100 軍のいろいろな雑談
「いや、こんなに早く来ることになるとは思わなかったよ!」
女子寮の入口付近にとまった馬車から降りたミハイルは、背伸びをしている。
そこに、フェイとアリアが近づく。
「団長! どうして、このような場所に来られたんですか!? もしかして、抜き打ち検査ですか!?」
フェイは、先ほどとは違い、シャキッとした顔をしていた。
その横には、アリアが立っている。
「いや、抜き打ち検査するにしても、僕は入れないでしょう! 女子寮に入ったら、大事件になるからね! 軍法会議は勘弁してほしいよ!」
ミハイルは、どこかで聞いたような言葉を言う。
「それでは、どのような用で来られたんですか?」
フェイは、疑問を浮かべた顔をする。
「ちょっと、女子寮の当直に用があったね! 新しく近衛騎士団に入団した女性のことを知らせようと思ってさ!」
「新しく近衛騎士団に入団した女性? え!? それって、もしかして……」
予想がついたのか、フェイは苦々しい顔をしてしまう。
もちろん、隣にいるアリアも、げんなりとした顔をしている。
「うん、多分、フェイの予想している通りかな! 呼んでくるから、ちょっと、待ってて!」
ミハイルはそう言うと、赤い旗をつけた馬車に乗っている従者と話をしていた。
その後、馬車の扉を開けて、中の人に対して、外に出るよう、言う声が聞こえてくる。
しばらくすると、凄く見覚えのある赤髪をした女性が、馬車から降りてきた。
「ほら、エレノア! 知っていると思うけど、挨拶をして!」
ミハイルは、アリアとフェイの前に、エレノアを連れてくる。
対して、エレノアはというと、
「…………」
黙ったまま、なにも話すことはない。
アリアとフェイは、顔を見合わせると、ミハイルのほうを向いた。
「いやさ、昨日、4大貴族の面々が集まって、僕とエレノアとエドワードの生還おめでとうパーティーをしたんだよね! そこで、僕がアルビス殿に、エレノアが借金をしているから、給料天引きにして返させてくださいって、お願いしたんだ! そうしたら、アルビス殿が激怒しちゃってさ!」
ミハイルは、手を横に上げて、首を振る。
「それで、どうして、近衛騎士団に入ることになるんですか?」
フェイは、ワケが分からないといった様子で質問をした。
「それがさ、根性を叩き直して来いってことで、アルビス殿がエレノアを近衛騎士団に入れるって、言いだしてね! 最初は断ったんだけど、粘られて、結局、入団することになってしまったというワケ!」
「なるほど……それがエレノアにとっては、大きな衝撃だったと。結果、こんな魂が抜けてしまった姿になったんですね!」
フェイは、納得がいったという顔をしている。
(やっぱり、そうか。エレノアさん、戦争していたとき、早く魔法兵団に帰りたいって言っていたからな。それが、帰ってきたら、近衛騎士団に入団することになってしまったと。エレノアさん、絶望しただろうな。私も、近衛騎士団に配属って聞かされたときはヤバかったから、その気持ちは分かるよ)
アリアは、同情の視線をエレノアに向けていた。
そんな中、ミハイルが口を開く。
「まぁ、そういうことだから、よろしくね! とりあえず、エレノアの荷物が馬車に乗っているから、持っていって上げてよ! 僕は、その間、エレノアが正気に戻るように、いろいろと話をしてみるからさ!」
ミハイルはそう言うと、女子寮の入口近くの邪魔にならない場所に、エレノアを座らせる。
座らせ終わると、ミハイルは、その隣に座って、話をし始めていた。
「アリア! エレノアの荷物を運び出すとするか!」
「分かりました!」
アリアは、フェイに続いて、エレノアの乗ってきた馬車から荷物を持っていく。
「とりあえず、サラの部屋の隣をエレノアの部屋にするか! ステラの部屋の隣だと、問題が起きるかもしれないからな! アリア、鍵をとってきてくれ!」
「分かりました!」
持ってきた荷物を下ろしたアリアは、鍵が置いてある部屋に向かう。
その後、鍵を開け、フェイとアリアは荷物を運びこんでいく。
30分後、荷物を運び終わり、暇になったので、二人は、鍵などが置かれている部屋に戻り、雑談を始める。
