102 面倒な書類
――30分後。
ついに、待望の瞬間が訪れる。
走るのをやめたフェイが、訓練場の端で休憩をし始めたのだ。
もちろん、サラはこの機会を逃さない。
「アリア、ステラ! 行ってきますの!」
サラはそう言うと、書類を持って、フェイの下へ行く。
「大丈夫ですかね、サラさん? 中隊長の説得って、難しそうですけど」
「まぁ、帰ってくるのを待ちましょう。サラさんも、相当、準備してきたみたいですし、意外と上手くいくかもしれませんよ」
アリアとステラは、爆走していくサラの後ろ姿を見送った。
それから、5分後。
フェイがサラを伴って、アリアとステラのほうに来るのが見えた。
「……なんですかね? 私たち、悪いことはしてはいないと思うんですけど」
「まぁ、黙って、話を聞きましょう。というか、書類全部を読み終えてはいないみたいですね。もしかして、見る以前の問題だったのかもしれません」
アリアとステラがそのようなことを言っていると、フェイが目の前にやってくる。
「お前たち、サラの持ってきた書類を見てやったのか? 少し読んでみろ!」
フェイはそう言うと、二人の前に、持っていた書類を突き出す。
アリアはそれを受けとると、ステラにも見えるようにして、読み始める。
(……まぁ、最初のほうしか読んでいないけど、中隊長が来た理由が分かったよ。だって、ピッグちゃんがいかに可愛いかということしか、書いていないもんな。多分、残りの書類も最初のほうと同じ感じだろう。熱意は凄い伝わってくるけど、この書類を読んで、許可するワケがないよな……)
アリアは、読むのをやめると、顔を上げて、ステラの顔を見た。
いつもと変わらない顔であったが、なんとなく、同じような考えをしているのが伝わってくる。
「分かっただろう、二人とも! なんで、サラが持ってくる前に、読んで確認してあげないんだ! お前たち、レイル士官学校にいたときからの仲だろう? 少しでも、おかしいと思ったら、確認してやれよ! これを持っていって、怒られるのはサラなんだぞ? そういうところで助け合わないでどうするんだ!」
フェイは、アリアとステラを怒る。
怒られた二人はというと、大きな声で返事をした。
その後、返事を聞き終わったフェイは続ける。
「とりあえず、サラの持ってきたフユブタを近衛騎士団の基地に置くのは却下だ! 近日中にサラの屋敷に帰せ! 別にサラが嫌いとかそういうことではなく、なにか有用性を示せない限り、そうせざるを得ないのは分かっているだろう? 規則を曲げるには、それ相応の理由が必要だからな! それじゃ、頼んだぞ!」
フェイはそう言うと、また、走りにいってしまった。
二人の目の前には、魂の抜けてしまったサラが残されてしまう。
どうやら、ピッグちゃんを帰さないといけなくなってしまった衝撃が大きかったようである。
アリアとステラは、顔を見合わせると、サラの魂が戻ってくるよう話をし始めた。
対して、サラはというと、すぐに魂が戻りそうにはない状況である。
しばらくの間、二人が慰め続けていると、ミハイルがやってきた。
「どうしたの、サラ? ちょっと前のエレノアみたいな顔をして! なにかあった?」
ミハイルは、いつも通りの陽気な声で話しかける。
だが、魂が抜けているため、サラはボヘェという顔のまま、言葉を発しない。
「団長……実はですね……」
しょうがないので、アリアはこれまでのことを説明する。
「へぇ~、なるほどね! それで、サラはこうなってしまったと!」
ミハイルは、納得がいったのか、ウンウンとうなずいていた。
「そうなんですよ! 団長、エレノアさんの魂も戻していましたし、なにか良い案はないですかね?」
「いや、そう言われてもぱっとは思いつかないな! とりあえず、団長室に来なよ! ちょうど暇だし、君たちの悩みに付き合ってあげるからさ!」
アリアの言葉を聞いたミハイルは、そう提案をする。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「さすがです、団長。感激のあまり、涙が出そうですよ」
アリアは笑顔で、ステラはいつも通りの顔でそう言った。
「……なんか、前にも言った気がするけど、ステラはもう少し演技を頑張ろうよ! 言葉と表情が一致していないから、違和感しかないって! まぁ、それはどうでも良いや! とりあえず、フェイに断りを入れたら、団長室に来てよ! 僕は先に行っているからさ!」
ミハイルはそう言うと、スタスタと歩いていく。
(これは運が良い! もしかすると、ピッグちゃんの件が解決するかもしれないな!)
