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第23話 長島一向一揆(その8)

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 天正二年(1574年)九月二十九日。長島城陥落。しかし織田信長の兄弟や叔父、従兄弟を殺された信長の怒りは収まらず、同日、長島城と中江城を囲んでいる柴田勝家に城を火攻めにするように指示した。

 柴田勝家は城内の一揆勢が外に出られないように柵を多重に張り巡らすと、城に向けて火を放った。逃げ場のない一揆勢は全員が火の中で死に絶えた。その数2万人とも伝えられている。

 こうして長島の一向一揆勢は壊滅した。一部脱出に成功した者もいたが、それ以外は長島や周囲の川岸に屍を晒していた。


 次の日、信長や信忠、諸将らは長島城に入城。首実検を行った後、最後の軍議を開いた。と言っても、屋長島城と中江城が落ちたことは伝えなくても一昼夜も燃えていた城の様子は対岸から見えていたし、後は誰かに城を任せて帰るだけである。


「長島城は左近尉(滝川一益のこと)に任せる。後は五郎左の指示に従え。以上」


 信長はそう言うと、さっさと席を立ち上がって部屋の奥へと引っ込んでしまった。後は丹羽長秀の細かい作業の指示が行われ、最後の軍議は終わった。軍議に参加していた信忠は今度は麾下の部隊に指示を出すべく、自らの陣へと戻っていった。





 信忠の陣では、少なくなった諸将たちとの間で軍議が行われていた。森長可や池田恒興、長野信良らは先程の長島城内での軍議に参加していたので、だいたいのことは分かっていた。後は細かい話をするだけであった。


「・・・以上で軍議を終える。何か質問は?」


 進行役の斎藤利治がそう言うが、誰も発言をしない。


「では解散」


 信忠がそう言うと、諸将は陣を出ていった。


「大松」


 信忠は後ろで控えていた大松に声を掛けると、大松は「はっ」と返事を返しながら頭を下げた。


「佐々の子息が戦死したのは知っているな」


「・・・はい。今朝方、若殿様と一緒に聞きました」


 あの一揆勢の攻撃が終わった後、信忠の陣には多くの戦死の報告が飛び込んできた。そして、佐々松千代丸の戦死の報告が信忠に伝えられたのは、夜が明けた頃であった。そしてその報告は、最後まで信忠の側に侍っていた大松の耳にも当然入っていた。


「正直、あの時お前が冷静でいたのには驚いたぞ。取り乱すかと思っていたが」


「いえ、聞いたときには驚いておりました。しかし、あの状況では、まずは若殿様の御身を守らなければなりませぬ故、そちらに集中しておりました」


「そうか」


 そう言うと信忠は、利治の方へと顔を向けた。


「新五。陣の引き払い、そなたに任せて良いな?」


「構いませぬが・・・。若殿はいかがなされるので?」


 怪訝そうな顔の利治に、信忠はこう言った。


「これより、佐々の陣へ行く。内蔵助(佐々成政のこと)を見舞ってくる」


「・・・若殿が行かなくても、それがしが代わりに参りますが・・・」


「いや、内蔵助は嫡男を亡くしたのじゃ。代理ではなく、儂が行くべきであろう。次期当主としての勤めじゃ」


「・・・承知致しました。供は大松で?」


 なんとなく事情を察知した利治が聞いてきた。信忠が答える。


「うむ。大松よ、今から参る。ついて参れ」


「ははっ!」


 大松に声を掛けながら立ち上がる信忠につられるように、大松も立ち上がった。





「これは若殿。ご足労痛み入りまする」


 信忠と大松が佐々成政の陣に来ると、わざわざ成政が家臣と共に陣の外まで出迎えに出ていた。


「内蔵助、子息の討ち死は誠に残念であった」


 信忠が片膝をついて跪いている成政に声を掛けた。


「勿体なきお言葉。愚息なれど、少しでも御屋形様や若殿にお役に立てたのではないか、と思っておりまする」


「うむ、手を合わせたい故、案内してもらえるか」


 信忠がそう言うと、成政は「御意」と言って立ち上がり、先導するように歩き出した。信忠と大松は後を付いて行った。


 陣の側にある死体安置所。味方の戦死した者たちの亡骸が置いてあり、そこで亡骸の汚れを取ったり死に化粧をしたりして手入れするところである。多くの亡骸が筵の上に置いてある中、一番奥に松千代丸の亡骸はあった。息子の亡骸を特別扱いせず、他の兵の亡骸と同じ扱いになっているところが、佐々成政という人物を表しているかのようであった。


