第290話 山崎の戦い(その6)
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羽柴の軍勢が陣形を整える前に奇襲する、という明智光秀の作戦は、それまでの陣城での籠城戦、という作戦からの急激な変更であった。そのため、光秀麾下の諸将はそれまでの防御態勢から攻撃態勢への変更を余儀なくされた。
しかし、雨が弱くなったことで軍勢の行動がスムーズになったことから、夕刻までには攻撃態勢を整えることに成功。即座に羽柴勢への攻撃へと移った。
まず明智方の伊勢貞興率いる軍勢が円明寺川の橋を使って渡河。対岸にいた中川清秀の軍勢に襲いかかった。と同時に、斎藤利三率いる軍勢が、別の橋を使って円明寺川を渡ると、清秀の隣にいた高山重友の軍勢へと襲いかかった。
更に同じ頃、並河易家と松田政近が率いる軍勢が円明寺川の上流で渡河を敢行。雨で増水した円明寺川を押し渡り、天王山の麓まで進出すると、そこから南へ進軍。中川勢の側面を突こうとした。
一方、羽柴勢は突然の明智勢の攻撃に対応することができなかった。明智勢は陣城に籠もって戦う、という先入観から、こちらが攻撃を受けることを想定していなかったからである。
あっという間に中川勢と高山勢が劣勢に立たされたことは、中川勢の後詰めとして後方に待機していた堀秀政にすぐに伝わった。
「さすがは日向守(明智光秀のこと)。この状況でまさか攻勢に出るとはね。戦上手だと知っていたとはいえ、こうも鮮やかにされると驚かざるを得ないね」
馬上で両手を叩きながらそう言う秀政に、傍にいた馬上の堀直政が呆れた口調で話しかける。
「殿。敵を褒めている場合ではありませぬぞ。伊勢守(伊勢貞興のこと)も内蔵助(斎藤利三のこと)も明智勢の中では戦巧者と言われる兵。それが攻勢に出たとなれば、中川勢も高山勢も厳しいと存じますが」
「分かっているよ。では、さっそく後詰めの役目を果たすとしよう・・・。三右衛門(堀直政のこと)、行ってくれるかい?」
秀政がそう言うと、直政はやや驚いたような顔をした。秀政の重臣にして武勇優れた直政は、言ってみれば堀家の切り札的な存在であった。秀政は初戦にて切り札を切ったのである。
「・・・もう出てよろしいのですか?」
直政が確認するように尋ねると、秀政は「ああ」と答えた。
「多分、日向守は初戦で勝負を決めたい、と考えたのだろう。逆に言えば、初戦を持ちこたえさせることができれば、日向守の思惑を砕くことができる。つまり、我等の勝ちだ」
秀政の言葉に、直政は納得したように頷く。
「なるほど。それでは行ってまいります」
そう言って直政は馬を進めた。その後ろ姿を見ながら、秀政は後ろで待機している伝令に命令を出す。
「後方の本陣に援軍の要請を。それと、右隣の羽柴藤十郎に高山殿への援軍の要請を・・・。すまん、それはいいや。本陣への援軍要請だけでいい」
そう言われた伝令は、「は、ははっ」と困惑しつつも返事をするのであった。
秀政が重秀に伝令を出さなかった理由。それは、すでに重秀が高山勢に援軍として山内一豊の軍勢を送り込んでいたのが見えたからであった。
重秀勢はこのとき、西国街道と永荒沼と呼ばれる沼地の間の狭いスペースに陣取っていた。狭いスペースのため陣形を横に広げることができず、山内勢を先頭に尾藤知宣勢、津田盛月勢、そして重秀とその他の軍勢が縦に並ぶように陣取っていた。
