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出目金

掲載日:2010/02/12

体育の授業が終わり結花は

一番に教室に戻った。


床に鉛筆が転がっているの

を見つけて拾いあげる。


鉛筆の先は

きれいに削ってある。


まだ使っていない新品の

長い鉛筆を見つめる結花。


「出目金 てめー俺の鉛筆

盗みやがったなー!!」


雄二が後ろから

声をかける。


後から教室に戻ってきた

生徒達が二人を取り囲む。


雄二「皆見てくれよ

出目金が俺の鉛筆

盗んだんだぜ

コイツ貧乏だから鉛筆も

買えないんだ」


結花は今、小学校1年生。


クラスの中で一番のチビで

痩せて、強度の遠視のため

虫眼鏡のようなレンズの

眼鏡を掛けていた。


3月31日生まれ。


いわゆる早生れである。


同じクラスには4月生まれ

の生徒もいるわけで

6歳の子供にとって

12ヵ月の違いは大きい。


それに加えて結花は幼稚園

に通っていなかった。


一人っ子だから家族3人

以上の集団生活を経験して

いない結花にとって

学校生活についていくのは

大変だった。


行動が遅く勉強にもついて

いけなかった。


チビで痩せて虫眼鏡の

ような眼鏡を掛けて

ギョロ目の結花はクラスの

中で虐められていた。

 

結花は毎日学校から一人で

帰る。


結花「お母さん

今日もまたカレー」


留美子「贅沢言うんじゃ

ないの お父さんの仕事が

無くなったらカレーだって

食べれなくなるのよ」


父親の俊彦は町の鉄工場で

働いている工員だった。


父親が帰ってきて晩ご飯を

食べている間に家族の会話

は無かった。


俊彦と留美子は再婚同士で

結花は留美子の連れ子

だった。


俊彦と留美子は愛し合って

いなかった。


俊彦は世間体を保つため

留美子は生活のために

知り合いから紹介を受けて

結婚したのである。


結花は学校で虐められて

家に帰ると愛情の無い家庭

が待っている辛い毎日を

耐えるために妄想を抱くの

が癖になった。


”自分にお兄ちゃんがいて

 くれたら良かったのに。

 学校の帰り道で虐められ

 ても、お兄ちゃんが

 いれば助けてもらえる。

 そして私の手を引いて

 一緒に帰るのよ。

 家に帰ると一緒に遊んで

 くれるわ。

 お兄ちゃんに勉強を

 教えてもらって、寒い夜

 は一緒の布団で寝れば

 とってもあったかい。”