「・・・又左衛門も来ておったか」


 信忠は松千代丸の亡骸の側で手を合わせている武将―――前田利家に声を掛けた。側には犬千代もいた。利家と犬千代は、声を掛けたのが信忠と気付いたようで、慌てたように片膝をついて跪く。それにつられるように、大松も跪いた。


「若殿とは気付かず、ご無礼仕りました」


「良い」


 信忠は短く答えると、松千代丸の前に進み、手を合わせた。大松も一緒になって手を合わせる。

 しばらく手を合わせたまま動かなかった信忠であったが、手を下ろすと成政に声を掛けた。


「忙しい中、邪魔したな」


 そう言って、信忠がその場から立ち去ろうとした。しかし、成政が信忠に声を掛ける。


「恐れながら若殿。その小姓に少し話がございます。しばし、話す(とき)を頂き等存じまする」


 そう言いながら成政は視線を大松に向けた。信忠は「よかろう」と許した。成政が頭を下げると、大松に近づいた。一旦立ち上がっていた大松であったが、再び片膝をついて跪いた。そんな大松に成政が近づいた。


「羽柴のご子息とお見受け致す。松千代丸の父、佐々内蔵助じゃ」


「お初にお目にかかりまする。羽柴大松にございまする」


 相手は大の羽柴嫌い、何を言われるのか、と内心冷や冷やしながら大松がそう挨拶すると、成政も片膝をついて跪いた。そして、地面についていた右手を取ると、両手で握りしめてきた。大松が顔を上げると、そこには優しい目をした成政の顔があった。


「松千代丸から話は聞いている。父の名を傘に着ることなく謙虚に学び、ひたすら御屋形様や若殿のために日々精進しているとか。また、松千代丸にも良くして頂いたとも聞いている。真にかたじけない。父として礼を言う」


「・・・勿体なきお言葉にございます」


 成政からの意外な褒め言葉に、若干の戸惑いを覚えながら大松は答えた。正直言えば、大松から松千代丸に特別なにか良いことをしたという気はなかった。確かに、漢籍を教えたり、囲碁将棋を教えて相手をしたりしたが、それは同じ小姓仲間として当然のことをしたまでである。犬千代や梅千代、他の小姓たちにも教えたり相手をしたりしているのだ。


「・・・手間をとらせたな。すまぬ」


 成政がそう言って立ち上がると、大松は「いえ」と言って頭を下げてから立ち上がった。と、その時であった。


「殿。羽柴小一郎様がお見えです」


 成政の家臣がやってきて小一郎が来たことを報せた。成政は少し戸惑ってから、「お通ししろ」とその家臣に命じた。


 大松が信忠と共に佐々の陣を後にしようとした時、家臣に連れられた小一郎が目に入った。小一郎もこちらに気がついたのか、その場で片膝をついて跪いた。


「若殿様。こちらにおいででしたか。知らずにご無礼仕りました」


「良い。それより、小一郎は何用で来た?」


 信忠が立ち止まって質問をした。小一郎が畏まりながら答えた。


「はっ、ご嫡男を亡くされたと聞き、お悔やみを申し上げに参りました」


「そうか」


 信忠はそう言うと、少し考えてから小一郎に言った。


「・・・羽柴小一郎の此度の働き、見事であったと父から聞いておる。大儀であった」


「ははぁ!」


 頭を下げる小一郎を置いて立ち去る信忠。その信忠を追う大松は、一瞬だけ顔を上げた小一郎と目があった。小一郎は大松を悲しげな目で見ていた。大松は何故叔父がそのような目をしているのか分からなかった。





 長島一向一揆が鎮圧され、後始末で長島城に残った滝川一益を除いて全ての部隊が自領へと戻っていった。何らかのトラブルもなく部隊が引き上げられることが出来たのも、丹羽長秀などが上手く捌いたからであろう。


 さて、羽柴小一郎も無事近江の小谷へ帰り着くことが出来た。軍勢を解散させた後、具足も外さずに兄秀吉への面会を求めるため、小谷城下の羽柴屋敷へと向かって行った。

 小谷城は落城後、残骸を片付けた状態のままであった。山城で使いづらいのと、新たな城を今浜で築城中なので、秀吉は小谷城そのものは利用せずに山の麓の屋敷を使用していた。

