第49話 長篠の戦い(その2)
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天正三年(1575年)五月五日、長浜城の馬場(馬術を練習させる野外の広場)には、北近江から集められた諸将が集結していた。若狭で対越前用に船を作っている前野長康、越前への押さえとして近江に残る阿閉貞征と宮部継潤等近江の国衆以外の将が、鎧姿で馬場にある幕が張られた陣の中に入り、所定の場所に置いてある床几に座っていた。その諸将の中に、重秀もいた。
鎧姿の秀吉が陣に入り、上座の床几に座ると、陣内にいた者全てが立ち上がって礼をした。
「一同大義!いよいよ武田との戦が始まる!厳しい戦いになると思うが、皆が手柄を立て、勝って長浜に帰ってこようぞ!」
秀吉が大声でそう言うと、皆が顔を上げて「応!」と声を上げた。
「では、これより出陣の儀を執り行う」
秀吉がそう言うと、南殿や千代を始め、長浜城にいる侍女や長浜城下に住んでいる家臣の妻や娘が膳を持ちながら陣幕の内側に入ってきた。陣の中にいる武将一人一人の前には大盾を利用したテーブルが置いてあり、そこに膳を置くと、膳の上にあるかわらけ(素焼きの盃)に瓶子で酒を注いだ。
膳の上には打鮑、勝栗、昆布が別々の皿に盛り付けてあり、一つづつ食べるたびに酒を3度飲み干す。そして最後の酒を飲み干すと、かわらけを地面に叩きつけた。それを見た秀吉が、予め用意していた扇子を開き、右手に持つと「えい、えい、」と大きな声をあげる。直後、陣内より「おー!」という声が轟いた。これで出陣の儀は終了である。
出陣の儀が終わり、重秀が自分と同じ部隊となる山内一豊のところに行こうとした時、陣の片付けを行っている石田三成を見つけた。重秀は三成に声をかけた。
「佐吉、片付けしてる時があるのか?」
「こ、これは若君。ご無礼を」
重秀に声を掛けられた三成が片膝を地面につけて跪いた。
「作業のじゃまをして済まない。・・・初陣だが、大事無いか?」
どことなく緊張気味の三成に重秀が話しかけると、三成は少し首を縦に振った。
「そうか。でもお前は父上の側に侍るんだろう?」
「その様に仰せつかっておりまするが、他にも兵糧弾薬の管理として杉原様の下で勘定をすることも命じられております」
「そうか。戦場での勘定は私もやったけど、あれも大変だが重要な役目だ。気張れよ」
「ははっ」
重秀がその場から立ち去ろうとすると、三成が「お待ち下さい」と重秀を引き止めた。
「なんだ?佐吉」
重秀がそう言うと、佐吉は緊張した声で聞いてきた。
「・・・恐れながら、若君にお聞きしたき儀がございまする」
「うん」
「若君は去年、十三歳にて初陣を迎えられたと聞きました。その時・・・、その・・・、どんな気持ちだったかを教えていただきたいのですが・・・」
そう言うと、三成は俯いてしまった。とりあえず、重秀は長島へ向かう前の事を思い出しながら話した。
「・・・あの時はとにかく若殿様(織田信忠のこと)のお役に立とうと必死だったかな。不安は感じたけど、それは若殿様をお守りし、与えられた務めをちゃんとこなせるか、という不安だったしな」
「・・・それだけですか?他に何かありませなんだか?」
「特に無いが・・・。佐吉よ。その面持ちでは何か別の事が聞きたそうだな」
三成の様子がおかしい事に気がついた重秀がそう言うと、三成は怯んだような様子を見せた。どうやら図星だったらしい。少し悩んだ三成が、恐る恐る口を開いた。
「その・・・、恐ろしくはなかったのかと・・・」
「それはなかったな」
即答した重秀に三成は面食らった。重秀が話を続ける。
「あの時は、周りに信頼できる仲間がいた。犬千代や梅千代、亡くなった松千代とかな。それに、頼れる先輩の万見様、長谷川様、池田様もいたし、強い毛利様や良くしていただいた堀様、斎藤様もいたしな。なんと言っても、あの御屋形様や若殿様がいたのは心強かった。周りの馬廻衆も屈強な方々だったし、正直、自分が死ぬとは思ってなかった。
