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第221話 住吉へ

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 天正九年(1581年)三月二十九日。この日、重秀は馬に乗って遠乗りを行っていた。付き従うのは福島正則と、黒田孝隆の嫡男であり今年の一月に元服した黒田吉兵衛長政、そして数人の護衛の侍であった。

 さらに、側室である()()と、その侍女十数人が肩衣袴姿で馬に乗って従っていた。


 兵庫城から出た重秀一行は、兵庫の北にある平野と呼ばれる場所に来ていた。ここは、その昔平清盛が福原京を作った場所であるが、今では普通の田畑が広がる農村である。

 その農村を取りまとめる庄屋の屋敷で、重秀一行は休息を取っていた。

 重秀達がその庄屋の屋敷に到着すると、事前に連絡を受けていた庄屋とその家族、使用人達は屋敷の母屋から出ていった。そして、正則や長政、護衛の侍達が母屋で休息していた。

 母屋の縁側で休んでいる正則。春の暖かい日差しを浴びながら、大きなあくびをして眠気と戦っている正則に、隣で終始顰めっ面をしていた長政が正則に話しかける。


「市兵衛殿(福島正則のこと)。我々が母屋で休息してよろしいのでございますか?若殿と日野殿(()()のこと)が外の納屋で休息し、その周りを侍女等で警固させるなど、聞いたことがありませぬ!」


 納得いかない、と言いたげな顔に浮かべながら長政が正則に言うと、正則は笑いながら答える。


「・・・ああ、そう言えば、兄貴と日野殿との遠出は吉兵衛は初めてだったな。気にするな。二人の遠出はいつもこんなものだ」


「しかしながら、いくら日野殿の侍女達が武芸を嗜んでいるとはいえ、不用心に過ぎるのではございませぬか!?」


「仕方ないだろう。侍女達は兄貴と日野殿の様子を見なきゃいけないんだから」


「それでしたら小姓であるそれがしも若殿の傍に侍るべきではございませぬか?そもそも、小姓たるそれがしが母屋で若殿が納屋で休息しているのを父が聞けば、それがしは父に叱られます!」


「吉兵衛の言う事はもっともだ。しかしな、奥向おくむきの事になるから駄目だろう」


 さらりと言う正則に、長政が思わず「奥向ぃ!?」と聞き返した。正則は溜息をつくと、長政に顔を近づけて小声で言う。


「あのな。真のことを申さば、兄貴と日野殿は休息なんてしていないんだぞ」


「・・・休息してなければ、何をやっているのですか?」


「何って・・・。ナニをヤッてるんだよ」


「は?」


 本気で訳が分からない、という顔をしている長政に、正則は強い口調でありながら小声で言う。


「だからっ、目合まぐわいをしてるって言ってるんだよっ」


 そう聞かされた長政は、キョトンとした顔をした後、「ええっ!?」と顔を赤くしつつも大声を上げた。正則が長政の口を右手で塞ぐ。


「声が大きい!」


 そう言う正則にコクコクと頷く長政。正則が長政の口から手を話すと、長政が尋ねる。


「し、しかし、何故わざわざ遠乗りまでして、日野殿とその・・・、ヤるのでございますか?」


 顔を赤らめつつ至極もっともな疑問を口にする長政。正則は戸惑ったものの、「まあ吉兵衛なら良いか。誰にも喋るなよ」と念を押すと、長政にその理由を話し始めた。


 重秀と()()が城外で逢引する理由。それは縁に対する遠慮・・・というより、縁の寝所の近くで目合うのを重秀が嫌がったからである。

 照のときは湯殿で目合うという裏技が使えたので、縁を気にせずにできたのだが、この裏技は照が侍女という立場だからできたもので、蒲生の姫君である()()と湯殿で目合うのは、いくら湯殿での目合いに目覚めた重秀でも拙いと思っていた。


 今年の一月に初めて()()と目合った時は義務感から行なったものの、縁のことが気になってあまり上手くいかなかった。

 経験豊富な重秀が上手くできなかったことを不審に思った()()は、思い切って重秀に尋ねた。ひょっとしたら、()()自身が初めてだったので上手くできずに重秀を興ざめさせたのではないかと思ったのだ。

 そこで重秀が正直に話すと、()()は重秀に1つの提案を行った。


「昔、日野で遠乗りをした際に、百姓が野外で目合っていたのを見たことがございます。あの時は何をしているのかよく分からなかったのでございますが、今ならあれが目合いだと分かります。お兄様、お姉様が気になるのであれば、野外で致しては如何でしょうか?」


