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104 遭難者捜索

 ――レイル士官学校の入校生たちが到着した日の夜。


 中隊対中隊の模擬戦闘訓練を終えたアリアたちは、天幕に戻り、ベッドの上で休んでいた。


「やっぱり、指揮をするのは難しいですね……小隊の皆さんが全力で応えてくれているのに、押されてしまいました。あのままだったら、押し切られていたかもしれません……」


 ロウソクの火が揺れる中、アリアはズーンとした顔になっている。

 サラ、ステラ、エレノアが活躍しているのに、自分だけ活躍できなかったためであった。


「アリア! そんなに落ちこまないでくださいまし! 相手が悪かったですの! 1組の学級委員長が相手では、この天幕にいる誰がやっても、追いこまれていたと思いますわ! それをあそこまで押さえられたのは、アリアの指揮能力あってこそですの!」


 サラは、なんとか元気になってもらおうと、声をかける。


「私もそう思います。1組の学級委員長さんの指揮能力は優れていますからね。実際、今回の模擬戦闘訓練でも、最後まで抵抗していましたし。見え透いた罠に引っかかり、捕縛されたエから始まってドで終わる人とは大違いですよ」


 ステラは、アリアのことを慰めつつ、エドワードの悪口を言う。


「ちょっと、ステラ! 見え透いた罠って、なんですの! 計算に計算を重ねた素晴らしい作戦と言いなさい! 実際、ワタクシが奴隷1号の小隊を殲滅したおかげで、第2中隊は勝ちましたの! これは、紛れもない事実ですわ!」


 エレノアは、ビシッと人差し指をエレノアにさした。


「……素晴らしい作戦かはともかく、エレノアが言っていることに間違いはありませんね。言い方はムカつきますが、今回だけは認めざるをえないでしょう。ただ……」


 ステラは珍しくエレノアを褒めた後、軍靴に足だけを入れ、歩き始める。

 その数秒後には、エレノアの目の前に立つ。


「ただ、人に指をさすのは感心しませんね。折られても仕方がないですよ?」


 ステラはそう言うと、褒められて騒いでいるエレノアの人差し指を持ち、手の甲のほうに曲げる。


「あああああ! 痛いですのおお! 指が! 指があああ! そんなにワタクシの指は曲がりませんわよおおお!」


 エレノアは、なんとかステラの腕をどかそうと、左手で引き放そうとした。

 だが、ステラの細い腕から考えられないほどの力がかかっているのか、ビクともしていない。


「エレノア、なにか言うことはないんですか? このままだと、人差し指が折れますよ?」


 ステラは、左手でエレノアの手首が曲がらないように持ち、右手で人差し指を手の甲のほうに曲げ続ける。


「分かりました、分かりましたわ! 調子にのってゴメンなさいですの!」


 エレノアは、必死の形相で謝った。


「それだけですか? 人に指をさしたことは?」


 ステラは、いつも通りの顔で、右手に力を加え続ける。


「ゆ、指差してゴメンなさいですの! 今後は、絶対、しませんわ!」


 エレノアは、急いで、大きな声を上げた。


「まぁ、今日のところは許してあげます。これからは、発言に気をつけたほうが良いですよ」


 ステラはそう言い、自分のベッドに戻る。

 対して、エレノアはというと、『ああ、もう、本当に痛いですの……絶対、これ、明日以降に支障が出ますわ……』などと言って、毛布にくるまってしまった。


 そのような状況で、慰めの言葉を聞いて元気になったアリアは、口を開く。


「エレノアさん! どうして、エドワードさんの動きが分かったんですか?」


 思いついたかのようにアリアは、質問をする。


「……それは幼なじみですもの。考えくらい読めますわ。しかも、慣れない雪山での戦闘で、焦りが見えましたの。そんな奴隷1号なんて、ワタクシでなくても、罠に嵌められますわよ」