まあ、さすがに一揆勢が織田一門の陣を荒らして、御屋形様の兄弟親戚が討ち死にしたと聞いたときには、恐怖を感じたけど。しかし、それ以上に『若殿様をお守りすべき』と自分に言い聞かせて恐怖を抑え込んでいたけどな」
「そ、そうでしたか・・・」
重秀の話を聞いて、三成は目線を地面に落とした。重秀の話は続く。
「・・・そうだな、これは父上の言葉だから聞いているとは思うけど、『人を殺す時は躊躇うな』よ。躊躇ったら己が死ぬことになる。己が死ねば、親しい人達が悲しむからな。佐吉よ、父上はそなたを気に入っている。そなたが死ねば、父上が悲しむから死ぬなよ」
「は、ははっ」
重秀の言葉に三成が返事を返す。重秀がさらに言葉を掛けた。
「無論、私も悲しむからな。死ぬなよ、佐吉」
三成が思わず顔を上げて重秀の顔を見る。重秀は笑顔で三成の顔を見ていた。
「・・・!か、畏まって候!」
三成はそう言うと、慌てて頭を下げたのであった。
「兄貴も殿さんと同じくらい人たらしだよな」
「まったくだ。見たか?あの佐吉の顔。あんな笑顔の佐吉、見たこと無いぞ」
三成の去った後、直ぐに重秀に近寄って話しかけてきた者がいた。それは当世具足を身に着けた正則だった。隣には同じく当世具足を身に着けた清正が頷きながら呟いていたが、重秀には聞き取ることが出来なかった。
「なんだ、二人共どうした」
重秀が言うと、正則が話しだした。
「・・・なんでもねぇよ、兄貴。それよりも、殿さんがお呼びだ」
そう言うと正則はさっさと歩きだしてしまった。重秀と清正が後ろから歩き出す。少し歩いて、秀吉のところに向かうと、そこには小一郎と竹中重治もいた。
「父上、お呼びだそうで」
重秀が声を掛けると、秀吉が陽気な声で答えた。
「おう、藤十郎。小一郎が明智殿から鉄砲を受け取ったぞ。早速運ぶ準備を頼む」
「承りました。しかし、早かったですね」
重秀が今度は小一郎に声を掛けると、小一郎は苦笑いしながら答えた。
「いや、明智殿が城に届けに来てくれたのよ。最も、本人ではなくて家臣の・・・、三宅弥平次殿だったかな?その方が届けてくれたのじゃ」
「なるほど」
小一郎の回答に重秀は納得した。
「と、いうわけで藤十郎。明智殿から受け取った鉄砲は、岐阜についたら我らではなく別の部隊の鉄砲となる故、大切に運ぶんじゃぞ。その旨、伊右衛門(山内一豊のこと)と弥兵衛(浅野長吉のこと)に命じるんじゃぞ」
「承りました」
秀吉の命に従う重秀に、秀吉はさらに声を掛けた。
「ああ、そうじゃ。藤十郎はすでに紙の早合の使い方は教わっているのか?」
「昨日のうちにすでに教わっております。しかし、紙早合を弾ごと込めることができるのが驚きです」
前日に紙の早合の使い方を国友村の鉄砲鍛冶職人から習った重秀は、その予想外の使い方に驚いていた。
紙の早合(以下、紙早合)は、弾と火薬を油紙で巻き、両端をねじって止めるという実にシンプルな作りであった。そのため、木や竹でできた早合よりも簡単に作ることが出来た。また、木や竹の早合に必要な蓋がいらないため、余計な部品を作る必要もなかった。余分な部品を作らなくて済む、ということは、それだけ手間がかからないので早く大量に、しかも安く作れるということである。
また、紙の早合を使って弾や火薬を中に装填する場合、早合の火薬の詰まっている部分の端を噛み切り、噛み切った口から銃口に火薬を注ぎ込み、弾は紙ごと銃口から入れて槊杖で詰めた。ここで弾を紙ごと入れるというのが、メリットになっていた。というのも、当時の弾は大きさがバラバラであり、ピッタリと銃の口径に合っている弾というのは少なかった。大きいと入らないが、小さいと銃口が下を向くと転がり出てしまうのである。しかし、紙を弾ごと入れることで、弾と銃身との間を紙で埋めることができ、小さい弾でも銃口から転がりにくくなっていた。そのため、小さい弾は不良品として使用していなかったのだが、紙の早合を使うことで小さい弾も使えるようになり、結果、使用できる弾の数が増えたのであった。一方で、油紙なので弾が滑りやすくなり、装填時にスムーズに装填できるようになっていた。