戦闘開始直後に高山重友から援軍要請を受けた重秀は、先頭の山内勢を援軍に送り出した。
山内勢は永荒沼の縁を掠めるようにして前進した。しかし、永荒沼の周囲には湿地帯が点在しており、山内勢は足を取られつつも何とか高山勢の右側面に出た。そこから斎藤利三の軍勢と交戦を始めた。
「申し上げます!山内勢が斎藤勢と交戦を始めました!」
物見からの報告を受けた重秀に、傍にいた大谷吉隆が話しかける。
「・・・なんとか、間に合いましたな」
吉隆の言葉に、馬上の重秀は「うん」と言って頷いた。
「やっと配置につけたと思ったら、すぐに明智勢が攻めてくるんだからな・・・。っていうか、陣城を作っていたのに、それに依らずに攻勢に出るとは思わなかった」
重秀が渋い顔でそう言うと、同じく馬上の吉隆が応える。
「陣城と言ってもできたのは土塁と堀だけ。それだけでは不十分だと判断したのでしょう」
「それにしたって、向こうは兵数が少ないんだ。多少の不備があるからと言って、それまで作っていた陣城を捨てるかなぁ・・・」
重秀がそう言って首を傾げていると、こちらに向かってくる伝令が視界に入ってきた。
「申し上げます!斎藤勢の後方から新たな軍勢が現れました!旗印からみて、阿閉勢と思われます!」
伝令からの報告を受けた重秀は、思わず舌打ちをする。
「阿閉も来ているのか。ではこちらも高山勢に援軍を更に送り込むか」
重秀がそう言うと、吉隆が頷く。
「承知しました。では、甚右衛門殿(尾藤知宣のこと)に出陣を命じましょう」
そう言って吉隆が後ろに控えている伝令に顔を向けようとした。しかし、重秀がそれを止める。
「待て。甚右衛門だけでは足りない。ここは我等全軍で援軍に向かう」
重秀の言葉に、吉隆が驚いた。そして重秀に尋ねる。
「・・・よろしいのですか?」
「阿閉も精強な軍勢だからな。それに、淡路守(阿閉貞征のこと)には酒の恨みがある」
大松時代のことを思い出しながらそう言う重秀。吉隆はそのことには何も言わず、ただ「承知しました」と言って伝令の方へ顔を向けるのであった。
重秀は全軍に前進を命じると、そのほとんどを高山勢の後方につけた。ただし、重秀の主力部隊に属していた福島正則、加藤清正、加藤茂勝の手勢は山内勢の援軍として送り出していた。彼等の手勢は少人数であり、永荒沼やその周辺の湿地帯を難なく抜けることができる、と重秀は判断したからであった。
さて、明智勢は伊勢勢と斎藤勢の他に、阿閉貞征・貞大親子が率いる阿閉勢を始め柴田勝定、溝尾茂朝、藤田行政、諏訪盛直、御牧兼顕がそれぞれ率いる軍勢が参戦した。
一方、初戦で円明寺川の上流にて渡河を敢行していた並河易家と松田政近が率いる軍勢は、天王山から降りてきた羽柴小一郎長秀と黒田孝隆が率いる軍勢に捕捉され、当初の予定であった中川勢への側面攻撃に失敗していた。
結果、明智勢は中央の中川勢、高山勢を初戦で崩すことに失敗。中央部は混戦状態となっていた。
「押せ、押し返せ!」
重秀勢の先軍として、一足先に斎藤勢と戦っていた山内一豊は、隣の木村重茲勢と共に斎藤勢の猛攻を抑え込んでいた。
「殿!敵の猛攻が止みませぬ!ここは一旦下がりましょう!」
一豊の重臣である五藤為浄がそう言うと、一豊は「ならん!」と声を上げた。
「ここで退けば、敵は更に勢いに乗るぞ!そうなれば、木村勢はもちろん、高山勢や中川勢まで崩れかねん!退いてはならん!」
