第4話 師との出会い
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岐阜城下のとある屋敷。大松は浅野長吉、杉原家次、杉原家定の三人と一緒に屋敷の門の前で待っていた。
「やっと竹中半兵衛が来ることになったか」
家次がぼそっと呟く。
「義兄貴も大分苦労されていたようですね」
長吉が誰ともなく言う。
「しかし、殿が喉から手が出るほど欲しがった逸材だ。これを引き入れた藤吉も、ますます殿の覚えめでたくなりそうだ」
家定が分かったような顔で話した。
「・・・おじ上方、誰か来ましたよ」
大松が指差す方から、複数の人々が荷車を何台か列にさせながらやってきた。その先頭には、大柄な男性とそれより小柄な男性が並んで歩いてきた。
大柄の人間は、近づくにつれてその詳細が分かってきた。全身は筋肉で膨れ上がり、柄の派手な着物ははち切れんばかりになっていた。顔は髭で覆われ、鋭い眼光が彼が過酷な環境で育ったことを物語っていた。
そんな男が大松を見つけると、「ほう・・・」と興味を示したようなことをつぶやきながら近づいてきた。
「おめえか、藤吉の息は。聞いたとおり親父に似てないな」
「お、大松です。お初にお目にかかりまする。竹中様でございますか?」
若干ビビりながら大松が挨拶すると、その大男はキョトンとした顔になり、その後豪快に笑い出した。
「ガッハッハ、俺が天才軍師様に見えるか!?俺は竹中じゃねえ。蜂須賀小六郎正勝よ」
そう言いながら大松の頭をガシガシと乱暴になでた。
「蜂須賀殿も竹中様の引越の手伝いに?」
「おうよ!将右衛門も来てるぞ!」
すでに面識のある長吉の問いに正勝が答える。すると、隣りにいた小柄(正勝に比べて、という意味で)が話し始めた。
「弥兵衛(長吉)殿とは前にお会いしたが、他の方々とはお初にお目にかかるな。前野将右衛門長康だ。小六とは義兄弟で弟分にあたる。以後よろしく」
正勝と同じいかつい見た目に反して、丁寧な物言で挨拶をする長康。そんな長康に大松が疑問をぶつけた。
「義兄弟?父上と浅野の叔父上のようなものですか?」
「うんにゃ、そうじゃなくて、義兄弟の契りを交わしたのよ」
「義兄弟の契り?」
「あー、子供にはまだ分からないか・・・」
長康がそう言うと、頭を掻きながら大松に話しかけた。
「三国志に出てくる劉備、関羽、張飛の三兄弟の『桃園の契り』みたいに誓いを立てたのよ。『我ら同じ日に生まれずとも、同じ日に死なん』とな」
それを聞いた正勝が驚いたような表情をしながら大声で長康に言う。
「えっ!?お前、そんな事誓い合ったことねーじゃねーか!酒を酌み交わしてお終いだったじゃねーか!俺、お前と一緒の日に死ぬの嫌だぞ!」
「例えだ例え!三国志の『桃園の契り』なら分かりやすいだろ!誰だって知ってんだから!」
「あのー、三国志ってなんですか?」
言い合いをしている正勝と長康に質問した大松。その大松に家次が答える。
「三国志というのは昔の唐の国(現代の中国、当時は明王朝であった)の歴史書よ。『桃園の契り』はその中でも有名な場面だな。桃園―――桃の木の森みたいなところで劉備、関羽、張飛が義兄弟となることを誓い合うのさ。ま、大きくなれば嫌でも読まされるさ」
「へー」
大松がそう返事した時、誰かが遠くから「おーい」と言っているのが聞こえた。
「お、あれは小一郎じゃないか」
家次が言うとおり、小一郎が手を振りながら走って来た。
「小一郎、どうした?そんなに息を切らして。藤吉と竹中様が見えぬが・・・?」
家定の疑問に小一郎が息を整えて答える。