 エレノアは毛布にくるまりながら、力ない声を上げた。


「なるほど! ありがとうございます、エレノアさん! 勉強になりました!」


「どういたしましてですの。ちょっと早いですけど、ワタクシ、指を治すためにもう寝ますわ。火の始末だけは忘れないようにお願いしますの」


 エレノアはそう返事をすると、毛布にくるまったまま、寝始める。

 その後、アリアたちはお互いに今日の反省を言い合い、明日の模擬戦闘訓練ではどのように戦うかなどを話し合う。


 そんな中、突如、辺りが騒がしくなる。

 と同時に、バンバンという銅鑼の音が鳴り響く。


「はぁ……緊急招集みたいですね。もしかすると、いきなり訓練が始まるかもしれません」


 ステラはため息をつくと、外に出る準備を始める。


「そうだとしたら最悪ですわ。夜の雪山で訓練なんて、絶対、キツイに決まっていますの」


 サラも、軍靴を履き、訓練用の剣を腰に提げた。


「とりあえず、行ってみないと分かりませんよ。願わくば、大したことがなければ良いですけどね。まぁ、緊急招集をしている時点で、望みはほとんどないに等しいですが」


 アリアは、帰ってこれないことを予想し、ベッドの上の毛布をキレイにたたむ。


「はぁ……あれだけの爆音の中でよく寝れますね。エレノア。起きてください。緊急招集ですよ」


 一足先に準備を終えていたステラはそう言うと、エレノアの毛布をはぎとる。


「うん? もう朝ですの? なんだか、全然、寝た気がしませんわ……」


 エレノアはというと、体をさすりながら、起き上がった。


「違いますよ、エレノア。まだ夜です。そんなことより、緊急招集が発令されているので、さっさと準備をしてください。残りはあなただけですよ」


 ステラは、はぎとった毛布をキレイにたたみ、エレノアのベッドに置く。


「はぁ……ワタクシの睡眠時間が……」


 エレノアはそれだけ言うと、テキパキと準備をする。

 1分後にはエレノアの準備も完了し、ロウソクの火を消したアリアたちは、天幕の外に出た。


 それから、3分後。

 開けた場所に集まった近衛騎士団の面々は、持ってきていたお立ち台に立つミハイルに注目している。

 また、辺りには松明が置かれているため、ミハイルの顔が良く見える状態であった。


「いや、疲れているところ悪いね、皆! とりあえず、これから訓練とかではないから安心して!」


 ミハイルは、開口一番、大きな声を出す。

 その声を聞いた近衛騎士団の面々に、安堵感が広がる。

 アリアの近くにいたフェイでさえ、小さい声で『よし!』とつぶやいていた。


(……中隊長も、訓練だと思っていたんだな。まぁ、これで、とりあえずは大丈夫そうだ。ただ、緊急招集をするくらいだから、なにかしら重大なことではあるんだろうな)


 少しだけ表情を緩めたアリアは、そのようなことを思う。

 しばらくして、近衛騎士団の面々が静かになると、ミハイルは続ける。


「さて、本題に入ろうか。これから、近衛騎士団は遭難者の捜索をする。捜索対象者は、レイル士官学校の男子入校生三人。皆、知っているとは思うけど、近くではレイル士官学校の入校生たちが生存訓練をしている。その最中になんらかの理由で、遭難した可能性が高い」


 ミハイルは、ザックリとした説明をした。

 そこからは、細かい説明を始める。

 5分後には説明も終わり、近衛騎士団の面々は、捜索の準備をするために、一度、天幕へ戻っていった。






 ――20分後。


 捜索準備を終えた近衛騎士団は、割り振られた地域に展開し、捜索を始める。

 そんな中、アリアたち若手士官たちは、近衛騎士団が捜索している場所とは違う場所に向かっていた。

 ミハイル以外の面々が持つ松明の明かりが、辺りを照らしている。


「ほら、君たち! 元気を出しなよ! ちょっと危ないところに行くだけなんだからさ! 夜に訓練をするよりはマシでしょう?」


 ミハイルは、頭の後ろで両手を組ながら、歩いている。

 その腰には、訓練用ではない剣が提げられていた。


「……それはそうですが、こんなところにいますかね? レイル士官学校の入校生が生存訓練をしている場所から、かなり離れていますよ。しかも、地図を見る限り、険しい地形なので、まず、近づかない場所だと思います。危ないですから」


 松明を持ったエドワードはそう言うと、歩いている場所のすぐ横に視線を向ける。

 そこには、かなり斜度のある崖があった。


「私も、エドワードさんの言う通りだと思います。そもそも、危険な場所に行くと言われているハズです。それにも関わらず、このような場所にいたとしたら、ただの馬鹿ですね」