結花は兄の妄想の中で安心

して眠りに落ちた。


赤ん坊の結花が不器用に

スプーンを掴んで西瓜を

食べている。


結花に見える景色は目の

前の小玉西瓜、西瓜を

乗せた白い皿、お膳

薄茶色い壁、木枠の窓。


自分は子供用の椅子に

座って、ようやくお膳の

西瓜に届く大きさの赤ん坊

である。


前掛けも顔も西瓜の汁で

ベタベタに汚している。


「あはははは! 結花

ちゃん全部こぼしてるよ」


隣に座って一緒に西瓜を

食べている兄が布巾で結花

の顔を拭いてあげる。


セピア色に包まれた

懐かしい雰囲気はそれ以上

続かなかった。


夢から目覚めた結花は台所

に行って、朝食の支度を

している母親を手伝った。


結花が中学生になった頃に

俊彦と留美子は

離婚していた。


留美子がパートを掛け持ち

して生活を支えたが、生活

は苦しくなる一方だった。


結花「お母さんもういい

から 後は自分でやるから

早くしないと仕事遅れる

わよ」


留美子「ごめんね結花

朝ご飯の支度もしてあげ

られなくて 何だっけ

あれ帰りに買ってくるから

絵の具よね?」


結花「いいわよ自分で買う

から アルバイト代入って

からでいいのよ」


結花はもう出目金では

なかった。


強度の遠視は成長に従い

弱くなり今は裸眼だ。


自分で稼いだアルバイト代

で買った洋服や化粧品で

身なりを整えている。


眼鏡を外しても大きな瞳は

結花のチャームポイント

だった。


小学生時代に勉強で苦労

した結花であったが

実際に知能が低いわけでは

無かった。


虐められっ子の結花は

いつもビクビクと緊張して

いたために勉強に集中

できなかったのだ。


中学生になって体が大きく

なった結花を虐める生徒は

いなかった。


高校を卒業後は直ぐに就職

するつもりだった結花には

大学受験の心配がなかった

から自転車で通える近所に

ある県立高校を受験するつ

もりだった。


大学への進学率が低い近所

の県立高校なら、現在の

結花の学力をもってすれば

これ以上勉強しなくても

確実に合格する自信が

あった。


勉強より絵を描くことが

好きな結花は、中学に

上がって美術部に入った。


放課後の校庭。


結花と雄二が文化祭の看板

の色付けをしている。


二人は同級生であり同じ

美術部員だった。


文化祭の看板や体育祭の

入場門の色付けは美術部の

仕事と決まっていた。


結花「雄二君 そこ塗り

むらがあるから

やり直してね」


雄二「はいはい 部長の

命令には逆らえません」


小学生の頃は結花を虐めて

いた雄二であるが、今は

自分より成績優秀で体も

大きい結花に

逆らえなかった。


この世代は女子の方が

肉体的にも精神的にも

成長が早い。


前かがみで看板に色付けを

している結花の胸元が開い

て豊な乳房が見えていた。


結花「ちょっと

何じろじろ見てんのよ

この変態!!」


雄二「なんも見てねーよ…」


雄二は、結花に恋心を

抱いていた。


15歳になった結花の体は

胸が膨らんで骨盤が

張り出した女の体に

近づいていた。


結花自身もそれを自覚して

周りの男性の視線を

気にしていた。


ただし雄二に見られる時は

言葉と裏腹に少し嬉しい

気分がした。


結花は今までに何人もの

男子から告白を受けて

いたが結花が選んだのは

自分の出目金時代を

知っている雄二だった。


結花と雄二は同じ高校に

進学する予定だ。


高校でも同じ美術部に入る

だろう。


結花は、今幸せだった。


中学校の卒業式を終えて

結花が家に帰るとテーブル

に茶封筒が置いてあった。


結花は不思議に思いながら

封筒を開いて便箋を

取り出して読んだ。


”結花 中学卒業

 おめでとう。

 結花もやっと大人にな

 りました。

 これでお母さんは安心

 して家を出ていけます。

 立派な娘を持って

 お母さんは誇りに

 思います。

 お父さんと別れてからの

 生活はとても大変でした。

 結花はアルバイトの

 お給料を自分の洋服や

 化粧品にばかり使って

 家計の助けをしてくれ

 ませんでしたね。

 それに引き替え

 お母さんはパートを

 掛け持ちして一人で家計

 を支えていました。

 我ながら大変立派な

 親だったと思います。

 お母さんはこれから自分

 の人生を楽しみます。

 結花も人生に希望を

 持って、自由に生きて

 ください。”


結花は突然の母の家出に

愕然として、しばらくは

何も考えられませんでした。


ピンポーン


ドアベルが鳴ったので結花

が玄関を開けると前掛けを

したオバサンが

立っていました。


近所に住んでいる

大家さんです。


大家「今月でもう3ヵ月も

家賃が遅れてるんだけど

2・3日中に払ってもらえ

なかったら悪いけど出てっ

てもらうしかないわね」


結花のアルバイト代は高校

の入学の準備で靴や制服を

買って既に無くなっていた。


父親が出て行く時に母親に

内緒で、自分に残して

行った貯金通帳があること

を結花は、思い出した。


困った時のために大事に

取っておいた口座には

30万円が入っている

筈だった。


結花に優しくしない父親で

あったが責任だけは果たそ

うと努力した父親だった。


結花が机の引き出しに隠し

ておいた貯金通帳を見ると

残高は0円だった。


ピンポーン


玄関を開けるとチンピラ風

の若い男が二人立っていた。


男「二十歳にしては随分と

また幼く見えるね でも

まあいいか 今はロリコン

ブームだからこの方が高く

売れるってもんだ」


結花「何ですか? 二十歳

とかロリコンブームとか

いったい何の話ですか?」


男「君のお母さんがねえ

うちのサラ金から500万

円借金してるんだよ 君の

名前でね 明日が支払い

期限なの 明日中に

500万円返済

できなかったら君を

ソープに売り飛ばそうと

思って下見に来たのさ」


結花は絶望に打ち拉がれて

朝まで泣き明かしました。


でも、いつまでも泣いて

ばかりではいられません。


家を出て、どこか誰にも

分からない場所に逃げる

決心をして荷物を

まとめます。


結花が家を出るための荷物

をまとめているとタンスの

引き出しの奥から1枚の

写真が出てきました。


どうしてこんな所に写真が

隠してあるのか結花は

不思議に思います。


古びたモノクロ写真は全体

がセピア色に変色して

いました。


薄茶色い壁の部屋

お膳に向かって赤ん坊が

座っています。


赤ん坊が不器用にスプーン

を握っています。


お膳の上に西瓜が二つ

乗っています。


赤ん坊は顔も前掛けも西瓜

の汁でベタベタに汚して

います。


赤ん坊の隣には6歳くらい

の男の子が座っています。


男の子が布巾を手に持って

赤ん坊の顔を拭いながら

笑っています。


大きな口を開けて目を

細めて上を向いて

「あっははは!!」と

笑っています。


結花は写真を見て

泣き出しました。


こんなに暖かい雰囲気の

写真を見るのは生まれて

初めてです。


だって写真に写っているの

は赤ん坊の時の

自分だからです。


そして自分の隣には

お兄ちゃんがいます。


小学生の頃に、虐められて

帰って、家に居ても淋しく

て毎日泣いてばかりいた。


自分にお兄ちゃんがいて

くれたらきっと自分を

守ってくれるのにと思い

泣きながら眠りについた夜

には何度も見た夢があった。


あの時の夢は夢では

無かったのだと結花は

知りました。


結花は嬉しさに涙が止まり

ませんでした。

 

