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第48話 長篠の戦い(その1)

感想、評価、ブックマーク登録、いいね!を頂きありがとうございます。


6月は忙しくなりますが、何とか今のペースを維持できるよう、努力致します。しかしながら、火曜日の更新がない場合がございます。予めご了承いただけると幸いです。

 天正三年(1575年)五月三日、重秀は本丸御殿の大広間で開かれた朝の評定に参加していた。この日の評定には、秀吉の傘下にある家臣や与力、そしてそれぞれの重臣が全員揃っており、如何に重要な評定であるかを物語っていた。

 広い大広間で皆が静かに待っている中、小姓として付き従っている石田三成を連れて秀吉が大広間に入ってきた。皆が平伏している中で、上段の間の真ん中に座った秀吉が大声を張り上げた。


「一同大義!(おもて)を上げよ!」


 皆が緊張の面持ちで顔を上げると、秀吉が真面目な顔をしながら話し始めた。


「既に知っているものもおろうが、昨日、御屋形様より使者が来た。来る五月五日をもって出陣!三河へと向かう!」


 秀吉の発言を聞いた一部の者達が「越前ではないのか?」とヒソヒソと言い始めた。すぐに小一郎が「お静かに!」と叫ぶと、ヒソヒソ声が止んだ。それを見計らって秀吉が話を続ける。


「疑問に思うのも無理はない。儂も半兵衛もまずは越前奪還が先じゃと思うておった。しかし、三河の長篠城は頑強に武田勢を食い止めておるが、それも時間の問題じゃ。これ以上、三河守様(徳川家康のこと)に苦杯を舐めさせるわけにはいかぬ!ということで、御屋形様自ら軍を率いて援軍に向かうこととなった。我らはその援軍の中の一軍として参戦いたす!」


 秀吉が力強くそう言うと、蜂須賀正勝や仙石秀久と言った猛者たちが「おおっ!」と腹に力を込めて大声を上げた。


「とは言え、北の越前がどう動くかは未だに不明。ある程度は残しておかねばならぬ。ということで、長浜城の留守居役は小一郎に任せることにした。良いな」


「はっ!謹んでお受けいたしまする!」


 秀吉の命を受けて平伏する小一郎。しかし、評定の前のブレックファーストミーティングですでに決まっていたことなので、ぶっちゃけ予定調和である。


「また、越前への抑えには阿閉殿、宮部殿等近江の国衆にお任せ致す。何卒、近江をお守りくだされ」


 阿閉貞征と宮部継潤が黙って頭を下げた。秀吉と反りのあわない貞征は邪魔だし、その貞征を抑えられて、かつ信用できる国衆は継潤しかいない。よってこの二人が近江に残るのも予定調和である。


「さて、残りの者共は全員儂と共に出陣してもらうが・・・。実は御屋形様より兵についてある条件が出されている。その条件に合う者のみを連れて行くように」


 秀吉から変わった命令を受けた皆は一部を除いて互いの顔を見合わせた。どんな条件が出されるか、全く分からなかったからだ。


「第一に、鉄砲の扱いに長けた者。第二に築城、特に砦の経験を持つ者じゃ。まあ、皆の中には虎尾山砦の築城に参加した者もおるで、そういった者は優先させるがの」


 大広間にいた者達は、若干戸惑いながらも「ははぁ!」と言って平伏した。


「さて、時が惜しい。評定はこれにて解散。諸将は明日の暮六つまでに兵を率いて長浜城へ来るように。陣立ては集合後に半兵衛より発表する。以上!」


 秀吉の締めの言葉を聞いた者達は、一斉に「ははぁ!」と言うと平伏した。





 諸将が戦支度をするべく下城した後、重秀は小広間へとやってきた。ここでは、秀吉と重秀が上段の間に座り、小一郎、竹中重治と木下家定、浅野長吉、山内一豊が小広間の左右に別れて座っていた。そして、部屋の真ん中より下座には、福島正則、加藤清正、石田三成、石田正澄、そして重秀が初めて見る青年が座っていた。


「藤十郎は知らんじゃろうから紹介しておこう。そこの若者は片桐という者で、元は浅井の家臣だった者じゃ。桂松の母親からの紹介でのう。お主が堺に行っている間に登用したのじゃ」


 秀吉はそう言いながら、右手を青年に差し出した。青年は平伏し、顔を上げて重秀に言った。


「お初にお目にかかります、若君。それがし、近江国浅井郡須賀谷の住人、片桐孫右衛門直貞が息、片桐助左直盛(のちの片桐且元)と申しまする。誠心誠意、殿様と若君のために働く所存でございます」