 小一郎が屋敷の書院で秀吉を待っていると、秀吉が赤ん坊―――石松丸を抱いてあやしながら入ってきた。後ろからは侍女が付いてきていた。


「おお、小一郎!よう無事に戻ってきたのう!報告なら明日でも良かったのに」


 そう笑顔で言いながら、秀吉は上座に座った。下座で平伏していた小一郎が顔を上げる。


「いえ、早急に兄者に報告したき儀がございまして」


 固い口調で小一郎が言うが、秀吉は構わずに話しかける。


「せっかく石松を寝かしつけたところなのに。のう、石松よ」


 そう言うと、秀吉は腕の中の赤ん坊に顔を向けた。


「ほんに、石松は()い奴じゃ。見よ、この猿顔。儂にそっくりじゃ。小一郎もそう思うであろう?」


 そう言いながら石松丸を見せる秀吉。小一郎も石松の可愛い寝顔に思わず笑みが溢れるが、すぐに顔を引き締めた。


「・・・兄者。大切な話があるんじゃ。頼むから二人だけにしてもらえんか」


 真剣に頼み込む小一郎の言葉に、何かあると思った秀吉は、侍女に石松丸を渡すと、侍女を下がらせた。


「・・・それで、話とは?何か、御屋形様からなにか言われたか?」


「いや、お褒めの言葉は貰ったが、それ以上のことは何も。兄者への命も言付けもない」


 小一郎の言葉に秀吉は首を傾げた。はて、小一郎は何が言いたいのであろうか?そう秀吉が思っていると、小一郎が顔を近づけて小声で話した。


「兄者、大松を御屋形様や若殿様から離してこちらで養育できないか?」


「ええっ・・・?」


 小一郎の提案に秀吉が少し驚いた。


「大松も初陣を迎えた。そろそろ北近江で、兄者のもとで領国経営を学ばせても良い頃じゃと思うのだが」


「しかし、領国経営なら、若殿様の小姓もやっていれば、尾張の若殿様の領地を手伝えば身につくのではないか?」


 秀吉の統治方法は基本的に信長と同じである。なので、同じ統治方法をしている尾張の信忠領で大松が学んでいれば、特に問題はない、と秀吉は思っていた。


「いや、兄者独自の統治方法も大松に学ばせるべきじゃ。それに・・・」


「それに?」


「・・・今回の戦では大松は若殿様の側にいた。しかし、今後もそういうわけにはいかん。もし、また戦になった時、御屋形様や若殿様の命で何かやらされて討ち死にするやもしれん」


