第79話 重秀の祝言(後編)
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天正四年(1576年)十月七日。いよいよ重秀の祝言の日が来た。この日、岐阜城下の羽柴屋敷では朝から大忙しであった。新婦である縁姫を迎えるためである。
「では、行って参る。あとは頼んだぞ」
馬上の小一郎が門外まで見送りに出た重秀に語りかけた。重秀が頭を下げながら答える。
「叔父上もお気をつけて」
重秀の言葉を聞いた小一郎は、福島正則と加藤清正、そして藤堂高虎が率いる護衛の兵達と共に岐阜城へと向かった。小一郎の役目は縁姫を迎えに行き、羽柴屋敷まで護衛することである。
見送った重秀が屋敷に戻ると、屋敷の中ではすでに侍女や奉公人らが忙しく走り回っていた。
「若君。そろそろご準備を」
山内一豊が重秀に話しかけてきた。重秀が笑いながら答える。
「何言ってるんだよ。結婚の儀は明日だぞ?」
「とは言え、新しく誂えた白直垂(直垂の一種)の試着は終わっておりませぬよ、若君」
一豊と正則の会話に千代が横から入ってきた。重秀は千代の方を見る。
「それ、朝からやらねばなりませぬか?」
「試着で直す必要がある場合、今から試着しなければ明日の夜までには間に合いませぬ。というわけで御前様。若君を連れてきて下され」
「そういうことだ。さあ、大人しくついて来ていただこう、若君」
千代から頼まれた一豊は、重秀の腕をとってそう言うと、先に歩き出した千代についていくように重秀を連れて行った。
さて、朝早くに岐阜城に着いた小一郎と正則と清正、そして高虎は、岐阜城の本丸御殿のある一室に通された。そこは、元々は小姓が控えている部屋で、すでに酒とささやかな肴が置かれていた。
「・・・なんでござるか?これ」
同輩や部下の祝言に参加したことはあっても、大名の祝言に参加したことのない高虎は、目の前の酒と肴に戸惑いながら小一郎に聞いた。
「ああ。これは暇つぶしだな。嫁いでくる姫君が出立するまで、我らはここで待たされるのだ」
小一郎がそう答えると、高虎は「なるほど」と頷いた。一緒についてきた清正が首を傾げる。
「しかし、待つだけなのに酒を飲むのですか?」
「いいじゃねーか。岐阜城の酒なんて滅多に飲めねえからな。ご馳走になろうじゃねぇか」
清正の横でそんな事を言いながら正則が舌なめずりをする。その様子を見た小一郎が笑いながら注意する。
「飲んでもいいけどな。お前ら護衛に来たんだぞ。あまり飲みすぎるなよ?」
「分かってますよぉ」
正則がすねた口調でそう答えた。その隣で、清正が何かに気がついたような顔をしながら小一郎に質問する。
「ところで、どのくらい我らは待てばよいのでしょうか?」
「えーっと、大体半日ぐらいだったかのう」
小一郎の言葉に、正則や清正だけでなく、高虎までも唖然としてしまった。小一郎が解説する。
「姫君を出し惜しみすることで、如何に大切に扱われてきたかを我らに知らしめているのだ。まあ、長い時間待たされるから酒と肴が出されているのだけどな。そういう訳で、ゆっくりと待たせていただこうではないか」
それから大分経ち、お昼を過ぎた頃、待っていた小一郎達の元に堀秀政がやってきた。
「小一郎殿、お久しゅう」
「これは堀様」
部屋に入ってきた秀政に、小一郎達が平伏する。秀政が入ってきた障子の近くに座ると、小一郎に話しかける。
「そろそろ出立の準備をお願い致します」
「承りました。ところで、織田家からの送り役はどなたが?」
「それがしが務めまする」
「えっ!?堀様が!?お忙しいのではありませぬか!?」
小一郎が驚いてそう尋ねたが、秀政は嬉しそうな、というより何かを期待するかのような顔をしながら答える。
「あの大松が祝言を挙げるのです。その様子を間近で見たいと思いましてね。今後のからかい・・・いや、話の種にもなりそうですし」
楽しそうに言う秀政に小一郎は呆れたが、気を取り直して秀政に聞く。
「ところで、織田家より縁姫様に付いて来られる方々はどのくらいでございますか?」
「二千人と聞いておりますが」
「に、二千人!?屋敷にそんなに入りませんぞ!?」
側で聞いていた清正が思わず声に出してしまった。秀政が清正の方を見ながら言う。
「いや、羽柴屋敷に向かうのは百も居りませぬよ。長浜へ向かう行列の人数が二千人でござるよ」
「そ、それでも多すぎるような・・・」