 はっきりと聞こえる声で挨拶をした直盛に、重秀は「うん、よろしく頼む」と答えた。隣りにいた秀吉が直盛に話しかける。


「助左、そちには仕えてそうそう悪いが、此度の戦に儂の馬廻衆の一人として参加してもらう。良いな!」


 秀吉にそう言われた直盛が「ははぁ!」と言って再び平伏した。


「さて、市松に虎、佐吉に弥三郎。お主達は此度の戦で初陣を飾ってもらう。良いな」


 秀吉が残っている四人にそう言うと、正則と清正は嬉しそうに、三成と正澄はやや緊張した面持ちで「おう!」と返事した。


「正則と清正、そして三成は此度は特別に儂の馬廻衆に参加してもらう。特に三成、そなたには首実検での記録をつけてもらう。馬廻衆は猛者揃いぞ。しっかりと誰が誰の首級を取ったか、ちゃんと記録しておけよ」


「は、はい!」


 若干青い顔をしながらも三成は力強く返事をした。そんな三成を重秀は同情しながら見つめていた。


 ―――あーあ、佐吉も大変だな。長島で記録の手伝いしたけど、失敗は許されないからな・・・―――


 長島一向一揆平定戦で、重秀は首見知(首実検の一種)に参加したことがある。数多くの首検知によって生首に慣れた重秀は、平定戦の後半では狭義の首実検の手伝いに駆り出されるようになっていた。この時に実検させられた首級は一揆勢に加担した国衆や信長に敵対して長島に逃げ込んだ元武将といった者達の首級であり、褒賞にダイレクトに影響ある首級であった。これらの首級が誰が討ち取ったのか、首級が誰なのかを正確に記録しないと、褒賞に影響が出るし、最悪記録した者が恨まれることになるのだ。そのため、重秀はプレッシャーと戦いながらも記録の手伝いをしていたのだった。


「さて、藤十郎。今回の戦にはお主にも来てもらう。長島で初陣を果たしているとは言え、あの時は小姓としての参加。今回は元服後、羽柴の将としての参加じゃ。実質的な初陣と心得よ!」


 秀吉が隣りに座っている重秀にそう言うと、下座や左右に座っている者達から「おめでとうございまする!」という声が上がった。重秀は「承りました」と言って軽く頭を下げた。


「お主には弥三郎と伊右衛門(山内一豊のこと)と弥兵衛(浅野長吉のこと)をつける故、小荷駄隊の指揮をとれ」


 隣りに座っている秀吉からそう言われた重秀は、思わず「はあ?」と声を上げてしまった。


「なんじゃ不満か?」


「・・・それがしも前線に出られるものと思っておりましたが」


 笑いながら言う秀吉に、重秀は不満タラタラな表情をしながら言った。


「・・・あー、儂も最初はそうするつもりであったのだがの。伊右衛門に問題があったのじゃ」


 秀吉がそう言って視線を重秀から一豊に移した。一豊は気まずそうにしながら重秀に言った。


「・・・恐れながら若君。我が山内家で鉄砲を撃てる兵はほぼおりません・・・」


 一豊の俸禄ではコストの高い鉄砲隊を組織することができなかったため、山内勢には鉄砲隊がなく、そのため鉄砲が上手い兵がほぼいないのであった。つまり、そもそもこの戦に参加できないはずなのだ。しかし、重秀の傅役が重秀と一緒に出陣できないのはまずい。ということで、山内勢は小荷駄隊に回されてしまったのだった。