結花は育ての父である俊彦

を捜し出して、今の自分の

状況を説明して一緒に兄を

捜す協力を取りつけた。


当面の生活費を父親に援助

してもらいながら何とか

高校に通いながら

兄を捜した。


家賃の滞納分を父に出して

もらい、サラ金の

500万円は弁護士に

相談して逃れた。

 

そして数か月が過ぎた。


結花の高校生活は

順調だった。


雄二とはお互いの気持ちを

分かり合っていた。


毎日部活が終わって一緒に

帰りながら沢山の話をする

のが結花も雄二も

大好きだった。 


夜になって結花は一人で

食事をしている。


リリリーン


電話が鳴った。


結花「もしもし

あっお父さん」


俊彦「実はもうこれ以上は

結花ちゃんの援助が続け

られなくなったんだ

結花ちゃんへの援助が

女房にばれちゃって」 


翌日、結花は部活を休んで

一人で帰った。


この先どうやって生きて

いけばいいのか?


悲しみに沈んだ顔を雄二に

見られたくなかった。 


結花が家に着いたときに

スーツを着た青年が家の前

に立っていた。


青年「結花さんですか?」


結花は、また借金取りが

自分をソープに売り飛ば

そうとして待ち伏せして

いたと思うと体が硬直して

声が出なかった。


青年がもう一度確かめる。


「結花さんですか?

そうですよね?

結花さんですよね?」


何度も自分の名前を呼ぶ

青年の声には優しさが

含まれていた。


自分をソープに売り飛ば

そうとしているチンピラで

はないと分かった結花が

ようやく小さな声を出した。


「どなたですか?」


結花は言葉の途中で相手の

目を見ながら気が付いた。


結花を見つめる青年の目に

は例えようもない愛情が

こもっていた。


結花「お兄ちゃん

お兄ちゃんなのね 私に

会いに来てくれたのね」


青年「そうだよ結花ちゃん

俺のこと捜してくれてたん

だよね ありがとう 俺も

ずっと前から捜してたんだ」


青年の名前は拓巳。


拓巳が6歳の時に両親が

離婚して自分は父親に

引き取られた。


結花は母親が引き取った。


家族がばらばらに別れる

前の日に子供二人に西瓜を

半分ずつ食べさせた。


貧しい家庭であったが

別れる前に子供二人に

最後に贅沢をさせて

あげたかった。


幼い兄と妹は初めて食べる

甘い小玉西瓜丸ごとの半分

ずつが嬉しくて、二人とも

満面の微笑みだった。


あの時の写真を焼き増しして

拓巳は大切に持っていた。


最近、拓巳と結花の実の

父親が癌で亡くなって拓巳

が遺品を整理していた時に

母親が再婚した相手の

勤め先の電話番号を

見つけたのだ。


結花は今までの辛く淋しい

思いと、兄に会えたことで

それを帳消しにする喜びで

拓巳に抱きついて訳が

分からないくらいに

泣きじゃくった。


拓巳も結花を抱いて

頭を撫でながら

心から待ち望んだ

可愛い妹との再会に

胸が熱くなって

恥ずかしげも無く泣いた。


それから2年が経った。


結花は大学受験のために

精一杯の努力で

勉強に励んだ。


拓巳と生活することにより

経済的な心配が無くなって

アルバイトも辞めている。


拓巳は結花に優しかった。


結花が夜遅くまで勉強して

いると結花のために夜食を

作って部屋に運んだ。


結花「お兄ちゃんいつも

ありがとう ユカ数学

苦手だからどうしよう」


拓巳「大丈夫だよ 結花は

頭いいんだから ちゃんと

勉強すれば絶対合格するよ

それに数学なら俺得意

だから教えてやるよ」


拓巳は妹の勉強の

面倒もみていた。

 

学校の帰り道。


結花と雄二が並んで帰る。


雄二「今日この後、買い物

に付き合ってくれよ」


結花「だめよ 家に帰った

らお兄ちゃんに勉強教えて

もらう約束だから」


雄二「なんだよ また

お兄ちゃんかよ お前ら

仲良すぎじゃない?」


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