「それしても、近衛騎士団に入団するのって、魂が抜けるほど嫌なことなのか? まぁ、たしかに、私も配属が決まったときは、やっていけるかなと不安になったりもしたがな。ただ、魂が抜けるほど、衝撃的ではなかったぞ」
「まぁ、そこは人それぞれではないですか? 現実として、エレノアさんは、ああなっているワケですし」
「たしかに、アリアの言う通りかもしれない。今は慣れたみたいだけど、近衛騎士団にいる私の同期も、一時期、ずっとやめたいって言っていたからな。厳しいことは、私も良く知っている。それでも、知っていると思うが、近衛騎士団に配属されるのは名誉なことなんだぞ? 他の軍人だって、一目置くような存在だからな。軍で生きていくんだったら、悪いことではないだろう?」
フェイは、思案顔をしている。
どうやら、エレノアの魂が抜けたしまった理由に思い当たったが、心情の面で分からないことがあるようだ。
「たしかに、悪いことではないと思います。ただ、名誉と厳しさのどちらに重きを置くかで、感じ方は変わるかと」
「なるほど……その視点はなかった。私の場合、反対していた両親が近衛騎士団に配属されたって言ったら、応援してくれるようになったからな。だから、厳しさよりは、名誉のほうに重きをおいて考えてしまっていた」
「え? 中隊長、ご両親に反対されていたんですか?」
アリアは驚きながら、聞き返す。
「まぁな。軍家系だったら、いざ知らず、文官の家系なのに軍に入るのは、相当、珍しいからな。当然、両親には反対されたよ。でも、最終的には、両親のほうが折れて、渋々、レイル士官学校に入るのを認めてくれたな」
「そうだったんですか。というか、近衛騎士団に配属されるのって、軍に入るのを反対していたご両親が賛成に転ずるほど、名誉なことだったんですね。あまりそう思ったことがなかったので、ビックリしました」
「たしかに、まだ、アリアくらいだと感じることは少ないな。ただ、他の部隊に行ったときとか、アミーラ王国軍本部に行ったときに、近衛騎士団って凄いんだと思うハズだ。なんせ、近衛騎士団にいるっていうだけで、周りの視線が変わるからな。それだけ、凄いって思われているんだ」
フェイは、そのときの状況を思い出しているのか、ウンウンとうなずいている。
(そんなに凄いのか。名誉なことは知っていたけど、実感がなかったから、分からなかった。なるほど……それだったら、近衛騎士団で頑張ろうって人も多くなるかもな。ただ、私みたいに、早く近衛騎士団から異動して、楽な部署に行きたいって考える人もいるハズだ)
そう考えたアリアは、フェイに質問をした。
「近衛騎士団って、そんなに凄いんですね。そうなると、皆さん、近衛騎士団から他の部隊に行きたがらないんじゃないですか?」
「そうだな。結構、そういう人は多い気がする。そもそも、近衛騎士団に配属されるような者は、能力もそれなりにあるし、向上心もある場合が多い。だから、普通の部隊に行くと、浮くんだよな。別に普通の部隊が手を抜いているとか、そういうワケではないけど、求めている基準が違うから、こればっかりはしょうがない」
「そう聞くと、近衛騎士団から異動したい人はいなさそうですね。実際、いるんですか?」
アリアは、何気なく聞いてみる。
「いや、どこの部隊でもそうだけど、部隊のやり方についていけない人はいるもんだ。もちろん、近衛騎士団も例外ではない。毎年、異動していく人はいる。まぁ、少ないけどな。最悪の場合だと、軍自体をやめる人もいるな」
「え? 軍をやめるんですか? それ、大丈夫なんですか? 軍って、あまりつぶしがきかないって聞いたことがあるんですけど」
「まぁ、つぶしがきかないっていうのは事実だな。だから、裏世界に行くやつもいるみたいだぞ。ただ、私が知っている近衛騎士団をやめた人は、軍との調整をする文官になったな。意外と重宝されているらしいぞ。どうしても、文官と軍人の考えていることは違うからな。良い感じに両者をとりもってくれる存在は貴重なんだろう」
フェイは、頭の後ろで両手を組んでいる。
(なるほど……文官になる道もあるのか。これは良いことを聞いた)
アリアは、ウンウンとうなずきながら、そんなことを考えていた。
