第35話 元服
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天正三年(1575年)の正月。大松は14歳(数え年)となった。元日のこの日、大松は長浜城ではなく岐阜の羽柴屋敷にいた。父である秀吉を初め、主だった家臣および全ての与力が信長の正月の宴に参加すべく、岐阜へと集結していたのだった。
大松自体は正月の宴に参加しなくてよいのだが、元服を済ませた後に信長や信忠に挨拶に行かなければならないこと、長浜城への道が雪で閉ざされると行き来ができなくなり、予定が狂ってしまうことから、大松は岐阜で元服をしようということとなった。
また、大松の元服直後には市松、夜叉丸も元服することになっているので、その家族もまた、尾張から岐阜へ集まっていた。
ちなみに、佐吉も元服するのだが、彼は一族が全て近江にいるため、近江で元服することになっている。
さて、羽柴屋敷で新年の挨拶が終わり、秀吉達が岐阜城に行った後、隣の屋敷から前田犬千代がやってきた。久々の親友が来てくれたということで、大松は喜んで屋敷に上げると、自分の部屋へと招待した。
「こうやって二人で話すのも久しぶりだな」
大松の部屋に入り、侍女から白湯を貰った大松がそう言うと、同じく白湯を貰った犬千代が「そうだな」と同意した。そして白湯を一口飲んだ犬千代が話し始めた。
「ところで、元服した後の名前は決まったのか?」
「ああ、羽柴藤十郎重秀となる」
「重秀?」
「去年、若殿様の『重』を拝領してたんだ」
「すげぇ!初めて聞いた!いいな〜」
心底羨ましそうな声を出す犬千代に、今度は大松が質問した。
「犬千代は?元服した後の名前は決まってるのか?」
「孫四郎利勝だ」
「利勝?」
「烏帽子親が柴田様(柴田勝家のこと)なので、勝の字を頂いたんだ」
「ああ、なるほど」
「大松の烏帽子親は?若殿様じゃないんだろ?」
「竹中半兵衛殿だ」
「ああ、師匠だもんな。納得した」
犬千代はそう言うと、一旦白湯を口に含んで喉を潤すと、話題を変えた。
「そういや、梅千代(中川光重のこと)も元服するってさ。清六郎光重となるみたいだ」
「光重?若殿様から一字貰ったのか?」
大松が聞くと、犬千代は右手を振りながら否定した。
「まさか。『重』は父親(中川重政のこと)からだよ。っていうか、若殿様から一字貰ってるのは大松だけじゃないのか?」
「今年からは『忠』の字を貰う人が多そうだけどな」
「ああ、そうだ。梅千代だけど、去年荒子城に来たぞ」
犬千代が話題を変えた。
「へー、いつ?」
「大松が小谷に行った直後だ。父親も来てたな、そういや」
「ふーん」
大松はそう相槌を打つと、白湯を飲み干した。そして一息つくと犬千代に聞いた。
「今年はどこと戦するんだろうな」
「さあ・・・?噂では越前の一向一揆勢だって聞いたけど、武田がどう動くか」
犬千代がそう言うと、大松は腕を組んで言った。
「越前は父上達の働きで一揆勢は乱れに乱れてる。攻めるなら今なんだけど、雪があって攻め込めないんだよな・・・。武田が動くのは田植えが終わる五月頃だから、それまでに越前を平定すると思うんだけど・・・」
武田の兵は織田と違って農兵が中心となっているため、田植えの時期や刈り入れの時期を避けて戦をすることが多い。なので、武田が動くなら雪解けの時期から田植えの時期までの間、もしくは田植えが終わってから稲刈り開始の時期までの間、ということになる。
「武田は徳川様が抑えてくれるんじゃないかなぁ・・・?」
「いやぁ、無理じゃないかなぁ・・・」
犬千代の願望に対して大松がにべもなく否定した。
「高天神城を落とされてから、遠江の国衆達が動揺しているらしい。今や武田・徳川の最前線は長篠城だからなぁ。あの城、確か三河国にあるから、結構徳川様は押し込まれているんだよなぁ」
大松は竹中重治から聞いた話を思い出しながら犬千代に話した。徳川家の劣勢は顕著なのは事実で、実際、去年の9月には家康の本拠地である浜松城下にまで攻め込まれている。
「徳川様も存外だらしないなぁ」
犬千代は徳川を非難したが、織田も徳川をどうこう言える立場ではない。去年の1月に織田方の城である美濃東部の明知城を武田に攻め落とされているのだ。
「というか、武田が強すぎるんだよ。信玄が亡くなった後に跡を継いだ勝頼・・・だったっけ?その人が上手く治めてるんだと思う。それに、信玄の遺臣がまだ残っているからね」