 ステラは、辛辣な言葉を吐く。


「本当ですの! もし、ここにいたら、相当、頭が悪いですわ!」


 サラも、プンプンと怒りながら、そう言った。

 どうやら、二人は、寒い中、捜索をさせられているため、機嫌が悪いようである。


「まぁまぁ、お二人とも、そうカリカリしないでください。今は捜索に集中しましょう。範囲も広くないですし、さっさと終わらせたほうが良いですよ」


 アリアはそう言うと、遭難したであろう者三人の名前を叫び始めた。

 学級委員長三人組も、ウンウンとうなずいている。


「アリアの言う通りですわ。ワタクシ、早く天幕に帰って、寝たいですの。疲れがとれないまま訓練なんてしたら、危ないですわ」


 エレノアは、怒るでもなく、アリアと同様に声を出し始める。

 相当、疲れているのか、さっさと眠りたいようであった。


「僕もその意見に賛成だ! こんな捜索はさっさと終わらせに限る! 寝不足は肌に悪いからね! 美麗な僕の肌が、ガサガサになってしまうよ!」


 ミハイルは陽気な声を出すと、アリアたちが崖に落ちないよう、見守っている。


 そこから、1時間後。

 アリアたちは、左右に崖が続く道を、気をつけて歩いていた。

 今のところ、手がかりすら見つからない状況である。


「……そういえば、団長。なぜ、私たちが、ここの捜索に駆り出されたんですか? もっと、経験のある人が担当したほうが良さそうな気がするのですが?」


 エドワードは、思い立ったかのように声を出す。

 学級委員長三人組も、気になったのか、ミハイルのほうに顔を向ける。


「それは、もっともだと思うよ! ただ、良い機会だからね! 捜索のついでに、危険な場所の歩き方を教えようと思ってさ! 将来的に、君たちはこういう場所で部隊を移動させることもあるだろうしね! そのときに、適切な指揮をできないと困るでしょ?」


 ミハイルは、いつも通りの陽気な声で答える。


「はぁ。まぁ、たしかに、そういったこともあるかとは思います。ただ、不慣れな私たちでは、捜索に支障が……あっ!」


 エドワードは、驚きの声を上げた。

 と同時に、エドワードは体勢を崩し、崖を転がり落ちていく。

 どうやら、話に夢中になって、足元が疎かになってしまったようである。


 数秒後、ガラガラと転がり落ちる音が聞こえなくなった。

 アリアたちは、急いで、崖下にいるであろうエドワードに向かって、大声を出す。

 そんな中、ミハイルが崖のふちに立つ。


「……僕も年をとったみたいだ。さすがに大丈夫だろうと思ったら、これだからな。しっかりと注意しておくべきだったよ。とりあえず、エドワードの様子を見てくるから、ちょっと待っててよ」


 ミハイルはそう言うと、はぁとため息をつき、崖下に向かって飛んでいく。

 アリアたちは、大声を出すのをやめて、事態の推移を見守る。


「……大丈夫ですかね、エドワードさん? 結構、落ちていったみたいですけど……」


 松明を崖下にかざしながら、アリアはそう言った。

 それなりの高さがあるのか、下までは見えない。


「まぁ、打ちどころが悪ければ、死んでいるかもしれませんね。ただ、エドワードさんの打たれ強さは尋常ではないので、大丈夫だとは思いますけど」


「……悪いほうに考えても、しょうがありませんわ。ここは待つだけですの」


 サラとステラは、騒ぎ立てることなく、静かにしている。


「奴隷1号は、この程度で死にませんわよ。ただ、骨は折れているかもしれませんわね。幼なじみですもの。それくらい分かりますわ」


 エレノアに至っては、あまり心配していないようであった。

 1分後、崖下からミハイルの声が聞こえてくる。

 その内容からして、エドワードは無事なようであった。


「エドワードさん、無事みたいですよ! さすが、打たれ強いだけはありますね!」


 アリアは、喜びの声を上げる。

 その横では、学級委員長三人組の表情が緩まっていた。


「とりあえず、崖下に行きましょうか。団長も呼んでいるみたいですし」


 ステラはそう言うと、ゆっくりと崖を下っていく。

 それに伴い、アリアたちも、滑落をしないように下りていった。

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