の朝。
「おい! いつまで寝てるんだ、お前たち! もう集合時間だぞ! さっさと起きろ!」
そんな声が聞こえた瞬間、アリアは謎の浮遊感に襲われる。
(え!? なになに!? 何事!?)
アリアがワケも分からず、混乱してしまう。
だが、その混乱も、すぐに終了する。
「ぐへぇ……」
簡易ベッドの下敷きになったアリアは、情けない声を上げた。
そんなアリアの眼前では、次々とベッドがひっくり返されていた。
入口の垂れ幕が開けられ、外の光が入ってきているため、その様子は鮮明に見える。
「うわぁ! 何事!? 何事ですの!?」
「ハッ!? 今、何時ですか!?」
「ちょっと……起こすにしても、ベッドをひっくり返すのはひどいですわ。普通に起こしてほしいですの……」
ベッドの下敷きになったサラ、ステラ、エレノアは、それぞれ、声を出していた。
「いいから、さっさと天幕の外に出て、並べ!」
フェイはそう叫ぶと、天幕の外に出ていく。
ここにきて、ステラ以外の三人は、自分たちが寝坊したことに気づいた。
その後、四人は急いで軍靴を履くと、寒い外に出て、フェイの前に並んだ。
「お前たち、小隊長なんだぞ!? 部隊を指揮する立場なのに、遅刻するなんてありえないぞ! たしかに、昨日は夜遅かったかもしれない! 疲れもたまっているだろう! だが、そんなことは関係ない! お前たちの姿は、下士官以下の者が見ているんだぞ! 時間も守れないような士官の指示を、誰が聞きたいと思えるんだ! まったく……」
フェイのお説教は、それから、5分間続く。
その間、アリアたちは凍えながら、大きな声で返事をしていた。
「部下の手前、お前たちを、このままの状態で部隊に戻すワケにはいかないな! とりあえず、武装した状態で荷物を持って、ルーンブル山脈を登山してこい! 目標地点は、ここだ!」
震えるアリアたちの眼前に、フェイは地図を突き出す。
アリア、サラ、エレノアは地図を天幕に置いてきていたので、地図を持っていたステラが代表して、鉛筆でメモしていた。
「目標地点に到達したら、狼煙を上げろ! そうしたら、戻ってきて良いぞ! 分かったなら、さっさと準備をして登ってこい!」
フェイはそう言うと、スタスタと歩いていってしまう。
アリアたちは天幕に戻ると、剣など、戦うときにつける武装一式をつけ、大きな荷物を背負った。
その後、天幕を出発し、アリアたちは歩き始める。
(はぁ……寝坊するなんてな。たるんでいると言われても仕方がない。とりあえず、登山をして頭を冷やすか。ただ、結構、遠いから、なるべく早く歩かないと駄目そうだ)
アリアは、ズシズシと歩きながら、そんなことを思っていた。
それから、2時間後。
ルーンブル山脈の麓に広がる森を抜けたアリアたちは、本格的な登山を開始する。
「……アリアさん、サラさん、すいません。私がちゃんと起きていたら、こんなことにはならかったと思います……」
ステラは、雪が積もった山道を歩きながら、謝った。
「ステラは悪くありませんわよ。四人の誰かが起きれていれば、回避できた事態ですの」
「そうですよ、ステラさん。終わってしまったことですし、切り替えていきましょう」
サラとアリアは、ステラの後ろから声をかける。
「はぁ……ツッコミをする気力もありませんわ。さっさと登って、帰りたいですの」
最後尾を歩いていたエレノアは、ため息をついた後、愚痴を吐いていた。
「それにしても、キツイですね……まだ、斜度が緩やかなのに、体力が持っていかれますよ。これ、上のほうに行ったら、ヤバいんじゃないですかね?」
話題を変えようと、アリアは口を開く。
「多分、アリアさんの想像通りだと思います。さすがに、40kgくらいある荷物を背負って、ここを歩くのは厳しいですよ。しかも、武装一式もつけていますし。とにかく、無理せず、歩いていきましょう」
「そのほうが良いですわ。ちょっと足を踏み外して、滑落とかしたら最悪ですの。山登りは、安全第一ですわ」
ステラとサラは、あまり無理をしないように歩いている。
「でも、あまりゆっくりとしていられませんわよ。下山の時間も考慮すると、早めに歩かないと間に合いませんの」
エレノアは歩きながら、アリアたちに聞こえるよう、声を出す。
「たしかに、エレノアさんの言うことも一理あると思います。夜の下山なんて、自分から遭難しにいくようなものですし。現状、安全に気をつけつつ、それなりの速度で歩くしかありませんかね」
アリアは、荷物に体を振られないようにしながら、提案をする。
ステラ、サラ、エレノアの三人は、賛成の声を上げて、歩くのに集中していた。
――3時間後。
アリアたちは、フェイに示された目標地点に到着する。
「エレノア、さっさと火をつけてください。立ち止まっていたら、体が冷えてしまいますよ」
ステラは、地面の雪をどかし、持ってきていた薪を置くと、エレノアのほうを向く。
「はぁ……もう、ツッコミをする気力もありませんわ。つければ良いんですわよね、つければ」
エレノアはそう言うと、薪に向かって手をかざし、火をつける。
すると、すぐに火がつき、煙が上がり始めた。
「本当に魔法って便利ですね。こんなに寒い中でも、すぐに火がつきますし。しかも、火打石を出したり、なんだりをしなくても良いですからね」
アリアは、感心した様子でエレノアを見ている。
「まぁ、たしかに、便利ではありますの。ただ、剣をちょっと振るうぐらいには疲れますわよ。それに、集中力もいりますの。やらないなら、やらないに越したことはありませんわ」
エレノアは立ち上がると、荷物を背負ったまま、膝についた雪を払っていた。
それから、5分後。
火の始末をしたアリアたちは、下山を開始する。
「はぁ……まだ、下山がありますわね。もう、歩きたくないくらいクタクタですの」
サラは、気をつけて歩きながら、愚痴を吐く。
「それはそうですけど、歩かないと、いつまで経っても帰れませんよ。しかも、遅くなれば遅くなるほど、遭難の危険もありますし、ここは歩くしかありません」
ステラは、サラよりも余裕があるようであった。
「元気ありますわね、ステラもサラも。ワタクシなんて、話す元気もありませんわ。もう歩くので、精一杯ですの……」
エレノアは、力無い声を出す。
(……私も、話す元気はないな。皆と違って、体重が軽いから、消耗も早いし。私の場合、自分を背負って歩いているのと変わらないからな。まぁ、とはいっても、キツイのは皆、変わらないか)
アリアは、歩き始めた当初よりも重くなった気がする荷物を背負いながら、そんなことを思っていた。