「やれやれ、これでも少ない方ですぞ?先月行われた藤姫様(信長の三女)の筒井家への輿入れの際は三千人が随伴しておりますからなぁ。まあ、縁姫様の場合、本当は千人以内だったんですが、上総介様(織田信包のこと)の家からも来てますので、予定よりは増えてますね」
秀政の発言を聞いて唖然とする清正。一方の小一郎は「まあ、そんなもんだろう」と腕を組みながら頷いていた。
「では、皆様方そろそろご準備の方を」
秀政にそう言われた小一郎達は、一斉に立ち上がると部屋から出てた。向かう先は岐阜城本丸御殿の大広間。信長に挨拶するためである。
本丸御殿にはすでに重臣達が大広間の左右に座っていた。と言っても全ての重臣が座っているわけではない。秀吉は長浜城にいたし、柴田勝家や佐久間信盛は領国で一向一揆勢と睨み合っていたのでこの場にはいない。しかし、織田信忠や北畠具豊や津田信澄といった一門衆、丹羽長秀や林秀貞といった信長のもとで内政を司る重臣、所用で岐阜城に来ていた明智光秀や長岡藤孝などの遠国の重臣、池田恒興や河尻秀隆や森長可といった近場に領地を持つ重臣、そして重秀の祝言が見たいがために岐阜までやってきて、そのついでに信長に挨拶に来た前田利家の姿が小一郎の目に入ってきた。
小一郎達が下座に座ると、すぐに信長が大広間に入ってきた。これより『出立の儀』が始まるのだ。
「此度は羽柴家へ上様の姫君を降嫁させて頂くこと、誠に恐悦至極にございまする」
「役目大義、姫をよしなにな」
小一郎が平伏しながら挨拶をし、信長が返事を返すと、周りの重臣達から「おめでとうございまする」と言う声が一斉に上がった。これであとは新婦を羽柴屋敷に連れて行くだけである。
岐阜城から縁の行列が出立し始めた。まずは迎え役の小一郎・・・、でははなく、露払いの藤堂高虎が先頭に立つ。馬上の高虎はその巨体から、岐阜城を出た瞬間に城下町の人々の度肝を抜いた。その後ろから同じく馬上の小一郎が続く。さらに小一郎の少数の馬廻衆や徒歩の兵達が続き、その後ろに送り役の堀秀政が馬に乗って続く。そしてその後ろから送り役と縁を護衛するための徒歩の兵が続く。そして、その兵に囲まれて一つの輿がゆっくりと進んでいく。この輿に縁が乗っているのである。その後ろには乳母である夏の輿と、帰蝶から派遣された乳母の輿が続く。そしてその後ろには、縁に仕える侍女がずらずらと続いた。
本来ならば花嫁道具や縁の私物を入れた長櫃を持った小者達の行列も続くのであるが、彼らは長浜へ向かう際に合流するので、今回は参加しない。
そして最後に殿として、福島正則と加藤清正が続くのであった。
百名ほどの花嫁行列が衆目を浴びながら羽柴屋敷へ向かった。そして羽柴屋敷に何事もなく到着した。その後、、到着した縁は重秀の乳母である千代の先導によって屋敷奥の部屋に通された。ここは新婦が休息を取るための部屋であり、縁はここで一晩過ごすのである。これで祝言の一日目は終わりである。
十月八日。日も沈んでいよいよ『結婚の儀』である。屋敷奥にある座敷にて、まずは三献の儀で使われる酒を持った侍女が数人入る。次に侍女臈に付き添われた縁が座敷に入り、上座の向かって左に座る。そして最後に重秀が座敷に入り、上座の向かって右に座った。この時、重秀と縁は対面で座る。対面で座るか並んで座るかは家によって違うのだが、秀吉とねねが対面で結婚の儀を行ったということで、羽柴家では対面を採用している。
―――へぇ、織田の姫は美人揃いと父上が言っていたが・・・。まあまあかなぁ―――
うつむき加減の花嫁の顔を初めて見た重秀がそう思った。面食いな秀吉が領内からかき集めた平均値の高い侍女の顔を普段から見ている重秀は、女性の外見についてもお目が高い。その重秀から見て、縁は美人ではあるが感動するほどではなかった。
一方の縁も、顔は伏せつつ視線を上向きにしてチラチラと重秀の顔を見ていた。
―――父親が猿顔だと聞きましたが、この方はそうではないのですね・・・。確かに父上のおっしゃった通りの母親似なのでしょうね・・・。勇ましくはないですが、良きお顔でございます―――
お互いがそんな事を思っていることなんてつゆ知らず、二人は作法通りの三献の儀を行った。これで『結婚の儀』はお終いである。ちなみに重秀と縁はこの時点ではまだ会話を交わしてはいない。
