第229話 鳥取城の戦い(その5)
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宮部勢に占拠された道祖神乢沿いの陣所(サイノタワ陣所)と雁金山城の間には、小さな城がある。一応、天徳寺山城と名付けられていたが、城と言うには小規模であった。
そんな天徳寺山城に淡河定範と別所友之が率いる羽柴勢が攻めてきたのは、道祖神乢の陣所が攻め落とされる直前であった。
宮部勢が道祖神乢の陣所を攻めている間、山の中腹の北側を迂回して天徳寺山城に到達。ちょうど尾根伝いに道祖神乢の陣所へ向かう援軍を急襲した後、その勢いに任せて天徳寺山城へ攻め込もうとした。
しかし、小さいとはいえしっかりとした構造の天徳寺山城を見た定範は、少人数の淡河勢、別所勢だけで攻め落とすのが難しいと判断した。そこで定範は血気逸る友之を抑えつつ、天徳寺山城を攻めるのを中止し、後続部隊が来るのを待つことにした。
その後、道祖神乢の陣所が陥落し、そこを通って重秀の増援―――福島正則、加藤清正、加藤茂勝、大谷吉隆率いる軍勢が到着したため、改めて天徳寺山城を攻めることになった。この時、加藤清正、加藤茂勝は水軍装備である大鉄砲―――三十匁筒と五十匁筒を持ち込んでおり、また、この時は重秀から預けられた鉄砲隊もいたため、天徳寺山城に数多くの銃弾を撃ち込むこととなった。
さて、道祖神乢の陣所が落ち、天徳寺山城が攻撃を受けていることは、すでに雁金山城の守将である塩谷高清には報されていた。そこで、高清は雁金山城と近くにある錐山城から兵を集めると、自ら指揮して援軍に向かおうとした。
援軍として集められた兵達が曲輪の一角に集められ、高清も一緒になって虎口に移動した時だった。南東の方角―――サイノタワノ陣所よりドンッという音が聞こえてきた。ただ、音の大きさはさほど大きくはなかったため、高清はこの音を気にしなかった。
それからしばらくした後、ヒューッと甲高い音が聞こえたと思った瞬間、何かが壊れる音が周囲に聞こえた。高清が「何だ?」と言いながら音がした方へ首を向けようとした瞬間、目の前に集まっていた兵達に何かが落ちてきた。
それは、一人の兵の頭に落ちた。そしてその兵の頭をもぎ取ると、そのまま地面に落ちた。しかし、止まることなく跳ね、首を失った兵の後にいた別の兵の腹に飛び込んで腹を貫くと、また地面に落ちた。そして更に軽く跳ねると、今度は腹を貫かれて臓物を撒き散らしている兵の後にいた兵の左の脛に当たった。骨の折れる鈍い音が当たりに響き、骨を折られた、と言うより砕かれた兵が悲鳴を上げながら倒れた。
兵の足の骨を折ったそれは、別の兵の足元で動きを止めた。それは、直径三寸(およそ9cm)ほどの鉄球であった。
高清と兵達が何が起きたのか理解できない状態の中、また何かが落ちる音がした。それは最初は地面に当たったが、その場で跳ねると別の兵に向かった。その兵が唖然としている中、跳ねたそれはその兵の右腕に当たった。瞬間、右腕がふっ飛ばされ、右手で掴んでいた槍もふっ飛ばされた。腕を失った兵が叫び声を上げて倒れる中、右腕を奪ったそれは再び地面に落ちて跳ねた。そして別の兵の胸に飛び込んだ。それは兵の胸に穴を開けることはなかったが、その兵を後にぶっ飛ばした。ぶっ飛ばされた兵は口から赤い霧を吹き出しながら、後ろにいる兵達を巻き込みつつ倒れた。そして二度と立ち上がることはなかった。胸にのめり込んでいたそれも、直径三寸ほどの鉄球だった。
瞬間、兵達が悲鳴を上げながら逃げ出そうとした。高清や彼の配下の武将が必死に抑えようとするが、その間もヒューッという甲高い音の後に何かが壊れる音が聞こえた。瞬間、配下の武将達に木の破片が降ってきた。中にはスピードがついて具足から見えている素肌に刺さる破片もあった。
何かが起きていることを理解した高清は、常識的な判断をした。すなわち、羽柴勢が天徳寺山城をすでに落としたか迂回したかは分からないが、雁金山城を攻め始めている、と。そして、大きな鉄球を撃ち込むための何かしらの兵器を持ち込んでいる、と。