一豊の言葉に、為浄が苦渋の表情で頷いた。確かに一豊の言う通り、ここで退けば戦線が一気に崩壊する虞があった。
だが、山内勢は斎藤勢を抑え込むことに精一杯であった。ここまで来る途中の湿地帯で足を取られ、兵達の体力が消耗したことが影響していた。しかも、雨の中の戦闘で、更に体力を消耗していた。
そんな中でも一豊は大声を上げて味方を鼓舞した。ときには自ら槍を振るって苦戦する自軍の兵を助けに行った。この時、彼には強い決意があった。
―――若殿(重秀のこと)は兵庫城の米倉、金蔵を開いて我等にお与えになった。その御恩に報いなければ。それに、ここで負けたら再び山内は没落し、離散することになる!そうなれば、父上や兄上、そして千代や与祢に顔向けできぬ!もうあんな放浪の生活は嫌じゃ!―――
そんなことを思いながら戦場を見つめる一豊。そんな一豊の耳に、祖父江勘左衛門の声が聞こえた。
「殿!後方より軍勢が!旗指物は・・・五三の桐紋!」
「おお!味方か!」
一豊がそう声を上げながら後方を見ると、それは正則、清正、茂勝がそれぞれ率いる手勢であった。
「伊右衛門殿(山内一豊のこと)!援軍に来ましたぞ!」
馬上の清正がそう叫ぶと、同じく馬上の正則と茂勝と共に一豊の傍にやってきた。
「おお、虎之助(加藤清正のこと)!それに市兵衛(福島正則のこと)に孫六(加藤茂勝のこと)!よく来たな!」
一豊が嬉しそうにそう言った横で、為浄が渋い顔をしながら言う。
「・・・援軍って、たったこれだけか」
為浄のつぶやきに、正則が口を尖らせながら言う。
「仕方ねぇだろ。兄貴(重秀のこと)がこれだけしか出さなかったんだから。それに、あんな泥濘の多い場所を兄貴の本軍が抜けるには、相当な時がかかるぜ。ってか、伊右衛門殿の軍勢はよく抜けられたな」
「抜けたのではない。押し通ったのよ。おかげで、兵の多くが疲弊したわ」
為浄の代わりに一豊が渋い顔をしながら答えた。そんな一豊に清正が声を掛ける。
「伊右衛門殿。我等の兵は少数ではありますが、そのおかげで泥濘の少なき道を苦なく通り抜けることができました。兵は十分戦えます故、我等が敵前へ向かい、お支え致す」
清正がそう言うと、一豊は「かたじけない」と素直に言った。清正が正則と茂勝に声を掛ける。
「市(福島正則のこと)!、孫六!疲弊している山内勢の兵を支えるべく、前に出るぞ!」
「応っ!疲れている兵を攻めている敵兵を俺達で討つんだな!」
「了解っす!」
正則と茂勝がそう返事をすると、清正と共に馬を走らせた。その後から、それぞれの兵がついて行った。
その様子を見ていた一豊が声を上げる。
「見よ!若殿の援軍が来たぞ!ここで援軍に兜首を取られたら、山内勢の恥ぞ!我等も奮って敵を撃てっ!」
一豊の激に、兵達が「応ッ!」と答えて敵兵へと向かっていくのであった。
初戦の明智勢の攻勢は頓挫し、羽柴勢が兵の数を頼みに優位に戦いを進めている頃。脇坂安治率いる羽柴水軍が淀川を遡上。宇治川と桂川と木津川が合流し、淀川となる場所にあった淀城(淀古城とも言う)を落とした。
ここは明智光秀にとって勝竜寺城と並ぶ京の防衛拠点の一つであったが、兵力を山崎に集中させたため、ここには少数の兵しか駐屯していなかった。
しかし、この少数が淀川を下り、羽柴の背面を突く恐れがあったため、秀吉は安治に命じて淀城を攻撃させたのだった。