『結婚の儀』も終わり、次は『宴』である。といっても重秀の身内だけ参加できるささやかな酒宴である。小一郎を初め浅野長吉、木下家定、副田吉成(秀吉の妹のあさの夫)といった羽柴屋敷に居た一門衆、傅役の一豊、師匠の竹中重治、義兄弟で親戚の正則と清正が新郎側の出席者である。この日の酒宴には茂勝や大谷吉隆、高虎といった家臣はまだ参加できなかった。そして新婦側の出席者は送り役の秀政のみである。
酒を飲み、肴もつまんで楽しく談笑したり、長吉や一豊、正則らが下手な踊りを踊って場を盛り上げている最中に、重秀と縁は酒宴を抜け出す。そして、千代の先導で二人は座敷奥の部屋―――寝所に入っていった。
そしていよいよ『床入れの儀』である。枕が東側になるように敷かれた布団の上で、重秀と縁が対面になるように座った。その間に千代によって部屋の襖が閉められる。ちなみに千代は夏と侍女臈と共に寝所の隣の部屋で待機するのだ。
寝所の布団の上で対面になって座っている重秀と縁。最初は二人共緊張で黙っていたのだが、まずは重秀が口を開く。
「えっと、まずは縁殿。お輿入れ骨折りでございました。改めて名乗らせて頂く。それがしは羽柴筑前守秀吉が息、羽柴藤十郎重秀でござる。今後ともよろしゅうお頼み申し上げる」
重秀が軽く頭を下げると、縁が三つ指を突いて深々と頭を下げた。そして少し頭を上げると、そのまま口を開く。
「お、お初にお目にかけまする。私めは右大将様の娘で縁と申します。不束者でございまするが、末永く可愛がってくださいまし」
緊張気味な声で挨拶をする縁の声を聞いて、重秀は胸がときめく。
―――声は程よい高さだな。実に愛らしい。子供っぽいとも言うが・・・―――
そう思いながらも、重秀は予め考えていた自分の考えを縁に述べるべく、口を開いた。
「縁殿」
「縁で構いませぬ。それに、もう夫婦にございますれば、そのような他人行儀はおやめ下され」
「・・・では縁。これより床入れの儀として、褥を共にするのだが・・・」
出鼻を挫かれたものの、重秀がそう言うと、縁は一瞬だけ体を強張らせた。その様子を見て取った重秀が、両手を横に振りながら話を続ける。
「いや、その、大変申し訳無いのだが、縁殿が十六歳になるまでそう言ったことをするのは控えようと考えている」
重秀の言葉を聞いた縁が思わず顔を上げた。真正面から縁の顔を見た重秀の心臓が跳ね上がり、しばし黙り込んだ。縁が首を傾げたが、その可愛らしい仕草に顔が火照ってゆくのが重秀にも自覚できた。
「・・・あの、なにか私めに粗相がございましたでしょうか?」
不安げな眼差しで尋ねる縁の声で、我に返った重秀が慌てたような様子で答える。
「いやいやいや!そうではなくて、えーっと、それがしの母は十四で父に嫁いで十五で私を産んで直後に亡くなりました」
「伺っておりまする」
「それで、人に聞いたところ、十五歳より前に子を生せば母子の命が危険にさらされるそうです。子もそうですが、縁殿の命に関わるということなので、縁殿の身体が子を生すに大事無い身体になるまで、そういうことは止めようと考えた次第にて」
「まあ、そういうことでしたの」
縁がホッとした表情を浮かべ、顎の下で両手を合わせながらそう言った。縁の不安な表情が消えたことに、重秀も胸をなでおろした。
「しかし、困りました。私、こう見えてすでに子を生す身体となっておりまする。また、隣の部屋で私達の床入りの儀を見守っている夏や千代殿や侍女臈殿にはなんと申しましょうか?」
再び困ったような表情を顔に浮かべながら首を傾げる縁。重秀は心の中で「仕草がいちいち愛らしいな、オイ」と呟きつつ、苦笑しながら答える。
「乳母達もその辺は分かっていると思いますよ。ですから、今宵は別に目合なくても、ちゃんと皆さんには伝えると思いますよ」
実は床入りの儀の際、新郎新婦の目合い(性交渉のこと)に立ち会った者は、コトをいたした旨を未だ宴会中の親族達に報せる役割を持っていた。とはいえ、幼い者同士や、緊張などで勃たなかったなどアクシデントで初めてができない場合もある。その場合でも立ち会い人は親族に対して「つつがなく終わりました」と言うものであった。
「・・・分かりました。でも、この後は如何致しましょう。このまま寝るというのも・・・」
縁が首を傾げながら言うと、重秀は「うーん」と唸った。そして何かをひらめいたような顔をすると、縁に自分の考えを述べた。
「そうだ。では、房中術を試しませんか?」
「房中術?」