そして高清は櫓の上にいる見張りの兵に命じる。
「この城を取り囲んでいる兵の数を報せよ!」
そう言った瞬間であった。ある櫓の組まれた木の柱に何かがぶつかった。そして柱を破壊された櫓は、櫓の上の見張り台とそこにいた兵の重さに耐えきれず、潰れてしまった。
その様子を唖然とした表情で見ていた高清。そんな高清に、家臣から新たな報告が入る。
「・・・城の周囲に、敵はいない、だと・・・?」
生き残っている櫓からの報告を伝えに来た家臣の報告を聞いた高清が、思わずそう聞き返した。と同時に、高清の頭の中に疑問が湧いた。
―――どういうことだ!?羽柴はどうやってこの城を攻めている!?―――
訳の分からない状態に陥った高清。しかしそんな事を思っている間にも、鉄球が雁金山城に向けて次々と撃ち込まれていった。甲高い音を鳴り響かせて落ちる鉄球。その甲高い音は高清だけでなく他の武者や兵達に恐怖を与えていた。そしてついに、恐怖の限界点が突破した。
兵達がパニック状態になって雁金山城の北西にある虎口から逃げ出した。北西にある支城(行者堂の上城のこと)やその先にある錐山城に逃げるためである。
それを抑えようとした高清であったが、そんな高清の耳に信じがたい報せが入ってくる。
「申し上げます!天徳寺山城に羽柴勢の旗指物が翻っております!天徳寺山城、落城した模様!」
それを聞いた高清は撤退を決断。一番近い北西の支城である行者堂の上城へ逃げようとした。
雁金山城に鉄球を撃ち込んでいたのは道祖神乢にある陣所に備え付けられていた石火矢(フランキ砲のこと)であった。
石火矢の有効射程距離は600メートルから800メートル。道祖神乢の陣所から雁金山城までは直線距離で300メートル弱。十分射程距離の範囲内であった。
重秀は天徳寺山城を攻めている間、援軍が来ないように雁金山城を石火矢で攻撃することを思いつき、実行したのだ。
ぶっちゃけ、たった2門の砲撃では効果はあまりないだろう、と重秀は思っていた。ただ、子砲(弾倉のこと)による装填を早くすることで、絶え間なく弾を撃ち出せば嫌がらせ程度にはなる、と考えていた。
実際は嫌がらせ以上に損害を与えていたので、雁金山城から天徳寺山城への援軍は阻止された。そして天徳寺山城は援軍を受けることなく落城した。
「よし、次は雁金山城だな。伊右衛門、頼んだぞ」
道祖神乢の陣所に入っていた重秀は、同じく陣所に入っていた山内一豊にそう命じると、一豊は「はっ!」と短く答えて重秀の傍を離れた。そして、一豊は山内勢を率いて道祖神乢の陣所を出撃。天徳寺山城へ進出した。そこで福島正則、加藤清正、加藤茂勝そして重秀の鉄砲隊を組み入れると、淡河定範、別所友之、大谷吉隆の手勢を天徳寺山城の守りに残して雁金山城へと進んでいった。
そして、雁金山城に到着すると、一豊指揮の下、総攻撃が始まった。まずは清正と茂勝、そして重秀の大鉄砲と鉄砲の攻撃が始まった。すでに行われている石火矢からの砲撃に加え、大鉄砲と鉄砲の攻撃は雁金山城に残っていた将兵の士気を砕くのに十分な威力であった。
雁金山城はそれまでの支城とは違い、鳥取城城督の吉川経家が力を入れて築城した城であった。しかし、すでに兵が逃げつつある城を落とすことは、一豊にとってさほど難しいものではなかった。
また、天徳寺山城の攻撃に加わり、その興奮冷めやらない福島正則率いる手勢も士気が落ちておらず、もはや勢いで雁金山城を攻めていた。
さらに、道祖神乢の陣所にはもう1門石火矢が設置され、3門の石火矢が雁金山城に向けて火を吹いていた。もっとも、雁金山城を攻める山内勢や福島勢に石火矢の弾が当たらないよう、距離を遠くにとったため、弾の一部は雁金山城より先にある行者堂の上城にも落ちていた。
石火矢と大鉄砲、そして鉄砲の火力を使った羽柴勢の攻撃で、その日の昼には雁金山城が陥落した。更に勢いに乗った重秀は、日が出ているうちに更に前進を命じた。次の目標は行者堂の上城であった。
