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「ぐるるるるるるる……」
次郎丸が前傾姿勢で唸り声を上げる。
本能的に危険を察知したらしい。
だが、魔法も使えないこいつに出来ることはないだろう。
「次郎丸、下がれ!」
猪突猛進に突っ込んでくる大型モンスターに、俺は慌てて次郎丸の体を押し退ける。
すんでのところでキングボアの牙がかすめるが、幸い致命傷には程遠い。
それでもレベル4と21では力の差は歴然だった。
矢が突き刺さったままだったり刀傷があったりと、他のプレイヤーによってダメージが蓄積しているが、それでも残りHPは7割も残っている。
「また来る!」
転進し再度向かってくるモンスターを前に、俺は覚悟を決めて二振りの短剣を構える。
まともに戦っても勝ち目はないが、だからといって逃げようにも逃げられない。
ならば一太刀でも多く攻撃を浴びせ抵抗してみせる。こちらがヘイトを稼いで引き離せば次郎丸が助かる道もあるだろう。
「いくぜ、双剣連撃!」
アタッカーの双剣ツリーの基本スキル、双剣連撃は近接武器二つを装備した状態で連続して攻撃をヒットさせるとダメージが上昇していくパッシブスキルである。
途中で回避されたりガードされたり間隔が空きすぎるとリセットされるが、やり方次第では上位モンスターさえ倒せる性能を秘めていた。
幸い相手は小回りが利かない大型モンスター、上手く死角に回り込めば一方的に攻撃することも不可能ではない。
相性は悪くない、筈だったのだが……。
グオオオォォォォッ!
「拙い!」
キングボアが大きく地団太を踏む。
ワゴンサイズのモンスターが繰り出すそれは、地響きすら引き起こし、周囲の大地を隆起させていた。
攻略サイトによると地鳴らしとかいう地属性の範囲攻撃、並みの初心者プレイヤーはこれだけでHPが溶ける。
それでも俺は退かなかった。
隆起する大地を八艘跳びのように飛び回りながら、キングボアに向かって肉薄する。
グラスウルフが落とした風の魔石(小)を消費して敏捷力を底上げしてなければこうはいかなかっただろう。
「尖閃!」
右手の短剣を突き出し、反撃も厭わず突っ込む。
狙うはキングボアの左目、こういう手合いは片目を落とせば戦いは楽になるだろう。
短剣の先端が瞳に食い込み、一瞬の嫌な抵抗感を破って突き刺さった。
血こそ出ないが、反応は痛々しい。
「狂響!」
すかさず左手の短剣で左目に突き刺さったままの短剣の柄を弾いていた。
キイイイィィィィン!
音叉のような金属音が鳴り響く。
双剣スキルの狂響は音波によって魔物を浄化する補助スキルである。
本来は武器同士を打ち合わせて使用するスキルだが、攻略サイトによると格上やボス相手には効きにくいらしい。
それでも体内に直接響かせればあるいは……と、攻撃スキルの尖閃と組み合わせたのは全くの思い付きだった。
「いけるか?」
キングボアの全身を覆っていた黒い靄が薄まる。
だが、それでもさすがはフィールドボス、それで倒れてくれるほど生易しくはない。
踏み止まったモンスターの全身から赤黒いオーラが立ち上った。
「レイジモード!?」
一部のモンスターには一定量のダメージを受けると怒り状態になるレイジモードが実装されている。
形態変化ほど大袈裟な能力ではないが、攻撃力や命中が大幅に上昇するため油断できない。
代わりに防御力や回避が減少するので短期決戦を狙うべきだろう。
幸い先程の攻撃で片目を潰している。問題は短剣を一本失ったことか。
「予備の短剣くらい買っておくべきだったな」
尖閃はダメージが大きい代わりに敵に突き刺さるという変な特性がある。
基本的に止めに使用するスキルらしいが、組み合わせ次第ではもっと悪さができるかもしれない。
と、そんな先の事を考えている場合ではなかった。
グルオオオォォォォォォォッ!
先程より遥かに威力を増した地鳴らしがキングボアの周囲に襲い掛かる。
もはや大地の津波といった広範囲攻撃に、さすがの俺でも成す術がない。
吹き飛ばされふらつきながらも、それでも地面に短剣を突き立て無理矢理体を起こす。
画面が赤い。痛みこそないものの、全身にのしかかるずっしりとした重さがダメージの大きさを物語っていた。
当然それを見逃す相手ではない。
一直線に突進してくるキングボアが俺の体を跳ね飛ばす……その寸前。
「わうーん!」
次郎丸の遠吠えが聞こえる。
その途端、全身にのしかかっていた重さが確かに消えた。
「これは……ヒールか?!」
画面端の簡易バーでもHPが回復してるのがわかる。
とはいえ体が動くようになっても避けている余裕はない。かといってまともに食らえば一撃で持ってかれるだろう。
「ええい、次郎丸が根性見せてくれたのに俺がやらなくてどうする!」
キングボアの攻撃に合わせて後ろに飛ぶ。当然、そんなことをしても避けきれるはずもない。
ワゴンサイズのイノシシの突進に、柴犬サイズの俺の体が軽々と吹き飛ばされ……なかった。
ダメージ覚悟でモンスターに飛び乗る。
そんな離れ技、生身では絶対に不可能だろうが、動物アバターの反射神経ならギリギリ可能だった。
それでも掴まってるのがやっとである。
当然、相手も俺を振り落とそうとやみくもに頭を振り回す。
「わんっ!」
再度心地よい感覚と共に次郎丸のヒールが俺を癒す。
しかしそれが敵のヘイトを買ったらしい。
「まずい!」
キングボアの進路が次郎丸に変わった。
慣れない人間アバターの運動神経では避けることもできないだろう。
「させるかあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
まだ痺れの残る手に掴んだ短剣を、モンスターの左目に刺さったままの短剣に打ち付ける。
ガギイイイィィィィン!
金属音と共に狂響の奏でる音波がキングボアの体を内部から穿つ。
それでもモンスターは足を止めない。
レイジモードによって痛みを無理矢理抑えているのだろう。
「だったら連打だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
連続して短剣を殴りつける。
これにも双剣連撃の効果が有効だったらしく、徐々に増幅された音波はキングボアの体内で臨界点に到達し、次郎丸にぶつかる寸前にその体を内側から浄化していた。
そのままの勢いで投げ出された俺が愛犬の前に投げ出される。
「くぅ~ん」
「へへへ、お前もやればできるじゃないか……」
心配そうに縋りつく次郎丸に、俺は頭を撫でながら素直に褒めて見せた。
一方、浄化の光によって本来の姿に戻ったうりぼうは、何が起こったのかわからないといった様子で遠くの山に向かって駆け出していく。
跡に残ったのは黄色い大きな魔石のみ。
そんなことなどお構いなく、次郎丸はぺろぺろと俺の体を舐めている。
傍から見れば女の子が柴犬の体を舐め回すという奇妙な光景だが、もはやそんなことはどうだっていい。
大物を倒した達成感が心を満たす。
「俺たちいいコンビになるかもな……これからもよろしく、相棒」
「わん! わうーん!」
その意味を知ってか知らずか。
次郎丸が発する楽し気な遠吠えが、穏やかな風と共に平和になった草原に響き渡るのであった。