アリアは、走っているフェイの下に向かいながら、そのようなことを思っていた。
――10分後。
断りを入れてきたアリア、サラ、ステラの三人は、団長室を訪れる。
フェイには、『まぁ、団長にも考えがあるんだろうな。一応、各人で体を動かす時間にしているが、行ってくると良い。ついでに、書類の作り方のコツとか聞けたら、聞いておいたほうが良いぞ。ゆくゆくは、将官にも見せることになるだろうからな。早いうちから、意識しておくに越したことはない』などと言われ、許可をもらっていた。
「それで、サラが持ってきたフユブタの件だっけ? とりあえず、その持っている書類を見せてくれないかな?」
「はい、分かりました!」
アリアは返事をすると、持っていた書類をミハイルに渡す。
「ちょっと、三人とも、そこのイスに座って、待っていてくれない? 書類に目を通してみるからさ!」
イスに座っていたミハイルは、書類を受けとると、読み始める。
アリアたちはというと、入口の近くに置かれた豪華なイスに座った。
そのまま、なにを話すでもなく、黙って待ち続ける。
ミハイルが集中して書類を読んでいるので、空気を読んだ結果であった。
しばらくすると、ミハイルが書類を机に置き、アリアたちのほうを向いた。
「ふぅ~、君たち、こっちに来てよ!」
ミハイルはそう言うと、イスに座った状態のまま、頭の後ろで両手を組んだ。
アリアたちは、イスから立ち上がり、机を挟んで、ミハイルと対面をした。
「熱意自体は凄い感じる書類だったよ! フユブタの生態も良く調べられているし、時間をかけて作ったんだろうなと思える出来だね! ただ、もうちょっと、焦点を絞ったほうが良かったかな?」
ミハイルは、書類のあるページを手に取り、アリアたちに見えるよう、机に置く。
「例えば、近衛騎士団の基地にフユブタを置く利点を目的にあげるとかさ! これとか良いんじゃない? フユブタって雑草も食べるみたいだから、草刈り用に飼うことを目的にすれば、近衛騎士団の基地に置いておけそうだね!」
ミハイルは、アリアたちに見せている書類の文言に、鉛筆で波線を引いた。
そこには、フユブタが食べる物が列挙されている。
もちろん、ミハイルが言ったように、雑草も書かれていた。
「え!? 本当ですの!?」
突如、サラが大きな声を上げる。
どうやら、ミハイルの言葉によって、魂が戻ってきたようである。
「本当、本当! ただ、申請をするにしても、書類は作らないと駄目だよ? もちろん、分かりやすいようにね! まぁ、良い機会だし、僕の助言を聞きながら、書類を作ってみようか! 僕も暇だしね!」
ミハイルはそう言うと、引き出しから紙の束と鉛筆を取りだし、サラに渡す。
その後、アリアたちの座っていたイスの場所に移動する。
もちろん、やる気に満ちあふれているサラも、すぐに移動した。
(ふぅ~! これで、なんとかなりそうだな! 一時はどうなることかと思ったけど、上手くいきそうだ! しかも、書類作りの勉強もできるし、ツイているよ!)