 当時の百姓の性交渉は主に野外で行われていた。百姓は親子孫三代が狭い家に住むのが常であった。そのため、性交渉を行うにも家の中に十分な空間がなかった。

 また、当時の百姓、特に下層の人々の家には床がなく、地面がむき出しであった。寝る時は藁や筵を敷いて寝るのだが、藁や筵にはダニやシラミといった害虫が多くおり、眠りについた途端に害虫に襲われるのである。さっさと寝てしまえば朝起きたら痒みに襲われるだけなのだが、そんな中で性交渉を行えば、ヤッてる最中に痒みに襲われてしまう。それを避けるために、家の中で性交渉は行わずに野外で行っていたのである。

 なお、野外での性交渉は昼に行われていた。夜にヤれば獣に襲われるからである。


 ()()の提案を聞いた重秀は、最初は拒否した。蒲生の姫君と野外でするのは湯殿でするより拙いだろうと考えたのである。

 しかし、城外でヤるというのは取り入れて良いかもしれないと考えた。縁から離れればイケるだろうと考えたのである。

 そこで、重秀は正則と清正にこの事を話し、義弟おとうと達の協力を得て重秀は()()と馬で遠出をしたり、鷹狩に連れて行った。そして城外での逢引を楽しんだのである。

 須磨に行った際は松風村雨堂の傍にある草庵茶室の中で目合い、月見山に行った時はそこにある庵でたっぷりと堪能し、それ以外の場所では庄屋の屋敷の納屋を借りてヤッていた。

 ちなみになんで納屋でヤッているのかと言うと、母屋でヤれば汚す恐れがあったからである。


 ―――大殿にこの事を話したときに唖然とされた、と兄貴から聞いたが、まあそうなるよな―――


 この事は京都馬揃えの報告がなされたあの日に、()()と重秀の仲が不仲なのでは?と思っていた秀吉へ重秀が釈明した際に知らされていた。最初は唖然とした秀吉であったが、自身が女性と性交渉する際は野外だろうと屋敷だろうとどこでもシていたことを思い出すと、「節度を守れよ」と言って黙認したのであった。


 正則がそんな事を思い出していたときだった。侍女の一人が母屋に入ってきた。そして、正則と長政の前に来て片膝を付いて跪くと、二人に報告する。


「申し上げます。若殿と日野殿のご休息が終わりました」


「そうか。では帰る準備をするか」


 そう言って歩き出す正則。それを見た長政も慌ててついていくのであった。





 兵庫城に帰った重秀と()()は、本丸御殿の『奥』に入ると、()()は自分の部屋に戻り、重秀は奥書院へと向かった。そして奥書院に入ると、そこにはゆかりと夏と七、そして牧と照が座って待っていた。


「御前様、お戻りなさいませ」


「うん。今戻った」


 そう言って頷いた重秀は、まずは照の傍まで行くと、照の目の前に座った。そして、照が腕に抱いている赤ん坊に顔を近づける。


「おお、相変わらずぐっすり寝ているな、きりは」


 そう言って重秀は照の腕の中で寝ている赤ん坊を見て微笑んだ。


 照の腕に抱かれている赤ん坊は、重秀と照の間に生まれた女児で、名前を桐と言った。彼女は公式では重秀と縁の子ということになっていた。

 というのも、照は重秀の愛妾であり、側室ではない。あくまで侍女なのである。なので、桐は正室たる縁の子とされ、照は桐の乳母という立場になるのであった。


「で?ちゃんと乳は飲んでいるのであろうな?」


 重秀がそう尋ねると、照は「はい」と答えた。


「それはもう、たくさん飲んでおりまする。私も多くの乳を出しまするが、その全てを飲み干さんとしておりまする」


「確かに、照は多く出しそうだもんな・・・」


 豊満な胸を見ながらそう言う重秀。が、そんな重秀に縁が「御前様」と声を掛けた。


「桐ばかり見ずに、藤もご覧くださいまし」


 若干怒りの声が含まれていることに驚きつつも、重秀は照から牧の前に移動した。牧の膝の上には、牧の手によって支えられながら座っている藤がいた。

 生まれて1年ほど経った藤は、未だ歩くことはできなかったが、活発にハイハイをするようになっていた。今も座っているのが嫌らしく、身体を前に倒そうとして牧の手から逃れようとしていた。しかし、牧の手はしっかりと藤を掴んでおり、藤は動けない状態であった。