「・・・まあ、あり得ん話ではあるが・・・。大松は小姓じゃろ?そこまで危ないことは御屋形様もさせぬのでは?」


 小一郎の心配をよそに、秀吉は楽観的な考えを話した。小一郎は溜息をついて首を横に振る。


「儂もそう思ったのじゃが・・・。此度の戦ではそうも言っておれぬと思ったのじゃ。兄者、佐々内蔵助のご子息は存じておるじゃろ?」


「松千代じゃろ?大松や犬千代と一緒に小姓になった。それがどうした」


 自分を嫌っている佐々成政の名前を聞いて少し不機嫌になる秀吉。しかし、小一郎の言った言葉に驚愕することになる。


「討ち死にした」


「はぁ!?何じゃと!?」


「松千代殿は小姓としてではなく、佐々勢の武将として此度の戦に参加したのじゃ。そして、最前列に配備された佐々勢は一揆勢の猛反撃にあってのう。その最中に・・・」


 小一郎の言葉に茫然となった秀吉。その後、顔を真赤にして怒りだした。


「・・・内蔵助は阿呆じゃ!十三の、しかも元服を済ませていない息子を戦場に出すとは!あ奴には親としての情はないのか!?」


 ひとしきり叫んだ秀吉であったが、その後何かを考え込むかのように黙りこくった。右手の拳を口に当てて黙り込むことしばし。おもむろに口を開いた。


「・・・小一郎。来年早々、大松を元服させるぞ。そして、その前に小姓をやめさせて小谷城、いや今浜の新しい城に迎え入れる」


「おお、兄者。決心してくれたか」


 秀吉の話を聞いた小一郎の表情が明るくなった。秀吉が話を続ける。


「実は小一郎がいない間の二ヶ月、ちと不穏な動きが小谷や今浜であったからのう。これを機に、大松を入れて足元を固める」


「・・・不穏な動き?兄者、何があった?」


 小一郎が怪訝そうな顔をしながら秀吉に聞いた。


「家臣、特に近江出身の家臣が儂の跡取りは石松だと思いつつある。いや、家臣だけではなく、商人達からもそう思われている。そのせいで奥の状況がきな臭くなっとる」


「奥が・・・?ということは側室の南殿か?」


「ああ、()()が石松を産んでからというもの、おとなしかった()()がなんかおかしくなってのう。おかげで奥の雰囲気は悪くなる一方じゃ。この前は()()に仕える侍女頭から屋敷へ出入りが禁止されたと、商人が訴えてきた。しかも、旧浅井家臣で儂に仕えた者や、商人達が()()達に媚びてきてのう。このままでは羽柴は()()に乗っ取られかねん。ここで、大松を奥の重しにすることで、奥を落ち着かせたいんじゃ」


 小谷の羽柴屋敷には、秀吉の側室がいる。名は()()()()は屋敷の南側の部屋に住んでいたから『南殿』と呼ばれていた。


「・・・本当ならば、こういうことは正室の()()の役割なのじゃが、()()はおらんからのう・・・。こう思うと、継室を貰えなかったことが悔やまれる」


 秀吉はそう言うと溜息をついた。小一郎が気になったことを聞く。


「・・・兄者、継室はやはり、お市の方様か?」


「当然じゃ。今回は北近江十二万石を選んだが、次に大功を上げたならば、必ずお市の方様を継室に迎えるんじゃ。そのために、()()を側室のままにしとるんじゃ」


「しかし、我らは万福を斬っているが・・・」


「儂もそれが気にならんわけでもない。しかし、御屋形様が、何故儂にお市の方様を継室に推したか、小一郎、分かるか?」


 小一郎は黙って首を横に振った。


「それは羽柴と織田が血縁関係になることを望んだのよ。羽柴は織田家中では新参ではあるが功を積み重ねて力をつけておる。その羽柴の力を織田の害にならぬようにするには、血縁で縛るのが一番じゃ」


 秀吉の説明に小一郎は複雑そうな表情を顔に浮かべた。血縁で縛ると言うならば、羽柴の跡継ぎには織田の血が入っていることが望ましい。もし、秀吉とお市の方との間に男子が生まれたら、大松を廃嫡する必要がある。

 そんな小一郎の考えを察したのか、秀吉が笑いながら言った。


「小一郎、心配するな。お市の方様が儂を憎んでいることはよう知っている。だから、例え継室に迎えたとしても、子は作らせてもらえんじゃろうて。ま、お市の方様には織田の姫としてせいぜい羽柴家の内々を締めてもらえれば十分じゃ。むしろ、血縁縛りという点であれば、大松に御屋形様の娘を嫁がせてもらったほうがより効果的じゃろう」


「なるほど、大松との間にできた子は御屋形様の孫じゃ。その孫が羽柴を継げば、事実上織田の羽柴支配が完成するか・・・。しかし兄者よ。大松に嫁いでくれそうな御屋形様の娘っているのか?」


「知らん」


 秀吉の即答に、小一郎は「ええ・・・」と困惑する。


「仕方なかろう!御屋形様の娘に関しては、家臣にも知らされぬ程の機密事項じゃ!そうおいそれと知れるわけなかろう!」


 信長にとって娘とは同盟の証としての人質であり、家臣との結びつけを強めるための政略の道具でしか無い。その割には危険な目に合わぬよう、信頼できる同盟相手や寝返ったり謀反を起こす可能性のない家臣にしか嫁がせていないが。

 なので、手の内をバラすことになるので、娘については信長は秘密主義を貫いていた。


「ま、御屋形様の娘でなくとも良い。五郎左様のように織田家の姫が御屋形様の養女となって大松に嫁いでくれれば、それだけでも誉れじゃ」


 丹羽長秀の正室は織田信長の養女であるが、実際は庶兄の信広の娘である。つまり信長の姪に当たる。


「大松の妻についてじゃが、前田様が蕭ちゃんを推しているが・・・」


 小一郎の発言に、秀吉は片眉を上げた。


「・・・幸ではないのか?」


「幸は前田本家に嫁ぐことになった」


「そうか・・・。又左も存外、腰の定まらん男よのう」


 果たして前田との縁組が羽柴のためになるのか?秀吉はそんな疑問を頭に浮かべていた。


注釈

秀吉の側室の名前は小説オリジナルである。

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