そう思ったアリアは、イスに座ったサラの後ろから、書類作りの様子を眺める。
隣には、いつも通りの顔をしたサラも立っていた。
それから、1時間後。
書類作りも終了し、ミハイルのサインをもらえたサラは意気揚々としていた。
現在、アリアたちは、フェイのいる中隊長室に向かう最中である。
そのため、建物の中の通路を歩いていた。
「やりましたの! これで、ピッグちゃんを近衛騎士団の基地で飼うことができますわ!」
サラは、持っていた書類をブンブンと上下させている。
「サラさん! そんなに振り回すと、紙が破けますよ!」
アリアは、もちろん、注意をした。
「そうですわね! 破れたら、もう一回、団長のところに行かないといけませんの! それは、良くないことですわ!」
サラはそう言うと、大事そうに書類を抱える。
「今回はどうなるかと思いましたけど、結果、上手くいって良かったですね。書類作りの勉強にもなりましたし、今後に活かせそうです」
ステラは、いつも通りの顔でそう言った。
「私も勉強になりました! これも、サラさんがピッグちゃんを連れてきてくれたおかげですね! ありがとうございます!」
「そんな、お礼なんていいですの! とりあえず、中隊長に書類を早く見せたいですわ!」
サラは、書類を持ったまま、建物の中の通路を走り始める。
「あ! 待ってください、サラさん! 走ると、転んで、書類が大変なことになりますよ!」
「そうですよ、サラさん。別に焦らなくても、中隊長は逃げませんよ」
アリアとステラは、後を追いかけた。
そんな中、通路の曲がり角に差しかかったところで、悲劇は起きてしまう。
「うわっですの!」
「なんですの、あなた!」
走ってきたエレノアとサラは、激突をしてしまったのだ。
結果、二人は尻もちをつく。
ぶつかったのを見たアリアとステラは、急いで駆け寄る。
「大丈夫ですか、サラさん?」
「心配してくれてありがとうですの、アリア! ハッ! そんなことより、書類ですわ!」
サラは、急いで書類を確かめる。
その手には、破けてしまった紙が握られていた。
どうやら、激突した衝撃で破けてしまったようである。
「あああああああ! 書類が! 書類がああああ!」
サラは、紙を持ったまま、叫んでしまう。
そのような状況で、エレノアも叫びだす。
「あああ! 家具とかを申請する書類が! ちょっと、サラ! せっかく、中隊長のサインをもらったのに、どうしてくれますの!?」
エレノアは、立ち上がると、サラの目の前に破けた紙を突き出した。
「そっちのほうこそ、どうしてくれますの!? 団長にサインをもらった書類が破けてしまいましたわ!」
サラも、立ち上がり、負けじとエレノアの顔の前に持っていた紙を突き出す。
そこから、二人は、どっちが悪いかで口論になる。
結果、紆余曲折の末、訓練場で決闘をすることになってしまった。
負けたほうが、勝ったほうの書類も作り直し、サインをもらうという条件で、である。
――30分後。
アリア、ステラ、フェイの三人は、訓練場でエレノアとステラの決闘を見守っていた。
その近くでは、興味を持った近衛騎士たちが観戦をしている。
「お! 意外とサラ、やるな! エレノアが圧勝するかと思ったが、かなり良い勝負をしている! これは、どっちが勝っても不思議ではないな!」
腕を組んだフェイは、意外そうな声を出す。
「サラさんのゴリ押し……積極的な剣技に、エレノアが対応しきれていないみたいですね。まぁ、魔法がないエレノアなんて、なにも恐くはありませんから、当然ではありますけど」
ステラは、当たり前といった感じでそう言った。
三人から少し離れた場所では、ステラが力任せに剣を振るっているのが見える。
ただ、かなり重い一撃なのか、エレノアは上手くさばけていないようであった。
「というか、今、思ったんですけど、こんなに長引くんだったら、この時間で書類を作り直せましたね。二人とも、紙一枚だけですし」
アリアは、思いついたかのような顔をする。
「いえ、エレノアとサラさんが危惧しているの、多分、そこではないですよ。二人とも、もう一回、サインをもらいに行くのが嫌なんだと思います。同じ内容の書類にサインをくださいって言ったら、怒られそうじゃないですか?」
ステラは、冷静に分析をした。
「いや、そんなことで私は怒らないぞ。少し、気をつけろ的なことを言って終わりにするだけだ。団長も、優しいから、多分、怒らないハズだしな。というか、さっき、団長のところに行ったけど、暇そうだったぞ。書類にすぐサインも、もらえたしな」
フェイはそう言うと、頭の後ろで両手を組んだ。
結局、決着がつかないのを見かねたフェイの手によって、決闘はとめられる。
その後、エレノアとサラは、書類を作り直し、無事、サインをもらうことができた。