「・・・兄者と竹中様は、城で殿様に挨拶に行っている。儂は奥方様と侍女を連れて来たんじゃ」
そう言うと、小一郎は後ろを見返る。視線の先には、市女笠を被った女性が数名立っていた。
「兄者からの伝言じゃ。『竹中様と儂は後で屋敷に向かう。その間、荷物を屋敷に入れるように。なお屋敷のどこに置くかは奥方の指示に従え』だそうだ」
小一郎が手で女性たちの方へ示しながらそう伝えると、大松らは一斉に動き出した。
―――本が多いな。こんなに多くの本は見たことがない―――
大松がそう思いながらも、細い荒縄で本をまとめた荷物をせっせと荷車から下ろしては指定された部屋へ運んでいった。ある程度の数の荷物を部屋に入れると、荒縄を脇差で切って、本を整理していった。大松はその作業を一刻(約2時間)もやっていた。
数多くある本の表紙には、題名の書いていないものが多かったが、少ないながらも題名の書いてあるものもあった。その中の一つに、大松は目を留めた。
「三・・・国・・・志・・・?」
ああ、さっき言っていたのはこれかぁ、と思いながら、大松は本の表紙をめくってみた。
「うっ」
2〜3頁開いただけで大松は思わず嫌そうな顔をした。全文漢字で書かれていたからだ。しかも、知らない漢字が多い。
「太祖武・・・。太いソタケってなんだ?祖父みたいなものか?」
そう思いながらパラパラとめくってみるが、読める漢字と読めない漢字でチンプンカンプンである。しかも、どこで区切って良いのかが分からない。
「・・・桃の森なんてどこにも書いてない」
とりあえず『桃』の一文字を探してみた。『桃酒』や『桃山』、『桃布』はあったが、なんか違うっぽいというのは大松でも分かった。
大松が必死に『桃』を探していると、背後から声をかけられた。
「何を読んでいるのですかな?」
「わっ!」
いきなり声をかけられた大松は、本を閉じて後ろを振り返った。そこには、青白い顔をした背の高い青年が立っていた。
身長は父親である秀吉や叔父である小一郎よりも大きいが、前田利家よりは小さい。ほっそりとした体格に青白い顔は、まるで体の大きな女性に見えた。最も、母親に生き写しの大松も女の子っぽい顔立ちなので人のこと言えないのだが。
「も、申し訳ありませんでした!すぐに荷物を屋敷に・・・」
立ち上がろうとする大松を、青年は手で制した。
「まあまあ、お座りなさい大松殿。それより、何を読んでらしたのかな?」
青年にそう言われた大松は、手に持っていた本を渡した。
「ほう・・・、三国志ですか。漢文を読めるのですか?」
「いいえ、読めません。『桃』の字を探しておりました」
「『桃』?なぜ『桃』を?」
青年が首を傾げて聞いてきたので、大松はさっき聞いた『桃園の契り』について話した。
「なるほど、そういうことですか」
大松から話を聞いた青年は微笑むとそう言った。そして続けた。
「『桃園の契り』は確かに三国志の中の話ですが、大松殿の読んでいたその三国志の書には書かれていません。その三国志は一部、『魏志』という書です。そうですね・・・」
青年はそう言うと、手に持っていた本を大松に返した。そして積み重ねてある本を取り出して何かを探し始めた。
「あったあった。これですね」
少し探した後、一冊の本を取り出すと、それを大松に手渡した。
「この本は『全相平話三国志』という書です。この中には『桃園結義』というのがあります。それが『桃園の契り』ですよ」
大松が頁をめくると、そこには頁の上1/3に挿絵が描かれており、その下に全文漢字の文章が書かれていた。パラパラとめくっていくと、ある頁に『桃園結義』が書かれており、そこの挿絵には三人の男性が描かれていた。
「この三人が劉備と関羽と張飛ですか?」
