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かつて世界を創造した女神マーテルは、多くの動物たちを生み出したとされる。
マーテルと動物たちは平和な箱庭で仲良く暮らしていたが、ある日世界を闇の瘴気が覆い、その影響で動物たちは魔物へと変貌してしまった。
悲しみに暮れるマーテルだが、異世界から自分と同じような姿をした人間と、それに従う聖獣を呼び出し、彼等に魔物の浄化と原因の究明を依頼した……というのがディアアニマルオンラインの基本設定である。
「プレイヤーが倒した魔物は浄化され、本来の動物(不殺属性)に戻るって感じだな……まあペットと仲良くって言ってる傍から魔物とは言え動物殺しまくるわけにもいかないか」
「わう?」
「その顔は全然わかってないって感じだな……まあ、俺達も倒れたら女神の力で最後にいた街にワープするって感じで死んだりしないらしい。HP制で流血とかないから気兼ねなく戦えるな」
街を出る際に購入した二振りの短剣を手に、再確認の意味を込めて自分に言い聞かせる。
いくら柴犬のアバターとはいえ、牙や爪で戦うのはさすがに避けたい。
「動物アバターでも武器を装備出来るみたいで助かった……」
本来の動物アバターは人間アバターと違い武器は装備出来ない。
これがバグによるものか仕様なのかはわからないが、運営が問題ないと言ってるならお言葉に甘えるとしよう。
そもそも動物アバターは武器や防具に制限がある代わり、人間アバターに比べてステータスが3倍くらい高くなっている。
先行情報によると最終的に10倍近い差が出るらしいが、上手くコントロールできるかは飼い主との信頼関係にかかっていた。
「まあ、戦いが苦手でもペットの美しさや一芸を競ったり、生産職やスローライフでも遊べるって触れ込みだから問題なさそうだけど……」
どうせなら愛犬と一緒に戦ってみたい。
そう思うのは愛犬家としての性なのか、ゲーマーとしての性なのか。
やるからには最強を目指すのが俺のポリシーなのだ。
「まずはアルマーニ草原の魔物だな……ここには主に小型のウサギや狼の魔物が徘徊してるらしい」
初心者向けのフィールド故か、サービス開始初日故か、草原には大勢のプレイヤーとそのペットの姿があった。
リログや運営とのやり取りのせいで出遅れたらしい。
それでもどこかに良さげな狩場はないかと次郎丸と一緒に徘徊してると、草原を駆ける一匹のウサギの姿を見つけた。
黒い靄のような瘴気を纏い、ネーム欄にレベル1:ホーンラビットと書かれているので間違いないだろう。
「初心者向けのモンスターだな。いくぞ、次郎丸!」
「わ、わふ!」
一気に駆け出す俺を追うように、次郎丸は慣れない二足歩行で後を追う。
こちらはこちらでだんだんこの体の使い方にも慣れてきた。問題は武器をどこまで使いこなせるか。
俺たちの存在に気付いたのか、ホーンラビットが進路を変更する。
「意外と好戦的だな……やろうってか!?」
額の角を突き出して、真っ直ぐこちらに突っ込んでくるモンスターを前に、俺は寸前で身を翻していた。
ホーンラビットの角が虚しく空を裂く。
その背中に振り向きざまに短剣を突き立てると、モンスターのHPバーが一気に削れる。
すかさずもう一本の短剣を追加でお見舞いすると、ホーンラビットの動きが止まり、体を覆っていた黒い靄が晴れていった。
同時に角も消えていく。
「これで浄化完了か。さてと……お、あったあった」
本来の姿に戻って立ち去るウサギには目もくれず、俺はその足元を確認する。
そして草むらの中から小指の先ほどの小さな赤い宝石を拾い上げた。
「これが魔石か……」
魔物が浄化されるときに落とす魔石は、換金はもちろん、武器や防具、マジックアイテムの作成やペットの強化にも使用される。
使い道が多いため用途に迷うが、今回は確認のために強化をしてみることにした。
本来は飼い主がペットに使用するらしいが、自分で念じてみると魔石が砕け散り、攻撃力のステータスが微増する。
「使えた……どうやら問題なさそうだな。
それじゃ、もう何匹か狩るか!」
「わ、わうぅ……」
動物アバターの体力についてこれないのか、次郎丸は必死に息を整えていた。
人間アバターなら体温調整にそんなに舌を出さなくてもいいはずだが、慣れてないのか犬っぽく喘いでいる。
仕方がないので次郎丸が立ち直るのを待ってから狩りを再開することにした。
……。
「ふぅ、狩った狩った」
あれからホーンラビットを10匹程度とグラスウルフを3匹倒し、レベルが4に上がっている。
拾った魔石を次郎丸にも使用してみたが、やはり人間アバターには効果ないらしい。
その後、新たに入手したスキルポイントを何に振ろうか試行錯誤をしていると、どこか遠くで騒ぎが起きていた。
「なんだ?」
何事かと目を向けると、プレイヤーの集団がワゴンほどの大きさのモンスターと対峙している。
レベル21:キングボア☆と書かれているところを見ると、おそらくフィールドボスだろう。
そいつは何人かのプレイヤーを盛大に跳ね飛ばしながら、こっちに向かってくるところだった。