そんなこんなで二人で色々話して約一刻ほど経った時だった。部屋の障子の向こう側から、夜叉丸の声が聞こえた。
「若君、犬千代様、殿と前田様が城から戻られたとのことです」
「え?もうそんな時間?」
大松が驚いたような声を上げた。
「だいぶ時が経ったようだな。さて、そろそろ俺も屋敷に戻るか」
犬千代がそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。大松も犬千代を見送るのと秀吉を出迎えるために立ち上がる。
「ああ、久々に話せて良かったよ。次に会う時は元服後かな?」
「そうだな。その時はよろしくな、藤十郎殿」
「こちらこそ、孫四郎殿」
そう言い合うと、二人は声を上げて笑いあった。
次の日の夜、いよいよ元服の儀式となった。とはいえ、大松と市松達の元服方法は若干異なる。月代(頭前部から頭頂部の毛を抜くか剃るかして地肌を見せるようにしたもの。後頭部の毛を伸ばして髷にした)をし、袖留(衣服の袖を短くすること)をするところまでは同じである。しかし、市松達はそれで終わり。あとは事前に決めた諱と通称を発表してお終いである。
この頃になると、元服の簡素化が始まっており、烏帽子を被る加冠の儀を省略することが多くなってきた。そもそも庶民や下級武士では烏帽子を被ることがほとんどなくなり、元服時に烏帽子を被る儀式を省いても特に問題がなくなっていたからである。
しかし、北近江12万石の大名の若君である大松はそうはいかない。ちゃんと加冠の儀などの諸作法を行わなければならなかった。月代にするために抜かれた毛の痛みに耐えながら諸作法を滞りなく終わらせ、最後に竹中重治から烏帽子を被せて貰って無事に元服の儀式が終了。晴れて『大松』から『藤十郎重秀』となった。
―――ねね、見ておるか。儂とねねの子が、とうとう元服したぞ。死ぬことなく、無事に元服したぞ。若殿様から一字拝領して、今日から『藤十郎重秀』じゃ・・・。ねね、これからも、大松を見守ってくれ・・・―――
大松改め重秀の頭に烏帽子が乗せられていくのを見ながら、秀吉は涙をこぼした。
次の日の朝、秀吉と重秀は元服して『福島市兵衛正則』となった市松と、『加藤虎之助清正』となった夜叉丸を従えて、隣の前田屋敷を訪れていた。
本来ならば岐阜城に行って信長に挨拶するのが先なのだが、正月の挨拶として色んな人と会わなければならない信長はとても忙しく、秀吉等に会う時間が取れなかった。結局、数日後に会うことになっているため、先に別の人達から挨拶に回ろうということになっていた。
前田屋敷の客間に通された四人は、すでに上座に座っている前田利家、妻のまつ、そして前田孫四郎利勝の三人と対面するように秀吉と重秀が下座に座り、二人のさらに後ろに正則と清正が座った。
「この度、元服いたしました藤十郎重秀にございます。無事、元服いたしましたる段、全て前田の父上、母上の思し召しがあってのことにございます。まこと、有難き幸せにございます」
重秀がそう言って平伏すると、利家が「うむ」とうなずき、まつが畳に手を置きながら「おめでとうございまする」と言って平伏した。
「いやいや、大松・・・じゃなかった、藤十郎がここまで立派に育ったのは又左とおまつ殿のおかげじゃ。この筑前、礼を申す」
秀吉がそう言って頭を下げると、利家とまつは手を振りながら言った。
「いや、藤十郎を男手一つでここまで育てた藤吉の頑張りじゃ。正直、ここまでの立派な若武者になるとは思わなかったぞ」
「夫の言うとおりでございます。ねね様も、さぞかしお喜びでございましょう」
「いやいや、又左よ。藤十郎などまだまだよ。孫四郎殿のほうが立派な若武者じゃ」
重秀を褒められて喜ぶだけが秀吉ではない。ちゃんと利勝のことを褒めて利家達を持ち上げてこその秀吉の人心把握術である。
そんなこんなで話が進んでいくうちに、前田家の侍女によって瓶子と盃と肴が運ばれてきた。挨拶として酒を酌み交わすのである。もっとも、秀吉も利家も共に息子と一緒に他家の挨拶回りがあるので、いわゆる『式三献』をやっている時間はない。一献だけで挨拶を終わらせるのである。
「それでは、前田と羽柴の若人たちに!」
そう言うと、皆で杯を一気に空にした。
この日、秀吉達は利家達と共に岐阜に住む重臣たちの屋敷へ挨拶回りへ行った。それだけで一日が過ぎ、挨拶のたびに式三献にて酒を飲む事になったので、重秀と利勝は最後の方には酔っ払った状態になってしまった。