「そうですね」
「へー」
そう言って大松はその頁を食い入るように見つめた。なんとか漢文を読もうとするが、読み方が分からないので目が回りそうになる。
「・・・読み方を教えましょうか?」
「よろしいのですか!?」
青年の提案に大松が食い気味に聞いた。
「ええ、どうせ漢文の読み方は習うのですし、興味ある漢籍で学んだほうが身につくでしょう。それに・・・」
そう言っていた青年の背後から、ドタドタと騒がしい足音が近づいてきた。
「竹中様、竹中様!全ての荷解きが終わりましたぞ!」
秀吉がそう喚きながら、大松達がいる部屋に入ってきた。
「藤吉郎殿、それがしのことは半兵衛と呼び捨てにして良いと言ったではありませんか」
「いやいや、殿様の覚え目出度き竹中様にそのような言い草は・・・、ん?」
青年の若干の抗議を含んだ声を遮りつつ、秀吉が話し続けようとした時、秀吉は青年の肩越しに座り込んでいる大松の姿が見えた。
「おい、大松、こんな所で何をやっている?まさか・・・」
「いや、大松殿にはそれがしの書物の整理を手伝ってもらっておりました。しかしながら、それがしが書物を読んでしまって、それを大松殿に説いてしまったのですよ。しかし、あれですな。大掃除中に懐かしき本を見つけて、ついつい読み耽ってしまう日本人のなんと多いことか」
青年があたふたと説明していると、秀吉は大松に声をかけた。
「おい、大松。この方が竹中半兵衛さま・・・、じゃない、竹中半兵衛殿じゃ。ご挨拶したか?」
「・・・これは失礼致しました。木下藤吉郎が息、大松にございます」
「ご丁寧にどうも。竹中半兵衛重治です。お名前はお父上から聞いておりますよ」
これが大松にとって生涯の師となる竹中半兵衛との最初の出会いであった。
「えっ!大松に漢文を教えていただけるのですか!?」
引っ越し作業も大方終わり、竹中屋敷の居間で車座になりながら一休み―――と言う名の酒盛りをしている中、秀吉が驚きの声を上げた。
「ええ、とりあえずは『全相平話三国志』で。まあ、『三国志』でも良いのですが、あれは子供にはつまらんものですから、まずは読みやすいもので」
重治の言葉に秀吉は畳におでこを思いっきりぶつけながら平伏した。
「ありがたい!この藤吉郎秀吉、半兵衛殿の御恩は一生忘れませんじゃ!」
「そこまでしなくても」と苦笑いしながらうなずく重治。そんなやり取りを見ながら、小一郎は秀吉に話しかけた。
「しかしよ、兄者。大松は寺に剣術と励んでいるのに、更に漢籍とは・・・」
「何を言うか、小一郎!せっかく半兵衛殿がお教えくださるというのだぞ!寺なぞやめさせればよいではないか!」
「いや、さすがに寺をやめさせるのは大松殿にはよろしくはないでしょう。そうですな・・・」
秀吉の無茶に対して重治が宥める。そして大松の方に顔を向けた。
「大松殿は一日をどのようにして過ごされているのか?」
「寅の刻に起きて素振りと掃除をします。その後飯を炊いて食べて、辰の刻から丑の刻まで寺で学びます。その後は浅野の叔父上か前田の父上に申の刻まで剣術を学んだ後に晩飯をごちそうになります。その後は家に帰って戌の刻には寝てます」
「毎日剣術の鍛錬を?」
「いえ、浅野の叔父上も前田の父上もお勤めに出ている場合はお休みです。しかし、自主的に鍛錬は行っております」
「そうですか・・・。では、酉の刻の間、お教えいたしましょう」
「お待ち下さい。もう暮六つですよ!?七つの大松をそんな時間に・・・」