重秀が直接指揮する軍勢が道祖神乢の陣所から天徳寺山城へ移動。重秀直属の兵の補充を受けた淡河勢と別所勢、そして大谷勢が雁金山城に前進すると、そのまま行者堂の上城へ向けて進撃していった。
雁金山城を山内勢と福島勢に任せた淡河勢と別所勢は、尾根沿いの道を難なく突破。あっという間に行者堂の上城へ攻め込んだ。その速い進撃速度は、塩谷高清を驚かせた。
高清は行者堂の上城での防衛を諦め、更に後退した。北西にある錐山城に入ったものの、ここも捨てると一路北西の尾根伝いに逃げ、とうとう丸山城まで逃げてしまった。当然、彼の部下の将も兵もである。結果、錐山城を始め周辺の鳥取城方の支城のほとんどが空城となった。これを見逃す定範ではない。別所友之と自身の家老である丹生俊昭を空城に派遣し占領したのだった。
「・・・そうか。付近の支城は全て占領したか」
雁金山城に入った重秀に、定範からの報告が入った。重秀はそう呟くと、傍にいた一豊と正則、吉隆に占領した支城に入るよう命じた。三人が動いたのを見た重秀に、同じく傍らにいた尾藤知宣が話しかけてくる。
「・・・弾正殿(淡河定範のこと)は危のうございますな。もし支城に伏兵がいたならば、我等は返り討ちを食らうところでしたぞ」
「弾正も戦場を多く経験した兵。そこら辺の見極めは本人もしているだろう。そうでなければ『東播の河内判官』とは言われないだろう」
重秀の言葉に、知宣が「はっ・・・」と言って頭を下げた。そんな知宣に重秀が言う。
「今日の一日で鳥取城の尾根を落とせたのは僥倖。しかし、敵兵が多く丸山城に逃げ込んだとの報せも受けているし、塩谷周防(塩谷高清のこと)も逃げたという報せが入っている。
・・・ひょっとしたら、丸山城から逆襲、いや夜襲を仕掛けてくるやも知れないが、どう思う?」
そう言われた知宣は「あまり考えられませぬ」と言った。
「いくら敵にとって地の利があるとはいえ、山の戦いでの夜襲は難しいと存じまする」
知宣の言葉に、重秀は「そうか」と頷いた。しかし、そんな重秀の耳に別の声が聞こえる。
「拙僧は夜襲があって然るべきと考えますぞ、若君」
その声に重秀だけでなく知宣も声のした方に顔を向けた。そこには、具足姿の宮部継潤がいた。
「・・・善祥坊殿はやはり夜襲があると?」
重秀がそう尋ねると、継潤は頷いた。
「然り。こんなに呆気なく北西の支城群を放棄して丸山城に逃げるのは面妖でござる」
継潤の考えを聞いた重秀は黙って考え込んだ。その横で、知宣が疑問を呈する。
「・・・しかし、山の戦いで夜戦はいくら何でも難しいのでは?」
「そちらの江間弾正(淡河定範のこと)と浦上彦進(別所友之のこと)は未明の薄暗い山の中を迂回して道祖神乢の先にある砦(天徳寺山城のこと)を攻めましたぞ。地の利をよく知らぬ弾正達ができて、地の利を知り尽くした塩谷周防ができないとは思えませぬな」
継潤からそう言われた知宣は黙ったものの、次の疑念を呈する。
「・・・仮に丸山城から敵の夜襲があるからと言って、その日の夜に夜襲をかけるとは思いませぬな。我等が警戒しているのを知っていて、むざむざ飛び込んでくるとは思えぬ。むしろ、我等の警戒が緩む数日後に夜襲を仕掛けてくるのではないだろうか?」
知宣がそう言うと、継潤が反論する。
「貴殿は箕作城攻めには参加していなかったのか?あの時は昼間に箕作城を攻めたのにも関わらず、その日の夜に夜襲を仕掛けたではないか。敵が同じような事をしないとは思えませぬな」
それから知宣と継潤の口論は続いた。すると、それまでの口論を聞いて考え込んでいた重秀が声を上げる。
「お二方、お静かに、お静かにっ!」
重秀の大声に、知宣と継潤はピタリと口論を止めた。二人が重秀を見つめると、重秀が話し始める。
「敵が攻めてくるのであればもっけの幸い。返り討ちにすべく、全ての兵を錐山城やさらに北西の尾根伝いにある砦(雁金尾西端の砦のこと)に兵を集め、守りを固めてはどうだろうか?」