また、紙の早合を使うことで、通常は一発撃つのに40秒近くかかっていたものが、一発20秒もかからずに撃つことができるようになっていた。そのため、発射速度が倍近く早くなったのであった。
むろん、デメリットもある。紙ごと銃口から入れるため、発射した後に紙の燃えカスが少し銃身に残ってしまうことである。一応油紙なので、紙は殆ど燃えてしまうのだが、やはり燃えカスが残ってしまう以上、清掃は必要となっている。その結果、通常時よりも銃身の中を掃除する回数が増えてしまった。
もう一つは紙の厚さがバラバラなので、火薬の量に微妙に差ができてしまうということだ。無論、なるべく均一な厚さの紙を用意したが、羽柴領の紙の生産量では均一な厚さの紙を大量に用意することは出来なかった。
さらにもう一つ、これは羽柴の作った紙の早合の特徴なのだが、噛み切った紙は必ず吐き出さなければならなかった。これは、使った油紙の油に問題があるのだ。というのも、使われている油は油桐の種から取り出した桐油というものであるが、この油、有毒物質を持っているのだ。なので、速やかに吐き出す必要があった。
「うむ、まあ、惜しむらくは生産が始まったばかりで、数がそれほどないということじゃがな」
秀吉の言う通り、生産が始まったのが4月の中旬。しかも、紙も油も急に用意できなかったため、生産が少量しかできていなかった。一応、約500発分の早合を準備したが、これらはあくまで実戦でのテストということで、羽柴軍でしか使わないこととしている。
「とはいえ、御屋形様に見せない、という訳にもいかないのじゃ。そこで藤十郎、すまぬが、お主、岐阜で御屋形様の御前で、紙の早合を使っての鉄砲の演武を頼めるかのう?」
「それは構いませぬが、私でよろしいのですか?」
秀吉の頼みに対して重秀はためらいがちに言った。鉄砲の腕なら、重秀よりも良い腕の持ち主は羽柴にも結構いる。特に、蜂須賀正勝は美濃の土豪だった頃から鉄砲に詳しく、そのため、自身はもちろん息子の蜂須賀家政や家臣の主だった者は、鉄砲の腕については羽柴随一であった。此度の戦でも、羽柴軍の主力として参加している。
「構わぬ。お主とて、小六や国友の職人から腕が良いと聞いておるからのう。それに、紙の早合を作ったお主が見せてやれば、お主が御屋形様からお褒めの言葉をもらえるじゃろう。そうなれば、お主の妻に、御屋形様の娘を貰えるかもしれんからのう」
「お待ち下さい。早合を紙で作るのを提案したのは半兵衛殿ですよ?それに、実際作ったのは国友の職人たちです。その手柄を私のものにするのは如何かと」
秀吉の考えに対して反対する重秀。そんな重秀に重治が声を掛けた。
「ああ、気になさらないで下さい、若君。紙の早合が実用化できたのは、若君が菅浦の桐油と小谷の紙を知っていたからです。つまり、紙の早合に若君は関わっておられるのですから、お褒めの言葉を受けることは出来るわけです。それに、若君には少しでも名声を付けていただきませぬと、我ら家臣も仕え甲斐がないというものです」
「し、しかし、半兵衛殿の名声は・・・」
「若君。こう申し上げるのは傲慢だと己でも思いますが、紙の早合を作った名声と、稲葉山城を十六人で乗っ取った名声と、どちらが上だとお思いですか?」
重治の言葉に重秀が思わず黙ってしまった。確かに、永禄七年(1564年)二月に行われた竹中重治による稲葉山城乗っ取りと主君斎藤龍興の追放劇は、天下に竹中半兵衛重治の名を轟かせ、その名声は揺るぎないものとした。
それに比べたら、紙の早合など大した名声にはならないだろう。しかし、全く名声を持たない重秀には貴重な名声であった。
「・・・分かりました。お褒めの言葉はいただきます。しかし、もし褒賞を頂いたら、それは国友村の職人達に分けてやって下さい」
「まあ、褒賞はもらえんとは思うがの。しかし、お主の気持ちは分かった。国友村の職人達には特別な褒賞を羽柴から出すことにしよう」