淀城は宇治川と桂川と木津川に囲まれ、かつ東側には現代では無くなった巨椋池と呼ばれる湖があったため、とても攻めづらい城であった。が、船を多く持つ羽柴水軍は、その川を利用して多方面から攻撃。少数しか残されていなかった敵兵は逃亡し、淀城は羽柴勢によって占領された。
そして、羽柴勢の右翼軍である池田恒興の軍勢と加藤光泰の軍勢、更に増援として送り込まれた中村一氏の軍勢が永荒沼の右岸を突破、更に円明寺川の渡河に成功した。
渡河をした羽柴右翼軍は明智勢の最左翼にいた津田信春勢を強襲。元々河内や山城の地侍や土豪の寄せ集めに過ぎなかった津田勢はあっという間に壊滅。これで左翼はがら空きとなった。
津田勢が壊滅したことに動揺する明智勢の中央軍。それを見逃す羽柴勢ではなかった。
「敵の攻勢が止まった!今こそ好機!一気に押し出すぞ!」
「見よ!敵兵に動揺が見えるぞ!これぞ神が起こし給うた奇跡!我等には神の御加護がついているぞ!皆の者、奮え!」
中川清秀と高山重友が同時にそう叫ぶと、中川勢と高山勢が押し上げようとした。明智勢が押され始め、渡ってきた橋を後退する。その橋を確保しようと中川勢と高山勢が更に前進した。
円明寺川に架かる2つの橋を橋を巡って中川勢・高山勢と明智勢が死闘を繰り広げている中、高山勢の隣にいた山内勢は、橋を渡らずに川を渡るべく浅瀬を探していた。
川幅が狭いとはいえ、雨で増水した川を渡るのは難しかったものの、加藤茂勝が見つけたことで、山内勢は川を押し渡ることができた。
「よっしゃ!このまま敵に突っ込むっすよ!」
先に渡った茂勝がそう言うと、続いて対岸に渡った福島正則と加藤清正も声を上げる。
「孫六に負けるな!俺達も行くぞ!」
「ここで勝てば恩賞は思いのまま!皆、奮って戦え!」
そう言って正則と清正も敵の集団に突っ込んでいった。川を渡った敵がいることを知った明智勢は、すでに足軽や雑兵といった下級兵士達は完全に浮足立ち、戦いを放棄して逃げ出した。そんな中、それでも戦い続ける騎馬武者がいた。
「おお、いい敵がいたぞ」
正則が呟くと、その騎馬武者へと馬を走らせる。
「羽柴家家臣っ、福島市兵衛である!名のある武将とお見受けした!尋常に勝負!」
騎馬武者の前に出た正則がそう叫ぶと、その騎馬武者は更に大きな声で叫ぶ。
「下がれ小童!小童の分際で儂を討ち取れると思うてか!」
そう言うとその騎馬武者は槍をかざして回した。すると、周囲で戦っていた具足を身にまとった徒士達が集まってきた。彼等は正則の前に立ちふさがるように立つと、槍を構えた。正則は馬上からその様子を見下ろし、にやりと笑う。
「へえ、まだまだやる気のある奴が残っていたか。面白い、行くぞ!」
叫ぶやいなや、正則は馬腹を蹴りつけ、目の前の槍兵に向かって突進した。正則が振るう槍が振り下ろされると、槍の穂先が弾かれ、続けざまに肩口から突き伏せられる。後続の徒士たちもたまらずに応戦するが、清正の率いる加藤勢が側面からなだれ込み、正則の突破を援護する。
「市!ここは俺に任せろ!阿閇城での借りをここで返す!」
清正がそう叫び、少数の兵を率いて横合いから斬り込んだ。一瞬にして周囲の徒士たちは倒され、再び正則の前にあの騎馬武者だけが残った。
「よし、道が開いた!」
正則はそのまま馬を駆けさせ、騎馬武者に肉薄する。相手も怯まず馬首を返し、正則に突撃する。二騎が激しくぶつかり合い、槍同士が火花を散らすように激突した。
「ぬう、重い!」