次の日、秀吉と重秀は岐阜城へと登城した。と言っても今日は信長への挨拶ではない。信長は今日は公家衆との会談があるため、秀吉達とは会えないのだ。そこで、別の屋敷に滞在中の信忠のところに挨拶に来たのだった。
屋敷の広間にて秀吉と重秀が挨拶をし、式三献を終えると、信忠の「後は無礼講じゃ」という言葉で広間はざっくばらんな会談場所となった。
「筑前、まだ大松・・・じゃなかった、藤十郎を儂の下には戻さぬのか?」
「若殿様、我が愚息はまだまだ修行が足りませぬ。当分はご勘弁ください」
信忠の無茶振りに対して、秀吉がやんわりと断ると、信忠は不満げな顔をした。それを見た斎藤利治が苦言を呈した。
「若殿、あまり特定の家臣を寵愛しすぎるのは如何なものかと・・・」
「分かっておる。しかし有能な人材を囲うのは領主として当然であろう」
信忠が利治に反発するように言った。秀吉が信忠をなだめるように言う。
「まあまあ、若殿様。我が愚息を有能と言っていただけるのはありがたいのですが、新五郎殿(斎藤利治のこと)の言うとおり、藤十郎ばかり構っては、他の家臣に示しがつきませぬ。また、藤十郎は他の家臣を納得させるような功績を挙げておりませぬ。それがしがちゃんと鍛えますゆえ、藤十郎が功を挙げ、名を挙げてから目をかけて頂ければ幸いにございまする」
秀吉の言葉に信忠は納得したのか、「分かった」と言って深く頷いた。その後、信忠は重秀の方を見ると、おもむろに口を開いた。
「ときに藤十郎、お主には好いた女子はおらぬのか?」
「いいえ、おりませぬ」
信忠の質問に即答する重秀に、信忠は苦笑いした。
「なんだ、父親に似ず奥手なのか。まあ、それなら都合が良い。儂がそなたの妻を世話してやろうか?」
信忠の突然の提案に、重秀ではなく秀吉が食らいついた。
「おお!若殿様のご紹介でしたら間違いがございませぬな!して、いずこの姫君でございまするか!?」
秀吉の過剰な食らいつきに、若干引き気味な信忠。そんな信忠を見た利治が「筑前殿、控えられよ」と軽く注意した。
「ああ、良い良い、新五。羽柴にとって嫁取りは重要なことだからのう。んで、筑前は何か希望があるのか?」
信忠はそう言って秀吉に聞いてきた。当時の結婚、特に武家の結婚は家と家との縁結びという側面が強い、というかそれしか無い。なので羽柴家当主の秀吉の意向が最重要視される。だから信忠は秀吉に聞いたのだ。ぶっちゃけ、当事者たる重秀の意思は無視されていた。
「そうですな。できますれば、織田家の姫君がよろしゅうございます」
秀吉はここぞとばかりに織田の姫を所望した。さすがに「御屋形様の娘御を」とは言えなかったが、それでも図々しい希望だと思われたのか、利治が渋い顔をした。
一方、信忠は真剣に考えていた。羽柴は百姓出の大名ゆえ、血縁関係のある後ろ盾が欲しいところだろう。織田が後ろ盾になれば心強いだろうし、羽柴が織田を裏切ることはないだろう。それに、今まで裏切ったことはないし、安心して一族の娘を嫁がせても問題はないだろう、と。
「相分かった。父と相談の上、良き女子を見繕ってやろう」
「おお、有難き幸せ!ほれ、藤十郎!お前もお礼を申し上げぬか!」
「は、はあ。有難き幸せ」
正直言って結婚にさほど興味のない重秀は、急な話に戸惑いながらも秀吉に後頭部を押されつつ、平伏してお礼を述べたのだった。
そして次の日、とうとう秀吉と重秀は岐阜城の本丸御殿にて信長へのお目通りがかなった。ただし、この日も他に会う人が多かったこともあり、利家と利勝の一緒のお目通りとなった。
まずは元服した旨の報告と挨拶をした後、式三献を行った後はざっくばらんな会談となった。
「猿、そして犬(前田利家のこと。幼名が『犬千代』だから)。此度の元服、実にめでたい。よって二人の子息には儂から短刀を送ってやろう」
ということで、短刀を受け取った重秀と利勝であった。そんな二人と秀吉、利家にさらに信長が言い放った。
「さて、昨日猿が重秀の妻に織田の姫を所望していたな」
「はあ?」
信長の発言を聞いた利家が思わず声に出し、目を見開いて秀吉の方を見た。利勝も思わず重秀の方を見たが、重秀は細かく首を横に振るだけだった。
「おい、藤吉、儂の娘と祝言を上げるのではなかったのか?」
「何?そうなのか?猿」
利家の発言を聞いた信長が、声を低くして秀吉に聞いた。秀吉は内心焦りながらも、顔に笑顔を作りながら言った。