重秀の提案に、秀吉がそう答えた。そして、真面目な顔で重秀に言った。
「藤十郎よ。紙の早合もまた、羽柴の内政の結果よ。これで御屋形様に、羽柴は内政でも使えると認められれば、我らはさらに織田家中で重要な立場になる。そうなれば、羽柴は安泰じゃ。良いな」
「はい、父上」
重秀はそう言うと、秀吉に頭を下げた。
ついに羽柴軍が出撃することとなった。先陣は蜂須賀正勝率いる蜂須賀勢。長浜城城下町に繋がる城門の内側で小一郎や加藤孫六、大谷桂松らが見送る中、蜂須賀勢が城門から出ていく。城門の外、城下町の大通りにはすでに大勢の住人が出撃を見ようと道の両側にひしめき合っていた。そして蜂須賀勢が大通りを通ると、道の両側から拍手や激励の掛け声が聞こえた。
蜂須賀勢に続き、堀尾吉晴勢、中村一氏勢、加藤光泰勢など与力や家臣の備が続き、いよいよ秀吉本隊が出撃していく。先ずは仙石秀久隊が露払いとして出発、次に馬廻衆が続いた。その中には宮田光次、神子田正治、尾藤知宣、戸田勝隆、蜂須賀家政、そして福島正則と加藤清正、片桐直盛も混じっていた。馬廻衆の後から、秀吉が馬印である金の瓢箪と旗印である金一色の旗を従え、馬に乗って現れた。秀吉はにこやかに沿道の人々に手を振りながら進んでいった。秀吉の後からは石田三成を含めた小姓衆と、増田長盛を含めた勘定衆、そして徒歩の足軽達が続いていた。
「殿が出られました。次は我々ですな」
馬上で出撃の待機をしていた重秀に、同じく馬上の一豊が話しかけた。しかし、重秀からの返事がない。
「若君」
「あ、ああ。伊右衛門か。何かあったか?」
「いえ、何も。と言うか、緊張されてるのか?」
「・・・正直言えば」
「何を言っておられるのか。初陣は済ませていらっしゃるんですぞ」
「しかし、今回は羽柴の将として、馬上にて出陣するのだ。緊張するというものよ。そもそも、初陣の時は馬に乗れなかったからな」
初陣の前に重秀は秀吉から1頭の馬を貰っていた。しかし、重秀は初陣の時には馬に乗っていない。いや乗れなかったのだ。
具足を身に着け、重い状態で馬に乗って長距離移動すると、馬が疲れたり爪が割れて駆けることができなくなる。なので騎馬武者は予備として複数の馬を持っているし、長距離の移動中は具足を身に着けずに馬に乗っている。では具足は?というと、予備の馬に鎧櫃(具足を入れる箱)を載せて移動するのだ。
重秀の場合、1頭だけの馬なので、移動中は鎧櫃を馬に載せ、自分は徒歩で移動していたのだ。そして戦場で具足を身に着けて馬上で戦う、ということもなく、結局初陣では馬を使わなかったのであった。
「そればかりは慣れていただきませぬと困ります。今後もこういった出陣はございますし、何より殿の代理として羽柴全軍を率いることだってございましょう。弱気になられず、堂々と胸を張って頂きたい」
一豊がそう言って活を入れると、重秀は頷いた。
「・・・それもそうだな」
重秀はそう言うと胸を張って前を見据えた。その姿を見た一豊が満足そうに言う。
「そうそう、その調子ですぞ」
「・・・あんまり調子に乗るなよ。ひっくり返るぞ」
一豊が重秀を褒めていると、重秀を挟んで一豊の反対側にやってきた長吉がからかいながら言ってきた。
「・・・浅野の叔父上は緊張感なさすぎでは?」
重秀のジト目を気にせず、長吉が話し始める。
「今から気張ったら、岐阜についたら疲れちまうぞ。ま、弥三郎みたいに青い顔してないだけマシだけどな」
そう言うと、長吉が後ろを振り返った。重秀も後ろを振り返ると、そこには青い顔をして馬上で緊張している石田正澄がいた。
「あー、弥三郎。お前、大事無いか?」
重秀が心配気味に聞くと、正澄は「はい」と呟いた。大丈夫そうではなかったので、重秀が再び声を掛けようとした時、一豊が重秀に声を掛けてきた。
「若君、前の備が動き出しました。我らも参りましょうぞ」
一豊に言われた重秀は、すぐに前を向くと、大きく息を吸って一気に吐き出すように大声を張り上げた。
「羽柴小荷駄隊、出陣!」