「とはいえ、一応築城経験はあるからのう。それに、追撃など鉄砲を使わない戦い方もあるでの。そっちの方で気張ってもらわんとのう」


「お、お任せ下さい」


 秀吉からのやや冷たい視線を浴びながら、一豊が平伏しながら言った。


「しかし、父上、それだけの理由で私が小荷駄隊の指揮を取るのは・・・」


「もちろんそれだけではない。藤十郎の小荷駄隊はただの小荷駄隊ではない。重要な物を運んでもらわにゃいかん。それで、お主に託すことにした」


 まだ不満げな重秀を、秀吉はなだめるように言った。


「今、坂本城には明智様が畿内や丹波、丹後からかき集めた鉄砲が集積されとる。それを岐阜まで運んでほしいんじゃ」


「・・・明智様は此度の戦には出られないのですか?」


 重秀の質問に秀吉が頷く。


「うむ、明智殿には畿内を抑える役目があるからのう。ただ、御屋形様より鉄砲をかき集める役目は仰せつかっていたらしい。その鉄砲を我らで岐阜まで運ぶのじゃ」


「鉄砲の数はどのくらいでございますか?」


「約五百丁ほどと聞いておる」


「それほど集めたのですか?ならば、我らと合わせて一千丁いくのでは?」


 重秀が驚きながら言うと、秀吉はニヤリをしながら言った。


「一千は軽く超えるわ。美濃尾張伊勢に元々あった鉄砲を合わせればな。それに、徳川が五百丁持っとったはずだから、合計すれば二千丁近くまで集まるじゃろう」


 重秀は秀吉の話を聞いて唖然とした。「そんなに集めてどうするんだ?」と心の中で呟いた。


「・・・承知致しました。では、坂本城からの鉄砲はもう届いているのですか?」


 重秀が秀吉に聞くと、秀吉は首を横に振った。


「いや、これには留守居役の小一郎に取りに行ってもらうつもりじゃ」


「私ではないのですか!?」


 秀吉の予想外の発言に、重秀が思わず声を上げた。秀吉は困ったような顔をしながら答えた。


「本来、お主が行くべきなのじゃが、坂本城にお主を派遣するのは正直嫌なんじゃ」


「・・・何故ですか?」


 疑問を口にする重秀だったが、一つ思い当たることが脳裏に出てきた。そこで重秀はその事を秀吉に言ってみた。


「・・・ひょっとして、菅浦の舟手衆を派遣すると、堅田衆と揉めるから、ですか?」


「ああ、それもあるな」


 秀吉が膝を軽く叩きながらそう言った。しかし、すぐに真面目な顔をすると、秀吉はゆっくりと口を開いた。


「・・・お主が坂本城に行って、勝手に明智の娘を妻に迎えないか、心配しとるのじゃ」


 予想外の答えを聞いた重秀が「そんな馬鹿な!」と否定するが、秀吉は首を横に振って重秀に言った。


「いや、分からんぞ。明智殿も口は達者だからのう。お主を言いくるめることくらい、造作も無い事ぞ。それに・・・」


「まあ、藤十郎には色々準備もあるじゃろ。ここは儂に任せておけ。おお、そうじゃ兄者、藤十郎の鎧が届いたのじゃろう?試しに着せてやってはどうじゃ」


 秀吉の話が長くなりそうだ、と察知した小一郎が無理やり話題を変えようとする。それを聞いた秀吉が、何かを思い出したかのように声を上げた。


「おお!そうであった!京の鎧師に作らせた物が先日やっと届いたのじゃ!早速着て見せい!誰か!藤十郎の具足を持てい!」


 秀吉が立ち上がりながら大声で叫んだ。





 重秀の具足の入った箱が一旦下がっていた片桐直盛らによって運ばれると、彼等の手によって箱の外に出されていった。


「さあさあ、着て見せい!助左(片桐直盛のこと)よ、手伝ってやれ」


 秀吉に促されて具足を身に纏う重秀。直盛だけではなく、具足を何度も付けている長吉や一豊も一緒になって手伝いつつ、やっと身に着けることが出来た。


「おお!見事な若武者よ!これぞ羽柴の大将ぞ!皆もそう思うであろう!」


 秀吉が喜びながらそう言うと、その場にいた皆も「まこと、凛々しき若武者にございまする」と口を揃えて褒めた。


 一方、重秀にとってその具足はやや不満の残るものであった。


「・・・父上、ちと派手ではございませぬか?それに、なんか古臭い・・・」


「まあ、伝統を重んじる京の鎧師が作ったものだからのう。胴は小札こざねだし、袖(肩の部分を守るために覆う部分のこと)は大鎧(鎌倉時代の鎧)のようにでかいから、古臭く見えるんじゃ。しかし、鎧以外の具足はちゃんと当世具足(戦国時代に開発された最新鋭の具足のこと)そのものじゃ。軽いし、動きやすいじゃろ?