今度は逆方向に首を傾げた縁の仕草に、愛らしさを感じつつも重秀は房中術の解説を行った。重秀の解説を聞いた縁は顔を赤らめつつ、積極的な眼差しで重秀を見つめた。
「唐の国にその様な教えがあるとは・・・。知りませんでした」
「とはいえ、さすがに子を作るところまではできませぬ故、まずは初歩の初歩、導引を行いましょう」
そう言うと、重秀はまずは両手を差し伸べた。
「まず、私が七つ数えますので、その間鼻から息を吸って下さい。次に十一数えますので、その間ゆっくりと鼻から息を吐いて下さい」
重秀にそう言われた縁は、言われた通りの呼吸法を行なった。重秀が話を続ける。
「これで縁殿の身体に」
「縁、でございます。それと口調がまた他人行儀となっておりまする」
「・・・縁の身体に良き気が溜まって参る。私も同じ様にやれば、私にも良き気が溜まっていく。あとはこの気をお互いに巡り合わせるのだ」
重秀が縁に名前や敬語のことで咎められつつ、導引について説明した。縁が質問をする。
「具体的にはどの様に気を巡らせるのですか?」
「お互いにヤる気にならなければ気は巡り合わない。なので、まずは両手を握って会話をしよう。それだけでも気の巡り合いは可能なので」
「そうですか・・・。では、どの様なお話をしましょうか?」
「そうだな。・・・そう言えば、縁の名は『藤』だったそうですね。何故『藤』から『縁』という名に?」
「ああ、それはですね。元々長野家の通名は『藤』でした。これは男子だけではなく、女子もそうなのです。特に、大姫(長女のこと)には必ず『藤』とつけられたのです。実は私の母の名も『藤』なのですよ。しかし、私めが上様の養女になる時に、『藤』という同じ名前の姫君が上様におわしました故、『藤』から『縁』となったのです。父・・・上総介のことでございますが、父の話では、初めは『紫』だったそうです」
「『紫』ですか?源氏の物語が好きな縁だったらそっちのほうが良かったのでは?」
「そうなんですよ!なんで『紫』にしなかったのか、父に思わず問いただしちゃいました。でも、父が言うには、御方様(帰蝶のこと)が・・・」
先程までの緊張はどこへやら。重秀と縁との間でこうした会話が夜遅くまで続けられるのであった。
次の日。目が覚めた重秀は、隣の布団に目をやるとそこには誰も居なかったことに焦ってしまった。しかし、即座に入ってきた千代の説明で、「すでに起きられております」と分かって胸をなでおろした。
祝言も三日目。三日目に入ると、新郎新婦共に白無垢ではなく柄付きの着物に着替える。これが現代にも伝わる『お色直し』である。
藍色の直垂姿になった重秀は、色染小袖に打掛を羽織った縁と共に屋敷の広間へと入っていった。そこでは、小一郎を始め、羽柴屋敷にいる家臣全てが揃っていた。これから『お披露目の儀』が始まるのだ。
重秀と縁が並んで上座に座ると、下座に座っていた小一郎達が一斉に平伏した。そして一人顔を上げた小一郎が、重秀と縁に向かって声を上げる。
「若君におかれましては、縁姫との祝言を挙げられ祝着至極にございまする!羽柴家のさらなる弥栄に、我ら家臣一同、心よりお慶び申し上げまする!」
そう言って小一郎が平伏すると、周りの家臣からも「おめでとうございまする!」と一斉に声が上がった。これにて『お披露目の儀』は終了である。
そして、この日の日没後は楽しい楽しい宴会である。前日にもやったが、あれは親族同士のささやかなものであり、家臣が参加するのはこの三日目の宴会からである。ここで正澄や茂勝、吉継などが参加するのである。また、派手好きな秀吉の意向により、羽柴屋敷の門前ではお酒が置かれており、奉公人や侍女によって通りすがりの人々にお酒が振る舞われていた。
さて、三日目の宴には基本両家に関わる者しか参加できない。なので、参加できるのは羽柴と織田の家臣だけである。が、主家たる織田家の家臣が参加するということは、それだけ多くの人間が参加することとなる。当然、一日で済むわけがないため、今回は三日間かけて行われることとなる。
というわけで、重秀の祝言はまだまだ続くのであった。
注釈
『床入りの儀』の前に『床盃』という儀式がある。新郎と新婦が床入れする前に盃を交わすのであるが、この時代にこの儀式が普遍的だったかどうかは不明である(正式に取り入れられるようになるのはもう少し後の時代である)。
従って、この小説では『床盃』の場面を省いている。