重秀がそう言うと、なんと継潤が反対した。
「若君。敵は我等が知らぬ反撃経路を知っている可能性がござる。その反撃経路をこちらが詳しく調べぬ前に攻め込まれては、こちらの損害が大きくなりまするぞ」
「・・・では、善祥坊殿は如何すべきと?」
知宣がそう尋ねると、継潤は答える。
「北西の尾根伝いにある砦を放棄し、一旦錐山城の守りを固めるべし。もし敵が夜襲をかけてきて、北西の尾根伝いの砦を占拠したとしても、錐山城で食い止めることができまする。さすれば、次の日には反撃に移ることができるかと」
継潤の話を聞いた知宣は「なるほど」と頷いた。だが重秀は渋い顔をしながら考え込んでいた。
知宣が重秀に尋ねる。
「若殿。如何なされましたか?」
「いや。確かに善祥坊殿の策は理にかなっている。しかし、北西の尾根伝いにある砦を敵に渡し、次の日に再び奪還するのでは、余計な兵の損失になるのではないだろうか?」
重秀がそう言うと、知宣だけでなく継潤すらも黙り込んでしまった。重秀が話を続ける。
「我等の目的は鳥取城に援軍に来る毛利の主力と決戦を行い、これに勝利すること。その前に兵力を損なうのはどうかと思うのだが」
重秀の言葉を聞いた知宣と継潤は納得したような顔をして頷いた。そして知宣が重秀に聞く。
「・・・若殿のお考えは分かりました。して、如何なされるおつもりで?」
知宣の質問に対し、重秀は考え込んだ。そしてすぐに応える。
「・・・まずは錐山城とその先の砦を見てみたい。実際の場所を見てみなければ、何かしら良い策が思い浮かぶと思うんだけど」
「しかし、これから日没でござるぞ?すでに日は西に傾いておりまするが」
継潤が言うとおり、すでに太陽は西に傾いていた。空も青空ではなく、オレンジ色に染まっていた。
「・・・今は夏で日没が遅い。日没になるまで短いながらもまだ時がある。その間に見に行くことは可能だろう」
重秀はそう言うと、傍にいた寺沢広高に言う。
「忠次郎(寺沢広高のこと)、先に行き、弾正達に私が向かう故、占拠した砦の状況を調べて報せられるようにしておくよう、申し渡してこい」
そう言われた広高は、「承知!」と言って走り出した。
その後、重秀は錐山城に行くと、そこから日没になるまでの短い時間内に雁金尾西端の砦を含む付近の様子を見て回った。先に広高から命令を伝えられていた定範や友之、吉継が調べた周囲の状況を聞き、自ら見た状況と合わせた。そして、ついてきた知宣と継潤に自分の考えを述べると同時に、二人にあることを命じた。
「道祖神乢の陣所から西端の陣所まで篝火を準備し、夜でも移動できるようにせよ。そして、すまぬが善祥坊殿の兵を借りたい。甚右衛門(尾藤知宣のこと)や弥三郎(石田正澄)の手勢と共に甚内(脇坂安治のこと)の手伝いをしてもらいたい」
その日の夜が更けた頃。丸山城ではにわかに兵達が動き出していた。雁金山城を始め、周囲の支城や陣所から逃げてきた兵達が、疲れた顔をしながらも夜の丸山城内で戦の準備をしていた。
「急げ!夜明け前に敵に占拠された陣所を奪い返すぞ!」
塩谷高清がそう檄を飛ばして兵達の準備を急がせていると、後から「周防殿」と声を掛けられた。高清が振り向くと、そこには丸山城の守りを任されている奈佐日本之介が立っていた。
「・・・日本之助殿か。如何された?」
少しムッとした表情でそう尋ねる高清に、日本之介が話しかける。
「・・・此度の夜襲は止めたほうがよろしいかと。敵も警戒はしておりましょう」
「またその話でござるか。もう決めたことにて、口出し無用に願いたい」
「しかし、相手は戦上手の羽柴。もう少し様子を見た方が・・・」
「何を申すか!式部少輔様(吉川経家のこと)より預かりし雁金山城を始め、錐山城や諸々の城や砦が奪われたのだぞ!これを取り返さなければ、武士としての面目が絶たぬわ!」
大声を上げる高清。そんな高清に日本之介は何も言えなくなった。黙ってしまった日本之介を置いて、高清は夜襲の準備を再開したのだった。