 それに、派手とか申すな。糸縅(いとおどし)の色が紅いのは具足ではよくあるものじゃ」


 秀吉がそう言うと、重秀は「はあ」と、理解はしたが納得していないという感じの返事をした。


「それよりも、ちゃんと体に合っているか?」


 小一郎の言葉に、重秀は「それはご心配なく。ちゃんと体に合ってます」と答えた。


「思ったよりも軽い故、馬上でも動きやすそうです」


「まあ、今回の戦は馬上の戦いではないんじゃが・・・」


 秀吉の意味深な発言に、重秀は脳裏に疑問が浮かんだ。重秀が何か言おうとした時、秀吉が何かを思い出したかのような声を上げた。


「おお、そうじゃ!市松に虎、佐吉に弥三郎の具足も別の部屋に用意してある!部屋に案内させる故、そなたたちも着て参れ!」


 秀吉の言葉に、正則と清正が歓声を上げ、三成と正澄は礼を言いながら頭を下げた。





「まあまあ!若君も石田殿も福島殿も加藤殿も皆立派な姿になって!」


 二の丸御殿の広間で重秀等の甲冑姿を見た千代が、大げさに褒めていた。

 本丸御殿で甲冑を身に着けた重秀達は、「出陣までは甲冑を身に着けて過ごして体を慣らしておけ!」と秀吉から命じられたので、そのままの姿で二の丸御殿まで戻ってきたのであった。


「いいなー。初陣、オイラも行きたかったなー」


「・・・まだ元服してないだろう・・・」


 千代の側で座っていた加藤孫六が口を尖らせながら言うと、隣りにいた大谷桂松が窘めた。


「いや、正直言うと、孫六には馬の世話役として付いてきて欲しかったのだが・・・」


 重秀がそう言うと、正則が頷きながら話を続けた。


「分かる。孫六の世話した馬はやたらと機嫌いいんだよな」


 正則の隣では清正が頷いていた。


「ま、今回は諦めろ。それより、牛の世話をちゃんとしておけよ。若君の提案した(まつりごと)が上手くいくかどうかは孫六にかかっているのだからな」


 一豊の言葉に、孫六は緊張気味に「は、はい」と返事をした。


「桂松は我らがいない間は小一郎の叔父上の側に侍ることになっている。桂松、叔父上を頼んだぞ」


 重秀が桂松に伝えると、桂松は「・・・承知致しました」と呟いた。その声の小ささに一豊が咎めた。


「桂松よ。若君にその返事は何だ。もっと腹から声を出せ!」


「そんなに大声を出さなくてもよいではありませぬか。若君の御前でございますよ」


 叱る一豊を千代が諌める。そして、千代が話を変えるべく、一豊に聞いた。


「それで、皆様はどの様な役割を?」


 千代の質問に対して、一豊が先程本丸御殿で話し合われた内容を千代に教えた。それを聞いた千代が重秀に顔を向けて話しかける。


「それでは若君は、此度は市殿や虎殿と別々になられるのですね」


「そういうことになりますね」


 重秀がそう言うと、千代がさらに話しかけた。


「では、ここで市殿と虎殿に声をおかけ下さい。若君の臣下にして義兄弟のお二人です。お声がかかれば、二人にとって励みとなりましょう」


 千代にそう言われた重秀は、少し考えると、正則と清正に話しかけた。


「二人共、初陣には敵将の首を三十取ってくると言っていたな」


 重秀の言葉に二人が頷く。それを見た重秀が話を続ける。


「そうなれば私も嬉しく思う。自慢の義弟達だと胸が張れる。だが、あまり無理はするなよ。相手は精強で鳴らす武田兵。御屋形様や徳川様ですら苦杯を舐めさせる猛者揃いだ。中には我らの生きてきた年数の二倍、いや三倍もの長い間、戦場に身を投じてきた者達も多くいよう。そんな中で、決して無理だけはしないでくれ。そして」


 重秀が一旦話すのを止める。そして一息入れると、また話し出した。


「これは父上にも言われたが、敵を殺すのに躊躇(ためら)うな。己の命が第一、隣の味方の命を第二と考え、それ以外は考えるな。私は、義弟を失いたくない。それ故、生きて帰ってくること。これが私からの命令だ。よいな?」


 重秀がそう言うと、正則と清正の手を取り、握りしめた。正則と清正も重秀の手を取って握り返す。


「任せな、兄貴。兄貴置いて死にやしねーよ。必ず、首を三十上げて帰ってくるぜ」


「お任せ下さい、長兄。必ずや市松と共に戻ってまいります。ただ、我らが離れている間に、長兄も死なないでくださいよ」


 清正にそう言われた重秀は「分かってるよ」と、笑って答えた。そんな三人を見て、一豊が声を上げる。


「市、虎、儂と弥三郎でしっかりと若君を守ってやる!二人もしっかりと励めよ!」


 一豊はそう言うと、弥三郎の肩を叩きながら大笑いした。重秀達もつられるように笑い出したのだった。


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