そんな中、フェイは話を続ける。
「まぁ、ただ、やめて上手くいくには、やっぱり、ある程度の運と努力は必要だよな。だから、やめたいって思って、簡単に軍をやめることは難しい。私も何回もやめたいって思ったことがあるけど、そのことがあるから、越えられた面はあるな」
「……中隊長でも、やめたいって思うことがあるんですね。凄い、意外です」
「そりゃ、士官がそういうことを表立って言うことはないだろう。部隊をまとめる立場なのに、そんなことを言っていたら、周りが不安になるに決まっている。まぁ、士官とか関係なく、近衛騎士団をやめたいって思ったことがないって言うやつは、嘘つきだ。あの団長でさえ、やめるって言って大騒ぎしたことがあるくらいだしな」
「え!? あの団長がやめるって大騒ぎしたことがあるんですか!?」
アリアは、大きな声を出してしまう。
それほど、衝撃的なことであった。
「まぁ、アリアが驚くのは無理もない。あれは、私が近衛騎士団に入って、一年目のことか。団長が副団長だった頃の話だな。アミーラ王国軍本部から帰ってきたと思ったら、怒りながら、やめるって言いだしてさ。それで、当時の団長、まぁ、ステラのお父上が事情を聞いたみたいなんだよ」
「団長が怒ってやめるって言うなんて、相当なことですよね?」
「ああ、その通りだ。団長はナルシストだけど、基本的に怒らないし優しいからな。なんでも、式典での近衛騎士団の配置を、アミーラ王国軍本部にいる将官に説明していたみたいなんだけど、その人がひたすら意味分からないことで団長を怒り続けていたらしくてな。4時間経ったくらいで、団長が怒って、近衛騎士団の基地に帰ってきちゃったらしいんだ。私も内容は良く分からないけど、概要はこんな感じらしいぞ」
フェイは、ザックリと当時の状況を説明する。
「4時間も怒るって意味が分からないですね! もしかして、アミーラ王国軍本部の人って、そんな人ばっかりなんですか?」
アリアは、プンプンと怒りながら、質問をした。
「一部にはいるんだよ、そういうワケが分からない将官がさ。大体、そういう人って、難癖つけて怒りたいだけなんだよ、多分。アリアも気をつけろよ。近衛騎士団にはいないけど、他の部隊に行ったら、そんな士官なんて、たくさんいるからな。まぁ、普通の部隊にいたことがあるアリアなら、知っている話か」
「分かりました! そういうときは、心を無にして対処したいと思います!」
「ああ、それが良い。いちいち気にしていたら、身が持たないからな。さて、話を戻すか。それでさ、結局、当時の団長とやめるやめないでの言い合いの末、なぜか訓練場で一対一の決闘をすることになったんだよ」
「……どうしてそうなったんですか?」
アリアは、意味が分からないといった顔をする。
「詳しいことは分からないけど、当時の団長が自分のことを倒したら、やめていいよって言ったみたいなんだ」
「なるほど。それで、結果は、レナードさんの勝ちだったんですね?」
「まぁ、団長が今も続けていることからも分かる通りだな。しかし、凄い戦いだったぞ! 決着がつくまで、1時間以上かかったからな! 私も観戦していたけど、動きがまったく見えなくてビックリしたのを覚えているくらいだ!」
フェイは、当時のことを思い出しているのか、興奮し出す。
「団長が同じ生き物とは思えないくらい強いのは知っていましたけど、レナードさんって、それ以上に強かったんですね……」
アリアは、考えられないといった顔をする。
「まぁ、アミーラ王国建国以来、最強の男って言われているからな。今は、表立って動いていないけど、各国の要人とかは警戒しているハズだ。なんせ、暗殺されにきたら、困るからな。生半可な戦力では、防げないし、当然だろう」
「はぁ……ちょっと、想像がつかないですね」
アリアはそう言うと、窓越しに女子寮の入口を見る。
ミハイルに加えて、男子寮の当直をしていたエドワードがエレノアになにかを話しかけているのが見えた。
(結構、時間経ったと思うけど、エレノアさん、魂が戻ってきていないみたいだ。現実を受け入れるには、それなりに時間がかかるかもな)
アリアはそんなことを思った後、ふたたび、フェイのほうに顔を向ける。