 そんな藤の右掌に重秀は右人差し指を出して触ると、藤は力強く握ってきた。重秀の顔に思わず笑みが浮かぶ。


「しっかりと握ってくるな。さぞ力強い子になるだろうな」


「姫にそのような褒め言葉は如何かと・・・」


 夏がそう言うと、重秀が振り返りつつ反論する。


「・・・私の妹であったお勝は生まれながらに病弱だった。生まれて一年ぐらいで亡くなったからな。そう考えると、藤は一年を乗り越えたのだ。これほど喜ばしいことはない」


 重秀の言葉に、縁や夏、そして七が息を呑んだ。3人共勝姫が亡くなった時にはすでに羽柴家にいたので、その当時のことを思い出したのであった。


「・・・御前様の言う通りでございます。藤が強く生きたからこそ、一年を息災で過ごせたのでございます。これからも、より強く生きられるよう、心配りを怠りなく行いまする」


 縁がそう言うと、夏や七、そして牧が頭を下げた。そんな縁に重秀が更に言う。


「縁。藤だけではなく桐も頼むぞ。私は明日から堺に向かうが、その間は縁が兵庫城の主だ。まあ、弥三郎(石田正澄のこと)には伝えてあるから、何かあれば弥三郎を頼るが良い」


 重秀がそう言うと、縁は「承りました」と言って平伏した。その様子を見ながら、七が重秀に言う。


「ときに若殿様。今宵は如何なさいまするか?そろそろ、日野殿と寝所を共になされては・・・」


「・・・今日は遠出で疲れた。()()も同じだろう。一人で休むことにする」


 遠出の休息で散々ヤッてきた重秀は、疲れた口調でそう言った。七が「承知致しました」と言って平伏するが、今度は縁が重秀に言う。


「・・・恐れながら・・・。私めに気を使わず、何卒()()殿を愛でて下さりませ。女子おなごにとって殿方に愛でられぬは、もっとも辛きことにございます。今宵は何卒、寝所を共にしていただきとうございます」


 縁の諫言に対し、重秀は黙ってしまった。


 ―――まいったな。いっそ、縁に真のことを言うか?・・・しかし、奥向は全て縁に任せてある。奥向で縁に隠していたことがある、なんて知ったら、正室の面目が潰されたと言って怒るかもしれないなぁ―――


 そんな事を思いながらも、重秀は安心させるような口調で縁に言う。


「・・・分かった。そこまで縁が言うのであれば致し方なし。堺から帰ってきたら、()()とも寝所で目合うよう努めよう」


 重秀が鷹揚に答えると、縁は「よろしゅうお頼み申し上げまする」と言って頭を下げるのであった。





 次の日。重秀は弁財船『金毘羅丸』に乗って兵庫津から堺に向かっていた。『金毘羅丸』は南蛮船の構造を取り入れつつ建造した弁財船『春日丸』の姉妹船であった。

 弁財船『金比羅丸』は、羽柴の船ではお馴染みの竜骨と肋材から組み立てられていた。結果、大きくて頑丈な板を使わずにすむことから、それまで船には使わなかった細い木でも建造できるようになった。これは、船そのものの価格を下げることに繋がった。

 また、『金比羅丸』には2柱の帆柱があり、それぞれに三角帆が使われていた。この頃になると三角帆を自在に操れる水夫が兵庫で多くなっていた。その結果、逆風の際に使う動力―――人力による櫂漕ぎや艪漕ぎをする必要がなくなり、そのための水夫が要らなくなった。結果、『金比羅丸』を含めた『春日丸』とその姉妹船は、当時としては珍しい完全操帆船であった。

 ちなみに、湊への接岸など細かい動きができないため、そう言った場合に備えて艪を2本ほど備えていた。それでも動きが制限されていたため、湊では他の艪漕ぎの船によって引っ張ったり押したりされて動かしていた。

 そういった欠点があったものの、『春日丸』とその姉妹船は兵庫津の船問屋には垂涎の的であった。500石(米でおよそ75トン)しか乗せられないものの、乗員が少なくすむため、費用対効果(コストパフォーマンス)が高い船として欲しがる者が多かったのであった。


 そんな『金比羅丸』には、重秀の他に加藤清正と黒田長政、そして護衛の侍が数人乗っていた。

『金比羅丸』は大きな三角帆が風をはらみ、大阪湾を堺に向けて進んでいた。重秀は船首に近い甲板に立ち、潮風を感じながら目を細めた。すでに兵庫津は遠ざかり、水平線の彼方に堺がうっすらと見え始めていた。しばらく船首の先を見ていた重秀は、傍に居た加藤清正に話しかける。