騎馬武者は正則の斬撃を受けても馬上に踏みとどまり、反撃の槍を突き出した。正則は鞍の上で身を捻ってかわすも、腕に浅い傷を負う。
「くそっ・・・!」
正則は痛みを堪え、馬首を返して間合いを詰める。互いが槍を繰り出すが、なかなか決着がつかない。そのうち、正則の息が上がる。
「つ、強え・・・っ」
そう言った瞬間、騎馬武者の両目が光る。
「隙ありっ!」
渾身の一撃を繰り出してきた。が、騎馬武者の馬が雨で泥濘んだ地面に足を取られた。馬上の騎馬武者もわずかにバランスを崩す。
「しまった!」
騎馬武者が叫んだ瞬間を正則は見逃さなかった。正則は騎馬武者から繰り出された槍を自身の槍で払い除けた。更に馬の頭をぐいと内に引き、半身で間合いを詰める。
「覚悟!」
正則の槍が、騎馬武者の首元を一直線に貫いた。首の骨が砕ける感触が槍を通じて正則の手に伝わる。正則は槍を手放すと、騎馬武者の脇を走り抜けた。そして正則は馬首を返し、首に槍が刺さったまま落馬して倒れている騎馬武者に近づいた。
正則は馬から降りると、倒れた騎馬武者に近づいた。すでに騎馬武者は息絶えており、光のない瞳が雨空を見ていた。
正則は騎馬武者の首から槍を抜き、自身の刀で騎馬武者の首を切った。切り離された首を持ち上げて正則が叫ぶ。
「福島市兵衛、兜首を討ち取ったり!」
正則の勝鬨が戦場に響いた。彼の背後では正則の兵達が同じ様に叫ぶ。
「福島殿が討ち取ったぞ!敵将の首、あがったぁ!」
その瞬間、羽柴勢から歓声が上がった。
正則が兜首―――後に明智光秀の重臣、斎藤利三の首であることが判明する―――を挙げた後、主君を失った斎藤勢は橋を渡ってきた高山勢と、川を渡ってきた山内勢に挟み打ちにされて消滅した。高山勢と山内勢、それに後方から橋を渡ってきた重秀勢、更に増援として秀吉から送り込まれた仙石秀久の軍勢が円明寺川の東岸にいた明智勢に襲いかかった。この時に明智方の武将である御牧兼顕が戦死している。
一方、中川勢も別の橋で戦っていた伊勢貞興の軍勢を撃破。貞興を討ち取るとその勢いで明智光秀のいる陣城へと進撃していった。その後ろからは堀勢、そして秀吉から増援として送り込まれた堀尾吉晴と蜂須賀正勝の軍勢が橋を渡っていた。
そして、小一郎の軍勢と黒田孝隆の軍勢が明智勢の右翼を担っていた松田政近と並河易家の軍勢を壊滅させ、政近と易家の両名を敗死させた。
残った明智方の諸隊も戦意を喪失し、すでに敗走しつつあった。
伝令から状況を聞いた明智光秀は、もはや自分の手ではどうにもならなくなった事を悟っていた。
「・・・もはやこれまで。儂はこの場で切腹する」
そう言った光秀に対し、前線から生きて光秀の下に戻った溝尾茂朝が何とか説得する。
「殿!安土城にはまだ左馬助殿(明智秀満のこと)がおりまする!それに、近江には我が兵力が残っておりまする!ここは近江まで落ち延び、再起を図りましょう!」
茂朝の説得により、光秀は戦線を離脱。その日のうちに勝竜寺城に移った。しかし、勝竜寺城は修復が完成していない上、光秀の残存兵力が1千人を割り込んでいたため、とても戦える状況になかった。そこで光秀は夜間のうちに勝竜寺城を脱出。坂本城へと向かった。
その後の展開は後世に知られるように、坂本城に向かう途中、小栗栖と呼ばれる場所で落武者狩りの襲撃により命を落とした。
彼が望んだ『明智の家を次代へと繋げる』という想いは、ここで潰えることになるのであった。