大松から話を聞いた重治が提案した時間に、小一郎が慌てた。暮六つとは日の入りの時間である。現在の時刻とは違い、当時の時刻は日の出と日の入りを基準に、昼と夜をそれぞれ六等分して時刻を決めていた。そして、日の入りになったら大体の人は家に居るものである。よほどのことがない限り、日の入り後の外出は控えていた。
小一郎はそんな時刻に七つの大松を竹中屋敷まで行かせることに反対したのだ。現代こそ、夜遅くまで塾で勉強する小学生も多いが、当時は現在と違って街灯なんてものはないし、治安もよろしくない。木下家の跡取りたる大松を夜に外出させるなど、とんでもない話なのだ。
しかし、重治もこれは分かっていたようで、
「いいえ、私が木下屋敷にて、大松殿にお教えいたしましょう」
と、小一郎に答えた。
「いや、さすがに半兵衛殿に我が屋敷まで来ていただくことは、申し訳が・・・」
秀吉が渋ると、重治がさらに答えた。
「・・・?なぜ遠慮を?私は藤吉郎殿の与力ですぞ?与力となれば木下屋敷に詰めるのは当然ではありませんか」
「いやいやいや、与力が屋敷に詰めるなど、聞いたことありませんぞ」
秀吉がそう言っている側で、小一郎が聞いてきた。
「おい、兄者。与力ってどういうことじゃ?」
「ああ。さっき殿から、半兵衛殿と牧村長兵衛(利貞)殿、丸毛三郎兵衛(兼利)殿を与力として付けるとの命をもらったんじゃ。儂は頭が良くないからのう。知恵者の半兵衛殿がいてくだされば、助かると思って、駄目元で聞いたんじゃ。まさかすんなり許してくださるとは」
「・・・聞いてないぞ」
「話す暇がなかったんじゃ」
眉をひそめる小一郎に秀吉は舌を出しながら答えた。
「ま、それはそれとしてじゃ。半兵衛殿、本当によろしいのですか?」
秀吉は重治に向き合うと、改めて聞いた。
「ええ、かまいませんよ。大松殿はなかなか教えがいのある子だと思いますし、楽しみではあります」
「おお!」
重治の言葉に喜んだ秀吉は、大松に顔を向けた。
「良かったのう、大松!これで半兵衛殿並の軍師になれば万々歳じゃ!」
喜ぶ秀吉に対し、大松の顔は暗かった。
「どうした、そんな顔をして」
「いえ、先程の漢籍を読んで、本当に大松めに読めるのかどうか・・・」
不安がる大松に、重治が微笑みながら語りかけた。
「誰だって最初は読めないものです。しかし、ちゃんと学べば、誰だって読めるようになりますよ」
「そうだなぁ。俺だって最初は訳分からなかったけど、今じゃ漢詩も作れるようになったなぁ」
それまで黙って酒を飲んでいた前野長康がぼそっと呟いた。それを聞いた蜂須賀正勝が思い出したかのように声を上げた。
「ああ、そういやそうだったな。野盗みたいな格好しておいて、似合わんことするなぁと思ってたんだ」
「野盗の姿は仕方ないだろう、ほっとけ。ってか、お前も似たような姿だろう」
長康が笑い出すと、皆も笑い出した。
その日以降、大松は寺と自宅で勉学に励むようになった。漢籍を学ぶのは武士の子としては当然であったとしても、大松のように7歳から始めるというのは珍しい。例えるならば、小学校1年生に小学校5年生から習う英語の授業を受けさせるようなものであろうか。7歳から竹中半兵衛という師を迎えて漢籍をも学ばされた大松が、いかに秀吉から期待されてたかが分かるであろう。
後年、豊臣秀重が「三国志狂」とまで言われるほどに三国志を好んでいたのは、自ら書いた『長浜日記』『大坂日記』を始め、当時の資料からも確認できる。『長浜日記』では『岐阜にいた頃から』と書かれているので、三国志に興味を持ったのは、今孔明と呼ばれた竹中半兵衛の影響があったからかも知れない。
注釈
竹中重治が木下秀吉の与力になったのは、永禄10年(1567年)という説と、元亀元年(1570年)という説がある。この小説では前説を取っている。