「・・・吉兵衛はまだ船内で寝ているのか?」


「ええ、どうやら船酔いみたいです」


 清正がそう答えたときだった。船尾の方から大きな女が近づいてきた。それは塩飽から兵庫に移ってきた女船頭の佐々木()()であった。


「若殿様」


「おお、()()か。どうだ?この船は?」


 そう尋ねた重秀に対し、()()は「とてもいい船だね」と満足げに言った。


「風上へは蛇行して進むことで向かえることができることを知って以降、少ない人数で大きな船を動かすことができるようになった。この『金毘羅丸』だって本来ならば三十人以上で動かさなきゃいけない大きさなのに、これは十五人、絞れば七人くらいで動かせるんだから、アタシらみたいに少ない人数の水夫しかいない船頭には有り難い船だよ」


 そう言うと()()は複雑そうな表情を浮かべた。その表情に気がついた重秀が尋ねる。


「どうした?そんな顔をして」


「いや・・・。この『金毘羅丸』は元々兵庫津の他の船主のために作られてものだったんだろう?それを若殿様が無理やりアタシらに渡すように命じたって聞いたから・・・。そんな事をして良かったのかい?」


 ()()の言葉に、重秀が「そんなことか」と鼻を鳴らした。


「塩飽の船形衆を優遇することは前々から兵庫津の者達には伝えてあった。それに、『金毘羅丸』は元の船主から私が買ったんだから、特に気にすることはない。それに、その船主には別の船をすでに手に入れている」


「・・・そう言ってくれるのは嬉しいけど、よそ者が贔屓されると元からいる連中の嫉妬ってのが酷いからねぇ・・・」


 後頭部を右手で掻きながらそう言った()()。重秀も「ああ・・・」と声に出した。


「塩飽の水夫は兵庫津では評判が良い。ただ、水夫としては評判が良くても、独自に船を持って商いをするとなると、商売敵になるからなぁ・・・」


 そう言って同情するかのような顔をする重秀であったが、その顔はすぐに真剣な表情に変わる。


「しかしな、塩飽の船形衆はこれからも羽柴の水軍・・・、いや、羽柴の瀬戸内支配に必要なんだ。その塩飽を厚遇することは、羽柴の存続のためにも必要なことだと思っている。だから・・・」


 そう言いながら重秀は頭を下げる。


「しばらくは兵庫津の連中の嫉妬に耐えてくれ。()()を塩飽に帰し、塩飽を香川や長宗我部から解放し、塩飽の船が瀬戸内を走り回れるようにする」


 そう言った重秀に対し、()()は「いや、いい」と断ってきた。傍で聞いていた清正が「なんだと!?」と声を上げ、重秀が頭を思わず上げて()()を見た。


「若殿様は勘違いしている。アタシらは海では誰にも縛られない。いくら島が香川だろうと長宗我部だろうと村上だろうと毛利だろうと羽柴だろうと織田だろうと、アタシら塩飽の民は海を好き勝手に行き来するさ。それは昔から、そしてこれからも変わらないさ」


 ()()が迷いのないまなざしで重秀を見つめながらそう言い切ると、重秀はしばらく言葉を失った。

 女でありながら、誰の命令も許しも必要とせず、ただ自分の意志ひとつで海を渡る。そんな塩飽の民の誇りを、堂々と語る()()の姿に重秀は驚かされると同時に、深い敬意を覚えずにはいられなかった。


「・・・そうだな。塩飽の船乗りはそういう者達だったな」


 納得するようにそう言った重秀に、()()が莞爾と笑う。


「海はアタシらの故郷であり、通り道だ。陸の者がどんな旗を掲げようと、海の流れまでは変えられないよ」


 ()()の言葉を聞いた重秀の耳に、船乗りの大声が届く。


「前方に湊だ!もうすぐ堺に着くぞ!」


 重秀達が船首の方に目を向けると、いつの間にか堺の湊がはっきりと見えたのだった。


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― 新着の感想 ―
いえいえ子供は多い程良いですし、肉食だったとらの子供が元気なのは予定調和な気がします。子供が育つにはうろ覚えですが豚肉でタンパク質とビタミンを大豆とおからあと青魚は必須だった様な気がします。
やはり秀吉の息子
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