「あはは、実は昨日若殿様にうちの愚息の妻の世話を買って出られましてな。若殿様ならば願ってもないことと思いましたんですが、はて、若殿様は織田の姫以外の女性を存じているのかな?と思いまして、つい言ってしまったのでございまするよ。前田をないがしろにしようとは、考えたこともございませぬ」
なんとかごまかそうとする秀吉に対して、信長は「で、あるか」と納得したように言ったが、利家は不満そうな顔で秀吉を睨みつけていた。
「・・・まあ、羽柴に織田の姫を嫁がせるのは別に構わぬ。ついでだ。前田にも織田の姫を嫁がせてやる」
「えっ!?誠にございまするか!?」
信長の発言に利家は思わず声を上げた。利勝も驚愕の表情を顔に出していた。
「羽柴も前田も功を挙げてからな。そうでなければ家中が納得せぬ」
信長が少し高い声を出して言うと、秀吉と利家は「お任せください!」と声を揃えて平伏した。重秀も利勝もつられて平伏した。
「その代わり」
顔に喜びの表情を出している秀吉と利家に対して、信長が釘を刺してきた。
「羽柴と前田の嫁選び、儂が仕切るからそのつもりでいるように。もし、他家との婚儀を望むならば、儂の許しを得るように。儂の養女としてから嫁がせるからな。よいな」
そう言うと秀吉と利家、重秀と利勝は平伏した。直後、秀吉が顔を上げて信長に言った。
「御屋形様、ついでに儂の継室も世話していただけませぬかのう?」
「それは自分で探せ」
信長はにべもなく秀吉に言い放った。
「では、大松・・・藤十郎の妻は織田から迎えるということに?」
その日の夜。岐阜の前田屋敷では利家とまつが奥座敷で話し合っていた。まつの言葉に利家は不満げにうなずきながら口を開いた。
「うむ、藤吉のやつ、儂に断りもせずに若殿に頼むとは・・・」
そう言うと手に持っていた盃の酒を飲み干した。すかさずまつがお酒を注ぐと、利家に聞いた。
「しかし、御前様。これは渡りに船ではございませぬか。中川殿(中川重政のこと)のあの話を藤吉郎殿に話さなくて済みましたし、孫四郎の妻も織田家の姫になるのでしょう?」
「まあ、確かにそうなるのだが、どうも納得できん」
「では、どのように藤吉郎殿に仰るつもりだったのですか?」
まつがそう聞くと、利家は黙りこくってしまった。
「ほら、後先考えずに約束するからそうなるのです。此度は御屋形様・・・いえ、若殿様のおかげでなんとかなりましたが、今後はそういうことがないようにしてくだされ」
「・・・分かっている」
本当に分かっているのかな?と思いながらまつは利家の返事を聞いていた。しかし、思いを口にすれば利家はさらにへそを曲げるだろう。まつはそう思うと、話題を変えるべく話しかけた。
「それで、蕭を清六郎殿(中川光重のこと)に嫁がせる話は如何なさいますか?」
「・・・進めよう。藤吉に遠慮する必要はもうないだろう。それに、もし藤吉が前田家との婚儀を望んできたら、その時は摩阿を御屋形様の養女として藤十郎に嫁がせる」
「摩阿はまだ四歳ですよ!?」
まつが驚いて大声を上げた。利家が構わずに話し続ける。
「構わんだろう。藤吉も藤十郎も今すぐ、というわけではないんだし。それに、中川殿が急いでいるからなぁ」
「そう言えば、中川様は何故急いでいるのでしょうか?」
まつの疑問に利家が首を傾げながら答えた。
「多分だが・・・。あそこの家は出戻りで、しかも柴田家とは仲が悪い。親父殿(柴田勝家のこと)と友誼を通じる我らと縁戚になることで、織田家中の足場を固めたいんじゃろう」
利家の仮定を聞いて、まつは渋い顔をした。中川重政は柴田勝家との領地トラブルで重政の弟が柴田の代官を斬っている。結果、中川家は織田家より追放処分となった。後に許されているが、柴田家との和解は済ませていない。そのトラブルに前田家が巻き込まれることになるのだ。
しかし、武家の婚儀とはそういうものだ。本人たちの意思より家の都合が優先されるのだ。もっとも、中川家と前田家が結びつくことが、果たして前田の家のためになるのかどうかは彼女には疑問だったが。
―――ねね様がいれば、気軽に相談できましたものを・・・―――
ふと、まつは秀吉の妻で重秀の母、そして自分の親友であるねねのことを思い出した。ねねがいれば、婚儀について相談できただろうし、話の持っていき方次第では、とっくに羽柴と前田で婚儀が成立していたかも知れなかったのだ。
そんな『もしも』に想いを馳せながら、まつは利家に言った。
「・・・では、中川家との婚儀、向こうから正式な要請がありましたなら、話を進めておきまする」
「うむ、頼んだ」
利家がまつにそう答えると、また盃の中の酒を飲み干したのだった。